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18.相談_視点変更
しおりを挟む運命。
そう、あの出会いは運命なのだ。
王家だけでは統制することが難しくなった時代から、王自ら王家に近い血筋の者達へ領土を収める役割を与え、その為に必要な特権を与えた先が貴族だった。
王家の変わりに領土を納める。
響きは素晴らしいものだったが、世代を重ねる度に、大半の貴族は浅ましくなっていった。
王家に取りいる為。
私欲を満たす為。
他者を陥れるために顔色を読み、言葉の裏を探り、自らも遠回しな表現を用いる。
そうしていつしか誇りを失い、妙なプライドを持つ、そんな奴らが蔓延る貴族社会に嫌気がさしていた俺にとって、実力主義の騎士という職業はとても魅力的だった。
平民も貴族も関係ない、力が全ての世界。
時に理不尽な事を言われもしたが、力をつけていくとその声は徐々に減った。
更に俺にとって都合がよかったのは騎士としての在り方だった。
騎士は国に忠誠を誓い、常に死と隣り合わせを虐げられる為に、貴族で騎士を目指すものは手に数えるほどしかいないのだ。
純粋な貴族の長男は親の後を継ぎ、次男は長男の手助けを行う。
それ以降の殆どの子息や令嬢は家と家を結ぶ結婚の為、己を良い物件だという証拠として魔術師となり、魔術団に属すのだ。
鍛える程に上がる魔力も、元は親の魔力量による為に、平民に比べて貴族は鍛えなくとも魔力量は多かったのだ。
そして魔術師は、常に己の命を懸けて戦う騎士よりも、確実に安全な立場にあった。
騎士と同じように国に忠誠を誓っている筈なのに、主に魔物と戦うのは騎士である。
騎士と共闘して魔物に立ち向かうこともあると聞くが、俺が騎士になってからそんな場面はない。
何故なら騎士のみでは難しい局面の時のみ魔術師が戦うからだ。
それも前線ではなく後方支援として。
しかし、だからこそ魔術師は貴族の親、そして子供の勤め先として、とてもいい場所なのである。
そして俺にとっても、騎士団というものはかなり都合がよかった。
貴族と関わりを減らせる騎士という立場が、ひどく魅力的だったのだ。
「だーんちょ!どうした?顔がにやけてるぞ?」
良い事あったか?と肩に腕を回しながら頬をツンツン突くこの男は、第二騎士団副団長リーツ・プラトゥース。
貴族だが、俺と同じように貴族社会の在り方に難を示しているからこそ、平民が大半の騎士団の中で指示が高い。
「やめろ」
突かれる指から顔を背けると、簡単に離れていった。
「で?あんまりにも笑わなすぎて笑った顔を見れた日にはいいことがある!とまで言われている団長サマが微笑んでいるなんて、一体どうしたんだ?」
向き合うように机の向こう側に移動し、両肘をついてニヤニヤとするリーツに無意識に眉を寄せる。
なんだその噂は。
「俺だって笑うことだってあるだろう」
「そりゃあ団長だって人間だしねー!」
アハハハハと下品に笑い机の上の書類を手に取り、まるで扇のように仰ぎ始める男に、俺は目を徐々に細めていく。
「……そんなに手に取るほどに書類が好きなら、それ、処理しておけよ」
「ヒッ!」
声を上げピシリと固まるリーツに、寄せていた眉から力を抜いた。
固まるリーツは騎士の名の通り、書類整理よりも体を動かす方が好きだった。
だが、貴族として教養を学ばされていたこともあり、書類整理が出来ないわけがない。
というか、それは副団長のお前の仕事だろうが。
「そこの山が終わったら、お前の問いに応えてやる」
そう伝えると、どれだけ気になっていたのか、石化したように動かなかった体を溶き、自分の机に山の書類を持っていくリーツに俺は僅かに口端をあげた。
仕事を終え、貴族区の中にある飲食店でナイフとフォークを手にし、一口サイズに切り分けた料理を口に運ぶ。
酒は遠慮した。
弱いわけではない。
明日も仕事な上、絡み癖のあるこの男が相手だからこその選択だ。
「……妻に迎えたい人と出会った」
数秒沈黙が走った後、叫び声が個室内に響き渡る。
「はあぁぁあああぁぁぁぁぁああああああ!?」
「黙れ!」
仮にも貴族。
目を大きく開き、大口を開けて叫んだ男の口の中の物を飛ばさなかったことは何より幸いだった。
目の前に座っている者の意見として。
「わ、悪い…まさかあの団長から…、妻に迎えたいって言葉きけると思わなくて…。で、相手は?どんな子?」
ごめんごめんと手を合わせる男にふうとため息をつく。
「歳は…10…よりも下、だと思う、子だ」
名前は聞いたが年齢や趣味、好きな物や嫌いな物、様々なことを聞いていなかった事を思い出す。
とにかく今後も会うために、名前と家を尋ねることしかできなかった自分に舌打ちをしたいくらいだった。
しかし一緒にいた見習いの男は、おそらく見習いになりたてだろう。
あの男の年齢が10であるとしたら、男を兄と呼んでいたあの子はそれよりも年下ということになる。
目を閉じ、鮮明に思い出せるあの子の姿をリーツに告げた。
「…へ?」
「鎧姿だったから直接触れていないが、…茶色の、細くて柔らかそうな髪の毛が、ふわふわとしていて、微笑む笑顔が愛らしい子だった。
肌の色も白くて、瞳も大きくくりくりとし、…まるで誰もが好いてしまいそうな可愛らしい子だ」
「…え、え、?」
「そういえば体もとても華奢で、片手で起き上がらせることが出来る程の軽さだったな。
ご飯はちゃんと食べさせてもらえてるのだろうか?
飲食店が家だと言っていたから食べてはいるだろうが…」
「ちょ!ちょちょちょっとまって!」
「なんだ?」
お前が教えろというから伝えているのに、と話を遮るリーツに無意識に眉間に皺が寄る。
「相手子供!?しかもまだ成人しない子!?」
「成人しているようには見えなかったが…なにか問題あるのか?」
「問題ありまくりだよ!10歳くらいの子で片手で持てるとか、そんな軽いって所もあり得ないけど!!!
そんな華奢だったらエッチも厳しくない?!俺ら騎士よ!?筋肉モリモリのゴリゴリマッチョまでの体じゃないにしても、体格差あるでしょ!俺の想像だけど!
てか平民の子!?魔力量は!?家の方は大丈夫なの!?」
「婚前交渉を行うはずないだろう。それに俺はあの子が成長するまで待つつもりだ。家に関しても俺は長男ではないし、魔力量はわからないが…俺の魔力量が高いから結婚できるし子も出来る。
なにも問題ないではないか」
「いや!確かに今の時代は長男じゃないなら自由恋愛って広がってるけどさ、アンタの家かなりの身分よ!?
しかも次男よ!?そこらへんどうよ!?」
「俺が騎士になった時、父に”好きに生きたい”という願いを受け入れてもらっている」
「さすがに恋愛の”レ”のカケラもなかった息子の願いに、犯罪まがいの恋愛が含まれてるとか思わないって!」
団長の親父さん可哀相!と泣き崩れるリーツは、明らかに嘘泣きだ。
それにしても何が犯罪まがいだ。
普通に貴族同士の政略結婚でも十を超える年齢差でも婚姻しているだろう。
「…確かに俺はこれまで騎士になる為、そして騎士になってからも鍛える他何も興味がわかなかった」
「話続行だし…」と呟きつつ、姿勢を正して俺と向き直る。
思った通り目から一滴も流れていなかった。
「確かに。団長は令嬢たちや、まるで女のような見目のいい男からのアプローチに無反応だったもんねー。
明らかにデートのお誘いだったのに、なぜか護衛と解釈して身分に合わせた人を紹介してたし、貰ってた差し入れも団員みんなに配ってたし。
まぁ美味かったけど」
「アプローチ?デートの誘い?そんなものされた覚えないが…」
「………うん、ソウダネー。どうぞ続き話して」
肯定に続く言葉に疑問を抱き、問いかけると呆れを含んだ溜息をつかれた。
意味が分からん。
「俺は恋愛のやり方がわかっていないと自分でも感じているんだ。
その点お前は色んな貴族の令嬢と仲良くしているだろう?街の人たちや団員とも仲がいい。
だから、……すぐに恋愛に発展しなくてもいい。俺はあの子と仲良くなりたいんだ。
あの子の名前は聞いたし、詫びとしてだが騎士寮に招く事も出来た。
だが、俺はこれからどうすればいい?どうあの子に接すればいいんだ?
頼む。教えてくれ」
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