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3.手を差しだしてくれた存在
しおりを挟む「証明書を提示しなさい」
圧倒するほど大きな門に描かれている模様が肉眼でも見えるまでに近づいた私は、閉じられた門の両脇に立っている鎧を来た人を見つけ、駆け寄った。
そして言われた台詞にどうすることもできずに戸惑う。
「あ、あの…身分証明…ですか?」
突然証明書の提示とかいわれても、お腹が空いたと感じた時にズボンに何も入っていないことは確認済みだから、何かを持っているわけもなかった。
だからこそ提示を求められ、より焦る。
「…では、どこから来たのか、君は誰なのか、どういう目的でこの町に入ろうと思っているのか、答えてもらおうか」
ギッと眉間に皺を寄せて私を睨みつける兵隊さん。
いや、門番さんといったほうがいいのかな。
睨まれて怖いと思ってしまったけども、門番としては知らない人間を通すわけにはいかないと思い直して素直に頷く。
「え、えっと名前は…」
「名前は?」
「………あ、…」
あれ…?
(なんだっけ…?)
名乗ろうとしない_名乗ることが出来ないが正しい_私を怪しい者、つまり不審人物と判断したのか、腰に括りつけられている剣に手を伸ばし、すぐにでも抜刀できるよう構える門番さんに私は恐怖で胸がざわついた。
(名前…名前!)
門番さんが切らないつもりでいたとしても、このままだと中に入れてもくれないだろう。
でも、私は自分の名前すらも“わからなかった”。
この時初めて自分の名前が“わからない”ことに気付いたのだ。
「名前を言えないということは、貴様…」
(き、切られるッ!!?)
そりゃあ大分大きい服は私の体にも合っていなくて(そのおかげでそれほど足が痛くならずに済んだけど)、服も破れてボロボロで、昨日は森に居てお風呂に入る余裕…というか、お風呂なんて入れるわけもなかったから、身なりも見れたもんではないかと思うけど。
まさかこんなところでも二度目の命の危険を感じる事になるなんて…!と、じわりと私の目に涙が浮かび始めた時だった。
「あらぁ!ここにいたのね!」
この場の雰囲気にそぐわない明るい口調で登場したその女性は、まるで親しい人に対する態度のように、街の中から私に向かって手を振っていた。
「あ、騎士様あたしはサリーナ。大通りにあるイートっていう飲食店で働いているのよ」
「イート…、確か_」
「まあまあ!知ってるのね!感激だわぁ今度騎士様もいらっしゃいな!サービスするわよ!」
「あ、ああ…」
初対面だというのに、このノリのテンションをどこかで見たことがあったと思ったが、それよりも素直に、凄い、と感じた。
私なんて門番の人に対してぶるぶると震えることしかできなかったのに、この女性は自分よりも背の高い人に見下ろされ、全く物怖じしないどころか、自分のペースにも巻き込んでいるのだ。
「一緒に野草を取りに行ってたんだけどね、途中ではぐれちゃってねー、もしかしたら戻ってるのかもと思って私も戻ったけど、店にもいなくてねー。どこに行ったのかと探してたところなのよ。
あ、騎士様この子はうちのお店の手伝いをしてくれてるのよ。
うちのお店ね、最初は夫婦2人だけでやっていたんだけれども、嬉しいことに最近2人だけでお店を回せなくなってきてね、そこにこの子が名乗り出てきてくれてね!もう大助かりよ!」
ふうと頬に手を当てて悲し気に喋ったと思えば、すぐに笑顔で話しだすサリーナと名乗った女性の言葉や雰囲気に門番の人は納得しかけたが、思い出したかのように頭を振る。
「こいつは証明書も所持しておらず、挙句自分の名も名乗れなかったのだぞ。怪しい者を通すわけには_」
「あらぁ、証明書もってないのは当然よ」
「…なんだと?」
「だって私と一緒に外に出たのよ?複数人で外に出る場合の手続きは代表者に証明書が渡されるもの。この子が持ってないのは当然ですわ」
「…仮にそうであったとしても、ならばなぜこんな不清潔な格好をしているのだ。飲食店で働いているのだろう?」
「お店で立つときとプライベートの格好は一緒じゃないわ。それに今日は“野草採り”に出かけたのよ。“汚れてもいい服”を着ていても問題はないでしょう?」
「しかし…」
門番さんの言葉を遮り、女性が私の全身ボロボロの服を見た後、頭を撫でた。
「それに見てください。この子を見てわかる通り、いろんなところで転んでしまったのがわかるでしょ?こんなにボロボロだもの。
それに名前を名乗れなかったのは、この子の気が弱いからよ。この子はアレン。承認者が必要なら私が保証するわ」
全く疑わしさを感じさせない女性の口調に、一度は受け入れられなかった門番の人も信用度が高まったのか考える仕草をする。
「……おい、本当か?」
「私は嘘は言わないわ」
「お前に言ったのではない。この“小僧”に聞いているのだ」
「…小僧…?」
不思議そうに門番さんの言葉を繰り返す女性の声を聞きながら、私は最後の確認とばかりの門番の鋭い眼力に怯んでいた。
(けど…)
前に立つサリーナさんが微笑みながら頷いてくれるのをみて、私は安心し服の裾をぎゅっと握った。
「さっきはごめんなさい…。私の名前はアレンです。サリーナさんのところでお世話になっています」
そういって、門番さんに深く頭を下げた。
◆
あの後少しばかり尋問…いや、質問された。
例えば…“何故体に合わない服を着ている”、“靴はどうした”、“野草はどこだ”等の質問に対し、オロオロするばかりの私に代わってサリーナさんが全て答えてくれた。
全て作り上げた話なはずなのに、全くそう感じさせないサリーナさんが堂々としていて凄かった。
とりあえず難を乗り越えサリーナさんと一緒に門をくぐると、色とりどりの屋根の色をしたレンガ調の建物が所狭しに建てられていた。
大きな通りには店じまいをしているお店が沢山ある。
きっとここが商店街なのだろう。
それにしてもまだ夕方だというのに、店じまいは早いと感じた。
もしかして、営業時間が昼間と夜とでわかれているのだろうか?と首を傾げる。
「さっきは適当なこと言ってごめんなさいね。それであなたの名前をきいてもいいかしら?」
私が街の様子に呆けていると、サリーナさんが門番さんと同じことを尋ねる。
尋ねる内容は同じなのにこうも感じ方が違く聞こえるのは、その人の雰囲気からなんだろう。
第一印象は大切だ。
「あ、あの!先ほどはありがとうございます!!!」
「いいのよ!あなた困っていた様子だったし、悪い人じゃないのはおびえていた様子でわかったしね。
それにあの騎士はなにかと噂されててね、機嫌が悪いと夜は外が一番危険なのに壁の外に追いやったり、折角来た行商人にも突っかかってるって有名なのよ」
だからほっとけなくてねと笑うサリーナさんに、私の口元がひきつった。
もしかして、抜刀しようとしたアレは脅しじゃなくて本当に斬られるところだったのだろうか?
「それで名前は?なんていうの?」
「名前…ですが…わからないんです…」
「わからない?」
俯く私に合わせて、少しだけ腰を折るサリーナさんは、私より頭一つと少しだけ背が高い。
「ああ、待って、歩きながら話しましょう。あの騎士の耳に入るとやっかいだもの」
はいと、自然に手を差し出されて、数秒迷ったが私は恐る恐る手を重ねた。
(あったかい…)
「それで、わからないの?言えないとかじゃなくて?」
「はい…。私が覚えているのは森で目を覚まして…、ここにたどり着いた間の事だけで、……他の事はわからないんです」
簡潔にわかることだけを伝えると、サリーナさんの表情に影が差す。
「森…まさか…、………いいえ、そんなことないわよね」
なにやら思案している様子のサリーナさんに首を傾げる。
「とにかく無事でよかったわ。この街の…というよりこの国の左手側にある大きな森には魔物が多く住みついていてね、並みの騎士様でも一人では危ないっていわれるところだもの。
この街もね、こんなに壁を高くしているのは魔物の侵入を防ぐ為なのよ。結界を張るのも維持が大変みたいで、だから壁を高くしておいそれと侵入できなくしているのよ」
「ま…まも、の?」
耳を疑いたくなる言葉に聞き返すと、小さく呟かれた声は届かなかったのか、サリーナさんはそのまま話を続けた。
「それに2期の時期であったことも幸いね」
魔物に、2期に、どういう意味なのだろうと考えていると、急に両手をぎゅっと握られた。
突然キラキラしだしたサリーナさんの瞳の輝き具合に戸惑う。
「それより!今後!どうするか、よ!記憶喪失なら家にも帰れないでしょ?」
サリーナさんの言葉に我に返り、確かに、と頷いた。
門番という一難を乗り切ったが、記憶がない私には次に行く場所など思いつかず、さらにいうと無一文なのだ。
さっきは門番への恐怖で大人しかったお腹が、ここにきて主張し始める。
無事に街に入れた安堵感で、緊張がほぐれたのだろう。
これらを解決する為にはお金が必要で、その為には働かなければいけないのだ。
それにしても、狙ったようにならなくてもいいのにと恥ずかしくて、私の顔に熱が集まる。
「アハハハハ!落ち込んでるのかと思ったら、体は素直ね!
どう?さっき門番の方にいったことを本当にしない?うちのお店、軌道にノッてきたはいいんだけど本当に人手が足らなくて困ってるのよ。
それにうちならご飯もあるし、寝る場所もあるから、暮らす分には問題ないわよ!」
どう?どう?と目をキラキラと輝かせるサリーナさん。
しかも私にとってもとても助かる提案に頷く以外の選択肢はなかった。
「助かります!あ、あの!よろしくお願いします!!」
やったわー!と喜びながら抱きしめるサリーナさんに、私の方が嬉しい気持ちでいっぱいですと気持ちを返す。
サリーナさんは少しふくよかな体形で、しかも私よりとても大きいから手加減なく抱きしめると、まるで潰れた蛙のような声が無意識に口からこぼれてしまう。
そんな私に気付いたサリーナさんは笑っていたが、私の手を繋ぎなおして、善は急げとばかりに手を引か…引っ張られ、まっすぐイートというサリーナさんがやっているお店に連れてこられた。
ちなみに街の中の道は、壁の外よりも石がゴロゴロ落ちていなかったから歩きやすいし痛くない。
お店に入ってすぐ温めたパンを手渡すと、サリーナさんは旦那さんであるインディングさんという方を紹介すると告げ、二階に向かって声をかけている。
私はとりあえず入り口付近に立ちながら、貰ったパンをもぐもぐしながら待つことにした。
喉がつまるかもしれないと思ったが、思ったよりもしっとりしているパンで、ヨモギなのだろうか?練りこまれていて栄養価が高そうな緑のパンはとても美味しかった。
そしてほのかに温かいパンが、私の心の隙間というのだろうか、満たしてくれた気がした。
サリーナさんと出会ってぐーぐー鳴りっぱなしだったお腹の虫も、パンを収められたおかげで静かになってくれたので、私はゆっくりとお店の中を見渡す。
一階部分は全部お店になっているようで、通りに面している壁は私の腰ぐらいまでの高さまでレンガが積まれており、上側はガラスが張られている。
他の面は全てレンガの壁だ。
正面のガラス張りは中の混み具合が外から見てもわかるようにと、他の面がレンガの壁になっているのは家同士の感覚が狭いことからの配慮だろう。
そして今はお店を開けていない為か、薄手のカーテンが閉められていた。
入り口から右手側にはカウンター席越しに厨房が見え、壁には大きいフライパンや鍋などかかけられている。
席はカウンターに五人が座れる椅子とスペース、カウンター席の後ろには二人席のテーブル席が二つ。
入り口から左手側に四人掛けのテーブルが三つ置かれていた。
ちなみに二階に続く階段は入り口からまっすぐ歩いたところにある。
左端の奥の方にもなにかあるだろうが、あまりちょろちょろするもんじゃないと思ったのでじっと待つことにする。
サリーナさんが何度か呼ぶと、うーうーうねりながら片手に持っている紙を悩まし気にみながら降りてきた男性は、当たり前だけどサリーナさんよりも身長が高かった。
赤茶色の髪の毛は飲食店らしく短くそろえられており、生傷があってもおかしくない男の風貌に少しだけ目を見開いた。
ちなみに、長時間見上げていると首が痛くなりそうな身長差である。
「ん?そいつは?」
少し低めの声だが、威圧感はなく、優しい感じの喋り方に内心ビビっていた心がウソのように安堵に包まれる。
何故だろう。
サリーナさんもだけど、この男性も凄く暖かくて傍にいるのが心地よく感じるのだ。
「あ、あの、アレンです!サリーナさんから住み込みの仕事を紹介していただいてきました!よろしくお願いします!」
「………」
ガバリと腰を90度に折る私だったが、何も反応がなく、不安に思いながらもそろそろと顔を上げて様子を伺う。
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