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16(最終話)

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はっきり言おう。
まだお前(クズ)の番ではない。

きっと誰もが思ったかもしれないほどに、呆れた雰囲気が会場の中を通過した。
そして、周りとの距離が更に開く。

「まぁいい。ここでこれ以上こやつらに対する追及は行わない。既に戸籍詐称という罪に加えて、精霊を批判するという罪は確定しているからな。貴族殺しを行ったという罪は法廷で明らかにしよう。
…で、だ。そなたはなんだ?」

陛下。先程話に上った現当主のクズ・ディオダ侯爵です。
あ、違った。クズール・ディオダ侯爵です。

勿論私は心の中で伝えた為、陛下には伝わらなかった。

「ぼ、私はクズール・ディオダ侯爵と申します。
こたびの騒動につきまして、陛下には是非とも存じ上げてもらいたいと思い発言させていただきました!」

「…ほぉ。そういえばそなたは先程“無関係”と声を大にしていっておったな」

「その通りです!僕は貴族殺しなんて_」

「わかっておる。調べではそなたとケイン・ディオダは双子と報告が上がっているのだ。
ケイン・ディオダが赤子の時の話だ。双子のそなたも同じく赤子。
貴族殺しとは無関係だと知っておるわ」

陛下の言葉にクズの表情が明るくなる。
重罪ともいえる貴族殺しとは無関係だと陛下自ら宣言したのだ。
クズの心中はウハウハだろう。

だけどクズには別の咎がある。

「丁度いい。そなたは侯爵位を継いだのだったな。
ならば、これよりそなたの身分を取り上げることにする」

「……へ?」

「当然の結果だろう。王家より与えられた領地を放置し、年に一度の報告すらもまともに出来ない人間なんぞに当主はおろか貴族を名乗る資格はない」

愕然とするクズールは言葉も出ないで口をパクパクとさせるだけだったが、ふと我に返る。

「ですが…!、ではディオダ侯爵家はなくなる、ということですか!?」

「否。私はそなたから身分を奪爵(だっしゃく)したのであって、侯爵家そのものを取り潰してはいない」

まぁ、そもそもディオダ侯爵が王家より賜っている領地が広いため、取り上げるのならば王家にもそれなりの負担費用がかかってしまう。
だから、普通に考えてクズから爵位だけを取り上げ平民に落としてしまった方が合理的だ。
それだけ領地が酷い有様だったのだ。
改善しようともしないディオダ侯爵家の考え方はやっぱり異質だったようで、周りを見渡してみても「あぁ~まぁしょうがないね」っという顔をする人がほとんどだ。

(それに領地は立て直したばかりで、完全なる改善というわけではないから、王家としても返還されたら困るでしょう)

「ですがディオダ侯爵家は僕が唯一の後継者なのですよ!?」

「何を言っておる。先程ケイン・ディオダがディオダ侯爵家の者だと認められたばかりだろう。
後継者なら彼がいる」

「で、ですが……」

ぐぬぬ…と、この場にハンカチがあったら噛み締めていそうな、まるで小説のように悔しがるクズはパッと顔をあげる。
というかハンカチくらい準備しておきなさい。

「そうだ!精霊書です!僕はあの女と精霊書によって契約をしました!」

「契約、とな?」

「はい!次期後継者についてです!僕の子供を次の後継者にするとはっきりと記されております!
これではケインを侯爵にそえても、後継者問題がありましょう!」

クズの言葉を聞いた陛下は私へと視線を向けた。

「シエル・ディオダ侯爵夫人よ。この者の発言は真か?」

その質問に答えるべく私は一歩前に出る。
そして深くカーテシーをし、そのままの姿勢で陛下の言葉に答えた。

「その通りでございますが、特段問題にはなりません」

「は!?お前なにをいっている!?
お前がかいた契約書だろうが!内容を把握していないのか!?」

私に詰め寄ろうとするクズを控えていた王家の騎士が抑止することで、クズもそれ以上私に近寄ることはできない。
私は体を起こし、陛下を見上げる。

「話してみよ」

「はい。私は旦那様より白い結婚を告げられました。その為、後継者問題が今後起こることが目に見えていましたため、契約書を用いて早々に後継者となるべき存在を指定しました。
“後継者となる者を養子として迎え入れる”、もしくは“旦那様の恋人が産んだ子を後継者とする”と。
ですので旦那様の子供を必ず後継者とすると明記しておりません」

「ふざけるな!そんなの揚げ足だろう!?」

「…契約内容はきちんと理解した方がよろしいですよ。旦那様。
それに、そもそも後継者に対する内容は私達の白い結婚を前提にしているのです。私達が離縁すれば何の問題もありません」

「お前!減らず口を!」

「…?私は出まかせなど言っておりませんわ」

口答えをした私にカチンときたのか、クズは怒りで顔を真っ赤に染め上げた。
髪の毛がないと顔の皮膚だけじゃなくて頭皮まで赤くなるのねと新たな発見に、すかさず扇子で口元を隠す。
ちなみにクズはしっかり騎士が抑えていたため、私に殴りかかることはない。
まぁ殴りかかったところで、まだ離縁していないわけなのだから、正妻への扱いに対する契約違反となり精霊からの罰が与えられるだけだけど。
そして私はそれを止めはしない。

「ハハハ! シエル・ディオダ侯爵夫人の言葉通りならば問題なさそうだ」

「へ、陛下!?」

「恨むのならば責務を全うしなかった自分自身を恨むことだ」

連れて行け!と声をあげる陛下に、今までクズを抑え込んでいただけだった騎士たちがクズを連れて、いや引きずって会場から立ち去っていく。
最後まで騒いでいたが、陛下の一声で平民に落とされるクズが貴族が集まるパーティー会場にいること自体がおかしい事なのだ。
それだけでも連れ出される理由になる。

それにしても「覚えていろ」だなんて…。
契約内容にあるプライベートに関わらないという項目は離縁後も適用される内容なのに。
でも髪の毛がなくなったら、次はどんな罰を精霊は与えるのかしら。
少しだけ気になる気持ちもある。

「さて、少し時間はかかったが粗方片付いたな。
これよりパーティーの続きを行うと……、いやその前に私から一つ命じよう。
これは王命である」

にやりと笑う陛下は足取り軽く壇上へと戻り、声高らかに言った。

「ケイン・ディオダ、そなたの発明した血縁判定証明書なるものは、我が国で問題となっていた後継者問題を抑止するきっかけとなるだろう。
そしてシエル・ディオダ…いや、離縁を命じる為一時でもシエル・ウェルアネスに戻るか。
まぁいい。そなたはディオダ侯爵領に嫁ぎ、僅か一年半で荒れ果てた領地を見事改善させた。
両名には契りを結び、今後もディオダ侯爵領ならびにこの国の発展に貢献することを命じる」

陛下の発言に周りにいた人たちはわっと盛り上がる。
今まで静かだったのが信じられないくらいに盛り上がった。
そして誰かがケインの背中を押したのか、わたわたと転びそうになりながらも私の前に現れたケインに視線が集まる。

「…シエル様、触れてもいいでしょうか?」

「は、はい」

ケインは私の許可をとると、私の手をそっと持ち上げ、自身の片膝を床につける。

「…シエル様はご存じではないかと思いますが、私はクズール・ディオダに従いディオダ侯爵家の騎士として過ごしてきました」

その言葉に私はハッとした。
あ、私がケインが侯爵家にいたことを知らない設定で、しかも今が初対面という感じでいくのね、と。
確かに元から知っている設定でいけば、白い結婚を告げられた私が同じ侯爵家で過ごしてきたケインとイイ感じになっていた。つまり不倫をしてきたと疑いがあるかもしれない。
私とケインの婚姻は陛下による王命とはいえ、噂がどんな感じで広まるのかわからないのだ。変な尾ひれが付く可能性はないとは言い切れない。
たとえ領地をまわるときにケインが同行していたとバレても、クズが甲冑を着ることを命じていたと先程伝えていたため、私にとってケインは騎士だけど顔もわからない人だったということを裏付けたいのだろう。

なんて出来る男なのだろうと私は胸を熱くさせる。

「シエル様は常に堂々としていました。
…クズールに傍若無人な態度をとられても卑下することなく常に前をみて、なのに侯爵家で働く者たちには寄り添い、優しく接しておりました。
愛着があるわけでもない領地の為に、持参金まで使い切るほど尽くしてくださいました。
私は、そんなシエル様を拝見するたび、なにか自分に出来ることはないかと考えるようになりました。
そしてある時気付きました。…私は貴女を愛している、と。
私が正体を明らかにしたかったのは、貴女の隣に立ちたい、そして貴女と一緒に領地を守っていきたいと、強く思ったからです。
先程王命により婚姻を指示されましたが、貴女を幸せにする権利を私に与えて頂きたく思います」

ケインはそう言って、私の手の甲に口づけした。
ちゅっと、小さいリップ音を立てて、口づけしたのだ。

(ああ、ケインは何度私に幸せを感じさせてくれるのだろう)

互いの気持ちを確認しあった時も、ケインの両親への挨拶も、私は本当に嬉しくて、ケインとの未来の為ならばと頑張ってきた。
陛下も助力してくれて、私が自然にケインの妻となるように取り計らってくれて、後は結婚式と思った時にこれだ。

私もケインが好きだと伝えたい。
でもダメだ。
今ここでいってはいけない。
折角ケインがつじつまが合うようにしてくれたのに、私が台無しにしてはいけない。

そう思っていたら涙がぼろぼろと流れてきた。
ケインにプロポーズされた嬉しさと、ケインに好きだと私も愛していると伝えられない悔しさからだ。

「はい。どうか、よろしくお願いしますっ」

絞り出すように私はそれだけを伝えると、わっと先程とは比じゃないほど周りが盛り上がった。

その後貴族たちに囲まれて知ったことだが、私が流した涙はクズに白い結婚を宣言され、そして領地の為に汗水流して過ごした苦労がここでやっと報われるのだと、その感動で涙を流したのだと思われているようだった。

……ま、いっか。
誤解を解かなくてもいい。

クズに白い結婚を言われたときは寧ろ喜びすら感じたことだし、領地のために走り回っていたことも、私が自分でやると選択したこと。
それが悔しいとか負の感情を感じたことなんてないけれど、でもケインのプロポーズに感動したのは合っているから。

今ケインに愛を伝えられない悔しさの分、侯爵家に戻ってからたくさん伝えよう。
それで次に社交界に参加するときには、ラブラブな新婚夫婦だと皆に知ってもらおう。
そうすればもう私が、ケインに愛を伝える事を躊躇しなければならないという問題は起きないのだから。



拝啓、お父様。

政略結婚だからと諦めていましたが、私は幸せを手にいれることが出来ました。






→おまけその一
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