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アルベルト様がいない今、教育を受けるのは私一人だと思っていたからこそ驚いた。
まるで夜のような漆黒の向こう側に、夜空に浮かぶ月のように輝く瞳に私は思わず息をのむ。
第二王子であるカイル・ファウスウッド様。
アルベルト様とは二つ違いだが、まるで双子のように似ている顔立ち。
だがその髪の色から受ける印象で全く異なると噂で聞いたことがあったが、正直ここまで似ているとは思わなかった。
「エリーナ・マルガイ様、ですね」
形のいい小ぶりな唇から奇麗な音が奏でた。
耳通りの良い、良い声だった。
たった一言、私の名を口にしたカイル殿下に思わず聞きほれてしまった私は当然反応が遅れた。
「エリーナ嬢?」
再び問いかけられ、そこでやっと意識を取り戻す。
「は、はい。若き帝国の太陽、カイル殿下にご挨拶申し上げます。
マルガイ公爵の娘エリーナと申します」
「丁寧なあいさつをありがとう。
僕も帝王学を学ぶことになったんだ。これからよろしく。
…それと、僕は堅苦しいのは苦手だから気軽にカイルと呼んでくれると嬉しいよ」
ニコリと微笑まれて、ドキリと胸が高鳴った。
幼い頃に出会ったアルベルト様を思い出してしまったからだ。
「エリーナ嬢?…もしかして嫌だったかい?」
不安そうに眉を寄せるカイル様に私は慌てて否定する。
「とんでもございません!…ただカイル殿下に馴れ馴れしく接するのはどうかと思っただけです」
「それなら問題ないよ。エリーナ嬢は次の王妃となる存在だ。寧ろこれから帝王学を学ぶ僕と仲良くし……ん?そういえば僕のほうが年下だったよね。
僕のほうがエリーナ嬢に敬語を使ったほうがいい立場になるかな?」
「ご、御冗談を…」
楽しそうに冗談を洩らすカイル様に私は見惚れてしまう。
同じ顔をしているといっても、雰囲気はまるで別物だった。
寧ろカイル様のほうがあの頃出会った男の子に似ていた。
____だけど髪の色が違う。
____けれど瞳の色は同じ。
思わずあの時出会った男の子はアルベルト様ではなくて、カイル様だったのではないかと、そう疑ってしまう中、教育を携わる先生がやってきて授業が始まった。
帝王学は機密扱いとして取り扱われている為、例えメモを書いたとしても授業を受ける部屋以外への持ち出しは禁止されている。
だから私とカイル様の前には置かれる教本もメモを取る用紙もない。
ただ只管話される話を頭に刻み込ませるのみである。
(………)
話に集中して必死に覚えなければいけない筈なのに、隣り合わせで座るカイル様の存在が何故か無性に気になってしまった。
微かに聞こえる呼吸も、なにかを思考するときに見せる仕草にも、つい横目で見てしまうほどに私はカイル様の事を意識していたのだ。
(おかしい……なんで私……)
「エリーナ譲?大丈夫?」
体調が悪いわけでもないはずなのに熱がこみ上げてきた顔を冷やすべく、私は自分の少し冷たい指先を頬に当てたとき、カイル様が心配そうに覗き込んだ。
思いもよらず近いカイル様との距離に私は更に顔に熱が集まるのを感じる。
「体調が悪いのですか?マルガイ公爵令嬢」
そんな私に授業を進行している先生が声を掛ける。
何も考えられなくなる自分の頭に動揺しながら、私は「少しだけ…」と嘘をついてしまった。
「なら、初日ということもありますし、今日はここまでにしておきましょう。
明日も厳しければ早めに連絡をください」
「わかりました。ありがとうございます」
先生はスタスタと部屋から出ていった。
部屋には私とカイル様が残された。
「あの…、カイル様も申し訳ございませんでした。
私のせいで授業が…」
「気にすることはないよ。それより大丈夫かい?」
「はい。平気です」
「よかった。ならエリーナ嬢が悪化する前に帰ろう。
馬車のところまで送るよ」
はい、と差し出された手に私が戸惑いを見せると、カイル様はハッとした様子で手を引っ込ませた。
どこか既視感を思い出させるカイル様の行動に私はくすりと笑い、カイル様の真似をして手を差し出した。
「よろしくお願いします。カイル様」
■
帝王学を学び始めた初日様々な思いを抱いたことで授業を中断させてしまったが、その日以降私は取り乱すことなく授業に集中することができた。
一日の授業は短時間で行われる。
教材もない、メモも取ってはならない環境の中、大量の情報を一気に詰め込むのではなく、小分けに分けることで効率化させた。
そのやり方は共に授業を受けている相手、特に私のように継承権争いに発展することがない相手がいる環境の中ではかなり効果的だった。
授業が終わると先生は離席し、残された私とカイル様だけで復習する。
理解できなかったことは勿論、知識を活かす場面を考えそれぞれ意見を出したりした。
カイル様は気さくな方で、出会った当初緊張して上手く話せなかった私の心を上手く溶かしてくれた。
本当に、素晴らしいお方だった。
そんな日々を半年間続けたとき、王妃様から呼び出しがかかる。
「…どう?調子は」
聞いているのは体調面ではないことは明白だ。
「はい。授業も順調に学ばせていただいており、問題ありません」
「そう、ではそろそろ学園に戻っても良さそうね」
「…え…」
私は思わず戸惑う気持ちを口に出していた。
「貴方にそもそも休学の許可を出したのは噂を鎮めるためと同時に、帝王学を学びたいという貴女の思いとこちら側の事情が合致したから。最初から期限を設けていたのよ」
学園内の一部で広まっていたティーン・ザビル男爵令嬢と私の噂は、半年間休学したことで真実味のないただの嘘という結果に終わった。
どういう意図で噂を流したのかはわからないが、私がいない間も噂は流れつづけていた為である。
ルナ様やメリス様、ミリアーナ様だけでなく、Aクラスの人達が私の今の活動内容を公開して、ザビル令嬢を虐げる機会がないことを証明してくれた。
(アルベルト様は結局帝王学の授業に姿を表さなかったけれど)
心の中の何処かでは、まだ昔のアルベルト様の心は残っているのではないかという希望があったのか、この半年の間一度も姿を見せなかったことに落胆した。
「それにちょうどいい機会だと思うの。貴女が楽しく学ぶことが出来たのもカイルが共に授業を受けていたから」
その言葉にドキリと胸が高鳴った。
この半年の間にカイル様に周囲に言えない感情を抱いてしまったからである。
私のそんな感情を王妃様に気付かれてしまったのではないか。
アルベルト様の婚約者である私が、他の人に感情を寄せていることを悟られてしまったのではないかと恐ろしくなった。
「そのカイルも学園に通うことになるし、次期王妃とはいえまだ王族ではない貴女が先に授業を進めるのもどうかという意見があるの。
だからカイルの入学を機に、貴女にも学園に復帰してもらおうと思っているのよ」
「そういうことだったのですね……」
私は安堵した。
気持ちに気付かれたわけではなかったのだとホッとしたのだ。
「畏まりました。来週より復学いたします。
またご迷惑でなければ帝王学の授業も引き続き受けさせていただきたいと考えております」
「構わないわ。これからもよく励みなさい」
「ご配慮くださりありがとうございます」
私は王妃様に感謝を伝え、そして王城を後にした。
一緒に授業を受けているカイル様にも来週から学園に復学する旨をお話ししようと思ったが、自分の気持ちを自覚した今過度に接触する機会をつくろうとしているだけではないのかという気持ちが沸き上がり、結局カイル様に会いにいくことはなかった。
(私はアルベルト様の婚約者だから…)
___そのアルベルト様はどう思っているのかはわからないけれど。
私は自宅に帰ると早速友人たちに手紙を書いた。
噂の対処についての感謝の気持ちから始まり、来週から復学するからよろしくねという内容を書き留める。
最後にお気に入りの香水を手紙に振りかけ、私はメイドに速達で届けるようにお願いした。
「久しぶりの学園ね」
休学して半年余りが経った今、仲がいい友人たちと会えることがとても楽しみである一方、アルベルト様との関係が後ろ髪を引かれる。
王妃様からは「まだ調査に時間がかかっているから」という言葉をいただいている為、自ら関わることはしなくてもいいことがありがたかった。
だけどカイル様に想いを寄せている自分がいる中、例え自分からアルベルト様に関わらなくてもいいとなっても気持ちは重かった。
(よくアルベルト様は婚約者がいる身でありながら、他の令嬢と一緒にいれるわね)
カイル様との関係は決して疾しいものではない。
ただ帝王学を学ぶ仲間であり、これからは学園内では先輩後輩の関係だ。
自分が抱いている気持ちがあるからこのような感情がうまれるだけ。
でも、だからこそ堂々と浮気をしているアルベルト様が不思議で、そして残念で仕方がないと改めて感じる。
「……まぁ、半年前も噂はあったけれど問題なく過ごせていたわけだし、考えても仕方ないわよね」
いまだに王妃様の仰る言葉の意味がわかっていないけれど、私ははぁと溜息を吐き出したのだった。
そして久しぶりの学園に足を運んだ私の前に、私の婚約者であるアルベルト様と浮気相手であるザビル男爵令嬢が私を待ち構えているかのように立っていたのであった。
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