上 下
19 / 26

結婚相手

しおりを挟む

平和な日常に戻った私は、ある日お父様に呼ばれ、お父様の執務室に向かった。
そしてお父様の話を聞いた私は一気に憂鬱になってしまったのである。

「…はぁ」

そもそも貴族の結婚は政略結婚だけど、それがなされるのは高位貴族か、経済面で厳しい生活を送っている貴族が基本だ。
その他の貴族たちは娘や息子に任せ、学園内で相手を見繕ったり、デビュタントで相手を見つけたりする。

『ミレーナには私の後を継いでもらいたいと思い、特進クラスへと入学させたが…そもそもあそこのクラスだと伴侶を探すのも一苦労だろう?
そこで令息たちの情報を集めた。まだ婚約者がいない事は確かだから目を通しておいてくれ』

そうして渡されたのは何枚もの肖像画と性格や経歴が書いた男性たちの情報の束だった。
私はその紙の束を見て大きく息を吐き出した。

(婚約相手をこの中から選びなさいと言っているようなものじゃない)

詳細には思い出せない前世の記憶だが、前の私が暮らしていた日本では恋愛結婚が普通だったということは覚えている。
見目がいい男性だったり、性格や価値観が合う男性だったり、いいなぁと思う男性に想いを伝えてそしてお付き合いが始まる。
恋が愛に変わった時結婚するのだ。
その記憶があるからか、私の理想にもなっている。

(まぁ付き合った記憶も思い出せないから前世は未婚だったのかもしれないけどね)

それなのに唐突に父から渡された“婚約者候補”の束に私は重い重いため息をつくしかないのは当然のことだ。

「ミレーナ様?どうしました?」

私が溜息をついたタイミングで、お茶を持ってきたアレンが不思議そうに尋ねる。
私はワゴンに乗せられたスイーツをみて、(今日は抹茶のスポンジにクリームチーズをのせたケーキね)と気分が上がった。

「どうもこうもないわ。お父様から婚約者候補の書類をわたされたのよ。
……はぁ、話をしたことも顔を会わせたこともない人たちばかりなのに……」

再び気分が落ち込んでくるが、私の目の前にスイーツとお茶を用意するアレンをみると不思議と心が落ち着いてくる。
(アレンってばマイナスイオンでも出しているのかしら…)と馬鹿なことを考えながら私はフォークを手に取った。

「見ても?」とお父様から渡された束を指さすアレンに「どうぞ」といいながらスイーツを口に運ぶ。
抹茶のほろ苦さとチーズの酸味とまろやかさがいい感じで合わさって、絶妙な味を醸し出していた。
車や電車、携帯電話やパソコンなど便利道具はないが、それに代わる魔道具がこの世界にあるし、なによりスイーツが美味しいことが、前世の記憶を思い出した時に一番に感謝したことである。
私は作りかたとか詳しく知らない為、もしスイーツが発展していない世界だったとしたら、再現できない問題に指をくわえていただけだったかもしれなかった。

「…ひとまず、ですがこちらの男性たちを選ぶのはやめておいた方がいいかと」

私がスイーツのおいしさに感動している間、アレンは全ての婚約者候補たちの情報を見終えたのだろう。
二つの山に分けられていた。
しかも片方が数枚で、もう片方には大部分の書類が積まれている。
なんて仕事が早いのだ。
でも少し目が据わっていて怖い。

「これは私独自の情報網ですが、除外としたこの男性たちにはそれぞれ問題がございます。
女性問題に賭博、酒癖の悪さに暴力沙汰になったと噂の人もいますね。
ミレーナ様には当然のことながら相応しくありません」

「…じゃあ、そっちの男性は真面なひとって事?」

「そうともいえません。私の情報不足ですぐに判断が出来ないだけですから」

「そう……」

私は思わず目を瞬いだ。
でも同時に助かったと思った。
アレンには悪いが、あまり気乗りしていなかっただけにこうして確認し分別してもらうのは本当に助かったからだ。

「アレン、ありがとうね」

「………。とんでもございません」

そういったアレンはいつもなら嬉しそうに表情をほころばせるのだが今日は違った。
どこか痛いのか、それとも苦しいのか表情が暗い。
私はそんなアレンが心配で、なにがあったのか、それとも体調が悪いのか、尋ねようと口を開く。

「アレン、どう_」

「ミレーナ様は……あ、申し訳ございません」

言葉が被ったことでアレンが謝罪をする。
私は首を振って、アレンに続きを促した。
すると少しだけ渋ったアレンが恐る恐るといった様子で私に尋ねる。

「ミレーナ様は、どのような男性がお好み、ですか?」

「…結婚相手ってこと?」

「はい」

正直私は恋愛結婚に憧れがある。
前世の記憶が詳細で、結婚歴があったのならば今世は契約結婚でもいいかと諦め、相手は誰でもいい思っていたかもしれない。

だけどそうじゃない。
私には記憶がないのだ。
だからこそ譲りたくない。
でもそれがわがままというのはわかる。
この領地は私が継いでいく。
私が領民達を生かしていくのだ。
その為の伴侶がいかに大事であることは、私にもわかるしもっと小さな子供にだってわかること。
声を大にして恋愛結婚がいいだなんて、言えるわけがないのだ。
だから私はアレンにこう答えた。

「…一緒に、領地を守っていってくれる人、かな」

本当は沢山ある。
背が私より高い人。
可愛いところがある人。
意外と甘い物が好きで、一緒に食べてくれる人。
細マッチョで脱げば凄い人。
その人の笑顔をみるだけで癒される。そんな愛嬌がある人。
あ、あと浮気は絶対にだめだね。
私だけを愛してくれなきゃ嫌だから。

とはいってもこんな条件を上げたら相手を探すのは難しいといわれてしまう。
何故なら浮気をしない人は稀、というよりこの国では一夫多妻制を取り入れている。
前世と何が違うのかはわかっていないが、医療面は魔法でカバーしているため死亡率が低いのだが、出生率が低い。
前世と違うところと言えば魔力の有無。
きっと魔力量か、魔力の相性に関係があると思っている。
だから出生率を上げる為一夫一妻の夫婦は、貴族にも平民にも少ないのだ。
ちなみにお父様とお母様はこの少ない部類にあたる。 

「…ミレーナ様は出世…とか興味はないのですか?
高位な貴族と繋がりを持とう等は…」

「え、あるわけないよ。私はレリスロート家の次期女子爵よ?
勿論領民達が笑顔でいられるなら嬉しい事に越したことないけど、その為に私は私を圧し潰すようなことしたくない。
領主になる私の心に余裕があってこそ、私は領民の事を考えることが出来る。そう思っているから、爵位だけ取柄な男性を選んで、言いたいことも言えないような窮屈な生活になるのだけは嫌なの」

「それは……相手に身分は求めない、ということですか?」

「ええそうよ」

「一代限りの男爵位でも?」

「私が子爵なのだから問題ないわ」

そう答えた私にアレンは暫し沈黙してから「触れてもいいですか?」と尋ねた。
私は「うん」と答えるとアレンは片膝をついて、私を見上げた。

「私がミレーナ様の伴侶に立候補しても、よろしいでしょうか?」

熱のこもった瞳で懇願された私は、たっぷりの沈黙の後口を開き、こう告げた。












「へ?」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】

霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。 辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。 王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。 8月4日 完結しました。

転生先は推しの婚約者のご令嬢でした

真咲
恋愛
馬に蹴られた私エイミー・シュタットフェルトは前世の記憶を取り戻し、大好きな乙女ゲームの最推し第二王子のリチャード様の婚約者に転生したことに気が付いた。 ライバルキャラではあるけれど悪役令嬢ではない。 ざまぁもないし、行きつく先は円満な婚約解消。 推しが尊い。だからこそ幸せになってほしい。 ヒロインと恋をして幸せになるならその時は身を引く覚悟はできている。 けれども婚約解消のその時までは、推しの隣にいる事をどうか許してほしいのです。 ※「小説家になろう」にも掲載中です

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【本編完結】副団長様に愛されすぎてヤンデレられるモブは私です。

白霧雪。
恋愛
 王国騎士団副団長直属秘書官――それが、サーシャの肩書きだった。上官で、幼馴染のラインハルトに淡い恋をするサーシャ。だが、ラインハルトに聖女からの釣書が届き、恋を諦めるために辞表を提出する。――が、辞表は目の前で破かれ、ラインハルトの凶悪なまでの愛を知る。

【完結】親に売られたお飾り令嬢は変態公爵に溺愛される

堀 和三盆
恋愛
 貧乏な伯爵家の長女として産まれた私。売れる物はすべて売り払い、いよいよ爵位を手放すか――というギリギリのところで、長女の私が変態相手に売られることが決まった。 『変態』相手と聞いて娼婦になることすら覚悟していたけれど、連れて来られた先は意外にも訳アリの公爵家。病弱だという公爵様は少し瘦せてはいるものの、おしゃれで背も高く顔もいい。  これはお前を愛することはない……とか言われちゃういわゆる『お飾り妻』かと予想したけれど、初夜から普通に愛された。それからも公爵様は面倒見が良くとっても優しい。  ……けれど。 「あんたなんて、ただのお飾りのお人形のクセに。だいたい気持ち悪いのよ」  自分は愛されていると誤解をしそうになった頃、メイドからそんな風にないがしろにされるようになってしまった。  暴言を吐かれ暴力を振るわれ、公爵様が居ないときには入浴は疎か食事すら出して貰えない。  そのうえ、段々と留守じゃないときでもひどい扱いを受けるようになってしまって……。  そんなある日。私のすぐ目の前で、お仕着せを脱いだ美人メイドが公爵様に迫る姿を見てしまう。

誰の子か分からない子を妊娠したのは私だと義妹に押し付けられた~入替義姉妹~

富士とまと
恋愛
子爵家には二人の娘がいる。 一人は天使のような妹。 もう一人は悪女の姉。 本当は、二人とも義妹だ。 義妹が、私に変装して夜会に出ては男を捕まえる。 私は社交の場に出ることはない。父に疎まれ使用人として扱われているから。 ある時、義妹の妊娠が発覚する。 義妹が領地で出産している間、今度は私が義妹のフリをして舞踏会へ行くことに……。そこで出会ったのは ……。 ハッピーエンド!

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

6年間姿を消していたら、ヤンデレ幼馴染達からの愛情が限界突破していたようです~聖女は監禁・心中ルートを回避したい~

皇 翼
恋愛
グレシュタット王国の第一王女にして、この世界の聖女に選定されたロザリア=テンペラスト。昔から魔法とも魔術とも異なる不思議な力を持っていた彼女は初潮を迎えた12歳のある日、とある未来を視る。 それは、彼女の18歳の誕生日を祝う夜会にて。襲撃を受け、そのまま死亡する。そしてその『死』が原因でグレシュタットとガリレアン、コルレア3国間で争いの火種が生まれ、戦争に発展する――という恐ろしいものだった。 それらを視たロザリアは幼い身で決意することになる。自分の未来の死を回避するため、そしてついでに3国で勃発する戦争を阻止するため、行動することを。 「お父様、私は明日死にます!」 「ロザリア!!?」 しかしその選択は別の意味で地獄を産み出していた。ヤンデレ地獄を作り出していたのだ。後々後悔するとも知らず、彼女は自分の道を歩み続ける。

処理中です...