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ろく _王国side

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エスバニア王国では現在混乱状態が続いている。

今から三年前に第二王子が行方不明になり、そのすぐ後第一王子とその婚約者の公爵令嬢が病に伏せた。
王位継承権を持つ者が、二人立て続けに問題が起こったのだ。
本来ならば第一王子が成人を迎えた時に、王太子を決めている筈だったのに。

第二王子が行方不明になった原因も、第一王子と公爵令嬢が病に倒れた原因も見当もつかず、進まない調査だけが続いていた。
そんな中婚約者である公爵令嬢が亡くなったのだ。
原因不明の病を三年が経った日、遂に力尽きた様に息を引き取ったということだと伝えられた。

令嬢を慕うものは嘆き、令嬢を憎むものは喜んだがそれは貴族という立場、決して表には出さなかった。
同じように嘆いているように見せ、別れを惜しみ、それはそれは大きな規模の葬式が行われた。

そして婚約者である第一王子にも、令嬢の死が伝えられた。
同じく原因不明の病で倒れている第一王子の体調を考慮し、婚約者の葬式に参加することはなかったが。
第一王子はやせ細ったことで浮いて見えるようになった大きな瞳を見開いた後、「そうか」と呟き目を伏せた。
唯一見える睫毛は微かに揺れている。

事情を知らぬものは婚約者の死を悲しんでいたように見えるだろう。
だが実際は違っていた。

第一王子は怯えていたのだ。

次は己の番だと。

弟を危険にさらしただけではなく、そのまま連れていかれたところを黙ってみていた自分。
生きているかもわからないが、弟の姿を最後にみることもなく、このまま死ぬのかと、第一王子は思っていた。




今から三年前、第一王子は婚約者に詰め寄られた。


『貴方の弟君が貴方から王位を奪おうとしている』


と。
第一王子はそんなわけがないと否定した。
自分を慕い、力になりたいと口にしていた弟がそんなことを考えているわけがないと、本気でそう思っていたのだ。
そう、この時までは。

ある時は令嬢たちがメインの茶会に誘われたとき、婚約者と仲のいい令嬢が第一王子に対してこう告げた。
『王位継承について見直しが入るとお聞きしました。私は殿下が王太子となるとばかり思っていましたが…見直しという話は本当なのでしょうか?』

またある夜会では、親しくしていた貴族がこう告げた。
『野心の持った者が近くにいるとは殿下も大変ですな』

数人というレベルではなく、第一王子と顔を合わせるほとんどの者がそのような行動をとったのだ。
だからこそ、可愛いと思っていた弟の裏の顔が見えたと思い込んだ時には憎らしくなった。


『殿下、私は殿下の味方です』


そういって手を差し伸ばした婚約者が唯一の味方だと、第一王子は思った。

もしここで第二王子に、いや父親である王にも確認していればすべては誤解なのだと気付いただろう。
だが、相手が悪かった。


<不安要素は全て排除する>


そのような家訓の家で育った婚約者は、実に抜け目がなかった。
第一王子に言葉を伝える人選は幅広く選び、不安に陥っている第一王子の一番傍に居続けた。
また公爵家としても娘が王妃になるために、全面的にバックアップ体制に入っていた為、第一王子だけではなく、親である王と王妃も、王族に仕える側近さえも気付くことが出来なかった。


『殿下、これは我が家に代々伝わってきた秘術なのですが、一時的に対象を眠らせる術なのです』

『一時的、……弟は死ぬことがないということか?』

『ええ。貴方様が王太子と認められた頃には第二王子も目が覚めましょう。
いうなれば…長い仮眠といった具合でしょうか』


第一王子は悩んだ。
弟に裏の顔があったとしても、殺す考えは第一王子にはさらさらなかった。
だからこそ、死ぬことはないということを念を押して確認し、そして第二王子を茶の席へと誘った。

第二王子が来る迄の間に婚約者は、代々伝わる秘術という絵を第二王子が使用する筈である椅子と食器に小さく描く。


『いいですか?決して第二王子よりも先に術が刻まれた物に触れることはないようお願いいたします。
そうでなければ、術を受けるのは殿下、貴方様になってしまうのですから』


どこか怖い表情で告げる婚約者に、第一王子は初めて婚約者が恐ろしく感じた。


『あ、ああ……』


それでもなんとか返事をすると、満足げに婚約者は笑みを見せる。

そして第二王子がやってきて、疑いの眼差しを向けられたがうまく回避し、昔と変わらない笑みを向ける弟の姿に第一王子は胸がざわついた。

本当にこれでいいのかと、実の弟に毒ではないとはいえ危害を加えようとしている行動を、後悔し始めた時だった。

席に座った第二王子がティーカップを手にした時黒い蛇のようなものが巻きついた。
十歳というまだまだ小柄な第二王子の体は、あっという間に蛇の体で覆いつくされる。
そして、巻きつかれた第二王子の意識が遠ざかろうとしたとき、蛇が口の中に入り込んだ。
第二王子の体をいとも簡単に覆いつくしたその長い体は、あっという間に消えていった。

あまりの光景に呆然とみることしかなかった第一王子は、ここでやっと弟の元へと駆け寄った。


『エル…!』

『ふふ、どうやら成功の様ですね』

『これは一体どういうことなんだ…!?』


にこやかな笑みを浮かべながら現れた婚約者に、第一王子は激昂した。
だが、婚約者の態度は変わらない。


『あら、どんなに私を責め立てようとも、提案を受け入れ実行したのは貴方ですわ。殿下』

『だが!それは君が死ぬことはないと!だから…!』

『あら、よく見てくださいませ殿下。死んではいないでしょう?
それにいくら毒ではないといっても、本当に弟君の身を案じているのならば許すわけがないですわ。
それどころか王族への不敬罪、もしくは大逆罪が当たると罰せられても当然のことでした。
でも殿下はしなかった。つまりこれは貴方の本当の気持ちが現れた結果』


すっと目を細められ、第一王子は体を強張らせる。
まるでか弱い少女に怯える男性という構図がそこにはあった。


『安心してくださいませ。私は殿下の味方です』


にこりと微笑みそう告げた婚約者に第一王子はぞくりとしたものが背中に走った。
そして一人のメイドが一般的なティーワゴンより大きい、まるでランドリーワゴンの大きさをしたティーワゴンを押し運びながら現れる。


『な、誰だ!』

『落ち着いてくださいませ。彼女は公爵家のメイドです』

『公爵家のメイドが何故王宮にいるのだ』

『ここの”後始末”の為です』


婚約者はちらりとメイドのいる方向に目をやると、メイドは指示内容を言われる前に動き出した。
倒れている第二王子に驚くこともなく、軽々と持ち上げるとワゴンに乗せる。
全てを理解し、その上で動いているのか、表情をみただけではわからない。
だが綺麗なクロスを敷いて、テーブルにあったティーセットをワゴンに乗せれば怪しまれるようなことはないだろう、だが…。


『必ず何の憂いもなく王の座を貴方様の手にしてみせましょう』


まるで王位継承の裏には、自分の手柄のお陰なのだと、そう誤解を受ける言い方をする婚約者の姿に第一王子は鼓動が早くなったのを感じた。
そして息も浅くなっていく。

なんだこの女は…と、第一王子は思いそして思い出す。

【兄上、あの女と本当に婚約を結ぶのですか!?】

反抗的な態度を取ったことがない弟が、一度だけ焦ったようにそう言っていたことを、この場で思い出した第一王子は心臓が更に激しく動き出した。

【あの女は見た目通りではない!もっとよく調べるべきだ!お願いです!
もう一度よく調べてください!】

あの時は可愛い婚約者が出来た私に嫉妬心を抱いているのかと、可愛らしく思ったがそうではなかったのだ。
思い返してみれば、弟は母上や父上同様最初は賛成していた。
だが、ある日急に態度が変わったのだ。
別の女性を選ぶべきだと、主張するようになった。

だが調べても怪しい気配のない報告書、それどころか経営困難な孤児院に寄付をしたりと評判高い内容から、婚約を結んだ。

それから弟は何も言うことがなくなったが、婚約者に対しいつも厳しい視線を送っていた。

今日のこの時だって………


こんなことをせずとも王位を継承していた筈だと第一王子もわかってはいた。

いくら第一王子の心が弱くとも、支持はあったし、第二王子にはそもそも継承する意志はなかったのだ。

だが第一王子には第二王子へ尋ねる勇気がなかった。

他人から聞く噂話の効果が強かったからだ。
だが、その噂話を耳に入れさせられた原因は、思い返せば全て己の婚約者が引き合わせた者たちばかりだ。
例え知り合いであろうが、そもそも知り合った機会は婚約者の家が取引していた商会なり貴族なりが元である。

全ては仕組まれていたのか。

第一王子はやっと気付いた。

そして第二王子の気持ちを、もう尋ねることが出来ないことも。
それは第一王子が婚約者の術中に飛び込んでしまったからであり、また実の弟を信じ切ることが出来なかったから。


パタンと扉の音が聞こえた頃、第一王子の意識が戻る。


『弟は…、エルは…!』


振り向くと誰一人としてそこにはいなかった。

何故もっと早く弟を庇わなかったのか。
それは第一王子の心が弱かったから。
騙され裏切られたショック、そして弟への過ち。
耐えきれなかった。
思考を停止することで、現実から逃れようとしていたのだ。

だが、それは可愛い弟までも見捨てる行為。

第一王子は思考を働かせた。そして叫ぶ。


『影よ!でてきてくれ!』


犯罪を犯したと王位継承権を剥奪されてもいい。

連れて行かれた弟を守るためなら、むしろ罰を与えてくれ。と。

だが誰も出てこない。
王族にはその身を守るため、そして行動を監視するために影が一人つけられている筈なのに、誰も出てくることがなかった。


『何故だ…!』


弟の辛い表情を思い出す度に、第一王子は胸が引きちぎられるような痛みが走る。


気付くのが遅すぎた。



『あああああああああああ!!』




そしてこの後すぐ、第一王子の婚約者が倒れ、続いて第一王子も病に倒れることになる。

第一王子は思った。

天罰が下ったのだと。

実の弟を信じることもせず、その弟の命を奪おうとした、その罰が今与えられているのだと。

死ぬのは怖い。

だが罰を受けないのも辛かった。


(どうか、どうか、この苦しみの分、弟が生きていてくれるのなら、私は甘んじてこの罰を受け入れます)





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