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本音を言うまで出られなくなった2人の話
しおりを挟む『もう嫌だ!!これ以上聞きたくない!!』
その言葉をきっかけに、フォルダン公爵家の自慢の一人娘であるアリーナは、婚約者であるトランス公爵家令息のアルバートの言葉を然と受け取り腰を上げると、淑女として品のあるカーテシーを披露した。
『畏まりました。私はこの場をもって、アルバート様との婚約を破___』
凛とした佇まいで言葉を発したその時だった。
周りの音がなくなり、すぐに異変を察知したアリーナは深々と下げた頭を持ち上げ、周りを見渡す。
アリーナは驚愕した。
今まで座っていたテーブルも椅子もなくなり、白くなにもない空間に二人だけが存在していたのだ。
まるで世界を切り離されたようだとアリーナは思った。
「な、なんだ…ここは…?」
アリーナと同様に状況を理解できていないアルバートも周りを見渡し、驚愕している様子だった。
そもそもこの状況を一瞬のうちに理解できるものはいないだろう。
そう、何も手掛かりがなければ、である。
二人の間にヒラヒラと一枚の紙が落ちてくる。
思わず拾い上げる前に上を見上げても、どこから落ちてきたものかは全く分からなかった。
アルバートが動き、落ちてきた紙を拾い上げた。
そして大きく書かれているその内容に目を通すなり眉を顰めた。
「な、んだ……これは……」
アリーナも内容が気になるもので、アルバートに目配せするもわなわなと震えアリーナの視線に気づかないアルバートはアリーナに紙を渡すことも、内容を告げることもなかった。
すると、二人の間に半透明の大きな板のようなものが現れる。
「……え?」
思わずアリーナは声を漏らした。
書かれている内容が、内容だからである。
【この部屋は本音をいいきるまで出られません】
(本音…)
アリーナは書かれている内容を理解した瞬間、眉を顰めた。
本音を言う、ということは文字通りであるだろうが、ここで重要なのは相手が誰というところだろう。
部屋といっていいのかは不明だが、部屋にはアリーナとアルバートの二人だけ。
明らかに本音を告げるのは目の前の人物相手に、である。
だからこそアリーナは眉を顰めた。
(困ったわ…、アルバート様に本音なんて言えるわけがない……)
アリーナは思った。
何故なら日頃から婚約者であるアルバートには不満があったからだ。
子供の頃、いや、ほんの数年前までは良かった。
男女という性別の違いはあったが、子供のころはそんな違いなど些細なもので、互いに手をとり、笑い合いながら楽しく遊んだものだ。
そんな楽しげな様子を見た両家は、私達の婚約を結んだ。
勉学を始めると、公爵家という高位貴族の子供ながらに、共に励まし高め合いながらより良い領地作りをしようと話をするようになった。
その言葉を現実のものにするために、アリーナは勉学を、アルバートは剣術をメインに鍛え上げた。
勿論他の分野にも手を出している。
すべてを任せるのではなく、互いを助け合うためには必要だったからだ。
アルバートもアリーナのことを応援し、成果を告げるとそれはもう自分のことかのように喜んでくれたものだ。
だがアリーナは女性ということもあり、アルバートのような剣術の才能だけはなかった。
そしてアルバートも剣術の才能はあったが、魔法の才能はなかった。
だから補うためにもアリーナは魔法をより一層鍛え上げた。
その腕前は大人顔負けするほどであり、遂には王太子から声をかけられるまでにもなった。
勿論どちらにも恋情はない。
アリーナにも婚約者がいるように、王太子には幼い頃から決められた婚約者がいて、更に愛を育んでいるからこそ、そういった誤解を生むような話も上がったことがない。
アリーナに声がかかったのは、これからこの国を支える世代として力を貸して欲しいという純粋な王太子の願いである。
だが、それをよく思わなかったのか、婚約者であるアルバートからは酷い視線を送られるようになったのだ。
(またこの目……本当に不快だわ…)
将来のパートナーとして約束した仲ではあるが、アリーナはほとほと困り、今では顔も見たくないほどに不満に思う ようになったのだ。
だから婚約破棄を"提案されて"、アリーナは喜んだ。
だけどこんな本音を告げるのは流石に不味いと考えた。
だからこそ目の前の内容に眉をひそめた。
一方アルバートはアリーナのことが大好きだった。
いや、今も大好きである。
見た目も茶色い髪の毛はミルクチョコレートのようで、微笑むアリーナは天使のようだ。
伴侶として頑張ってくれるアリーナの努力も全ては自分のお嫁さんになるためであると、その気持ちがとても嬉しくあった。
実際にメキメキと知識をつけ、力をつけ、淑女として素晴らしい女性に成長していくアリーナも自慢だったし、そんなアリーナをたくさんほめてあげたくなった。
だけど他の男に声をかけられるようになるのは違うと、アルバートは思う。
アルバートにわからない分野である魔法の話はまだいい。
だが、他の男との話なんて二人でいるときに出さないでほしい。
つまりはただの嫉妬心がアルバートの表情に出たのである。
アリーナを睨みつけるつもりなんてアルバートにはなかったのだ。
だが、他の男の話をしないで二人でいるのだから、イチャイチャしようなどという本音なんて言えるわけがなかった。
先程は他の男の話に耐えられず、アリーナの話を遮ってしまったが……。
悶々と悩んでいるアルバートに、「きゃっ」という短い悲鳴が聞こえた。
考えなくてもわかる。
こんな可愛らしい悲鳴はアリーナの他いないのだから。
アルバートはすかさず顔を上げた。
アリーナへの脅威を払うために、まずは敵を見極めるために。
だが、アルバートは目を見開いて固まるだけになる。
「わ、私は最近の…あ、アルバート様が……」
まるでなにかに強制的に言わされているかのように、途切れ途切れにつげるアリーナの様子。
助けたい。
とアルバートは思ったが、アリーナの言葉の続きも聞きたいと思ったアルバートは、動くことができずに続きを待った。
「不快…です!!!」
「深い?なに…が?」
アルバートは思わず目を瞬いた。
アリーナの言葉の意味が分からなかったからだ。
いや、もしかすると本能的に避けているのかもしれない。アルバートは馬鹿ではないからだ。
だがそんなアルバートの反応を見たアリーナはプチンときた。
本音を告げることなんて出来ないと思っていたのに、何らかの力も働いているのか次から次へと言葉が出てくる。
「深いではなくて不快なのです!
大体なんなのですか!顔を合わせるたびに人を睨みつけて!私のことが嫌いならばとっとと婚約破棄をすればいいでしょう!?別に家に大きなメリットがあるわけでもないただの婚約関係なんですから、破棄にしろ解消にしろ簡単なはずです!」
「え……」
アルバートはショックを受けた。
今までアリーナのことは大好きで大好きで大好きなのに、その気持ちが一ミリも伝わっていないこともそうだが、この婚約関係をアリーナは政略結婚としか思っていなかったのだ。
互いに良い領地にしていこうと夢を語り合っていたのは何だったのか。
一方でアリーナはしまったと思った。
話すつもりなどなかったはずなのに、口に出して言ってしまったと、白く華奢な指先で口元を覆った。
「違う!俺は睨んでなどいないし、婚約を破棄したいとも思っていない!」
そんなアルバートの言葉にアリーナは再度むっとし、言葉を返す。
「ならばあの鋭い視線はなんなのですか!?好意を抱いてる者にする目ではありませんでした!」
「それこそ誤解だ!俺は君のことを睨んでなんていない!」
「あれが睨んでなくてどれを睨んでいると言うつもりです!」
「俺は君の口から出る男たちのことを憎らしく思っていただけだ!!君のことは世界で一番大好きなんだ!!君のことを疎む筈がない!!」
「…へ……?」
アリーナは固まった。
ある時期から態度が急変したアルバートの理由が、ただの嫉妬心だったとわかったからだ。
そしてアリーナの顔にはどんどん熱がこみ上げる。
「初めて出会ったときから、なんて可愛らしい女の子なんだろうと思っていた!見た目だけでなく、中身もとても素晴らしい! 成長していく度に君は輝いていった!
婚約を解消したいとも破棄したいとも思ったことはない!寧ろ早く妻として迎え入れたいとさえ思っていたんだ!」
「あ、あの待って…」
「本当だ!もう何年も前から君のためのウエディングドレスのデザインを考え、もう流石に成長しないと思ってからは、何着もドレスを作っていた!
こんなに君との結婚を心待ちにしていたのに、婚約破棄なんて考えるはずがない!」
「ま、まさかあのドレスたちは……」
夜会のたびに必要以上のドレスが贈られてきた意図がわからなかったアリーナは、たった今その意味を察した。
「そうだ。君によく似合い、君の好みに最も合うデザインを探っていたんだ。
俺の気持ちが一切伝わっていなかったことも、この気持ちは俺だけがもっていたこともショックだったが、…だがそれはこれから挽回できると思ってもいいだろうか?
破棄も解消もするつもりはないが、まだ俺たちは婚約者同士なんだ。君に俺の気持ちを伝えていきたい。アリーナどうか、受け止めてくれ」
じりじりと一歩ずつ確実に距離を詰めるアルバートに対して、アリーナは戸惑いながら手を差し出した。
「はい……」
アリーナからも一歩踏み出し、二人は元の鞘に収まる結果となる。
抱きしめ合いつつも、ドキドキと高鳴る心臓を感じながらアリーナはそっと目を開けた。
だが、まだ白い部屋は解かれない。
「……どうして元に戻らないのでしょうか?
アルバート様、なにか他に伝えたいことはありませんか?」
「……っ」
「ア・ル・バー・ト様ぁ?」
いつもよりも低い声で威嚇するアリーナだったが、アルバートにはその姿すらも可愛らしく映っていた。
ごくりと生唾を飲み込みながら、アルバートは答える。
「で、出来れば昔のように愛称と、そして敬語は外して話してもらいたい……」
「はぁ…それは構いませんが」
もともと正式に妻となったときに、そうするつもりだったアリーナはアルバートからの提案を受け入れた。
アルバートはぱっと周りに花を咲かせたかのように表情を明るくさせる。
「他にはないの?」
すぐに敬語をなくしたアリーナの久々の言葉遣いに、アルバートは少なからず感じてしまっていたアリーナの壁がなくなったと感じ、鼓動が今まで以上に激しく高なった。
「あっ……、その……」
「なに?言って?」
頬を赤く染め、照れる仕草をみせるアルバートにアリーナは(可愛い…)とふと思う。
実際に口にも出てしまったのか、それでも小さすぎて聞き取れなかったアルバートは首を傾げたが、アリーナに促されたアルバートは意を決して思いを告げた。
「あ、アリーナとっ」
「私と?」
「い、…イチャイチャしたい!!」
一体どんな言葉が出てくるのかと身構えたアリーナだったが、実に“男の子”らしい言葉に心がもぞもぞした。
「べ、別に過激なことを望んでいるのではない!
アリーナに俺の気持ちが伝わっていないことは先程知った!だ、だが、て、手を繋いだり、だ、抱きしめたり、…二人で仕事の話などしないでのんびり過ごしたいのだ!」
そんなアルバートの言葉にアリーナは思い返す。
より良い領主になろうと約束していたからといっても、常に学や社交で見聞きした経済状況、今受け持っている仕事の話を話題としてきたことを。
「……そうね、これだと婚約者ではなくて、仕事仲間のようだわ」
「!」
「わかったわ。アルのいう過激な行為というものは私にはわからないけれど、婚約者として仲を深めていきましょう?」
「!!」
にこりと微笑むとアルバートは破顔した。
それをみたアリーナはくすりと笑う。
少しずつ周りの景色が元に戻っていく中、アリーナはアルバートの腕を引っ張り、近付いた耳に囁いた。
「 」
茶のおかわりを持ってきたメイドが部屋の扉を開けると、ニコニコと微笑むアリーナと、顔を真っ赤に染めたアルバートがいて、仕える主人が幸せそうな姿にメイドも喜んだのであった。
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