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17、調査
しおりを挟む侯爵家に着いた私は目を見開きました。
私がこの家を出てまだ半年もたっていないのです。
それなのに花も枯れ、荒れ始めている侯爵家の様子に愕然としました。
中に入ると物に当たり散らした様子が分かります。
廊下にあった花瓶は割れ、吊るしてあった絵画にはヒビが入っていました。
どれもこれも値打ちがするものなのに……。
(私にお金を持って来いと言っておきながら、売ればお金になる物をこんなにも壊して…やってることがわからないわ)
勿論自分の所有物を手放す考えが頭にあったのかはわかりませんが。
「ミーラ、足元に気を付けてね」
靴を履いているとはいえ危険な物が散らばっている中を歩くため、私はミーラに注意注意するように伝えます。
「それにしても凄い荒れようですね…」
「ええ…皆がいてこそここが成り立っていたのだとわかるわね」
荒れた廊下を歩き、私はお父様の書斎へと向かいました。
書斎の扉の前で私は室内の様子を確認するために深く息を吸い込みます。
探知魔法です。
部屋の中の様子が私の脳内に映し出されるのです。
私はミーラに目配せをしてから、扉に手の甲を向けました。
<コンコン>
ノックがして少しの間の後「入りなさい」とお義母様の声が聞こえました。
私は一人で部屋の中に入っていきます。
ミーラと共に中に入らない理由は、三人がこの部屋の中に揃っているからです。
三人が揃っている状況であれば、ミーラは自由に行動できますからね。
(それに新しく雇った人もいないことは確認したわ)
先程の探知魔法はなにも部屋の中だけを確認する為ではありません。
この屋敷全体に探知魔法をかけて侯爵邸にいる人の数を確認しました。
お父様の書斎にいる三人と、私とミーラの五人だけなのは確認済みなのです。
きっと今頃ミーラは公爵夫人からお借りした探知機を持って私の部屋、そしてお義母様の部屋に向かっている筈。
(この屋敷に必ずある筈の呪具を探すために)
そしてこれから私がする事はまだ洗脳状態だと思わせるために、もう一度従順な”次女”を演じる事なのです。
■ SIDEミーラ
侯爵家に戻ると決意したお嬢様は、公爵夫人から借りたという探知機を私に渡した。
そして色々と教えてくれたのだ。
お嬢様は長い間ずっと洗脳状態だったということ。
その証拠にお嬢様が常に手首に嵌めていたブレスレットに探知機を当てて見せた。
『この探知機は呪具を発見する為に使われるものなの。
そして呪具だと判断するとこのように赤く光るわ』
『!?な、何故そんな物騒な物をつけたままにしているんですか!?
今すぐ外さないと!!』
『いいのよ、まだ外すときではないし、お義母様に疑われない為にも外すべきではないわ』
頑なに外さないお嬢様にもう私はなにもいう事は出来なかった。
そしてお嬢様のブレスレットで、探知機がどの程度の精度なのか何度も確認した。
(探知機は半径約5mほどの距離で点滅して対象に触れると点灯する)
存在を確認する為だから複数あることは知らせてはくれないけれど、それでも見た目では呪具だと一切わからないものを発見できるものだから凄い。
さすがは公爵家といったところね。
普通の貴族で持っているところはなかなかいないんじゃないかしら。
まず私は”奥様”の部屋に向かった。
(お嬢様が相手をしてくれている今がチャンスなんだもの!)
探知機を手にして奥様の部屋を確認する。
使用人たちがいなくなり、あれほど皺にうるさかった奥様のベッドは乱れに乱れていた。
(こんな皺だらけのベッドで寝れるのなら、お嬢様を叩かなくてもいいじゃない)
一つでも皺があるとお嬢様に手を挙げていた奥様を思い出して私は眉間に皺を寄せた。
(ダメダメ、今すべき事をしないと)
頭を振って思考を切り替えたあと、探知機に目をやり、光っていないことを確認する。
(この部屋にはないのね…。
まぁ呪いたい人間に渡すべきものだから奥様の部屋になくても問題ない、か)
あったらあったで、次は誰を標的にしているのだと話がややこしくなるところだ。
私は奥様の部屋を出て、次はお嬢様の部屋に向かった。
■
「はぁ!?アンタ金持ってきてないの!?」
すっかり貴族令嬢として相応しくない言葉遣いの私のお義姉様に私は”申し訳なさそうに”頭を下げました。
「申し訳ございません。公爵の令息様の婚約者として暮らしてはおりますが、まだ私はクラベリックであります。
その為公爵家からは資金を受け取ったことがございません」
「使えない子」とお義姉様が口にし、そしてお父様やお義母様が軽蔑の面持ちをされました。
勿論私に対してです。
「ですが、私が公爵家に向かう際に購入したドレスをお持ちしました。
これを売れば幾らかのお金にはなるかと思いまして…」
持っていた鞄を差し出すと、お義姉様が私の鞄を奪い取ります。
「アンタが選んだドレスが足しになるわけないじゃない」
そういいながらも奪い取った鞄をいそいそと開けるお義姉様。
「お金については目を瞑るとして、貴女を呼んだのはこの邸の改善の為よ」
「改善…というのは」
「はぁ!?アンタわかってないの?!
アンタに任せていた使用人たちが辞めちゃったのよ!?
アンタが未熟な所為で、使用人の教育もロクに出来ないから今こんな状況なの!
アンタにはこの状況を改善する義務があるって言ってるのよ!」
お義母様の代わりに答えるお義姉様はずっと機嫌が悪いみたい。
無理もないでしょう。
今まで髪の手入れもお肌の手入れもしてもらい、好きなものを食べ綺麗なドレスを好きなだけ着ていただけに、一気に平民に戻ったように髪の毛には艶がなくなり、肌もどこか血色が悪く見えています。
それでもやってこれているのは平民だった経験があるからでしょう。
普通の貴族令嬢なら世話をしてくれる人がいなくなりお金も使えなくなってしまったら、身なりを整えるどころか食事もどうすればいいのかわからなくなるはずです。
「申し訳ございません…私が未熟なばかりに皆様にご迷惑をおかけしてしまいました…」
「謝罪をするよりも早く働きなさい!!」
「はい…!」
私は立ち上がり部屋から出ていきます。
「あ、あの…」
「何?!」
「廊下にも沢山破片が落ちていました。危ないので、私が片付け終わるまでここで落ち着いていただけたらと思いまして…」
勿論、言葉の裏にはこの屋敷内を調査する為に厄介な三人がばらけないでいてて欲しいという意味が込められています。
「…言われなくてもそのつもりよ」
そういったお義母様に私は深く頭を下げて、やっとこの部屋から出たのでした。
探知魔法を使ってミーラの場所を把握した私は、自分の部屋に転移しました。
「あ!お嬢様!」
然程驚いた様子を見せないミーラ。
それは私が魔法を使えるという事を伝えたからです。
ミーラには色々と協力していただく為に、秘密にしていたことを全て伝えることにしました。
私が呪具であるブレスレットを外さないことによく思わない表情を浮かべながらも言及しないのは、魔法使いだということもあったかもしれません。
ちなみに呪具を使って呪術を行うには匂いが重要ですから、私は魔法でこのブレスレットから香る匂いを遮断しているのです。
だからこうして身につけてても害はありません。
(でも呪具は見つけ次第王家に報告しなければならないから…)
例えブレスレットが呪具だとしても、私が幼い頃お母様からもらったこのブレスレットはまだ身につけていたいと思いました。
勿論殿下からは許可を頂いています。
話の流れ次第ではこのブレスレットがカギとなるのだという事で、まだ身につけていてもいいと仰っていただいたのです。
(お母様がお父様にもらったというブレスレットがとてもキラキラと輝いていて、羨ましそうに見ていた私にお母様は苦笑しながらブレスレットを下さったのよね…)
お父様からのプレゼントだったブレスレットが実は呪具だという事が判明した時、私はお母様を殺したのはお父様なのではと思いましたがすぐに思い直しました。
洗脳状態にあった私がお父様の仕事の状況を確認しても、不審に思う事はありませんでしたが、洗脳が解けた状態の今は違います。
お父様は本当に出来が悪いのです。
頭を使うことが得意ではなく、難しいことを考えるよりも楽しいことに向かってしまいます。
でもそんなお父様もプライドだけは一人前でした。
(だから執事長のトーイもお父様に気付かれないようにしながら、私に頼ってきたのよね)
お父様の事を理解している私はお父様にそんな計画が思いつきもしないと考えています。
それでも関わっているのならば、それはただ単純に利用されただけだろうと思ったのです。
「奥様とエリア様の部屋を見てきました」
そういいながら一つの箱を差し出すミーラから、私は受け取りました。
「これどっちも呪具なの?」
「いいえ。このシンプルなネクタイピンは呪具でしたが、一緒に入っていたこの水晶は呪具ではないのか光が弱かったのです」
「光が弱くても呪具は呪具だと思うのだけど……、それよりなにに使うための水晶なのかしら…」
「さぁ、私にはさっぱり……、でも公爵夫人なら調べてくださる筈ですよ!」
そう告げるミーラに私は笑みを向けました。
「ええ、そうよね」
「それよりお嬢様……、お嬢様のお部屋なのですが……」
言いずらそうに目をそらすミーラ。
「私の部屋にも呪具があったのね……」
「はい…、最初はエリア様の部屋にあった呪具に反応を示しているかと思っていたのですがどうやら違ったそうで…
色々な物に当ててみたのですが、かなりの呪具があると思います」
「え、ちょっと待って…お義姉様の部屋にこの呪具があったの…?」
「?そうですが…」
私はお義母様が一人で行ってきたのだと思っていただけに、お義姉様の部屋に呪具があることを知り驚きました。
「…この部屋で見つけた呪具はオルゴール、ネックレスやイヤリング等のアクセサリー系、と色々とありました。
まだ他にもあるかと…」
「このアクセサリーもオルゴールも全部お母様の形見の品…」
「え…!」
どれもこれもお母様が若い頃に流行していたデザインのアクセサリーが呪具だったとしり私は悲しくなりました。
そしてそれらの殆どが男性から女性に贈られる定番の品物であることも悲しく思った原因です。
勿論全てに対して、お父様から頂いたものだとお母様から教えられたわけではありません。
ですが、……やはりお父様は利用されていたのだと察した私は悲しくなりました。
せめて、お父様が知らずにいてほしいと思うのは私の我儘なのでしょうか。
「……”マナビリア”はそんな昔からお母様を呪い殺そうとしていたのね……」
そして私も、知らないうちに呪具を近くに過ごしていた為、マナビリアの呪術にうまくハマってしまったことが悔しく思いました。
お母様を殺した人の手のひらの上で、転がされていたようなものなのですから。
「お嬢様、この事を早く公爵夫人達に…」
「そうね」
ミーラに促されて、私は計画を進めるために魔法を展開させました。
私はミーラと共に呪具を探す目的の為に侯爵家に戻っていましたが、実はヴァル様達も動いてくれているのです。
ヴァル様は殿下と共に王城へ一度迎い、呪術者とそれに関わった者の捕縛の為王国騎士団の要請の為に。
公爵夫人は公爵に連絡し、クラベリック侯爵、つまりはお父様と領地の現状を陛下に報告する為に。
皆が私の為に動いてくださっていました。
「ヴァル様聞こえていますか?
私達は呪具となる品物を複数見つけることが出来ましたが、親機となる呪具はいまだに見つけることが出来ておりません。
もう少し時間を…」
「いや、その必要はない」
通信機として一時的に魔法を組み込ませて渡していたネクタイピンから話されたのでしょう。
私が展開している魔法の球体からヴァル様の声が聞こえてきました。
「お、お嬢様、なんだか地響きが聞こえませんか?」
地響きというより馬の走行音に似ています。
「…!?」
もしやと思いすぐに探知魔法をかけると大勢の人がこの侯爵家に向かっていました。
「ヴァル様!?今どこにいますか?!ヴァル様!」
魔法で作り出した球体に話しかけても一向に応答がありません。
私はミーラの腕を掴み侯爵邸の外に転移しました。
そしてタイミングよくこちらに向かっていた集団が到着します。
「…ヴァル様…」
思った通り侯爵家に向かっていたのはヴァル様でした。
そして、後ろには王族の紋と剣を合わせた模様を刺繍されている騎士の皆さんが居ました。
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