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1、初めまして

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はじめまして、こんにちわ。

私はクラベリック侯爵の次女のアニーと申します。

早速ですが、私の一日をご紹介させていただきます。
興味があれば聞いていただけたらと思います。

朝は小鳥がさえずり始める頃…なので大体太陽がお顔を出す頃でしょうか。

私は起きて服を着替え、顔を洗った後、”次女”として侯爵家の邸の為に働き出します。

起き出すこの侯爵邸で働く皆さんに挨拶をしつつ調理場に向かいます。

朝食に使う材料を取り出しつつ、在庫数を把握。
井戸に水を汲みに行き、やってきたシェフの方々とお野菜を洗ったり、皮を剥いたり、そして共に小麦粉を捏ねて発酵を待つ間、シェフ達はメインの調理を始める為、私は次に洗い場に向かいます。
勿論朝食が完成する頃にもう一度調理場に戻りますよ。
家族の皆様の舌に合わない料理をお出しするわけにはいきませんから。
これも侯爵家の次女として、責任者として当然のことです。

侯爵家の次女として汚れが少しでもついたお洋服やタオル、シーツを家族に使わせるわけにはいきません。
なので洗い場に着いた私は使用人たちと共に今日も力を込めて汚れを落としていきます。
冷たい水を”少しだけ温度を上げて”…後の水切りと洗濯掛けはお任せします。
少しだけ温度を上げても誰にも気づかれませんし、メリットが多いのです。
温度を上げることによって汚れも落ちやすくなりますし、使用人たちの手が冷たさでかじかんでしまうこともありませんから。

いい匂いがしてきた頃、私は調理場に戻り料理の確認をします。
うん!さすがはその道のプロですね!味も盛り付けも完璧です!
あ、でもお義姉様とお義母様は緑黄色野菜が苦手なので、ほうれん草は避けておきましょう。
栄養面を考えると食べてほしいところですが、どうやらアレルギーだと伺っています。
栄養が取れないだなんて可哀想ですが、そこは私がフォローできるようにこれからもチェックしていかなければいけませんね。

あ、もうこんな時間なのですね!

家族を起こす前に、今日の洋服のドレスとアクセサリーを数着選びます。
気分によってドレスを選べるように数着選びますが、それでも天気や予定に沿えるようドレスは私の方で絞らせていただいています。
でないと数えきれないほどに沢山あるドレスを前にしたら、迷われてしまいますから。

そして顔を洗う為のぬるま湯も用意して、お父様やお義母様、お義姉様を起こしに行ってもらいます。

勿論私ではなく、専属のメイド達です。
私は念のためお部屋の傍で待機しているだけです。
湯が冷めて冷たくなってしまった場合、謝罪しなければいけませんので。

………メイドが入って暫く声が聞こえてこないので、問題なかったのでしょう。
よかったです。

次はお掃除です。
最初に急いで食堂に行きます。
家族が使用する食堂にゴミが落ちていない事を確認し、家族が使うテーブルに汚れが付着していない事を確認した後、私は家族が来る前に”空間を洗浄して”食堂を後にします。
家族が食事をする空間にゴミがあると不衛生ですからね。
家族が食事をとっている間に出来る限り、邸の掃除を終わらせます。

朝は一日の始まりですから。家を出るまでの道のりにゴミや埃が目につかないようにしないといけません。
少しでも気分がいい状態でいてほしいですから。

そうしていると支度を終わらせたお父様がお仕事に出掛け、続けてお義母様とお義姉様は出掛けていきます。
えっと…お義母様とお義姉様は今日は伯爵夫人主催のお茶会ですね。

お義母様は色んなお茶会等の社交にお義姉様を連れていきます。
それでなくてもお義姉様は”学園にも通われて”とても忙しいはずなのに…。
やはり”長女”としてお義姉様は期待されているのですね。

お義母様とお義姉様は、お父様の再婚相手なのです。

クラベリック侯爵の正式な後継者は私の母でしたが、今から三年ほど前に亡くなられてしまいました。
原因はわかっておりませんが、余りにも急な出来事でしたし…当時学園に通っていた私はなにも出来ませんでした。
お父様からのお手紙で葬儀には間に合いましたが……。
私が未成人だったこともあり、お父様が正式な主として侯爵を継ぎ、そしてそのすぐ後お義母様とお義姉様がやってきました。

私があまりにも落ち込んでいたから、見るに堪えかねずお父様が新しい縁を結んでくれたのでしょう。
あまり話す機会がなくても、私の事を考えてくれていたことが嬉しかったです。

それにお二方はこれまでずっと大変な思いをされていたとお父様に伺いました。
だからこそ、新しい私のお義母様とお義姉様にいい環境で過ごしてほしい私は、お義母様の提案通り次女としてこの邸を管理するようになったのです。

え?私は学校には通っていないか?ですか?
勿論通っていました。
今から二年と半年ほど前に卒業したのです。

お伝えした通りお義姉様はとても大変な日々を過ごしていたせいで、学園に通われていなかったらしいのです。
その為年齢は私より上でも、私の後に入学し、現在も学園に通っているのです。

本来であれば私も年齢的には今年まで通い、お義姉様と一緒に通えるはずだったのですが…。
次女として侯爵邸の管理を任された為、急いで卒業させていただき、そして戻ってきたというわけです。

あ、勿論途中退学ではありません!
そんなことをしたら侯爵家の顔に泥を塗るようなものですから!
ちゃんと先生にお願いして卒業試験を受けさせていただき、合格を頂いたのです。

そういえば今年私は成人となるのですが、お父様やお義母様、お義姉様からお祝いの言葉を頂けるのでしょうか。
今から少しドキドキしますね。

家族を見送った私はここでやっと区切りをつけられるわけですが、でも休んではいられません。
お義母様とお義姉様が戻ってこられる前にまだまだやっておかないといけないことが残っているからです。

シェフが焼いてくれたパンを頬張りながら、帳簿に目を通しつつ、執事に話を伺います。
必要な物をリストアップしていき、執事に手渡した後はお父様の書斎に向かいます。

机の上に散らばっている書物を手にし、内容の確認を行います。
さすがはお父様です。記入ミスが昨日に比べて1つ少ないです。

邸の帳簿はともかく、領の書類に関しては当主の筆跡でなければいけない事が殆どの為、私は”お父様の文字を消す為”書物に手をかざします。
手をかざされている書面からミスしている部分の文字が浮かび上がります。
私は浮かび上がった文字をお父様の字で正しい数字に直し再び書物に戻しました。
書斎には誰もいない為みられることはありません。

そもそもこれは亡きお母様に言いつけられていた事なのです。
決してお母様以外の誰にもこの力の事を言ってはいけないと。

楽をしたいのならばできます。
この力で掃除も洗濯も料理も、誰の手も借りずに、時間をかけずに、私の力であっという間に終わらせることができます。
ですが、この力は決して言ってはいけない事だと教えられた私は、最低限のことにしか使っていません。

掃除ではなく空間の洗浄、天気が悪い日半乾きだった洗濯物たちへの蒸発、そういった些細なことならばバレずに使うことができるからです。

またこの力を使わずメイドや使用人たちと一緒に行うことで、皆と絆が深まった気がするのです。
だから、これからもこの力をなるべく使わずにいきたいと思います。

書類の確認が終わる頃、やっと一息付ける状態になりました。


「お嬢様、シェフがブルーベリーパイを焼いたそうです。一緒に食べませんか?」


お父様の書斎から出てきた私に、ちょうど通りかかったメイドが声をかけてくれて休憩へと誘ってくれました。
私は拒否することなく喜んで受け入れました。

ここで働く皆さんは本当にやさしいのです。
私がこの邸を管理することになった際、”お義母様の提案通り”自ら一緒に働きだした私に何度もやめるように促していました。

「そんなことお嬢様がすることではありません」と最初は言われていました。
勿論私も貴族令嬢として自ら包丁や箒を持つことは無作法なことだとわかっております。
貴族に生まれた以上、貴族らしい振る舞いをするべきだということもわかっております。

ですが一緒に行う事で見えてくることもあることも事実。
それに折角働いてくれるのですから、皆さんの仕事内容をきちんと把握し、そしていい環境でお仕事をしてもらいたかったのです。

だから何を言われても、どんなにやめるように促されてもやめませんでした。
そしてどんどん荒れていく私の手を握りしめて皆さんが涙を流してくれたのです。

うれしかった。

お母さまが生きていたころからいたメイド達。
たまに遊んでもらっていたりしていたので好意的に思ってくれることは知っていましたが、涙を流してくれるほどとは思っていませんでした。

だから、今でも続けているのは皆さんの為という部分が大きいと思います。

だって私が一緒に働くことで、皆さんが”冷たい水が入っているボウルごと投げつけられる”ことも、食べられない食材が並んでいるだけで”皿ごと投げられる”こともなくなるのですから。


「わぁ!とてもおいしそうです!」


大きなお皿にいくつも盛り付けられている一口サイズのブルーベリーパイに私は感嘆しました。

一人一人にお皿を準備しないのは洗う食器を減らす為。
最初は私だけ別に用意されておりましたが、私がやめるように伝えたのです。
「皆さんと同じで大丈夫」と。


「お嬢様に褒めていただき嬉しいですな」

「ささ!お嬢様席に座ってください!」


嬉しそうにするシェフに、椅子を引いてくれるメイド。
私は楽しいお茶の時間を迎えました。





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