虐げられた少女は復讐する

あおくん

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発覚と再会と復讐

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更に一年が経過した頃だった。



十四歳になったエミリーは美しく成長していた。



男爵家に捕われていた頃は毎日のように血を奪われ、暴力を含める虐待は酷いものだった。

治癒の魔法で暴力の痕はなくなるが、失われた血は回復しない。

食事も治癒に目覚めた頃から与えられるようにはなったが、血肉が回復するほどではなかった。



それゆえ拾われてから、健康的な食事に運動、睡眠をとり続けたエミリーは今では血行もよくなり、また女性らしくふっくらとした体つきになった。

それだけではない。

少し手を伸ばすだけでもエミリーの意思とは関係なくビクついてしまっていた体も、今では話しかけられれば笑って答え、揶揄われれば怒るし拗ねる。

後ろから不意に肩を叩かれても、過剰な反応はなくなった。

全ては今エミリーの周りにいる家族のお陰、そして町の人たちのお陰である。



そんなエミリーは自分の不安な思いを打ち明けていた。

いつか私を捕まえに貴族がやってくるのかもしれないと。

黙っているよりも、皆に最初に話しておいた方が今後の対策にもなると。

エミリーは言った。



「もしアイツらがきたら、皆は巻き込まれないように逃げて欲しいの」



フォルは言った。



「僕の嫁を僕が守らないで誰が守るんだ」



リンナーは言った。



「エミリーはあたしの娘よ。娘を守るのは母親として当然のことよ」



マルコが言った。



「娘であり、将来の息子の嫁よ。俺たちが負けるはずがないだろう」



まだフォルダンの嫁になることを承諾していなかったが、誰もそこには突っ込まなかった。

それよりも”たち”?と首を傾げると、マルコが店の扉を開ける。

すると雪崩のように倒れる町の人たちがそこにいた。



「わりい!臨時休業だって看板見たんだけど、辛気臭い顔したまま店に戻るお前の顔みたらよぉ」
「俺もわりいとは思ったが、助けになれたらと思ってよ」
「私は普通にエミリーと遊ぼうって言いに来て」
「僕はエミリーに治療してほしくて」
「狩りに誘いに」
「私は…」



俺も私もと続けられる言葉に、マルコさんはため息をつき、私とリンナーさんは笑って互いを見た。



「エミリー、この町の人たちはお互いにお互いを尊重し、助けを求められたら…いや、求めなくても手を伸ばすことのできる人たちばかりなんだ。
だから迷惑になるとか、巻き込みたくないとかそういう思いは持ってほしくない」

「そうだよ!なにがあったのか全然話し声が聞こえなくてわからなかったが、力になる!」

「私も!友達でしょ!なんでもいってよ!」



再び俺も私もと手を挙げる人たちの姿を見て、エミリーの目から涙が流れる。


私はこんなにも皆に愛されていたんだと。嬉しくなった。



「……迷惑じゃ、ない?…」



もう一度、震える声で訊ねるようにそう問うと皆が一斉に頷いて答える。



エミリーは家族にしか話したことが無かった内容を、皆に聞こえるように最初から全てを話した。



幼い子供を平気で虐待する貴族に皆が驚き、怒りをあらわにする。

ナイアゲール領を収めている貴族は平民にとっていい貴族であるから一瞬皆は話をきいてピンこない様子だったが、これがエルダ領にいた時の話だというとすぐに納得した。

一方的に敵対心を見せるエルダ領の貴族を思い出したのだろう。

こうしてみると、どれだけエルダ領の貴族が落ちぶれているのかがわかる。人間として。

勿論全ての貴族がそうではないことはわかっている。中にはまともな人もいるだろう。

でもあそこで暮らしていたエミリーも、あの領地の貴族からの迷惑を被っている者がこの町には多くいた。



また血を採る為だけに子供に刃物を突き立てたというところは、皆が一番怒ってくれた場面だ。

『ありえない!』といってくれた。

私の事を自分の事のように考えてくれた友達は泣いてくれた。



「それにしても何故エミリーの血を…」



そう呟かれた言葉に一人の男性が反応する。



「そういえば以前冒険者が自慢していたよ。”俺は奇跡の聖水を手に入れたから無敵だ”って」

「奇跡の聖水?なんだそりゃ?」

「なんでもどんな病も怪我も治してくれる不思議な水なんだっていってた」

「でもそれがどう関係するの?”聖水”でしょ?」



皆が疑問を口に出す中、私も近くに座っていたリンナーさんへ尋ねる。



「ね、聖水ってなに?」

「聖水はね、飲み水とは違って不純物が一切混じらない水に教会が魔法を施したものをいうのよ」

「魔法?」

「詳しいことはわからないけれど、教会の中だけに伝わる魔法をかけているっていわれているの。
だから聖水は穢れを払うためも、医療にもつかわれているのよ」

「そうなんだ」



私が教えてもらっている中一人の女性がポツリと呟いた。



『もしかしたら……、エミリーちゃんの血を混ぜたものを奇跡の聖水って言って販売してるんじゃない?』



そんな恐ろしい、非道徳的な考えに私は血の気が引く。



「いや、さすがにそれはないだろう…」

「だれかその販売者知ってるか?」

「いや、誰もあの領地に行きたい奴なんていないだろう…」

「ちょ、冒険者には聞いてないのかよ?」

「さすがにそこまでは…、でもどこだっけかな…エルダ領に入ってすぐのところだとか言ってたぞ」

「ねぇ…エミリーちゃん、あなたのいた場所って…ってちょっと!」



一人の女性が驚愕し、声を上げる。



「エミリー!顔色が悪い、もう休もう」

「フォル…、ううん、大丈夫」

「大丈夫じゃないだろう!」

「大丈夫……、私の血の使い道を想像したら、気持ち悪くなってしまっただけ」

「エミリー…」



この町に住んでから、心が穏やかだった。

早く明日を迎えたい、今日が名残惜しい。そんな気持ちで毎日を過ごせていた。



でも奪われていた私の血の行方を想像しただけで、掻き毟りたくなる。吐き気がする。気持ち悪くて涙がこみ上げる。



「…ごめんなさい。住んでいたあの町の名前はわからないの…。
でも私が両親と共に暮らしていた村の名前ならわかるわ、リース村という村で、その村から馬車でそう遠くない場所の町」



青ざめながら答えた私にありがとうと誰かが告げた。

向かいに座っていたフォルが私の隣に座り、そっと肩を抱く。

それだけで落ち着くような気がした。



そんな時だった。



キャアアア!と外から悲鳴が上がり、皆が外に出る。

私も皆に続いてフォルと一緒に外に出た。



ゴオオオオオと燃え上がる炎が見えた。

皆が唖然とする中、一人の男性が駆け出した。

その一人の男性に続いて、皆が炎の元に向かって走り出す。



私とフォルが辿りついた時には、水を操ることが出来る人たちが懸命に炎を消そうと消火活動をしていた。



ジャリっと音がした。

砂利を踏んだ音だ。



「よぉ…エミリー」



聞き覚えのある声。

出来ればもう二度と聞きたくないとさえ思っていた声が私を呼んだ。



繋がれたフォルの手を、思わずぎゅっと握った。



「…アーベルト…」



名を呟いた私に、目の前のアーベルトは眉間にしわを寄せる。



「は?なんで呼び捨てなんだよ」

「…っ」



以前より大きく育ったアーベルトは以前と同じように私を見下す。

機嫌を損なったと告げるような態度に、私はビクリと体を震わせた。

子供の頃に体に植え付けられた恐怖心は、そうそう忘れることができないのだと気付いた。



「…つーか、逃げ出すんじゃねーよ、どんだけ俺たちに迷惑かけたのかわかってんのか?」

「………」

「口ねーのかよ、…あ、それとも喋れねーのか?だっせーな」

「………っ」



ハッと嘲るアーベルトは、顔だけで後ろを向く。

アーベルトの視線の先には見覚えのある馬車があった。

二人の男女が馬車の中から降りてくる。

見るからに派手な格好だが、なんとも不格好だった。


消火の為に魔法を駆使する人、近くの川から水を運ぶ人、その人達以外は先ほど私と約束してくれたことを果たすように私を守ろうと私の前に立った。



「み、んな…」

「あっちはだいぶ火がおさまってきてるから、エミリーちゃんは気にすんなよ」

「そうそう、俺たち町の仲間は守らないと気が済まねータチだからさ」

「それに今の俺達には一番心強い人がいるんだ!悪党な貴族なんかこわくねーさ!」



振り向いてニッと歯を輝かせる大人たち。

正直最後のセリフには首を傾げたが、それでも私とフォルの両側に立つ、リンナーさんとマルコさんに、そして私を支えてくれる皆の存在に震えていた体がいつの間にかおさまっていた。


すぅと大きく息を吸う。



「私は戻らない!!!!!」



あの人たちがなにかを喋る前に私はそう叫んだ。



「はぁ!?ふざけんなよ!!!」

「アナタなんかの意見なんて聞いていないのよ!」

「そんなことが許されるとでも思っているのか!」



怒りで凄く醜くなっていることなんて知らないだろう三人が声を荒げた。



「戻ってこないとこの町がどうなるかわかっているのか!!!」



その言葉は火をつけたのは自分だと証言しているかのようだった。



(皆の家を…こいつらは…!!)



怒りが込み上げた時、一人の男が前に出た。



「この町を…どうするんだ?」



まるでこの状況が面白いとでもいっているかのように、声が弾んでいるように聞こえるのは気の所為なのだろうか。



「だ、誰だお前は!!!」

「誰だ?アハハハ、僕の町にエルダ領の貴族が無断でやってきているだけでも腹立たしいのに、放火に町民への脅迫、更には僕の事を知らないって…面白いことをいうね」

「ぼ、僕の町…だと!?」



一歩叔父が後ずさる。

離れていてもわかる位に汗が額に浮かんでいた。



「ナイアゲール領を収めているスプリンク侯爵…現当主本人だよ」

「なっ!!!」

「ああ、挨拶は不要だよ。君みたいな人とはよろしくしたくないからね。
それより話は聞かせてもらったよ、君がエミリー・ココ…あ、まだエミリー・レイズだっけ?
まぁ、そのエミリーにやってきたこと、その血の使い道も含めて、全てね」

「っ!!!!」

「それにしても驚いたなぁ~、教会から”奇跡の聖水”の販売を絶対に阻止してくれと頼まれたから来たけど、エルダ領に一番近いこの町にやってきた途端、興味深い話を聞けるなんて…なんて僕はツイてるんだろう。
調査する手間が随分省けたし、根元を潰す機会もこんなに早くやってきて、しかも教会と薬師協会にも貸しをつくれる」



ねぇ?と微笑みを向けられた叔父の顔色は凄かった。

まるで首を絞められているのかと思うくらいに顔色が赤黒く変色し、じんわりと浮かんでいた汗は今は滝のように流れている。

叔母も同様だった。

厚塗りで皺を隠していたのだろう、化粧も落ちたその顔は老婆の様だった。



だが一人だけいまだにこちらを睨んでいる者が、アーベルトだった。



「普通貴族同士は争わないのだが…、どうしても許せないことがある場合……例えば名誉の回復だったり、恨みを晴らす目的等だね。
ルールについて双方が同意しあった上で戦う事があるんだけど、それが決闘といわれるものだ。
決闘は利害問題の解決に重点が置かれている為に正当化できるんだ」



アーベルトの眉がピクリと動く。



「エミリー、どうだい?
持ってないなら僕の手袋を貸してあげるよ。あ、勿論返さなくても大丈夫だよ」

「え、て、手袋…?」



いきなり話を振られた侯爵の言葉に私は戸惑った。



「申し訳ございませんが、侯爵様。
エミリーは平民です」



戸惑う私の代わりにマルコさんが答えてくれた。



「あ、そうか、君の父は身分を捨てたんだったか。
じゃあ僕の代わりに決闘に出てみるかい?」



ん?とまるで飴でもあげるよと言っているみたいに軽く言われるが、内容はかなり重大だ。

貴族の決闘に私が代わりに出ろと言われているのだから。



「…エミリー、出たくないなら僕が代わりに出よう…」



ぼそりと呟かれた言葉に私は勢いよくフォルを見た。

ずっと手を繋いでいたが、フォルの顔をみていなくて気付かなかったけれど、かなり怒っているのがわかる。



「ううん…大丈夫。
フォルには、…私を見守ってて欲しい」

「………」



ピクリと繋いでいる手に力がはいる。

こくりと頷いてくれるが、伸ばされない眉間の皺を見る限り怒りが収まっていないことが分かった。



私の為に怒ってくれていることが凄く嬉しかった。



私はフォルの手を離して、侯爵様の元へ向かった。

私を守るように前に立ってくれていた皆が道を開けるように移動する。



「…私、アナタたちのことが大っ嫌い。憎くてたまらない」



私の事をまるで同じ人間ではないように扱ってきた、この人たちが大っ嫌いだった。

今も姿を見るだけで昔の事が蘇り、色々な感情が心の中で暴れる感じで、涙が込み上げてくる。

それほどこの人たちが憎い。



「……でも顔を見ることもなかったから、復讐するつもりも、復讐したいと思う気持ちもわかなかった」



この言葉も嘘じゃない。

フォル達のお陰で幸せに過ごしてきた私は、復讐だなんて言葉、考えもしなかったから。

ただ思っていたことは、いつかこの人たちの仕業で、手に入れることが出来た幸せが崩れてしまうのではないかという不安な気持ちだけがあった。



「だけど、アナタたちは来た。自分の欲望の為に。
だから私も戦うよ。自分の心のままに」



手袋が投げられた。

そしてそれを私を睨みつけたままアーベルトが拾う。



「はぁ!?お前が俺と戦う!?復讐でもしようってんのか!?出来るわけねーだろう!!!」

「出来るか出来ないかはアナタが決めることじゃない」

「ハッ!!胸もねーガキのくせに!よくいうわな!!!
…おい!ずっとこいつと手を繋いでたお前!こいつだけはやめとけよ!
乳もねーくせに、見せつけてくるような女だぜ!!」

「っ!!!!!!」



例え状況が違えども、この男の前に裸を晒したのは事実なだけにそれだけは言ってほしくなかった。

怒りで頭が真っ白になる。


私は握った拳を、思いっきりアーベルトの腹に捩じり込んだ。



「ガハッ!!!」



吹き飛んだアーベルトは見えない壁に当たって、その場に倒れる。





「侯爵様、結界を張らせていただきましたので町への被害は心配ありません」

「それはありがたいが…結界の中に彼女とあの男だけにしても問題ないのか?」

「差し向けた張本人でしょう。
それに………彼はもう戦意を喪失していますよ」



よかったと、聞こえてきた会話にそう思った。

ここは思いっきり町の中だったから、あの人が結界を張ってくれてなければ今頃一つの家を破壊してしまっていた。



「ゲホガホッ!」



お腹を押さえておびえるように私を見上げるアーベルト。

そのアーベルトの目を見て、私は………虚しく感じてしまった。



「昔から、何もなくてもよく私を殴ってたよね。魔法を使えるようになってからは火の玉をぶつけたり、魔法の実験だといってよく練習台にされていた」

「ひっ…!」



一歩ずつ歩くと、アーベルトは痛むお腹を押さえて立ち上がり、ずるずると横歩きで移動する。



「なんでそんなに怯えてるの…。今まで散々痛めつけてた相手を、なんでそう怖がるの?」

「く、くるな…」

「私が胸をアンタに見せつけてた?
…弱かった私に命令して服を脱がせたのは貴方でしょう!!!!!!」

「ひぃぃ!!」



声を荒げた私に驚いたのか、その場に座り込むアーベルトに私は再び拳を握った。



ただの十四歳の子供の拳がこんなにも強い威力を持つわけがない。

それを可能にしているのは魔力であり魔法だ。

人でも物でも魔物でも、素手で殴れば当然殴る本人にも痛みが残る。

その痛みを感じないように拳に結界を作り、その結界に魔力を針状に流し込むことによって、威力が上がる。

これを教えてくれたのは狩りによく行くマルコさんや町の人たちだ。



貴族の子供が何を学校で学んでいるのかは、学校に通ったことが無い私にはわからない。

でも目の前にいるコイツよりも、私の方が強いことは分かった。



だからなのか、さっきは怒りのあまり魔力がコントロールできなかったけれど、今は周りを見れるほどには冷静だ。



拳を、思いっきりアーベルトの顔面に向けて、



そして、ぶち込んだ。



「ウワアアアアアア!!!!」



アーベルトの絶叫と、パリンと割れた音が響く。





「あ、私の防御結界が……」

「おお~!凄いね~!…っていうかこれ二次覚醒疑うレベルじゃない?すごくない?」





そんな暢気な会話が聞こえる中、殆どの人はにこやかに見守っていた。

いつの間にか消火も済んでいるし、叔父夫婦も町の人たちに羽交い絞めにされている。



「はぁ…はぁ…」



なんともいえない複雑な感情が心の中で渦を巻く。

気絶をしているのか、アーベルトが白目をむき、ジワリと股間部分が濡れていくのを見下ろした。



「エミリー!」



フォルが私を抱きしめる。

暖かくて安心するフォルの腕の中で、私はついに涙があふれた。



「お疲れ様、エミリー」



”お疲れ様”

その言葉が心に響く。

「すっきりした?」「もう満足した?」そんな言葉を言われたら、きっと私はもやもやした感情が残ったままだっただろう。



だって殴ってもなにもスッキリしなかったのだ。

暴力を振るわれてた時はいつも思っていた、なんで私を殴るの。

なんで殴られなければいけないの。

殴るのってそんなに楽しいものなの。



逃げ出した後は思い出すだけで憎らしい気持ちになった。

アーベルトに言った言葉は嘘じゃない。私の本心だ。

復讐したい気持ちもなかったが、本人を目の前にしたら当然湧き出てきたのだ。



でも実際、アーベルトや叔父、叔母のように殴っても全く楽しくなかった。

なにもスッキリもした気分にならなかったのだ。

寧ろもやもやした感情が込みあげてくるだけ。



だから、最後の一発はアーベルト自身にあてることはなく、顔スレスレで結界に拳をぶつけた。



大きく結界が壊れる音に殴られたのだと錯覚したのか、アーベルトが気絶している姿だけは少しだけ笑えた。



フォルの胸に顔を押し付ける様な形で抱き着く私に声をかけたのは、この決闘をすすめてきた侯爵様だった。



「凄かったよ!君のパンチ!
まさか僕の護衛でもあるこいつの防御結界を破るなんてね!
こんなにも心が躍ったのは久しぶりだ!」

「……私にこのような機会をくださったこと、感謝申し上げます。侯爵様」

「いやいや、気にしなくてもいいよ!
こちらも十分なメリットがあるからね!
……そうだ。被害者である君に質問だけど……どうしたい?」

「どう、とは?」

「彼らだよ」



そう侯爵様が指さしたのは、私を苦しめてきた三人だった。



「私は……生きていただくことを望みます」

「何故?」

「死ぬことは一瞬だからです。
できたら、彼らには……苦しませてきた平民よりも苦しんで生きていただきたい。…一生」



正直彼らのやってきたことは、私以外の人にはいいことだったのだろう。

安価で…薬とはいいたくないような出来物だが、沢山の人が喜んでいたのは間違いないことだ。

でも侯爵様には私の言いたいことが伝わった。

彼らの被害者の本人である私が、三人には私よりも苦しい人生を送ってほしいと願う気持ちを分かってくれた。

ただ死ぬのではなく、これから先の人生をずっと苦しんで生きてもらいたい。



「最大限に重宝するとしよう」



町の人たちの手を借りて、彼らが連行される姿を私はずっと見つづけた。



あとで知ったのだが、彼らは貴族名簿から除名され、島流しの刑に処されたらしい。

誰もいない島で魔物と戦って生きていくのか、それとも過酷な労働が待つ島で暮らすのか、私は知らない。

知りたいとも思わなかった。

ただ、私の前に今後も現れて欲しくない。

それだけだった。











残された私と家族は、そのままその場にとどまっていた。

なにも喋ることなく黙っていた私をどのような気持ちで見守ってくれてたのかはわからないけれど、それでも何も言わずに私を待ってくれていた。


私は怒りのままぶつけた拳を見る。


気持ち悪かった。


大っ嫌いで憎い相手に触れる気持ちってこんなんなんだと思った。


目にしたくない、事故でも触れたくないし、近づきたくもない。


それが分かった私は同時に、フォルに対して抱いている気持ちが恋だということがわかった。





成長するにつれてどんどんかっこよくなるフォルが人気者になるのが嫌だ。

この町の人は大好きだけど、それでも他の女性にフォルを渡したくなかった。

私以外を好きだというフォルも、想像すらしたくなかった。



フォルと手を繋ぐのが好きだ。

抱きしめられると突き放したくなるのは、ただたんにドキドキして恥ずかしいからだと気付いた。

嫌なんかじゃない。

嫌だって気持ちはもっと全身を掻きむしりたくなるほどに嫌悪に満ち溢れているんだ。

寧ろ私は……、もっとフォルと一緒にいたいし、触ってもらいたい、抱きしめてもらいと思っている。

フォルの体温も、匂いも好き。

大好き。



だから



「フォル、好きよ」



突然のエミリーの告白に顔を真っ赤に染め上げたフォルダンは固まった。

固まって、固まって、空が赤く夕焼け色に染まった頃、フォルダンがやっと口を開く。



「エミリー!今すぐ結婚しよう!!!!」



そう叫ぶフォルダンの声が、町中に響き渡ったのだった。





















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