偶然な出会いは必然な運命 ~田舎者の聖女が拾った動物は実は魔王だったようで、王子サマに婚約破棄された聖女は大好きな魔王と幸せに暮らします!~

あおくん

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「えぇええぇ!?ママ!ママぁあ!!」



畑を耕す為に様々な土を混ぜ合わせる母親を手伝う、一人の子供が小さなスコップを片手に大きな目を更に大きく見開いた。

子供は思わずスコップを放り捨て、その“生き物”をそっと両手で拾い上げる。

子供の小さな両手にすっぽりと収まるその“赤ちゃん”は目を開ける様子はなく、だが小さくお腹が動いていた。



「どうしたの?メル?」



メルと呼ばれた子供は母親の元に駆けよると、両手に乗せている小さな“赤ちゃん”を持ち上げて母にみせる。



「まぁ!本当にどうしたの?!」



思わず母親も目を見開いた。

家では動物は飼っていない。

そしてメルがまだ三歳ということもあり、なるべくメルから目を離さずに作業に勤しんでいたのだ。

家の敷地から出ていないメルが、いったいどこから“動物の赤ちゃん”を持ってこれるというのだろう。

そして告げられたのは、またもや衝撃的だった。



「つちのなかにね!いたの!
メルびっくりしちゃった!!」

「土の中に?それは驚いたわね!」

「ね!ね!このこメルがそだてたい!いい?」



キラキラと目を輝かせるメルに、母親はうーんと悩む姿を見せる。

だが母親の中ではもう答えは決まっていた。



自然が多いこの田舎町では子供の数が圧倒的に少ない。

タイミングも悪く、メルと同年代の子供はいないのだ。

一番近くてもメルより十も年が上である。

メルが少しでも寂しい思いをしなくて済むのなら、動物の一匹飼うことは考えるまでもなくokだ。



だがそんな母親の気持ちをしらないメルは、おねだり光線として目をキラキラとさせながら母親を見つめ続けている。



「ね?だめぇ?」

「ん~~、ちゃんとお世話する?」

「するよ!!」

「おっきくなったら、お散歩も必要になるよ?面倒くさがらないでちゃんとする?」

「する!!」

「ご飯も欠かさずにちゃんと与えてあげられる?」

「うん!!!」

「じゃあ、いいわよ」



許可を出す母の言葉を聞いた瞬間「やったぁあああ!」とメルが大きな声で喜んだ。

見間違いかもしれないが、その瞬間だけメルの手の上にいる赤ちゃんが耳を手で隠す仕草をしたように思えたが、母親は気の所為だろうとすぐに気持ちを切り替える。



「とりあえず、その子はまだ赤ちゃんだから、まずはその子のベッドを作らないとね」



畑づくりは途中だったが、命ある者を優先する為、メルが放り投げたスコップを拾い、メルと共に家に戻る。



洗濯したばかりで畳んであったタオルを何枚か掴み、赤ちゃんの体の大きさに合わせながら畳み直すと、あっという間に簡易布団が出来上がった。

メルはそっと両手から赤ちゃんを降ろし、まるで人間が寝る時のように布をかける。

ニコニコとじっと見つめるメルを見た母親は、「その子が起きたら教えてね」と告げて、作業の続きをするために外に出たのであった。









あれから母との約束通り、メルは甲斐甲斐しくお世話をした。

一緒に寝て、一緒に起きて、ご飯のミルクもメル自ら温めて用意し、メルお気に入りの絵本を読んで聞かせてあげた。

メルの愛情をたっぷりと注いだお陰か、最初は動物の種類が“わからなかった”のだが、今では犬だったのかとわかるくらいに大きくなった。

そして、元気よく走り回る犬にメルは「バウ」と名前を付けた。



その甲斐あってか、バウは随分メルに懐いたようだった。

メルが歩けばついていき、お風呂に入ろうとすれば一緒に入ると扉の隙間から頭を差し込む。

バウの為に(メルの母が)作ったベッドは今は主がいないただの布と化していた。



「バウー!今日はねお出かけするんだよ!」



成長したといってもまだまだバウはメルより小さい為、メルは軽々とバウを持ち上げながら語り掛ける。

まるでメルの言葉が分かるかのように「ワン!」と大きく吠えて喜ぶバウの姿を見た母は「お出かけって言ってもお散歩じゃないわよー」と続けた。

疑問符でも浮かんでいるかのように首を傾げるバウにメルはニコニコと教えてあげた。



「今日はね、メルのマリョクそくていをしにいくんだよ!」

「ワン?」

「マリョクそくてい!前にバウにもよんだことあるでしょー?
五才になったらせいじょサマなのかをみてもらうの!だからメルもみてもらいにいくの!」

「ワン!」

「メルがせいじょサマになったらどうしよーー!キャー!」

「ワンワン!」



まるで本当に会話をしているかのような様子に母はクスリと笑った。



この国では、魔力が“桁違い”に高い保有者を聖女と定め、聖女は民の為に奉仕すると決められている。

そして桁違いに高い魔力の持ち主なら、“未熟な”子供時代でも突出した魔力量をもつと考えられており、その考えを裏付けるかのように高い魔力を持った子供は大人になるにつれ桁違いの魔力量に膨れ上がるのだ。



「メルが聖女様になってしまったら、ママとバウはさみしくなるわね」

「バウ?」「なんで?」

同時に首を傾げる我が子と、新しく家族となったバウに母はクスリと笑う。

「聖女様って認められたら家を出て、教会に行かなくちゃいけないのよ?
もしメルが聖女様なら、ママお別れしなくちゃいけなくなっちゃうもの」

「ええええ!?やだやだ!メルやだ!!!」

「ふふふ、大丈夫よ。…メルの魔力はそんなに大きくないから」

「ほぇ、そうなの?」

「ええ。ママはね、大人だからメルの大体の魔力量はわかるの。
メルの魔力量は聖女様になるほど大きくないわ」



そう告げられると、メルは安心したかのように「はぁ~~」と大きく息を吐き出した。



ちなみに何故魔力量が少ないとわかっているのに教会に訪れてまで、魔力量を測定しなければいけないのか。

その理由はまだ幼い実の子と離れ離れになりたくないという想いから、虚偽の申告をした者がいたからである。

当時他に高い魔力を持った子供がおらず、現役で務めていた聖女様も年を召していた。

そしてタイミングが悪く魔物の出没率が上がり、怪我を負った者も完治する前に再び戦場へと送られる。そんな日々が日常化したのだ。

その為、例え少ない魔力量を持った子供であっても必ず測定し、教会、そして国へ報告が義務付けられるようになった。



「じゃあそろそろ準備出来るから、メルもお出かけの用意して」

「バウは?」

「お留守番よ」



そう告げられたバウの行動は物凄かった。

まるで我儘を押し通そうとする子供の様に、メルの腕から綺麗に滑り落ちたバウは床の上でゴロゴロと転がりながら吠え続ける。

五歳というまだまだ子供のメルも、引き気味でバウをみたが、すぐに首を振り、「バウも一緒に行く?」と声をかけていた。

なんて優しい子なのだろうと、我が子に潤んだ眼差しを送る母親の一方でまるで計算通りとでも思っているのか、すぐさま起き上がったバウは「ワン!」と吠える。



「え!バウも!?」

「うん!一人じゃかわいそうだもん!ね~」

「ワン!」



ぶんぶんと尻尾を振るバウに、「じゃあ大人しくしてるのよ」と言い聞かせ、メルの母は承諾した。



「ほんっとーに、言葉がわかってるみたいね……」



ぼそりと呟かれた言葉は、ただの独り言で終わったと思ったのだが、数テンポ遅れて「ワン!」とバウが吠える。

テンポが遅れたことで、メルの母は気にすることもなく、メルに上着を着せ始めた。









この国の国民は五歳になった我が子の魔力を測定する為教会へと向かう。

メルも例外ではなかったが、メルの住む町には教会がないため、隣町にわざわざ向かう必要があった。

勿論義務の為、申告すれば費用も掛からない。

一部の家庭では、国が費用を負担してくれる一種の旅行として楽しんでいた。



ガタガタと激しく揺れる馬車を利用し、メルたちは移動した。

数時間もすれば隣町に着く。

メルは初めての長距離のお出かけにずっと上機嫌だった。



「ね!ね!なにあれーー!?」

「ああ、魔物とハンターが戦っているのね。メル応援してあげてね」



「でっかい水たまりだよ!」

「あれは湖っていうのよ。…あ、こら、身を乗り出さないの。落ちちゃうでしょ」



「ママ……、おちっこ…」

「え!?ちょ、ちょ、待って!!すみませーーん!!!」





少しの事件はあったが、問題なく隣町についたメルたち“三人”は、迷いのない足取りで教会へと向かった。



「うわぁ!ここがきょうかい!」

「そうよ」

「そうぞうしてたより、ちっちゃいねー!」

「それは言わなくてもいい感想ね」



メルの正直すぎる感想に苦笑しながらメルと共に教会へと足を進める。

まだ首都に近い、または栄えている町の教会であればもっと立派な教会が構えているのだが、メルが住んでいる町の隣町は農業が活発なだけで旅人がわざわざ立ち寄ったりするような店も名物もない。



「バウ?どうしたの?」

「バウ~」

「バウぐあいわるい?ママぁ…」

「どうしたのかしら?」



馬車から降りたところまでは元気だったはずのバウが、教会に辿り着いた時には体調が悪そうに舌を出していた。

よろよろと歩くバウを、持ち上げるメルは「よしよし」と言いながら頬ずりする。

すると少しだけ元気が出たように見えた。



「メルがバウをだっこしててあげるね!」

「キュ~ン」



具合が悪そうな中でも嬉しそうな様子を示すバウにメルは機嫌よさそうに笑った。



「魔力検査を希望ですね」

「はい。名前はメルといいます。○○町出身です」

「畏まりました。それでは……」



司祭だろうか、神父服を着た男性がメルに視線を向けると言いよどむ。

メルの母はどうしたのだろうかと目をやると、(そういえばバウを抱っこしたままだったわ)と言いよどむ司祭の反応に納得した。



「すみません…。あの子にべったりで…もし測定に支障がなければあのままでも大丈夫でしょうか?」



顔を顰めた司祭だったが、すぐに表情を戻し許可を出す。

メルの母は安堵し、メルとバウと一緒に測定を行う部屋へと向かわせた。



「?ママとおじちゃんはこないの?」

「ええ。ママたちもこの部屋に入っちゃうとメルの魔力量を測定する装置に影響しちゃうの」

「えーきょー?」

「メルの魔力量にママの魔力も混ざっちゃうのよ。
だからメルの魔力すごーい量になったって思われちゃうの」

「ええええ!それはだめだ!」

「まぁ、俗説なだけで確実ではありませんが、万が一の事も考えて当人以外の入室はご遠慮いただいているんです」

「バウは?」

「魔物でもない限り測定結果に影響しませんし、第一その子が仮に魔物であってもまだ子供。
魔物も動物の子供も、どちらにしろ微々たる魔力量ですから問題にはなりません」



司祭の言葉を理解したのかしていないのか、判別できない表情を浮かべるメルは「ふーん」と返事をする。



「では、そのまま部屋の中心部にいてくださいね」

「大人しくしているのよ」



そしてパタンと閉められた扉。

メルはバウをぎゅうと抱きしめた。



メルは泣くことはしなかったが、母が見えない空間にいるのは今が初めてだったのだ。

家の部屋数が少ないからということもあるが、みえるところに常に母の姿があった。

メルがバウと遊んでいる時も、忙しそうに働く母の姿。

メルの視線に気付くとにこりと微笑んでくれる母。

きっとあの扉を開けたら母はいるだろうけれど、魔力測定を阻害してしまっては母もいい顔をしないだろう。

出来るのなら、笑って、そして褒められたいという想いが強かったメルはじっと、床に描かれている陣の真ん中にいた。



「くぅ~ん」



元気がないメルの頬をバウはぺろぺろとなめる。

バウのザラザラとした舌の感触に、メルはくすぐったい感覚を受け、大きく笑った。



「キャー!バウくすぐったいよお!アハハハハ!」

「ワンワン!」

「ヤーー!アハハハハ!」



先程の暗い表情を浮かべたメルはもういなかった。

楽しいと誰もがわかる笑顔で笑い、バウとじゃれあっていると扉がガチャリと開かれる。



「メル!おつかれさま!大丈夫だった?」

「ママ!メルヘーキだったよ!ね!バウ!」

「ワン!」



メルの母は、メルが母がいなくても平気だったということに少し寂しさを覚えたが、それよりも子供の成長に喜ぶ気持ちの方が強かった。

笑顔で抱き着くメルを抱きかかえ、「流石ね!」と褒める。



「ね!ね!メルのまりょくちはどうだったの?」



そうメルが尋ねると、バウも知りたいのか「ワン!」と吠えた。

だが、それに答えたのはメルの母ではなく、司祭だった。



「メルさんの魔力量については少し高い数値でした。ですが…」

「えええええ!たかいの?!じゃあメル、ママとバウとおわかれしなくちゃいけないの!?」

「そんなことはないわ。最後までよく聞いて」



慌てるメルに宥める母。

二人の様子にこほんと一つ咳払いをした司祭が続けた。



「メルさんの魔力量は平均値の範囲であり、突出した値ではありませんでした」

「とっしゅつ?」

「凄く高くなかったってことよ。だから聖女様ではないわ」

「よかったぁああ!メル、ママとバウとおわかれしたくなかったもん!」

「ママもよ。可愛いメルと離れたくなんてないわ」



そう話す二人の姿に、司祭は少しだけ表情をやわらげた。

いくら国を、国民を守る為に聖女として崇め、そして奉仕活動をさせなければならないといっても、血の繋がった家族を引き離すという行為は喜ばしいことではない。

実際に以前に一人だけ、“桁外れとまではいかなかった”が高い魔力を持った幼い少女を親元から引き離す現場に立ち会った時は、心が痛かった。

まぁ、貴族という立場の親たちのように、子供を喜んで送り出すような例外もいるが。

今回測定をした子供は確かに魔力が高かった。

だが突出して高いわけでもなく、中の上の数値だった為に、離れないで済むと喜ぶ親子の光景には微笑ましいものがあった。



「ありがとうございました。司祭様」

「ありがとー!おじちゃん!」

「ワン!」



笑顔で戻っていく親子の背中を、司祭は眺めた。



「……まだおじさんと呼ばれる年齢ではないが…」



そしてぼそりと呟かれた言葉は誰にも聞かれることもなく、風に乗って消えていった。



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