やめてくれないか?ですって?それは私のセリフです。

あおくん

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■■■



「やめてくれないか?」



重々しい口調でウィリアム・イルデンド_私の婚約者であり、この国の王位継承順位第一位である王子殿下はそう私に告げた。



この状況に至った経緯を説明する前に、私の話をしよう。



私は公爵家の長女として産まれ、早々に次期国王とされる王子殿下の婚約者として指名された。

幼い頃から王城に通い王妃教育を受けた私は、公爵家の令嬢として、そして殿下の婚約者として恥ずかしくないよう行動してきた。



学園では今受けている教育内容より先を進んでいる者として、躓いている生徒たちの為に勉強会を開いた。

人間関係で悩んでいる者の為に、学園に設置されているサロンでお茶会を計画した。

一人で何冊もの本を運んでいる女生徒を手伝うこともあったし、皆にとって良い学園生活になるよう、とにかく親睦を深めようと積極的に行動してきた。



学園外ではまだ成人を迎えていない私は社交界デビューをしていないが、それでも王妃様、そしてお母様に伴われお茶会の場に顔を出し、知名度を上げていった。

また今の世の中は女性の社会上の活躍にも注目している為、お兄様やお父様にも同行し、仕事場でも数回ではあったが己の意見を発言する機会もあった。



上に立ち皆を率いていく者として、それなりの行動を心掛けてきたのだ。









次に私の婚約者である王子殿下の話をしよう。



王子殿下は“元々”真面目な人だった。



今のところ王位継承権第一位の王子殿下は_第一王子としての意味であり、王太子として陛下に次期国王と認められたという意味ではない_勉強の席からも逃げ出さず、青痣を作るほどに扱かれても剣術の稽古から逃げ出さない、それはそれは立派な王子だった。

成長し学園に通ってからもその姿勢は変わらなかった。

学園では生徒会長として多忙な毎日を過ごしつつも、その傍らで国王としての教育に毎週王城に足を運んでいた。

そんな王子殿下の評判はよく、学園を卒業した頃には王太子として陛下に認められ、国民にも周知されるだろうと思われていた。



それがあっという間に崩れ去ったのだ。





原因は殿下が初めての恋心を抱いたこと。





言ってはおくが、私と殿下の中に恋情と呼ばれるものはない。

各々が各々の教育を受けている中どうやって二人の時間を作れるのだろう。



お互いにお互いの情報は書面上、もしくは人伝えでしか知らなかった。



それはどういうことか。例えば殿下は青色が好きだが、青色といっても様々な色合いがある。

紫色を少し帯びた暗い上品な青色の紺青。

明るく澄んだ秋の空のような薄い青色の空色。

真夏の日差しの強い青空の色のような深く濃い青色の紺碧等、様々あるが私は殿下が具体的にどの青が好きなのかはわからなかった。



そんな殿下のことに露ほども興味がなかった私はある人物から相談をされるまで、殿下が恋愛にどっぷり足を浸かり…いや寧ろどっぷりと沈んでいるとは気付かなかったのだ。





■■■





俺はこの国の王位継承権第一位であり、第一王子のウィリアム・イルデンド。

従者によると俺はそれなりに見目が整っていて、また今まで真面目に勉学に励んできたためかなりの人気があると聞いていた。



このまま王太子として父上である陛下に認められるのも夢ではなかった。



いつもより早い朝、従者が起こしてくれる前に目を覚ました俺は、この日早くに学園に向かった。



婚約者のエリーは優秀だった。だからこそ折角時間が取れたこの日、エリーと久しぶりにこの国の将来について語ろうと思ったのだ。



だが俺の人生は変わった。



運命の相手に出会ったのだ。



薄ピンク色のふわふわした髪の毛を左右に結び、俺の好きな空色の水色に近い青色の瞳が印象的だった。



空を見上げて、楽しそうに微笑む彼女はまさに天使の様だった。



彼女が転んだ。



彼女は痛そうな様子だったが声を上げることはなく、恥ずかしそうに鞄を手にして立ち上がろうとしていた。



彼女の手助けになりたい。そう思った俺は彼女が立ち上がる前に駆け寄って、彼女に手を差し伸べた。



ほんのりと赤らんだ頬に、少し潤んだ目で俺を見上げる彼女に心臓が高鳴った。



俺はごくりと唾を飲み込んだ。



彼女は俺の手を取ってくれた。

立ち上がった彼女は見た目以上に軽かった。

重ねられた手にまったく重みが感じられないほどに、彼女は軽かったのだ。



これぞ天使だ。寧ろ妖精の類かもしれないと本気で思った。



俺は従者に彼女のことを調べてもらった。



アリス・ララ。男爵令嬢だった。



(だから、見かけなかったのか)



身分によってクラスが決まっている学園の中で、俺と彼女が出会わなかった理由がわかった。



それからは彼女に会いたくて、彼女を視界に入れたくて、足繁く彼女のクラスに向かった。



従者からアドバイスを貰い、女性が好きな花をプレゼントしたり、彼女に似合いそうなドレスを送ったり。



彼女のことを考えるだけで幸せだった。



だが俺は気付いてしまった。



いや彼女を見ていたからこそ気付いたのだ。

クラスだけではなく彼女が学園の中で孤立しているのだと。



なんとかしなければと頭を働かせたところで、婚約者のエリーが生徒に寄り添ってきたことを思い出す。

俺はエリーに相談をしようと思ったところで、従者にとある話を聞いたのだ。



エリーの部屋から彼女が目を真っ赤に泣きはらして出てきたことを。



彼女は俺の婚約者だ。



だが、俺が彼女に恋をしている事実を知り、“エリザベート”は“アリス”を虐げ始めたのだと察することができた。







■■■







「シュタウィン様!」



そう涙を浮かべて一人の女性が私を訪ねてきた。

名前はアリス・ララ。

外見に伴うかわいらしい名前の持ち主であり、男爵家の令嬢だ。

どうして彼女の名前を知っているのかというと、彼女は私の企画した勉強会やお茶会に毎回顔を出してくれているのだ。

覚えるのも当然だった。



そしてそんな彼女は、とても心苦しそうにしながらも、一つ一つ話してくれた。



ある日、彼女は登校中に躓いて転んでしまった。

彼女は自然溢れる土地に住んでいた為に、森と空が好きだった。

澄んだ青空を眺めつつ、気持ちいい風を感じながら空を見上げていては、当然躓いて転んでしまう可能性はあった。

彼女は日常的に、躓いて転んでしまうことは別に大したことでもないと思うほどに、まぁ…平和でまったりと過ごしてきたらしい。



だがそんな彼女に手を伸ばしてくれたのが、恐れ多くも私の婚約者である王子殿下だった。



この話の流れからして、きっと殿下はここで彼女に一目惚れをしたと私は察した。



彼女は恐れ多くも手を伸ばしてくれた殿下の厚意を無下にすることは不敬にあたるのではないのかと考え、差し伸ばされた手を取った。

体重をかけないように、殿下に負荷を与えないように自らの足の力だけで立ちあがったらしい。



ここだけ聞くと殿下はどれだけか弱い男性と思われているのか、流石に女性に掴まれたからといってよろける様な弱い男性には育っていない。

一目惚れをした女性に、男性として見られていない、ただの高位な立場の人間で、彼女に関わりたくもないと思われていることに、私は心の中で殿下に同情した。



ちなみに彼女はいつもは地面に手をついてすぐに立ちあがっていただけに、足の力だけで立ちあがることは結構疲れると言っていた。

さすがに殿下を前にして「よっこいしょ」的な仕草はできなかったらしい。



手を貸した殿下が続けて彼女に差し出したハンカチはさすがにお断りしたらしいが。



私はララ令嬢の話を一旦止めて、彼女の足を見る。

学園の制服は膝丈スカートの為、転んだ時についてしまった膝はよく見えた。



「転んでしまったのでしょう?汚れたり、怪我はなさらなかったの?」



「いいえ!生きてる間に結構な回数を転んでいまして、私の膝の皮は厚くなっているのです!怪我なんてしません!」



それは決して誇れることではない。



「それでも汚れたでしょう?」



「同じ身分の方でしたらハンカチをお借りしていたと思いますが、さすがに…」



この場合の同じ身分の方というのは、女性の方という意味である。

彼女はきっと私からならハンカチを受け取ったであろう。

同性の間であれば変な噂は立たないからだ。

身分が上の者であれば下の者にも手を差し伸べる人なのだと好意的に見られ、身分が下の者は上の者への繋がりのきっかけを手に入れることができるからだ。



ちなみにこの場合私へのきっかけは考えなくてもいい。

冒頭でも伝えた通り、勉強会やお茶会を企画している私は話しかけやすい存在だからだ。





まぁ話は戻して、差し出されたハンカチを渋る彼女の立場を考えたら、わからなくもなかった。

私も陛下からハンカチを差し出されたら恐れ多すぎて手にすることもできないからだ。



それでも渋る殿下に彼女は自分で持っていたハンカチでゴシゴシと汚れた膝を拭いて、ハンカチを借りる理由をなくし、そのまま慌ててその場を去ったのだと言った。



淑女として走って立ち去った行動も、ゴシゴシと乱暴に肌を拭う行為も、言いたいことはあったがそこはグッとこらえた。



「それからなんです…」



「どうしたのかしら?」



「王子殿下がちょこちょこと私のクラスに顔を出すようになったのです…。

…………最初は偶然を装っていました。

私のクラスと王子殿下のクラスは離れているから、今までは見かけることがありませんでした。

でもあの日から見かけるようになって、まぁ気のせいだろうと思っていたんです」



この学園では身分ごとにクラスが異なる。

王族と公爵家がSクラス、侯爵家と伯爵家がA、Bクラス、子爵家と男爵、そして准男爵がC、D、E、Fクラスとなっている。

そしてS、A、BクラスとC、D、E、Fクラスは階も異なっているのだ。

今迄ララ令嬢が殿下とすれ違わなかった理由はそれだ。



「でも!でも!殿下がDクラスに訪れ始めたのはきっと偶然ではないと思うんです!

シュタウィン様なら、私達男爵家の方にも勉強会とか開いてくれるからいらっしゃっても不思議ではありません!寧ろ感謝してるんです!

いつも真ん中くらいの成績だったのに、シュタウィン様が丁寧に教えてくれるようになって、いい点数がとれるようになったんです!

お母様にも点数があがって、褒めて貰えたんですよ!」



へへと嬉しそうに笑うララ令嬢を見て、私も嬉しくなった。



「ハッ!!そうじゃないです!あ、伝えたかったのは本当なんですが、今言いたいのは殿下の事で…!」



「落ち着いて、大丈夫よ。ちゃんと聞くから」



「シュタウィン様ぁ……。

その日Dクラスに訪れた殿下は、本当に何の用があったのかわからなかったのですがチラチラと私の方を見て、教室から出て行きました。

私は転んでしまっ……殿下に助けられた(?)あの日、何かしてしまったのではないかと思って恐ろしくなりました」



本当に助けられたとは思ってなさそうなララ令嬢に、私は少し微笑ましくなった。



(殿下のお陰で足のトレーニングをさせられたともいえるものね)



「そして次の日、何故か私の机の上にお花が供えられていました。

私は恐ろしくなりました。この間小説で見たんです。いじめの一つに机の上にお花を置くシーンを。

私は本当に怖くなって、でも勇気を振り絞って信頼している友達に聞きました。

友達は教えてくれました。あのお花は殿下が置いたものだと」



ララ令嬢はガタガタと体を震わせて、両手を合わせて握りしめる。

指の先は白く、かなりの力が込められているのだとわかった。



「その日のお昼、殿下がまたDクラスの教室に来てしま…いえ、いらっしゃって、【気に入ってくれたかい?】と訳のわからな…有難いお言葉をくれました。

教室がシーンと静まり返りました。痛い視線がビシビシと私に突き刺さったんです。

子爵や男爵が集まるクラスはそれほど貴族らしくないといいますか…仲間意識もあって、クラスの皆とそれなりに仲良くしていたと思っていたのに…」



彼女の目には涙が溜まり、今にも零れ落ちそうだった。



「憧れであり淑女の鑑のシュタウィン様と、王太子として認められるだろうと噂の殿下は、本当にお似合いの二人だと私は今でも本当にそう思っているのです。

私もシュタウィン様のような淑女になりたいとは思っていましたが、私の憧れで尊敬するシュタウィン様の婚約者を奪うだなんて…!私そんなこと考えたこともないのです!

それなのに…、それなのに!殿下はまるで私のことを恋人に対するように接してきました!

私と殿下の様子を見たクラスの人は離れていき、信頼していた友人も私から距離を取るようになって…、でも殿下を拒絶しても大丈夫なのか、それがわからなくて…

自分一人ではどうすればいいのかわからなくて、そんな私のことを友達にも伝えたのですがわかってもらえなくて……、寧ろよかったねと軽蔑する目で言われたんです!」



私は!嫌なのに!とついにはボロボロと涙を流して、私に縋った。

私は立ちあがって、彼女を宥める為に彼女を抱きしめた。



「大丈夫よ。私はあなたをなんの罪にも問いません。

寧ろララ令嬢の苦しみに気付かずに申し訳なかったわ」



「シュタウィン様ぁ…私の、話を信じて…くださるの、ですか…?」



「ええ。こんなに苦しんでいる人の言葉に耳を傾けないほど、私は落ちぶれていないわ」



「シュタウィン様ぁ!」と私の胸で泣き崩れるララ令嬢を落ち着くまで抱きしめて、撫で続けた。







◇◆◇





私は話をするために、ウィリアム殿下を呼び出した。

教員に教室の一つを貸してもらい、話をする間は万が一の可能性を考え、他の生徒たちに暫くの間教室に待機してもらっていた。



話が長くなる可能性もあるから、室内には長テーブルを二つ向かい合わせで置いてもらった。

そして長テーブルの中にどんな小さな呟きも拾うマイクを忍ばせる。



ちなみに私がどうしてサロンを使用しなかったかというと、殿下に察してもらいたかったのだ。



この件の重要度を。



この室内の雰囲気から、読み取ってもらいたかった。



「エリザベート」



私の名を呼びながら教室に足を踏み入れた殿下は機嫌が悪そうだった。

どかりと椅子に座る彼の様子から、私はこめかみが痛くなるのを感じる。



(彼はもう私の名前を愛称でエリーと呼ぶことはないのね)



愛し合ってはいないが、互いに互いの存在を認め、意識し、切磋琢磨し成長してきた彼との関係は決して悪くなかったというのに。



「ウィリアム殿下、今日殿下にお越しいただいたのは申し上げたいことがあるからです」



殿下の目を逸らすことなく淡々と告げると、殿下は大げさに溜息を洩らした。



「待て、それならば俺も言いたいことがある。先に言っても構わないか?」



「ええ、問題ありません」



組んでいた足を元に戻して、肘をつき指だけで手を組んだ。

組まれた手で口元が見えなくなった分、鋭い目つきがより高圧的に見えた。

今は恋愛に全身どっぷりと浸り、お花畑になっているがそれでも真面目だった王子殿下の威厳は失われてはいなかった。



本当に、“もったいない”。



「やめてくれないか?」



何を?だなんて尋ねなかった。

私は今までの人生、恥じるべき事等した事なかったからだ。



無言を通す私に、殿下は「はぁ」とわざとらしく息を吐き出す。



「どうやらしらをつき通すつもりのようだが、俺はそんなに甘くないぞ。

君は全校生徒に寄り添い、生徒たちからの人望を集めてきた。俺も素晴らしい婚約者だと思った。……ついこの間までは」



ギッと私を睨みつける殿下は立ちあがり、バンッとテーブルを叩きつける。

大きな音に跳ね上がりそうになる体を何とか抑えた。



「だが!その立場を利用して、一人の生徒を孤立させるだなんて、そんな非道なことをするとはな!」



「!?」



身に覚えのない言葉に耳を疑い、言葉を失った。

いったいこの男…、いえ、殿下は何を言っているのだろう。



孤立?



一体誰を?



この私が?



「挙句の果てにはか弱い少女を呼び出し、泣かせるとは!

いい加減彼女を悲しませることはやめてくれ!」



その言葉で私は察した。



私が先日話を聞いたアリス・ララ令嬢の事を言ってるのだと。



そして、この男は自分のことを棚に上げて、非常に自分に都合の良いように現実を捻じ曲げている。



「殿下の話は以上ですか?」



「おま…っ!?…ああ」



思わず偶然手に持っていたボールペンを握りしめると、粉々になって砕け散る。

まだ使い始めて数日しか経ってなかったものだが、まぁ殿下が冷静になってくれたから良しとしよう。



ちなみに殿下が青痣を作るほどに剣術を頑張っている間、私は武道を身に付けていたのだ。

女性の社会進出をという声が多くなってはいるが、女性が武器を持つのはいまだによく思われていない。



だが王族はそれなりに命を狙われるものなのだ。

自らを守る為ぐらいの護身術は身に付けさせられる。



「ではお話させていただきます。

まず、殿下。私たちは婚約関係にあります。

幼い頃から殿下と私は国王、そして王妃になるべくして育てられてきました。

私と殿下は互いに恋情は持ち合わせておりませんでしたが、それでもお互いを認め合った仲だと認識しています。

そして殿下の婚約者に何故私が選ばれたのか、それは偏に私が公爵家の令嬢、そして殿下と年齢が近いからに他なりません」



「……その通りだ」



目を閉じる殿下は腕を組んで自分の腕を何度も握る。

落ち着かない様子の殿下に私は構わず話を続けた。



「以前より私は陛下、並びに王妃様にお伝えしていました。

“殿下に想う人が現れましたら、婚約者の見直しをご検討ください”と」



「な!?」



ここで初めての反応を見せた殿下に、今まで知らなかったのかと思った。



私も殿下に話してこなかったとはいえ、それでも他の女性を愛してしまった以上今からでも婚約者の見直しを自分の親に相談するのは悪いことではない。

寧ろ王太子と決まっていない今だからこそできることだ。

第一他の女性を愛している男を夫に欲しがる女がどこにいるというのだ。

関係が悪化するだけでいい関係には決してならないだろう。



「ここからはとある女性から相談された話をお伝えします。

女性は私に言いました。ある男性の行き過ぎる行為に頭を悩まされていると。

時には机に花を、時には寮の自室にプレゼントがあったそうです。

女性は、女性より遥か高い身分の男性に拒否を示すことはできなかったそうです。

そして、その男性には婚約者がいたそうです。

しかし男性は婚約者ではなく、何故かその女性に構うようになったと。

休み時間の度にクラスを訪れ、昼食も身分ごとに席がわかれているのにも関わらず、女性には座ることを許されていない席に座らされ、終いには横を歩く男性に腰を触られたそうです。

女性は私に言っていました。

何故婚約者の方ではなく私に構うのかと。

拒否することもできない女性は言いました。

男性が彼女に構うたびに、クラスの人は離れ、友人も距離をとっていくと。

女性が一人でいる時、周りの生徒の話し声が聞こえてきたそうですよ。

“尻軽女”と“婚約者がいるのに男を横取りした泥棒女”と」



殿下は目を見開いて聞いていた。

私の話を、“静かに”。



「さて、殿下に質問があります。

ここ最近、私以外の女性に花をプレゼントしたことは?それも装飾にこだわった花瓶に一輪の花を」



「そ、それは……」



「私以外に殿下の色を添えたドレスをプレゼントしたことは?」



「…あ、…」



「最近殿下は教室を出て行かれることがよくありました。殿下はどこに?」



「っ…」



「実は不思議なことに私は最近道を塞がれることがありました。普通の生徒なら特に何も思わなかったですが、殿下の従者によく道を塞がれていたんですよね。

まるでその先に行かせたくないかのように。もしかして、殿下は自身の従者に私の足止めを命令していましたか?」



「……」



黙り込む殿下に私は一つ溜息をついた。



「殿下。私からいくつかアドバイスをしてあげましょう。

まず想い人ができたのならば内緒にせず、相談なさい。

特にあなたに気に入られようと躍起になっている人物ではなく、当事者の私、もしくは陛下や王妃様に」



殿下はそっと私を見上げた。

私の許しを請うかのようなそんな目つきだった。

さっきの威厳はどこに行ったのか。

叱りつけたい気分になった。



「次に、好きな方へのアピール方法がそもそも間違っています。

大前提に婚約者がいる状態で、他の女性にアピールしては逆効果です。しかも身分が低い方なら余計に。

それになんですか、机に花って。

彼女言っていましたよ。自分はいじめを受けているのではないかと。ガタガタと震えて、とても怯えていました。

花がユリの花ではなかったことが幸いでしたが、人を傷つけるだけがいじめではありません。

殿下は美しい花をプレゼントしたかったみたいですが、全くもってその気持ちが伝わっておりませんでした」



「なんだと!?あれは歓喜に震えていたのではないのか?!」



驚愕だと言わんばかりの表情をしているが、今の発言で自分の行いを認めたことは気付いていない様子だった。



というかそもそも花は直接渡してこそロマンチックに感じるものだ。

彼女がいないときに、机の上にわざわざ置くな。



「しかもその後は彼女の様子を見る為に教室に赴き、彼女をチラチラと覗いていたですって?ただのストーカーじゃないですか。

第一彼女はあなたの恋人ではありません。

それに彼女に許可もなく………、いえ殿下に訪ねられて拒否できる人なんて私以外いませんね。

それで?彼女をわざわざやっかまれるような席に連れまわして、彼女の腰を撫でまわしたと聞きましたが?

ただの変質者ではないですか。何を考えているんですか」



そんな変態的な行為がアピールだなんて、笑わせてくれると軽蔑の眼差しで殿下を見る。



「あー、で、なんて言いましたっけ?彼女を孤立させた?

ふざけないでください。孤立させたのはあなたですよ、殿下。

彼女の置かれている立場をよく考えてみてください。

既に婚約者が決まっている殿下と一緒にいるところを目撃されたら、【男を誑かして婚約者の私から奪った卑怯な女】と噂になって孤立するに決まっているじゃないですか。

ストーカーに変質者、そして勘違いによる私への意味のない罵倒。

少し前なら私も殿下ならよりよい国づくりをしてくれるだろうと思っていましたが……」



そこで私はテーブルの中に設置していたマイクを取り出した。



殿下はマイクを不思議そうに眺めていたが、みるみると顔が青ざめていく。



「あ、わかりました?

今迄の会話は全て校内放送で流させていただいています」



マイクを手に持ち、私は微笑んだ。



「一人の女性にストーカーのように付きまとい苦しめ、彼女を孤立させたその元凶が、私に【やめてくれないか?】ですって?

ねえ殿下、…それ本気で今でも思ってますか?」























後日私は殿下との会話を録音していた水晶玉と共に陛下と王妃様に謁見を申し出た。



結果、品位を損なう行動と、事実確認も行わず暴走した殿下から王位継承権第一位が剝奪された。

だが元々真面目な性格もあって、王子の身分までは剥奪されることはなかったが、もう彼に国王となる将来はないだろう。

王位継承権を持つ者は彼の他にもいるのだから。



私は王妃様にはすまなかったと謝られ、ウィリアム殿下との婚約を解消してもらった。

その代わり、繰り上げで王位継承権第一位になった、私より一つ年下のエドワード王子殿下との婚約が決まった。

王妃教育の為王城によく出向いていた私に、エドワード殿下は懐いてくれて、あまり遊んではあげられなかったが、それでもエドワード殿下とならいい関係が築けるとそう思っている。



そして殿下のストーカー行為に悩まされていた彼女、アリス・ララは周囲への誤解が完全に解けて、友人とも関係が戻ったらしい。











ここだけの話。



本当はウィリアム殿下を呼び出したあの日、私は校内放送を使うことはできるだけしない方向で考えていたのだ。



殿下が殿下のままでいてくれたら、二人だけで話し合おうと思っていたのだ。



それだけウィリアム殿下に希望を持っていたのだ。



だが殿下のあの態度にあの一言に、カチンと来てしまった。



すぐさまマイクのスイッチを入れた私は冷静さを取り戻して、話すことができた。と思う。







あの時マイクを用意しておいて本当によかった。



あの時録音装置を仕込んでいて本当によかった。









『やめてくれないか?』







ですって?







それは私の言葉セリフよ。













【王位継承権を放棄して、王子そのものを辞めてくれ】















崩れ落ちた殿下に届いていたかはわからないけれど、一人の女性を苦しめた男を私は決して許すことはしない。













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