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10.二人の子供
しおりを挟む住民登録と養子縁組の日からさらに数日後が経った。
いつも早いと思っているが、それ以上に早く行動する両親が外を何度も見たり、時間を確認したりする様子を見て理由を尋ねると、なんとレイン君が帰ってくる日らしい。
見習いになって1年目のレイン君は、月に1度だが3日連続の休暇を利用して帰省することが許されていた。
王都からこ町までは徒歩で半日はかかるらしいが、レイン君も徒歩で帰ってくるわけではないから陽が出ている時間帯には到着する筈だとお義母さんが言っていた。
久しぶりの息子に喜ぶ二人を見て、私もなんだかそわそわしてしまう。
(どういう人なんだろう、この二人の子供なんだからきっと似たような人なんだろうな)
二人とも優しくて思いやりのある人だから、レイン君もきっと似た性格をしているのだろうと予想するが外見はどうなのだろうと考える。
男というより漢と書いたほうがしっくりくるお義父さんに、タレ目がちだがかわいらしい顔のつくりをしているお義母さんを見比べ、果たしてどちらに似ているのだろうか。
息子はよく母親に似ると聞いたことがあるからお義母さんに似ているのだろうか。
でもお義父さんと同じ魔法属性を持っているらしいから、お義父さんの遺伝子が強く表れているのだろうかと、まだ見ぬレイン君を想像する。
朝食に使ったお皿を洗っているとお義父さんが準備の手を止め私に近づく。
「今から、ちょっと買い出しに行ってくれねーか?」
「買い出し?」
「ああ、少ないから大丈夫だと思うが…久しぶりの息子だから好物作って迎えてやりたくてな」
ちょっと照れ気味に笑うお義父さんをみて、私は快く引き受けた。
ちなみに初めてのおつかいは無事終了し、今では買い出しを一人で行けるほどにまで成長したのである。
「うん!任せて!」
手についていた水滴をエプロンに吸い込ませて、買い出しリストとお金を受け取った私は、エプロンを外しお義母さんから買い物かごを受け取ってから店を出る。
歩きながら四つに折り畳まれた買い物リストの紙を開いて中身を読む。
「えっと、イチゴと生クリーム?」
お菓子でも作るのだろうか?と首を捻るが、歓迎するんだからきっとケーキとか作って迎えるんだろうなぁ。と察した。
それにしても
(レイン君は甘党なんだね)
勝手なイメージ像が私の中で出来上がりつつあり、思わずくすりと笑った。
◆
「ただいま!」
買い物の数も少なかったから、せめて開店前には帰らなきゃと急いだために少し息が乱れながらも店の扉を開ける。
「そんな焦らなくてもよかったのに」
ふふっと笑って迎えてくれるお義母さんにへらって笑って答えてから、買ってきたイチゴと生クリームをお義父さんにわたそうと厨房に向かうと、丸い型に生地を流し込むところだった。
「買ってきてくれたか、ありがとうな」
ケーキを作っている様子にたまらず尋ねると、笑って肯定された。
「アイツはガタイばっか大きくなってるが中身はまだまだガキだからな。ケーキとか甘いもんに喜ぶんだよ。…って、生クリームとイチゴの量多くねーか?」
「サービスしてくれたの。それにお客さんも食べたいかなって思って遠慮なくもらっちゃった」
ニコニコしながら見上げるとお義父さんは困ったように眉尻を下げる。
「っていってもなぁ、焼くにも時間かかるし…」
お客さんの分まで作る気がなさそうなお義父さんをみて、それならばと提案する。
「なら私作ってみてもいい?」
「大丈夫か?」
心配するお義父さんに私は頷く。
それでも心配するお義父さんにお義母さんが「開店まで時間あるんだしやらせてあげればいいじゃない」と声をかけてくれ、渋々といった様子だったが許可が出た為私は袖を捲った。
「なにするんだ?」
「クレープ作るんだよ。膨らませる必要ないからフライパンで生地を薄く延ばして焦げない感じで焼くの」
首を傾げるお義父さんはどうやらクレープを知らないようだ。
私は手を動かしながら薄力粉や牛乳、卵等を混ぜ合わせて、口で説明していく。
開店までに時間が迫っているから、お義父さんに焼いてもらおうと1枚だけ作って見せる。
私が焼いた生地は茶色く少し破れてしまっていたが、お義父さんが焼いた生地はさすがにプロなだけあって破れもなく、黄色の面積が大きく程よい焼き目がついていた。
「それで?」
「少し冷ました後に、生クリームと切ったイチゴを真ん中に置いて、包んで終わりだよ」
本当はイチゴだけじゃなくていろいろなフルーツを入れたほうが楽しめると思うけど、買ってきたのはイチゴだけ。
それに生クリームが見えるように巻いたほうが見栄えがいいけど、簡単なほうが今は作業しやすいだろうと思って包んだクレープを半分に切ってお義父さんとお義母さんに渡す。
あむっと食べた後美味しいと絶賛する2人に胸を撫で落ろした。
「これなら生地も薄いからすぐ焼けるし、私とお義母さんで完成させていけば沢山作れるよ!」
そうねと頷きやる気を見せてくれる2人と一緒に、私たちはクレープづくりを開始する。
出来上がりのクレープを並べて置いていって、開店ギリギリまでで結構な量を作りあげた私たちは、遅れることなくいつも通りにお店をあけた。
「お?…そうか今日か」
来店したお客さんにおしぼりとお水を渡すと、お客さんがすんすん香りを嗅ぎ苦々しく顔を歪めた。
「ああ、嬢ちゃんが来てから初めてだな。
インディングは息子が帰ってくる日はいつもこうしてケーキ焼いててな。その匂いで飯食い終わってもこっちは涎もんなのに、俺たち客の分はねーからって一切食わせてもらえねーんだよ」
憎々しげに告げるお客さんに苦笑する。
確かに今朝の様子から見ても、お客さんの分を用意してなかったから。
「今日はね、ケーキじゃないけど代わりのデザートを用意したんだよ!」
さっきまで作っていたクレープの事を伝えると、目を輝かせたお客さんは定食と一緒に追加注文する。
料金は今日は記念日だからとお義父さんが太っ腹発言を店内に響き渡せたので、異論がなさそうなサリーナさんが今日のメニューが書かれている白板に、〝数量限定!くれーぷ付き”と書き足していた。
なので、来店するお客さんにサラダと一緒にクレープも渡すと、初めて見たのだろうか物珍しそうにしながらも口に含むと、美味しいと皆が喜んでくれた。
よかった。
だけどそんなお客さんとの接点は最初だけで、クレープ分のお皿もあって後半はほぼ食器洗いに専念することになった。
ちなみにどのお客さんもクレープは初めてなのか、皆物珍しそうにしていたらしい。
材料も少なくなり、そろそろ閉めるかとお義父さんが口にした頃、ちりんちりんと来訪者を知らせる音が店に響く。
新しいお客さんかなと振り返ると、お義父さんの髪の毛と同じ赤茶色の色をした背の高い男の人が立っていた。
といっても身長は私から見ての判断だ。
外見はキリッと釣り目がちな目に幼さがまだ残っているが、体つきは服の上からみても筋肉がついていることがわかる。
テーブルを拭いていたサリーナさんが嬉しそうに駆け寄る姿をみて、私は察した。
(あ、この人がレイン君だ)
並ぶとお義母さんより少し高いくらいの身長。
目はお義父さんに似ていたが幼さもあるからなのか、全体的な印象としてそれほど厳つい感じではない。
イメージしていたよりも大人っぽかったことに、ふとアレ?と疑問に思った。
(……確か10歳だったよね…、これで10歳!?)
え!?と声には出さなかったが、自分と比べて唖然とする。
そんな私の様子に気付いたのか、お義父さんの小さく噴き出す笑い声が横から聞こえた。
「レインお帰りなさい」
「ただいま、母さん」
道中の護身用だろう剣は腰に差していたが、それ以外の荷物はなくそのまま店内を歩き進めるレイン君にお義母さんはついていくように後ろを歩く。
「ん?……母さん、あいつ誰?」
私と目が合うとレイン君は一瞬固まった、かのように見えたがどうやら気のせいだったらしい。
眉を寄せて私を見る目つきは、知らない人からしたら睨みを利かせるように見えるが、お義父さんのことを知っている私としては、寝起きの時のお義父さんみたいだなと感じた。
それよりも挨拶をしようと厨房から出る。
「あ、あの_」
「アレンっていうのよ!詳しいことは後で話すから、アナタちょっとシャワーでも浴びて来なさい」
汗臭いわよとほほ笑むお義母さんに、レイン君はかぁっと顔を朱に染め、シャワー室がある2階へと駆け上がっていった。
青春だなぁとケーキ作りに取り込むお義父さんと最後のお客さんが顔を上げて2階を見つめる。
青春?と首を傾げたが、すぐに納得する。
……夢に向かって努力して、汗流すって、確かに青春かも。
「アレン、遮ってごめんね。でも話すならちゃんと落ち着いてから話さないとと思ったの」
実の息子なんだから適当にではなく、経緯をちゃんと話したいというお義母さんの気持ちが伝わった私は頷いて食器洗いを再開しに厨房の中に戻った。
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