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しおりを挟む「へ?」
そんな間抜けな声を出す私とは違い、後ろからリリーが声を震わせ、そしてどもりながら私の横に並ぶ。
私は呆然と、そんなリリーを眺めていた。
「お、お嬢様、あ、あの、客室の準備が整っていますので、是非!お招きした方がよろしいかと!」
目もきょろきょろと目の前にいる男性と私との往復を繰り返す、リリー。
なぜそんなに挙動不審なのかと、ふと視線を動かすと、執事のセバスも他のメイド達も、わたわたと手を上げたり下げたり、そして目を晒すように顔を隠していたりと、かなり怪しげな行動をしていた。
この場においては頼りにしてはいけないなと頭の片隅で思ったが、そもそもの原因は私にある。
男性不振気味の私に男の影がチラついているのだ。それもイケメンの。
思わず浮き立つような気持ちになってしまうのも無理はない。
「お構いなく。今日はこれだけお伝えしたく参りました。
時間も時間ですし、また改めて伺わせていただきますが、よろしいでしょうか?」
「「「はい!!」」」
掛け声もないのに、声を揃えて返事をする皆に私の肩がビクリと跳ねる。
ここは普通私が返事をするところなのではないかと思ったけれど、それより男性の言葉の方が衝撃的で、返事なんてできそうになかった。
(私の事が、好き…?)
本当に?
例え顔がよくとも、初めて会った人の言葉を信じられるほど、私は純粋ではない。
寧ろ腐っているといってもいいだろう。
だから、あの言葉には絶対になにか裏がある。
それはなんだろう。と頭をひねるが、騒がしい周りから考えがまとまることはなかった。
「は、早く旦那様に報告を!」
「奥様も喜ばれるだろう!」
「シェフに言ってメニュー変えて貰え!今日は豪勢にとな!」
そんな言葉を口にしながら廊下を走り回る皆の様子をじっと眺めていると、ガシッとリリーに捕まった。
「お嬢様!いつお知り合いになられたのですか!
は!そういえばお嬢様のあのことも知っていましたね!あ、でもお嬢様とお会いした時まるで初対面な反応でした……。
まさか!変装して!?もしくは文通!?」
「ぶ、文通!?」
いきなりのリリーの推測に驚いた私は、言葉を繰り返す。
単語だけを聞いた他のメイド達も足を止めて、わざわざ私のところまで戻ってくるほどだ。
そして表情はニコニコと楽しそう…、いやとても嬉しそうに見える。
そこまで私の男性不振は皆に心配かけてしまっていたのかと、今更ながらに思った。
「そういえば、お嬢様はご友人以外に手紙をお出ししていたな!」
「それよ!きっとその時の相手があの方なのよ!!!でもでも!なによりも嬉しい事は… 「「お嬢様に春がきたということ!!」」
みんなで声を合わせた後は、何故か手を合わせる。
パンっといい音がエントランスに鳴り響いた。
息がぴったりなうちのメイド達に、思わず圧倒された。
◇
「今日は豪勢だな」
「本当ね。もしかして私たちの居ない間になにかいい事でもあったのかしら?」
お父様とお母様が驚きながら、そう口にするのも無理はない。
いつもはタンパク質が多めな赤身寄りのステーキが、今日は脂身が多い霜降り肉のステーキだったり、珍味と言われている食材をふんだんに使った料理などなどなどなどが、豪勢に並ばれているのだから。
「実は…」
不思議そうにするお母様に執事が近寄り、耳打ちする。
お父様も気になるのか、体を傾けながら執事の言葉を拾ったのだろう、お母様の目が輝き、そしてお父様の目がどんどん開いていった。
ちなみにお父様に関しては目だけではなく、口も開き喉の奥まで丸見えである。
そして執事が話し終えた瞬間、二人の目が私に向く。
「まぁ!それは本当なの!?」
「エリーナよ、相手はどこの令息なんだ?」
尋ねられるが、今日初めて会った男性との交流はない。
あるとしたら原稿用紙を拾われたことくらいである。
そして男性の名前も知らない事を、今ここで初めて分かったくらいだ。
そんな浅すぎる交流関係に、お父様にもお母様にも話せることはなかった。
「え、っと……、すみません」
謝る私をフォローすべく、再び前に出たのが執事である。
「お嬢様はどうやら秘密に文通をしていたようです。
リリーの報告から整理しますと、本日偶然にもお会いした男性が、お嬢様の文字をみて、文通相手だとお気付きになり、伯爵家へと直接伺われたようです」
セバスの言葉を聞いて、リリーあなたって人はどんな報告をしたの!とギョっとするが、エントランスで確かにそんなことを言っていたことを思い出す。
「そうなの?エリーナちゃん」
「あ……」
嬉しそうなお母様の表情に、私は否定の言葉を飲み込んだ。
何故ならば、お母様も私の男性不信に心を痛めている一人なのだ。
子供の頃のあの一件。
たかがちょっと悪く言われただけでと、そう思われるかもしれないけれど、子供の頃の記憶は強く残る。
悪い記憶なら余計にだ。
お父様とお母様が可愛がってくれて、私に楽しい本という世界を教えてくれた。
今では二人が知らないほどに深くのめりこんでしまっているけれど、私が卑屈にならなかったのは二人がいたからだ。
元気になった私に、両親は何度か新しい婚約者候補として男の子を紹介されたことがあった。
ちゃんといい子よ。先に会って人柄も確認したのよ。と告げられても、最初の男の子のように嫌悪に染まるその表情を向けられたらどうしようと、私は恐怖に震えた。
まだ顔を会わせていない時点で、震えて泣いた。
ブスとかブサイクとか、思われることはしょうがないこと。
人には好みというものがあるから、その人にとって私が好みじゃないだけ。
でも、あの時の男の子の顔が、嫌悪に満ちたあの表情が頭から離れない。
私だから嫌われたのかと、そう思ってしまうからだ。
貴族というものは裏がある。
表面的にはよく見せても、裏でどう思われているのかわからない。
わからないようにするのが貴族なのだ。
だから余計に怖い。
心の中で、あの時の男の子のように激しく私を嫌っていたら。
そんな考えが浮かんで怖いのだ。
そして、そんな私の行動が両親に罪悪感を与えてしまった。
『無理させてごめんなさいね』
『まだ婚約者は早いよな』
両親はそう言って、私に謝った。
そのたびに、ごめんなさい。と私は心の中で両親に謝ってきた。
二人が悪いわけではないのに、私が弱いだけなのに。
そんな両親が、私と顔を会わせたことがないとはいえ”知り合いの男性”がいることを嬉しく思わないわけがなかったのだ。
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