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よん ※エル視点
しおりを挟むそれから俺は女を観察した。
元々使用していたベッドとは雲泥の差がある布団の所為か、それとも今までと全く違う自然豊かな環境がすぐ近くにある為か、眠りが浅かった俺は陽が出てきた頃になにやら話される会話が聞こえると自然に目が覚めた。
窓…といってもガラスなど使われていない、ただ開けられた空間から覗く光景は、まるで不思議な光景をみているようだった。
本当に話が通じているかのように喋る女。
まさかそんなことはないだろうと思いながら観察していると、動物たちもそれに合わせ鳴いたり吠えたり、時には擦り寄ったりとしているのだ。
鳥にライオンに、鹿に猪と、様々な動物たちがあの女の元に集まる光景も不思議だった。
肉食動物と草食動物が同じ空間にいるだけでも不思議なのに、それにあの女が加わるともう訳がわからない。
何故動物たちは襲わないのだ。
そうして黙ってみていると今度は蛇が草むらから飛び出してきた。
普通の女なら驚いて悲鳴をあげるなどするものだが、あの女は驚くことなく蛇に近寄ると、そのまま蛇と共に草むらの中に消えていった。
暫くすると戻ってきたが、なにしにいったのか全く分からなかった。
陽が沈むころになると、動物たちは去っていく。
まるで「また遊びに来るね」とでも言っているかのように、手を振る女に俺は首を傾げるだけだった。
(そういえば、俺がここで寝ている間あいつはどこで寝ているんだ…)
ふとそんな疑問が浮かんだが、すぐに解決する。
女はそのまま木に体を預けると寝る姿勢に入ったのだ。
(まさか…、俺がここに来てからずっと?)
いつからここで寝させられているのかはわからない。
だが、苦しかった時間は結構な間続いていたことだけは覚えている。
苦しいから長く感じたこともあるかもしれないが、それでも数日は絶対に経っているのは確かなのだ。
(それなのに……)
あの女は粗末とはいえ家を見知らぬ者に貸し、自分は外で過ごし、なのに恨み言をいうわけでもなく、何かを要求することもなく、ただ俺の心配をしてくれたのか。
贅もなにもないただの木の実や果物でも、あの女が俺の為に探してきてくれた食料。
手を加えられていないことなんてみるだけで明らかな放置していた食料に、俺はやっと手を伸ばした。
パクリと口に含むと、今まで感じたことがないほどに甘く感じた。
「…美味いな…」
そしてもう一つ口に運ぼうとする手を止め、俺はこの家から外に出た。
寝ている女の前に立つと、女は俺の気配に気づいたのか目をうっすらと開ける。
「どうしたの?眠れない?」
口に出された言葉は、やっぱり俺を気に掛ける言葉だった。
「は、腹が減った…」
「あ、足りなかった?もっと採ってこよっか?」
「違う。そうじゃない。そうじゃなくて……」
こういう時どう言葉にすればいいのか、わからない。
けど俺は、首を傾げ見上げる女をちらりとみると自然に口が開いた。
「一緒に食べないか?」
まるでナンパじゃないかと後で恥ずかしく思ったが、嬉しそうに笑顔を浮かべる女に俺はホッと胸を撫で下ろした。
「うん!へへ~、明日皆に自慢しよう~!君に誘ってもらったって!
皆驚くぞ~!
あ、そうだ!私はデシっていうんだ。デシでも、お姉ちゃんでも好きに呼んで!」
デシという名前に、まるで弟子みたいだなと思いながら俺も答えた。
だけど、本名ではなく母から呼ばれていた愛称だが。
もし、デシが王都に住んでいたことがあれば必ず新聞かなにかで俺の名を目にしたことがあるだろう。
その時色を持った目で見られるのは、避けたいと思った。
「エルでいい」
「エル!エルって名前なんだね!じゃあエルって呼ぶね!」
デシが家に入るとテーブルの上に置かれた食材を目にして声をあげる。
「あ!全然減ってないじゃない!だからお腹空くんだよ!?」
本当は毒が入っていないか躊躇し手を伸ばしていなかったのだが、それをそのまま告げるのは気が引けた。
「一人で食っても味気ないんだ…」
「そうなの?ならこれからは一緒に食べようね!」
告げた言葉をそのまま受け入れられたことにも新鮮な気分になった俺は、コクリと頷く。
二本あった魚の丸焼きを手に取り、一本をデシに渡した。
「お魚くれるの?ありがとう!」
良く焼けている魚をパクリとかぶりつくデシを見ると、今まで全く主張してこなかった腹が主張する。
ぐう~と音を立てると、デシは「お魚美味しいよ」と笑った。
食事を終えた俺は外に出ようとするデシを引き止め、一緒に布団で寝ることを提案した。
デシはやっぱりとても嬉しそうにして、二つ返事で承諾し、俺たちは一緒に同じ布団で寝るようになった。
ある日の事。
流石に成長期の俺は果物と木の実、そしてたまにデシが取ってくれる魚だけでは足りなくなり、遂に愚痴を漏らす。
もっと食べたいと。
デシは快く受け入れた。
だがどうするのか。
デシはまだ少女で子供だ。
森で肉を調達するには、あまりにも幼すぎるし、デシに仲良くしている動物たちを殺せるとは思っていない。
ならば森を出て肉を調達してくるのか。
それなら俺も森を一緒に出ると告げようとしたとき、デシは速攻で家を飛び出した。
「ちょ!!おい!!」
慌てて追いかけようとしてももう姿はない。
本当、なんという脚力をしているのだと感心する。
はぁと溜息をつくと、どこからか大きく鳴く鳥の声がした。
あの小鳥ではない、もっと低い声。
声の方に目を向けると、バサバサと鳥が飛び立つ様子が見えた。
何かいる。
直感でそう感じた時、それは姿を見せた。
見た目はデカい熊。
だがダラダラと涎を垂らし、長い舌をゆらゆら揺らしながら、目は血走るその様子は明らかに普通の熊ではない。
「まさか…魔物!?」
王都にいる時でも見たことあるのはゴブリン等の小さな魔物だ。
こんな大きく狂暴”そう”な魔物は見たこともない。
そうでなくともゴブリンだって討伐するのに、精鋭隊で挑むか、多数の軍勢を派遣させ対応するのに、こんな大きな魔物になんてどうすればいいのか、皆目見当もつかない。
だが、俺には勝ち目がない事だけはわかった。
でもこの近くにはデシがいる。
例え足が速くとも人間なんだ。
人間でしかも子供のデシの移動スピードなんてたかが知れている。
せめて傷でも負わせられたら、その分逃げる時間稼ぎになるだろう。
そう思った俺は思わず腰に手を伸ばした。
だが目的の物を掴めるはずもないその手はただ空気を握っただけだった。
「クソ!」
剣なんて、捨てられた自分にあるわけがないのに、日ごろの癖で動いた行動が腹立たしい。
今の行動だけでどれほど距離を取れただろう。
タラりと冷や汗が流れると、デカイ一匹のライオンが現れて、俺の足の間に頭を潜らせ、そのまま俺を背中に乗せて走った。
ぐるぐると鳴くライオンが何をいっているのかわからない。
だが、俺を助けてくれたのは確かだった。
ライオンと俺を追いかけるように、デカイ熊が追いかける。
俺を乗せているからか、徐々に差が縮まり、俺に焦りが生まれたとき、何かが横切った。
するとライオンがスピードを落とし、俺を背中から振り落とす。
俺は即座に立ち上がり、後方の熊を見た。
「!デシ!?」
熊に立ち向かうデシ。
手には武器になるものが何もない。
まだか弱い少女がどうしようというのかと、駆け寄ろうとしたときライオンが俺を引き止めた。
<■■■>
デシがなにかを呟くと、手の周りになにかがまとわりついたように見える。
もやもやしたそれは、指先に向かう程鋭くとがっているようだった。
デシは素早く熊の懐に潜り込むと腕を振り上げた。
「グォォオオォオオオオ!!!!」
切り落とされた舌が落ちると、デカい声が響き渡る。
デシはその声に怯むこともなく、熊の手首を両方切り落とし、ジャンプするとすかさず首を切り落とした。
圧倒的な、一方的な戦いを見せたデシは手の周りのもやを消し、俺たちに振り返る。
「ライちゃん!エルを守ってくれてありがとうね!」
にこやかな笑みを向けるデシ。
まるで返事をするかのようにぐるると鳴いたライオンと、熊から逃げるように飛び立った鳥たちがデシの周りに集まった。
「エル!今夜は肉だよ!ごちそうだ!!!」
眩しい笑顔を俺に向けるデシ。
久しぶりの肉だと喜ぶべきところの筈なのに、何故かもやもやした、どこか晴れない気持ちになった。
■エルside終
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