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2、婚約…ですか?
しおりを挟む「ちょっと!何よこれは!」
お父様、お義母様、お義姉様が帰宅し、今は食事の時間です。
お父様とお義母様にお酒を出しつつ、料理を並べていくとお義姉様から声をかけられました。
「はい、今日のメニューは…「そんなの言われなくても見ればわかるわよ!」
確かにそうですね。
でも、そうしましたら何故呼び止められたのでしょうか?
お義姉様の言葉に首を傾げると、お義姉様の声が更に荒立ちます。
「あんた私のことバカにしてるでしょう!?」
決してそのようなことはございません。
誤解を解くべく、私はお義姉様の元に行き膝をつきました。
「…思慮が浅くお義姉様に不快な思いをさせてしまいましたこと申し訳ございません。
可能ならば至らぬ点をお教え願いますか?」
「…ふん!…これよ」
ああ、よかった。
今日のお義姉様は機嫌がよかったのか、いつもより優しかったです。
私は完全に立ち上がることはせずに屈んだままテーブルの上に並ばれた料理をみました。
お義姉様の指先には真っ赤なおいしそうなトマトがあります。
でも、どこが悪いのか私には見当がつきません。
「なに呆けてんのよ!?
私はね!トマトには砂糖をかけて食べるのよ!?なんでアンタこんなこともわからないわけ!?」
「も、申し訳ございません!!」
「母様!こいつホント使えないわよ!どうにかしてよ!」
「あ、…」
お義姉様がお義母様に話す姿を私はおろおろとした様子でみつめることしかできませんでした。
「本当ね。もう2年も経っているのに完璧に出来ないだなんて…。
貴方みたいな役立たずの顔なんてみたくないわ。出て行きなさい」
ズキっと傷んだ胸を服越しに握りしめて、私は思わずお父様を見ました。
けれどお父様もお義母様と同じ考えなのか私を庇う様子もなく、ただ厳しい目つきで私を見ていました。
私は頭を下げて、後をメイド達に任せて食堂から出て行きました。
パタンと閉められた扉の向こうからは家族の笑い声が聞こえてきます。
明るい、楽しそうなお義姉様の笑い声に、先ほどよりも高いお義母様の声。
私がいる間は一言もしゃべらなかったお父様の声が聞こえてきて、とても羨ましく、そしてとても悲しく思いました。
……私はいつ家族と食事をとることができるのでしょうか。
「お嬢様……」
悲しげ声に振り返ると、使用人のミーラが泣きそうな顔をして立っていました。
「私の為に泣かないで」
泣いてほしくない。
皆には笑っていてほしい。
そう思っているのに、私を想って泣いてくれる人が近くにいると実感すると嬉しさで、さっきまで傷んでいた心がじんわりと優しさで包まれているかのように温かくなりました。
「だって、…だって、私のお嬢様が…ううっ」
うるうると涙が込み上げたミーラはついに、涙を流します。
「本当ですよ!何が役に立たないんですか!一番頑張っているのはお嬢様なのに!」
「お嬢様は私達と一緒に食事したほうが幸せだと思います!」
「そうですよ!私達と一緒のが楽しいです!…てかミーラ!お嬢様はアンタのじゃないんだから!私”達”のお嬢様よ!」
いつの間にあらわれたのか、ミーラだけじゃなくララやココ、ミナも集まっていました。
”家族”との食事は叶わないと思っていたけれど、でも皆も”私の家族”なんだと感じると落ち込んでいた気持ちが嘘のように無くなっていきました。
「ふふ、ありがとうね。食事の前に……ララ、ココ。お義母様達のベッドメイキングはすませたのかしら?」
「はい!終わったので確認してください!」
「私も終わってますよ!皺ひとつないので安心してください!」
「ふふ、頼もしいわ」
◇
そんな日々を過ごしていたある日、私はお父様から呼び出しを受けました。
いつも朝食の時間は作業に追われて、私はお父様たちとは別に食べていました。
だから掃除に向かう私をメイドを使ってまで呼んだお父様に驚きつつ、食堂に向かいました。
そして食堂に着いた私にお父様は前置きもなく告げました。
「お前にはスターレンズ公爵家の令息と婚約を結んでもらう」
驚きました。本当に。
スターレンズ公爵家の令息といえば、学生の頃の記憶でしかありませんが、美しく輝く金髪に青空のような碧眼を持つ美男子で、美貌だけではなく文武両道な姿はまさに非の打ち所がない男性と有名なお方。
毎日のように良い意味で騒がれていて、結婚したい男として有名でした。
通常ならばお義姉様と婚約を結ぶべきだと思いますが…。
そもそも婿入りしたお父様はお母様が亡くなったことで侯爵家を引継ぎましたが、嫡子の私がいるのです。
まだ成人を迎えてはいない為継ぐことは法的にもまだ認められていませんが……、それでも侯爵家の後継ぎは私だと思っていました。
「よかったわね~、美男子と結婚できるのよ?
貴方にふさわしいと思ってお父様が見つけてきてくれた縁談なんだから、ありがたく受けなさいな」
「そうね。役にも立たないアナタがやっと私達家族に貢献できるチャンスなのだから」
ニコニコと久しぶりに微笑みかけられて、私はなにがなんだかわからなかったですが、それでもお義姉様の”お父様が見つけてきてくれた”という言葉が頭の中で反復し、私は縁談を受け入れました。
「では一週間後、お前には公爵家に行ってもらうからそのつもりで準備をするがいい」
これまた驚きました。
縁談といってもすぐに結婚とはいかないのがこの国での決まり事です。
結婚の希望を相手の家に告げて、半年から一年の間花嫁教育の為に相手の家で暮らす。
相手の家族にも認められ、受け入れられたらやっと籍を入れられるのです。
長い間暮らす為衣服も用意しなくてはいけませんし、粗相をしないようマナーをもう一度おさらいすることも重要です。
すっかり使用人が板についてしまっていますが……、これでも学園では優秀だと褒められたこともあるのです。
気を引き締めていれば恐らく大丈夫な筈、とせめてもの足掻きでマナー教本を夜に読みふけました。
そして一週間後、公爵家に向かう日が訪れました。
久しぶりの馬車に寝不足な私は少しうつらうつらとしてしまいます。
たまに使用人たちと町へと買い出しに出ることはありますが、その場合基本は徒歩になります。
なのでかなり久しぶりに侯爵家の馬車に乗りました。
徒歩とは違いとても楽ですね。
私の隣には少ない荷物を手にして、いつも一緒に洗濯をしている使用人のミーラが座っています。
家族の中で一番立場が下の私には専属のメイドはいません。
ですが侯爵家のメンツの為一人で向かうことも出来なかった私に、お父様はミーラをつけてくださいました。
本当にありがたいことです。
それに洋服代も出してくれました。
邸の管理の為、殆ど貴族令嬢としての活動をしてこなかった私にはドレスが少なかったのです。
あるドレスといってもお母さまがまだ存命だった頃、そして私がまだ学生前の頃の小さなサイズのドレスばかりでした。
あ、学園には指定服が決められていたのでドレスは不要だったのです。
カタカタと震えを感じ取った私は、重い瞼を持ち上げて隣に目を向けました。
ミーラは使用人として侯爵家に仕えていた為、いきなりの抜擢に馬車の中からもそわそわと落ち着きがないようでした。
「ミーラ、落ち着いて」
「おおおお、落ち着いてといわれてもももも」
「大丈夫。大丈夫よ。私がいるでしょう?」
落ち着かないミーラを安心させるように手をぎゅっと両手で包み込み、少し私の”気”を送ります。
乱れていたミーラの魂に私の気が作用して、ミーラも少し落ち着きを取り戻してくれました。
「お嬢様……、ありがとうございます!私一生懸命頑張りますね!」
「ありがとう。これからもよろしくね」
そうして着いた先は大豪邸でした。
侯爵家もそれなりに大きな屋敷を持っていますが、公爵家はさすがというかなんというか。
学園を思い出すような規模の大きさの屋敷です。
正直どれほどの人件費がかかっているのか……。
ごくりと生唾を飲み込んで、ミーラと共に公爵家の門をくぐると執事と思われる方が出迎えてくださいました。
次女の私にも頭を下げてくださる執事に、私も淑女マナーで学んだカーテシーを披露します。
すると執事の目尻が柔らかくなった気がしました。
認めてくれたのならば嬉しいです。
ですがスターレンズ公爵の令息様はどこにいらっしゃるのでしょうか?
私は今回婚約者として伺ったのですが、普通ならば出迎えをすると思うのですが…
さりげなく周りに目を向けただけだったのですが執事の方は察してしまい、申し訳なさそうに頭を下げられました。
「申し訳ございません。坊ちゃまは外せない用がありお嬢様をお出迎えすることが難しい為、私が参りました」
「あ、頭をお上げください!
公爵家となれば私が想像できないほどにお忙しい身、婚約者の身分とはいえ私への気遣いは無用です。
公爵令息様にもそうお伝えください」
そう告げると執事は驚いた表情をした後、ゆっくりと首を振りました。
「いえ。お嬢様は今は婚約者でありますが、いずれはこの邸の奥様となられる身。
坊ちゃまには私からいっておきますので、ご心配なされず」
「は、はぁ…」
「また公爵家についてはこの私セバスチャンがお教えしておきますので、今後ともよろしくお願いいたします」
「畏まりました。至らぬ部分が多いとは思いますが、よろしくお願いします」
そう会話をしながら私とミーラはセバスチャンに、邸の中を案内していただきました。
ある程度案内を終えた後、これから私が使用する一室へと落ち着きました
荷物を下ろし、寛いでくださいと去って行くセバスチャンに礼を告げると柔らかい笑みを浮かべてくれました。
「ふぅー、なんだかドキドキしました」
やっと落ち着けるーとピンっと伸ばしていた背筋を丸めてミーラはいいました。
侯爵家とは違う大豪邸ならば無理もないでしょう。
私もここを掃除するのなら手が回らなく、目が回ってしまうだろうと、違う意味でドキドキしたのだから。
とはいっても、公爵家へはまだ籍も入れていない婚約状態の身。
私がここですることは、セバスチャンから公爵家について教わることの方が先のようですね。
「ふふ。そうね。これから暫くの間はここで暮らすのだから粗相のないようにしなくちゃね」
それにしても寛ぐとはいったい何をすればいいのでしょうね。
ミーラと共に荷解きをしようにも、「ここは侯爵家ではないのです!!」と手伝わせてくれないし。と部屋の中央で棒立ちの私は部屋を見渡します。
と扉のすぐそばにある大きな本棚が目に入りました。
(扉の陰になって見えなかったのね)
そういえば今迄は読む時間がなくてできなかったけれど、私の趣味は読書なのです。
本なら何でも読むけど、その中で一番好きなジャンルは現実には起こりそうにないファンタジー系。
学生の頃は伝説の剣を手にした勇者の話や、世界中の魔法書を集める話等よく読んでいたことを思い出します。
私はわくわくし始めて、本棚に並ばれている本たちに手を伸ばしました。
◇
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