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圧力
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◆
ヒロイン(仮)に出会って数日。
事件は起こった。
どうやらヒロイン(仮)はエリザベス・バルオットという侯爵家らしい。
私より遥かに家格が上のエリザベス様から、正式な書面でアレンを寄こせという内容の書状が来たというのだ。
はっきりいって意味がわからない。
何故アレンを渡さなければならないの?
大事なアレンを、何故。
優秀なものを引き抜くことは不自然ではないにしても、アレンはまだ学生。
学んでいる最中なのだ。
様々な視点から見ても、アレンが引き抜かれる意味がわからなかった。
そしてアレンをお父様が呼びつけたと世話係のメイドから聞いた私は、いてもたってもいられなかった。
ツカツカといつもは立てない音をたてて、勢いよくお父様の執務室を開ける。
ドンという音が鳴り響き、現在お母様と共に家を切り盛りしている執事が扉の心配をする中、お父様とアレンがきょとんとした目で私を見てきた。
「ミレーナ?どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもありません!アレンをバルオット侯爵とかいう家に渡したりしませんよね!?お父様!?」
バンとデスクに手を叩きつける。
ひりひりと痛みが走るが気にしない。
ちなみに横からはとても熱い眼差しが突き刺さる。
アレン、見ていて。私あなたを他所に渡したりしないから。
その期待を込めた目でもっと私をみていて!
「…あ、ああ。アレンの意思も確認したし、うちとしてはそのつもりだが…」
「え?」
今度は私がキョトンとする番だった。
「ミレーナ様、私は生涯貴方の傍にいますので、ご安心ください」
褐色肌を赤く染め、嬉しそうに目を細めるアレンはそう言った。
どうやらアレンに家を出ろという旨を伝えるのではなく、アレンの意思を伺っていたらしい。
私は一人で早とちりしていた。
「…ミレーナ、流石に私もアレンの事を信頼している。
お前と共にこの家を任せてもいいと、そう判断し次の執事として活躍してもらいたいと学園に通わせているのだ。
だから流石に侯爵家からの引き抜きでもはっきりと断ろうと思ってるんだよ。
だがアレンの気持ちを確認していないから、こうしてアレンの意思を確認したんだ」
はぁと溜息をつきながらジト目で私をみるお父様に私は罪悪感を感じた。
「ごめんなさい、お父様……」
でも、とかそういう言葉は言わない。
いいわけしかならないことを知っているからだ。
「…いや、アレンだけを呼びつけず、ミレーナも呼べば誤解をさせずに済んだんだ。
私にも非はある」
「お父様……。いえ、お父様の事を信じられなかった私の方が悪いのです。
それに淑女であるべきにも関わらず、足音や物音を大きく鳴らし声を荒げてしまいました…」
しゅんと頭を下げるとお父様は綺麗に剃られている顎を指先で触りながら、私の先ほどの行動を思い返すと「ああ」と呟いた。
「確かにあの時のミレーナは淑女とは言い難いな」
「…はい」
「だがここはお前の家だ。家でくらい肩の力を抜いてもいいと私は思っているよ」
目線を私からずらしたお父様は「だろ?」と右と左と意見を求めた。
「……旦那様の意見には同意しますが、せめてノックくらいはしてほしいものです。
扉の近くにいた私としては身の危険を感じました」
「あ、ごめんなさい。セバス」
扉の心配をしていた姿しか見ていなかったのだが、どうやら彼を扉で圧死させてしまうところだったらしい。
はぁと小さく溜息をついた執事は「大丈夫です」と苦笑する。
懐が深い。
「私は先ほどのミレーナ様の行動にとても感動しました。
この目で見れてよかったとも思っていますので、先ほどの行動は素晴らしいものと判断します」
「「アレン、そこは褒めちゃだめよ(だ)」」
キラキラとした満面の笑みでそう告げたアレンに私とお父様は息を合わせてそう言った。
兄弟のように育ったとはいえ、私はアレンをとても甘やかして育ててきた。
アレンを助けた私、そしてアレンに良くしてきた私にアレンは崇拝しているようで、たまにこのように正常な判断が出来なかったりする。
そんなアレンが私を裏切ることはないと信じることができるが、正常な判断は維持して欲しい。
「では、そろそろ話を戻しましょう」
「そうだな」
執事とお父様がそう言った。
私は首を傾げてアレンを見上げる。
「ミレーナ様が来る前、確かに旦那様より私の意思を確認されました。
私は否定するとともに、あのおん…侯爵令嬢の発言をそのままお伝えしたのです」
「ということは、“アイテム”ということが“アーティファクト”である可能性を話した、ということね。
そしてそのアーティファクトを探すのはアレンが鍵である可能性がある、と」
「はい」
頷くアレンに、私はお父様の方に視線を向けた。
お父さまと執事はそのアイテムがアーティファクトであるものと仮定してどのようなものなのかを考えている。
勿論私がアレンに言ったようにアーティファクトというものは持っているだけでは確かにメリットもあるだろうが、デメリットの方が大きいと思っている。
なにかにつけて疑われるようになるのなら、例え金の生る木を見つけたとしてもアーティファクトで作られたまがい物なのではないかと疑われる。
そうなればうまく言っていた事業経営だって右肩下がりになるだろう。
だから普通であれば関わりたくないと思うのが当たり前の気持ちである。
だけど爵位を持つ責任ある立場の人はそうじゃない。
そんな話を聞いたのならばまず国に報告しなければならない。
そしてそれが真実であるかの詳細な情報も添えなければならないのだ。
どんな機能を持つアーティファクトでも、放置すれば国の滅亡に関わるかもしれないからこその決まり事である。
本来であればレリスロート家ではなく、バルオット侯爵家が行うべきものであることは確かだ。
では何故エリザベス様のお父様であるバルオット侯爵が行わないのか。
きっとそれはエリザベス様が情報を与えていないからだ。
ゲームの知識を利用しようとしているエルザベス様が伝えない理由は容易に想像できるが、それはいい選択肢ではない。
だけど変わりに私達が行うことで、アレンの引き抜きの拒否に文句を言わせないように切り札として、そしてエリザベス様がそのアーティファクトを使って国の上層部をめちゃくちゃにしないよう出来る限りの対応策をと思い、アレンはお父様に伝えたのだろう。
しかもアレンが探すための鍵であるのなら、確時間がかかっても確実に見つけることが出来ると、そう思っているだろう。
私は思考を巡らせた。
今迄漠然とはいえ、前世の記憶があるということを誰一人にも伝えてはいなかったのだ。
だからヒロイン(仮)であるエリザベス様が言ったアイテムというのがどのような機能を持つものなのか、心当たりがあるという話をする為にはまず前世の記憶があるということを話さなければならなかった。
私は話し合うお父様たちをみて、暫し物思いにふけていた。
ヒロイン(仮)に出会って数日。
事件は起こった。
どうやらヒロイン(仮)はエリザベス・バルオットという侯爵家らしい。
私より遥かに家格が上のエリザベス様から、正式な書面でアレンを寄こせという内容の書状が来たというのだ。
はっきりいって意味がわからない。
何故アレンを渡さなければならないの?
大事なアレンを、何故。
優秀なものを引き抜くことは不自然ではないにしても、アレンはまだ学生。
学んでいる最中なのだ。
様々な視点から見ても、アレンが引き抜かれる意味がわからなかった。
そしてアレンをお父様が呼びつけたと世話係のメイドから聞いた私は、いてもたってもいられなかった。
ツカツカといつもは立てない音をたてて、勢いよくお父様の執務室を開ける。
ドンという音が鳴り響き、現在お母様と共に家を切り盛りしている執事が扉の心配をする中、お父様とアレンがきょとんとした目で私を見てきた。
「ミレーナ?どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもありません!アレンをバルオット侯爵とかいう家に渡したりしませんよね!?お父様!?」
バンとデスクに手を叩きつける。
ひりひりと痛みが走るが気にしない。
ちなみに横からはとても熱い眼差しが突き刺さる。
アレン、見ていて。私あなたを他所に渡したりしないから。
その期待を込めた目でもっと私をみていて!
「…あ、ああ。アレンの意思も確認したし、うちとしてはそのつもりだが…」
「え?」
今度は私がキョトンとする番だった。
「ミレーナ様、私は生涯貴方の傍にいますので、ご安心ください」
褐色肌を赤く染め、嬉しそうに目を細めるアレンはそう言った。
どうやらアレンに家を出ろという旨を伝えるのではなく、アレンの意思を伺っていたらしい。
私は一人で早とちりしていた。
「…ミレーナ、流石に私もアレンの事を信頼している。
お前と共にこの家を任せてもいいと、そう判断し次の執事として活躍してもらいたいと学園に通わせているのだ。
だから流石に侯爵家からの引き抜きでもはっきりと断ろうと思ってるんだよ。
だがアレンの気持ちを確認していないから、こうしてアレンの意思を確認したんだ」
はぁと溜息をつきながらジト目で私をみるお父様に私は罪悪感を感じた。
「ごめんなさい、お父様……」
でも、とかそういう言葉は言わない。
いいわけしかならないことを知っているからだ。
「…いや、アレンだけを呼びつけず、ミレーナも呼べば誤解をさせずに済んだんだ。
私にも非はある」
「お父様……。いえ、お父様の事を信じられなかった私の方が悪いのです。
それに淑女であるべきにも関わらず、足音や物音を大きく鳴らし声を荒げてしまいました…」
しゅんと頭を下げるとお父様は綺麗に剃られている顎を指先で触りながら、私の先ほどの行動を思い返すと「ああ」と呟いた。
「確かにあの時のミレーナは淑女とは言い難いな」
「…はい」
「だがここはお前の家だ。家でくらい肩の力を抜いてもいいと私は思っているよ」
目線を私からずらしたお父様は「だろ?」と右と左と意見を求めた。
「……旦那様の意見には同意しますが、せめてノックくらいはしてほしいものです。
扉の近くにいた私としては身の危険を感じました」
「あ、ごめんなさい。セバス」
扉の心配をしていた姿しか見ていなかったのだが、どうやら彼を扉で圧死させてしまうところだったらしい。
はぁと小さく溜息をついた執事は「大丈夫です」と苦笑する。
懐が深い。
「私は先ほどのミレーナ様の行動にとても感動しました。
この目で見れてよかったとも思っていますので、先ほどの行動は素晴らしいものと判断します」
「「アレン、そこは褒めちゃだめよ(だ)」」
キラキラとした満面の笑みでそう告げたアレンに私とお父様は息を合わせてそう言った。
兄弟のように育ったとはいえ、私はアレンをとても甘やかして育ててきた。
アレンを助けた私、そしてアレンに良くしてきた私にアレンは崇拝しているようで、たまにこのように正常な判断が出来なかったりする。
そんなアレンが私を裏切ることはないと信じることができるが、正常な判断は維持して欲しい。
「では、そろそろ話を戻しましょう」
「そうだな」
執事とお父様がそう言った。
私は首を傾げてアレンを見上げる。
「ミレーナ様が来る前、確かに旦那様より私の意思を確認されました。
私は否定するとともに、あのおん…侯爵令嬢の発言をそのままお伝えしたのです」
「ということは、“アイテム”ということが“アーティファクト”である可能性を話した、ということね。
そしてそのアーティファクトを探すのはアレンが鍵である可能性がある、と」
「はい」
頷くアレンに、私はお父様の方に視線を向けた。
お父さまと執事はそのアイテムがアーティファクトであるものと仮定してどのようなものなのかを考えている。
勿論私がアレンに言ったようにアーティファクトというものは持っているだけでは確かにメリットもあるだろうが、デメリットの方が大きいと思っている。
なにかにつけて疑われるようになるのなら、例え金の生る木を見つけたとしてもアーティファクトで作られたまがい物なのではないかと疑われる。
そうなればうまく言っていた事業経営だって右肩下がりになるだろう。
だから普通であれば関わりたくないと思うのが当たり前の気持ちである。
だけど爵位を持つ責任ある立場の人はそうじゃない。
そんな話を聞いたのならばまず国に報告しなければならない。
そしてそれが真実であるかの詳細な情報も添えなければならないのだ。
どんな機能を持つアーティファクトでも、放置すれば国の滅亡に関わるかもしれないからこその決まり事である。
本来であればレリスロート家ではなく、バルオット侯爵家が行うべきものであることは確かだ。
では何故エリザベス様のお父様であるバルオット侯爵が行わないのか。
きっとそれはエリザベス様が情報を与えていないからだ。
ゲームの知識を利用しようとしているエルザベス様が伝えない理由は容易に想像できるが、それはいい選択肢ではない。
だけど変わりに私達が行うことで、アレンの引き抜きの拒否に文句を言わせないように切り札として、そしてエリザベス様がそのアーティファクトを使って国の上層部をめちゃくちゃにしないよう出来る限りの対応策をと思い、アレンはお父様に伝えたのだろう。
しかもアレンが探すための鍵であるのなら、確時間がかかっても確実に見つけることが出来ると、そう思っているだろう。
私は思考を巡らせた。
今迄漠然とはいえ、前世の記憶があるということを誰一人にも伝えてはいなかったのだ。
だからヒロイン(仮)であるエリザベス様が言ったアイテムというのがどのような機能を持つものなのか、心当たりがあるという話をする為にはまず前世の記憶があるということを話さなければならなかった。
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