8 / 19
8
しおりを挟むそんなやりとりがあって数日。
ぎくしゃくしていた私とケインの関係はすっかり元通りになった。
いや、私だけが元通りになったともいえる。
よく考えてみればケインはディオダ侯爵の子息で、精霊が見えるから領地運営には最適だ。
寧ろめちゃくちゃうまくいくであろう。
性格にも物事の考え方にも難のあるクズ、いやクズールとは雲泥の差であるため、これはもう夫であるクズと交換してもらった方が一番の解決案である。
私的には勿論、領地的にも幸せ一直線だ。
ということで私はケインに伝えた。
一度はケインと婚姻を結ぶことはしないといったが、すぐにその考えを撤回するためだ。
するとあの日の夜同様に顔を真っ赤に染めたケインに、つられるように私も頬を染め、そんな私たちの様子をサシャ、コニス、ジャン、ヴァルが揶揄う。
しかし私は決めたのだ。
無理に押し通すつもりはないが、私は私の幸せの為にもケインには是非とも頷いてもらいたい。
そこから私とケインの戦いは始まった。
渋るケインに私はめちゃくちゃプレゼンした。
まず議題にあがったのは、貴族登録されていないケインをどうやってディオダ侯爵の子息だということを認めさせるのかという事。
これは簡単だ。精霊にお願いすればいい。
精霊書というものがあるのだから、それを応用して精霊に血縁関係がわかるものを作って貰えばいいのだ。
判定結果が紙に残っていればそれを証拠として保管も出来る。
そして実際に作ってみせた。
完成した時には精霊たちと手を取り合って喜んだものである。
だがこれには落とし穴がある。
ケインの両親である先代侯爵たちが罪に囚われるという事。
侯爵家以上の爵位を持つ者は、貴族殺しをした場合重罪として扱われる。
これは強い権力を持つ貴族が下級貴族への横暴行為を防ぐために作られた制度だ。
そして後継者争いから、有望な人材を排除する愚かな行為が出来ないよう、身内にも適用される。
その為不吉だからという理不尽な理由で、ケインを殺そうとした先代侯爵たちは貴族殺しが適用されるのだ。
勿論この結末には私は当然だと思っている。
ケインを正当な理由もなく傷つけ泣かせて、そして命を奪おうとしていた人たちなのだ。
罪を償うことは当然だ。たとえそれが重罪でも。
ちなみにオバンという元メイド長は殺害を未然に防いだことが評価され、恐らく貴族を誘拐したという罪をきせられることはないだろう。
例え罪となったとしても軽い罪に留まると踏んでいる。
もしそうじゃない場合は私は全力でオバンさんを守ろうと心に決めている。
問題はクズだ。
クズールはクズだが、ケインを殺そうとはせず、寧ろ素性を隠させながら自分の元に働かせたということが、ケインをかばおうとしたと評価される可能性が出てくる。
そこでクズに用意するのはいくつもの嘆願書だ。
領地運営が出来ない者に領地を持つ侯爵家を継ぐ資格はない。
今回の視察で解決した町や村からは提出されていた嘆願書に解決したという証拠の印をもらっている。
証拠はいくらでも揃えられるし、長く放置されていた村や町は声をかけたら証人として話してくれるだろう。
そんなことを私はプレゼンした。
視察の間中ずっと。
だがケインは決して首を縦に振らなかった。
「そういうことはどうでもいいんです。
いえ、奥様にとっては大事なことかもしれませんが…」
「奥様呼びはやめてほしいんだけど、じゃあ何が問題なの?」
頷いてくれない理由を私は尋ねると、ケインは少し恥ずかしそうに頬を赤らませる。
ケインが事情を話してくれたあの日から、ケインは重くて古臭い甲冑を身に着けることはなくなった。
コニス達と同様の騎士服を身に着け、とても身軽で過ごしている。
「私はシエル様が好きです。初めて拝見した時から素敵な方だと思っておりました。
ですが、そんなシエル様に私は好いてもらえることができるのかと…。シエル様にはもっと相応しい人がいるのではないかと、そう思えてならないのです」
やっと口にしたケインの気持ちを聞くことができた私は口をあんぐりとあけて驚いた。
なんとケインが気にしていたのはこれからの周りへの対応ではなく、私のケインへの気持ちだったのだ。
思い返せば、今後の対応策ばかりプレゼンして、好意を伝えるという言葉を一切口にしていなかったことを思い出した。
言わないと。そう思うとなぜか無性にドキドキする。
自分の鼓動が激しく動いて、思わずここから逃げ出してしまいたくなる。
だけどそれはしてはいけない。
だって自分の気持ちをケインに伝えなければ、きっとケインにはこの先も伝わらないから。
「ケイン…あのね」
自分の気持ちを伝えようと口を開いたが、その瞬間私は強い視線を感じた。
サシャと護衛騎士三人である。
私はケインの手を取り、馬車へと駆け込んだ。
狭い空間の馬車をより二人だけの空間にするべく、私は馬車に備えられているカーテンを全て閉める。
外から小さくだが「あああーー……」と悲しげに叫ぶ声が聞こえたが、まるっと無視した。
そして向かいに座るケインの隣に私はわざと座り、逃げないように手を握りしめる。
ケインは緊張しているのか、少し手が湿っていたけれど、きっとそれは私もだろう。
互いに緊張しているという事実に、私は少しだけ冷静になれた。
自分がどれだけ緊張していたのか、ここで自覚したのだ。
「ケイン、ちゃんと聞いてね。私は貴方が好きよ」
ケインの目を見開く様子に、私はくすりと笑う。
「夜空のような髪の毛も、薔薇のような瞳も、人を思いやれる優しい心も、そして…これはきっかけに過ぎなかったけど…どんな時でも私を守ろうとしてくれたところも、ケインの全てが恋しく感じられるの」
勿論少し湿っている手のひらもね。と続けると一瞬で手を離され、ゴシゴシと手のひらを服に擦りつける。
「気にしないで大丈夫よ」
そういいながら再び手を繋ぐと、「シエル様も…」と呟かれた。
手汗を気付かれるのは恥ずかしいけれど、それが自分だけじゃない事を知っているから寧ろ気付いてくれて嬉しいとさえ思う。
「そうよ。私も緊張しているもの。
普通に手汗くらいかくわ」
「緊張、しているんですか…?」
「当たり前よ。好きな人と二人きりの空間よ。
しかも相手は私が好きだと気付きもしなかったから、ちゃんと自分の口で想いを伝えたのよ?緊張しないわけないじゃない。
……それに私は政略結婚で嫁いできたからクズ夫とも現状維持でいいと思ったし、だからこそ精霊書を使って契約書迄交わしたわけだけど。
でも自分が幸せになる道がぶら下がっていたら、躊躇なくその道を選ぶわ」
だって幸せになりたいからね。
そう告げるとケインは小さく「シエル様が、私を、好き」と呟いた。
まるで自分に言い聞かせているように何度も繰り返すケインに、私は次第に恥ずかしさを覚える。
もうやめてほしくなってきた。
耳を真っ赤に染めて俯くケインに、熱い顔のまま私は覗き込むようにして体を倒す。
「で、どう、かな?
これからあの男を蹴落としてそして離婚する私だけど、拾い上げてくれる?」
その言葉に勢いよく顔をあげるケインに私は驚くが、もっと驚いたのは燃えたぎる炎を瞳の奥に宿らせたかのように力強いケインの瞳だった。
そして目は口程に物を言うという言葉を思い出して、私はくすくすと笑った。
◇
そうして気合を入れた私たちは王都にある侯爵家への帰路を急いだ。
執事の予想した期間をすぎてしまったからだ。
きっと資金がなくなった侯爵邸は慌てふためいていることだろう。
でも最後の町から旅立って半月はかかるだろう帰路を急いで戻ったことで、十日に短縮できたことはひどい達成感を味わえた。
「これから侯爵家に戻るわけだけど、先に行くところがあるわ」
「もしかして、神殿ですか?」
サシャの回答に私は首を振って見せる。
そして答えた。
「王城よ」
2,136
お気に入りに追加
3,239
あなたにおすすめの小説

俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。
ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。
俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。
そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。
こんな女とは婚約解消だ。
この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。

王太子に婚約破棄されてから一年、今更何の用ですか?
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しいます。
ゴードン公爵家の長女ノヴァは、辺境の冒険者街で薬屋を開業していた。ちょうど一年前、婚約者だった王太子が平民娘相手に恋の熱病にかかり、婚約を破棄されてしまっていた。王太子の恋愛問題が王位継承問題に発展するくらいの大問題となり、平民娘に負けて社交界に残れないほどの大恥をかかされ、理不尽にも公爵家を追放されてしまったのだ。ようやく傷心が癒えたノヴァのところに、やつれた王太子が現れた。
契約結婚の終わりの花が咲きます、旦那様
日室千種・ちぐ
恋愛
エブリスタ新星ファンタジーコンテストで佳作をいただいた作品を、講評を参考に全体的に手直ししました。
春を告げるラクサの花が咲いたら、この契約結婚は終わり。
夫は他の女性を追いかけて家に帰らない。私はそれに傷つきながらも、夫の弱みにつけ込んで結婚した罪悪感から、なかば諦めていた。体を弱らせながらも、寄り添ってくれる老医師に夫への想いを語り聞かせて、前を向こうとしていたのに。繰り返す女の悪夢に少しずつ壊れた私は、ついにある時、ラクサの花を咲かせてしまう――。
真実とは。老医師の決断とは。
愛する人に別れを告げられることを恐れる妻と、妻を愛していたのに契約結婚を申し出てしまった夫。悪しき魔女に掻き回された夫婦が絆を見つめ直すお話。
全十二話。完結しています。

【完結】気味が悪いと見放された令嬢ですので ~殿下、無理に愛さなくていいのでお構いなく~
Rohdea
恋愛
───私に嘘は通じない。
だから私は知っている。あなたは私のことなんて本当は愛していないのだと──
公爵家の令嬢という身分と魔力の強さによって、
幼い頃に自国の王子、イライアスの婚約者に選ばれていた公爵令嬢リリーベル。
二人は幼馴染としても仲良く過ごしていた。
しかし、リリーベル十歳の誕生日。
嘘を見抜ける力 “真実の瞳”という能力に目覚めたことで、
リリーベルを取り巻く環境は一変する。
リリーベルの目覚めた真実の瞳の能力は、巷で言われている能力と違っていて少々特殊だった。
そのことから更に気味が悪いと親に見放されたリリーベル。
唯一、味方となってくれたのは八歳年上の兄、トラヴィスだけだった。
そして、婚約者のイライアスとも段々と距離が出来てしまう……
そんな“真実の瞳”で視てしまった彼の心の中は───
※『可愛い妹に全てを奪われましたので ~あなた達への未練は捨てたのでお構いなく~』
こちらの作品のヒーローの妹が主人公となる話です。
めちゃくちゃチートを発揮しています……
私はどうしようもない凡才なので、天才の妹に婚約者の王太子を譲ることにしました
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
フレイザー公爵家の長女フローラは、自ら婚約者のウィリアム王太子に婚約解消を申し入れた。幼馴染でもあるウィリアム王太子は自分の事を嫌い、妹のエレノアの方が婚約者に相応しいと社交界で言いふらしていたからだ。寝食を忘れ、血の滲むほどの努力を重ねても、天才の妹に何一つ敵わないフローラは絶望していたのだ。一日でも早く他国に逃げ出したかったのだ。

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。
ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

離婚したいけれど、政略結婚だから子供を残して実家に戻らないといけない。子供を手放さないようにするなら、どんな手段があるのでしょうか?
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
カーゾン侯爵令嬢のアルフィンは、多くのライバル王女公女を押し退けて、大陸一の貴公子コーンウォリス公爵キャスバルの正室となった。だがそれはキャスバルが身分の低い賢女と愛し合うための偽装結婚だった。アルフィンは離婚を決意するが、子供を残して出ていく気にはならなかった。キャスバルと賢女への嫌がらせに、子供を連れって逃げるつもりだった。だが偽装結婚には隠された理由があったのだ。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる