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5_完
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思った通り、音に驚いた者たちは話すことをやめた。
その瞬間を逃さずメルは口を開く。
「婚約破棄の件畏まりました!私は王子殿下との婚約破棄に同意させていただきます!!!」
皆が呆気にとられる中、メルは少し乱れた息を整えていると、更に驚くことが起こった。
一匹の犬がメルとランガードの間に現れたのだ。
どこから現れたのかと周りの者たちが驚く中、メルは二か月前に再会したばかりの愛犬の姿に破顔した。
「バウ!?どうしてここに!?」
そういいながらもメルにとっては、バウが目の前にいることが嬉しかった。
大切な家族に会うためにはまた半年の間待たなくてはならないと思っていたからだ。
メルは膝をつき腕を広げた。
バウもメルに駆け寄り…
「え…?」
いつも通りだったら飛びついたバウを抱きしめていたが、今回はその通りではなく、バウはメルの前で足を止めた。
「バウ?どうしたの?」
メルはバウに不安な気持ちのまま尋ねた。
バウは一言「ワン」と答え、そして黒い膜がバウを包む。
「バウ!?」
メルは慌てた。見たこともない黒い膜がバウを急に包んだからだ。
バウが危ないと、メルはバウに近寄ろうとしたがバウは一歩距離を取った。
そして黒い膜は球体に変わり、徐々に大きくなる。
メルの体よりも大きくなった頃、膜は剥がれ、中から一人の人間が…いや、人間のように見える姿が現れた。
メルや他の人間にはない小さな角が頭に二つついていたのだ。
「ば、バウ…なの?」
メルはそう尋ねた。
バウと思わしき人はにこりと微笑む。
「そうだ。メルを迎えに来た」
「迎え…?」
混乱するメルに一歩ずつ、ゆっくりと近づくバウは両腕を開きながら微笑みかける。
そしてメルを抱きしめた。
「この笛は我がメルの母君に渡したのだ。メルになにかあれば我が迎えに行くと言葉を添えてな」
「バウが?」
「この笛はどんなに離れていても我に届く。…メルに何かあっては…、どうなるかわからんからな」
にこりと微笑むバウにメルは自然と頬が緩んだ。
メルはバウが自分の事を心配してくれていたのだと思ったからだ。
実際にはメルに傷一つでも、いやメルが悲しむだけで己を制御できるか、この国自体を滅ぼしてしまう可能性が考えられたからこそ、メルに笛を持たせたのだが。
そのバウの考えはメルには伝わってはいなかった。
「お、お前は誰だ!?」
甘い雰囲気を出すメルとバウに、王子であるランガードが荒げた声で問いかけた。
よくこの雰囲気を壊すことが出来たと、驚愕と尊敬が混じった目がランガードに向けられる。
ちなみに尊敬の目は教会の者が殆どであり、聖女を助けに来たとまるで物語の王子様のような存在に_例え角が生えていようが_うっとりとした目を向けていた一般客が二人の邪魔をするだなんてと驚愕の眼差しを向けていた。
「我か?我は魔王だ」
「魔王!?」
驚いたのはランガードだけではなかった。
そのバウの両腕に抱かれているメルも驚愕し、目を見開いていた。
「ま、王…なの?」
「メル、メルにはバウと呼んで欲しい」
再び甘い雰囲気を放つバウにメルは頬を赤らませてこくりと頷いた。
バウが人の形になったことも、そして魔王なのだということも、メルにとってはどうでもよかった。
次々と衝撃的な展開が起こっているが、それがどうでもいいことに思えるほどの端正なバウの容姿が近づくだけでメルはドキドキした。
特に真っ黒の瞳は、メルにとって優しく包み込まれるような、そんな感覚に捕われる。
「魔王が何故!?…いや、今はそんなことどうでもいい!
やはりお前は偽物だ!!!魔王という人間の敵と親しい関係であるものが聖女であるはずがない!!」
どこか楽し気に口端を上げるランガードに、メルも教会の者も、そして一般人も首を傾げた。
この国の王は、いえば人間の王。
しかも一国だけの王であるが、魔王とは“全ての魔人”の王である。
獣人も、亜人も、この魔人という括りであり、魔王とはその王なのである。
どちらが偉いか考えなくてもわかる。
なのに、何故王子であるランガードがそのような言葉をいうのかが、メルにも、いやこの場にいる誰もわからなかった。
「あ、あのぉ…聖女様にはここにいてもらわねば困るのですが…」
教会の人物が、喚くランガードをまるっと無視して魔王であるバウに話しかけた。
最初のバウの“迎えに来た”という言葉が気がかりなのであろう。
「…メルは我の伴侶となる者だ。聖女は代わりの者が務めればよかろう」
「いえ!メル様の代わりが務まる者はございません!!」
「…様…?」
いつもは様なんてつけないのに、とメルは思ったが、体をぶるりと震わせるだけにとどめた。
今まで平民で生きていたために、様付なんてメルにとっては気持ち悪いだけなのだ。
「なにが問題なのだ?」
「魔物からの結界です!メル様がいなければ満足に張ることも出来ません!」
「なら、我から魔人たちに指示しよう。魔物は我らにとっても厄介な獣だからな」
“厄介”と口にしながらも戦力においては魔物より魔人の方が圧倒的である。
だが何故厄介という表現が使われるのか、それは魔物は眠ることがないからであり、見かけるとところかまわず襲い掛かってくるからだ。
また数も多く非常に“面倒に思ってしまう”相手なのである。
ちなみに人間の魔力量もメルを除けば魔人にとっては赤子を相手にしているようなものだ。
ならば何故今まで魔人に助けを求めてこなかったのかと思うだろうが、魔人の多くがプライドが高い生き物なのだ。
弱い者のお願いを何故わざわざ聞かなければいけないのか、人間からの見返りも魔人にとってはゴミみたいなものなのにと思われているとわかっているからこそ、助けを求めることが出来なかった。
「これで問題ないだろう?」
「は、はい!ありがとうございます!」
教会の者たちがバウに平伏した。
その様子をみた一般人も同様に行動した。
一人だけ状況が読み込めていないランガードだけが周りを見渡し、……思わず笑ってしまう表情を浮かべていた。
「メル。“家”に帰ろうか」
家。
その単語にメルの目が潤み始める。
「…帰る、…帰るわ…一緒に!」
「ああ。母君も待っている」
そして二人は教会から姿を消した。
二人の会話から、移動先はメルが住んでいた町であろう。
聖女は魔王に連れ去られてしまったが、人々は魔人からの協力が約束されたことに喜んだ。
それに聖女が国を出ていないのであれば、“少し遠くても”また会いに行くことは出来ると判断したことも大きい。
今回の件はすぐに広がった。
魔王の伴侶として選ばれたのが人間で、しかも聖女であるメルだったこと。
そのメルのお陰で魔人からの協力が約束されたこと。
国はお祭り騒ぎとなり、この騒ぎは一カ月間続いた。
そして、聖女と魔王の話だけではなく、王子であるランガードのことも広がったのだが
「あの者が聖女様の心を奪わなくてよかったよ~!さすが顔だけ王子サマだな!」
「そうね!あの者が聖女様の婚約者だったから、こんなにうまくいったのね!…あ、元婚約者だったわ!」
「俺思うんだけどさ、あの王子サマもしかして小説と現実がごちゃまぜになってるんじゃないか?」
「どういうこと?」
「ほら!前に流行ったことあっただろ!?勇者と魔王の物語!あれ読んで魔王のこと誤解したんじゃないかなって思ったんだ!」
「えー!?まっさかー!今どき子供だって間違えないわよー!アハハハ!」
と、決して悪役としてではなく、“ちょっとバカだったお陰で、人間と魔神の架け橋のきっかけになった人物の一人”として広まった。
だからこそ廃嫡まではならなかったが、王の継承権はなくなったと発表されたのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
(メルが連れていかれた)
(我の伴侶であるメルが…)
絶望感に捕われていたバウだったが、それを救ったのは意外にもメルの母親だった。
「メル…メル…、絶対会いにいくから!!」
ボロボロと涙を流すメルの母は、泣きながらも強い意志を持っていた。
そんな母親の姿をみて、我が子を失う母親も考えられないほどの喪失感に心がはじけるほど痛く辛いのだとバウには伝わった。
(そうだ。我はまだ“未熟だ”)
人間にとっては全く未熟ではないバウは、魔人の中ではまだまだ子供だった。
生まれた時から魔王としての自覚があり、成長しきるまでメルの前に本当の姿を現すことは我慢していたのだ。
バウは犬の姿から人の姿に変える。
泣き過ぎて白目を赤くしたメルの母親が驚くが、バウは構わずに告げた。
ちなみに見た目は、青年になりかけの少年といった感じだ。
背も十歳のメルよりは高いが、メルの母よりは低かった。
「我はのちに魔王となる者である。必ずメルを連れ戻しに行くから、今は堪えてくれ」
「ま、魔王…?」
状況を完全に飲めたのかは定かではないが、メルの母親はすぐに真剣な顔つきに変わりこくりと頷いた。
完全に止まった涙を袖で拭い、バウと手を握る。
そして家の中から急に姿を消したバウは、次に現れた時にはメルを連れていた。
メルの母は驚きに目を見開くが、だがすぐに嬉しそうに笑った。
元よりバウと約束していたからだ。
メルを連れ戻すと。
そして約束通りメルは帰ってきた。
「メル。おかえりなさい」
だが、メルの母は更に驚くことになる。
「私バウのお嫁さんになるわ!」
と告げる娘の言葉によって。
ちなみに「どうして犬の姿なの?バウは犬の獣人なの?」という質問に対し
「メルが読んでいた本に犬が描かれていただろう?よく可愛いと漏らしていたメルに、我ももっと好かれようと思い犬の姿に変化していたのだ」とバウは答えた。
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