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一年が経った。

厳しく指導すると言われたメルだったが、その魔力の高さから次々に魔法の発動をこなしていき、今では結界を張りつつポーション作成を行うまでになった。

そもそも国への結界というのも、メル一人が常に魔法を発動させてかけ続けるというわけではなかった。

王都の教会を中心として国の至る場所に魔道具を設置し、一日に一度魔力量が高い聖女が魔力を流して結界魔法を維持させるというものだ。

その為起床後魔力を注いだメルは手持無沙汰になり_といっても今までは教会に属する者が少しずつ魔力を流して発動させていた為、これがメルでなければ恐らく魔力不足で寝込んでいただろう_ポーション作成をするようになった。

おじいちゃんおばあちゃんからの要望で湿布薬を作ったり、町の人たちが少しでも楽なるように橋を架けたりと、様々なことをほぼ独学で魔法を学んだメルには簡単なことだった。

メルは適応能力が高かったのだ。



メルが作っているポーションは聖女じゃなくても作成することは出来るが、効果は桁違いと言ってもいいほどに違っていた。

だからメルがポーションを作るようになって、今まで担当していた者だけではなく、そのポーションを服用する者たちにも感謝されるようになり、そしてメルの存在は国全土に広がり注目を集めた。



そして半年前、メルは王子殿下との婚約が決まったと告げられたのであった。

教会に一年前に連れてこられ、そして僅か半年で婚約が決まる、しかも相手は王族という異例な出来事は、メルという聖女の存在を抱え込みたいというあまり純粋ではない王族の下心からであったが、メルはそのことを知らない。

ちなみにメルとの婚約を決められてしまった王子も知らなかった。

だが、言わなくてもわかるだろうと、婚約を決めた王子の父親でもある王は考えていた。



しかし



「………」

「うまいですね!このお茶!私初めて飲ん…飲みましたわ!」



取ってつけたような敬語を使うメルに、向かい側の席に座る王子の眉間がピクリと動く。

しかもよく見ればメルが着ている服には動物の毛のようなものがついているではないか。

皆が憧れる王子との結婚。

平民にとって夢のような出来事であるはずなのに、当のメルは王子を前にしても緊張するどころかフレンドリーに接し、また身なりも整えない。

いや、メルにとっては整えている方ではあるが、それでも王子にとっては婚約者としてありえなかった。



「もう我慢できない!!!!」



バンッと絶対に手のひらが赤くなっているだろうと疑うほど、勢いよくテーブルを叩いた王子にメルは目を瞬かせた。



「ランガード王子殿下?どうしました?」

「どうもこうもない!お前はなんなんだ!王子である私に対し無礼な態度!茶の席で得体のしれない毛を付けたまま身なりを整えることもしない!
王族の婚約者としての自覚はあるのか!?大体お前は私の様に容姿が整っているわけではないのだから少しは化粧をしたりできないのか!?
なんで私ばかりがこんな嫌な思いをせねばならん!!!」

「………」

「私は帰らせてもらう!」



勢いのまま退室する王子ランガードにメルは眉をひそめた。



「……だって久しぶりの再会だったんだもの」



呟かれた言葉の相手は決してランガードではない。

メルの大好きで大切な人たち。

それはメルの母親と、そして愛犬のバウの事であった。



王都から遠い場所に住むメルの母は頻繁には会いに来れなかった。

それでも半年に一度のペースで会いに来てくれて、今日が二度目の再会であった。

久しぶりに見た家族の姿に、王子との時間を忘れてしまうほど楽しんでしまったメルは、急いで茶会にやってきたのだ。

その為バウの毛も全てを取り除くことも、少し乱れてしまった髪の毛も直す時間なんてなかったのだ。



「…私だって…王子との婚約なんて望んでないっつーの…」



完全に不敬ととれるメルの呟きは、幸いにも誰にも聞かれることはなかった。



















ランガードが茶会から去って二か月が経つ。

あれから怒ったランガードがそのままメルとの婚約を決めた者に異議を唱えたりしたのかと思っていたが、なんの出来事も起きなかったことにメルは拍子抜けした。



夜明けとともに起床し、国を覆う結界を維持する為の魔道具に魔力を流し、そしてポーションを作成。

教会に来て一年が経った今では、治癒魔法を駆使して重病患者の元にも足を延ばすようになったメルは更に聖女として名を馳せていた。



(週一で決められてた茶会が二か月も中止になったんだから、婚約自体なくなったと思ったんだけどなぁ)



雲一つない空を見上げ、患者の元から帰る途中のメルは声を掛けられたら、条件反射の様に笑顔で手を振り返す。

メルがこうして人々に囲まれずに町中を歩けるのは、たんにメルの人柄のおかげでもあった。

崇拝して崇められるのではなく、一人一人に接してきたメルの親しみやすさが、逆にそうさせていたのだ。



どこかから子供の泣き声が聞こえてきた。

メルは周りを見渡すと、メルを見つけて手を振る…いや手招く人たちが見えた。

メルは駆け出し近寄ると、小さな子供が泣いていた。

よく見ると怪我は周りにいる大人が治してくれたのだろう、だが負った時の痛みが脳に記憶されたままなのか、もう痛くないはずなのに泣いていて周りも困っている様子だった。



「大丈夫だよ!ほ~ら、よくみててね
痛いの痛いの~~~、飛んでけーー!」



派手にエフェクトを掛け魔法を発動させたメルは、大きく手を上げた。

星や丸、四角などの様々な形の光がその場一面に広がった。

子供中心にそれらは回り、泣いていた子供は呆気にとられ、そして次第に笑顔になる。



「わあああ!きれーーー!」

「ボクの怪我が治った証拠だよ!もう痛くないでしょ?」

「うん!ありがとうお姉ちゃん!」



もう子供は平気そうな様子でかけていった。

周りの大人たちはメルに感謝し、メルも「教えてくれてありがとうね!」と返していた。



教会に戻ると何やら騒がしかった。

メルは不思議に思いながらも歩みを止めずに進んだ。

何故ならポーション作成を再開しなければいけないからだ。

だが、メルを待っていたのは待ち望んでもいない男の姿だった。



「やっと来たか!与えられた使命を放棄し、遊び歩いていた、この偽聖女め!」



突如あらぬ疑いをかけられ、メルは一瞬自分へと向けられた言葉ではないと捉えてしまった。

メルに与えられた使命はこの国の結界魔法の維持。

それは毎朝一番初めにする仕事で、メルは一日も欠かさず魔力を流すことで達成してきた。

それどころかポーション作成や、患者への往診も加わり、忙しい日々を過ごしてきた。

今も患者の元から戻ってきたメルは、決して使命を放棄してなんかないと断言できる。



ならば誰が言われたのだろうと考える。

ここに来て初めて仲良くなったアリサは、魔力が一般人より多いからと、私がいない間に聖女として働いていた者だ。

アリサも教会に足を運んでいた人々の為に、祈りを捧げ、今魔力不足で休んでいる時間帯である。

つまり、決してサボっているわけではないのだ。



じゃあ誰だ?と首を傾げるが、アリサと私の他に聖女はいない。

この王子はいったい何を言っているのだろうかと訝し気に見てしまった為か、ランガードの眉間に皺が寄った。



「本当にお前は礼儀がなっていないな!!!」



平民出身に、いや聖女だと言われているがメルは今も平民なのだ。王子の婚約者として決められてしまったとはいえ、メルにはどこぞの貴族の養子にもなった事実はない。

その平民になにを求めているのだろうとメルは口を挟むことなく、黙ってランガードの話を聞く。



「…ハッ!なにもいえないか」



なにもいえないんじゃなくて、“なにも思っていない”のである。



「お前は今まで与えられた使命を放棄し、聖女としての待遇のみを享受してきた!
よって私はお前との婚約を破棄する!」



声高々に告げられた言葉にメルは目を見開いで驚愕する。

前者は意義を唱えたいが、後者は文句なく受け入れたいからだ。

たった二回。

メルはランガードとの茶会で楽しんだことはなかった。

だが、王命とあれば拒否することなどできない。

それが例え気にくわない王子との婚約だとしても。



幸いにも王子は見た目だけは良かった。

顔を近づけただけで吐き気をもよおすような容姿はしていないことだけが救いだった。

メルは頑張った。理由はわからないが常に苛立った様子のランガードに対しても、民と同じように笑顔で接し、共通の話題を見つけるために些細なことでも話しかけた。

でもダメだった。

結果は二回目の茶会が物語っていた。

メルは本当に婚約をなくしてほしいと思ったのだ。



ちなみに忘れているかもしれないが、ここは教会である。

ランガードの言葉に異議を唱える“教会の者”はいなかった。

それは聖女を取り囲もうと目論む王の考えが、普通に気にくわなかったからである。

メルも教会の者たちも婚約破棄万歳なのであった。

だが、もう一度いうがここは教会である。

教会には一般人も多く足を運びに来るため、王子の発言を聞いた“平民達”がこぞって騒ぎ出した。

それでも王子に直接物申すわけではない。

ただ近くの者同士で囁きあうだけ。

だが人々の小さいそれが徐々に大きくなり教会の中に良く響いた。



“メル様を婚約破棄だと!?”
“こんなにも聖女に相応しい方を蔑むだなんてあり得ないわ”
“この方が王太子でなくて何よりだが…”
“だが王族としての資格がないんじゃないか?”



メルを擁護する声が占める教会内に、メルはヒヤリと肝を冷やす。

例えこの王子がダメ男でも、この国の王の息子なのだ。

このままこの状況が続くと、さすがにヤバいとメルは思いどうすればいいのかと、ぎゅうと服を握りしめた時、ある物の存在を思い出した。



笛である。



メルが久しぶりにあった母から【なにか困ったことがあったら鳴らすといいわ】と渡した笛がポケットに入っていたのだ。

この笛で何が出来るのか、何故笛を渡したのか、母親の考えはメルにはわからなかったが、今ざわざわとうるさいほどの囁き声が響いている教会内では十分に使えるものだった。



メルは大きく息を吸い、そして



【ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!】



大きく鳴らす。



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