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新たな居場所

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あったかい………



ふかふかに身を包まれて、とても気持ちいい。



あれ?



頭になにかが触れる。



右から左に、優しく触れる大きくて暖かいもの。



もしかして、私頭を撫でられてる?



………ふふ



撫でられるだなんていい夢だな



お母さんたちが生きてた時以来撫でられたことないもん







あれ





離れてく…



優しくて暖かい大きな手が…









もっと







もっと撫でて欲しかったな…













ぱちりと目を覚ました時そこは知らない場所だった。


でも不思議と恐怖心も不安感もなかった。


たぶん優しい夢を見ていたからかもしれない。


私は体を起こして部屋の中を見渡した。


両親と暮らしていたような、狭くて、それでも温かさを感じる部屋。

数歩歩くと壁の端から端にいけるほどの狭さが逆に安心感がある。

それに手作り感あふれる木の机の上には綺麗に整頓された本が数冊。

机の脇には形の違う鞄がいくつか置いてあった。

この部屋の主は私と同じくらいの年齢なのか、勉強の教材として使われる資料が壁に貼られている。

それに木刀も置いてあるから、もしかして男の子の部屋なのかなと思った。



私はベッドから出て部屋の扉に近づいた。

そっと扉を開けると廊下には誰もいなかったけれど、下の方から賑やかな声が聞こえてくる。



行った方がいいのかな?

でも…怖い。



もしかしたらこのにぎやかな声は私を探している人たちの声かもしれない。

連れ戻されるかもしれない。

そんな不安がこみ上げてきた。



どうしようとおろおろして一度部屋の中に戻ろうとしたところで、一人の女性が現れた。



「…あっ…」

「……おはよう。よく眠れたかい?」



ふわりと柔らかい笑みを私に向けて、女性は言った。

ここ数年間向けられてこなかった表情に私の胸がじーんと暖かくなって、涙が込み上げてきた。



嬉しいからだ。



(……おじさんもよく私を心配してくれた)



叔父や叔母が怖いから表立って私と接する機会が少なかっただけで、コックのおじさんはよく笑顔を向けてくれた。



でも、



(地下室に閉じ込められてから、全然会えてなかった)



それに逃げる時、おじさんにお別れの挨拶をいうこともなく出てきてしまった。

正直な話、逃げることに夢中で今の今までおじさんのこと思い出すこともなかったのだ。



(なんて薄情なんだろう…)



自分が凄く嫌な人間に思えてきてたまらなくなった。



「どうしたの?お腹すいた?」

「…ぁ、……」



こんな優しい対応をされて私はどう返せばいいのかわからなかった。

なんて答えたらいいのか。なにが正解なのか。


視界に急に影が落ちた。



「ッ!!!!」



ビクリと震えた私をみて、女性が驚いた様子で目が大きく開かれていた。



「あ、…ご、ごめんなさい…私」



私を知っているわけでもないのに、こうして暖かい布団に寝かせてくれていた人。

さっきもお腹すいた?って聞いてくれて、今もきっと私の様子を見に来てくれたそんな優しい人なのに。

私は伸ばされた手をみて、勝手に叔父や叔母を連想してしまった。


おじさんにも挨拶しない、目の前の女性にも勝手な思い込みでひどい反応をしてしまった。



(なんてひどい奴なの…)



自分がどうしようもなく嫌になって、下を向いた時、女性の膝が床についたのが見えた。



「あたしはリンナー・ココだよ。
ここはあたしと夫がやっている宿屋で、お嬢ちゃんがなんでここにいるのかっていうと、あたしの夫であるマルコ・ココが森で倒れていたお嬢ちゃんを拾って来たんだ。
もしお嬢ちゃんがいいなら、名前を教えてくれないかい?」



床に膝をついて、私を見上げるリンナーさんは怒っている様子もなく、寧ろ微笑んでいた。



「……私は…、エミリー・レイズっていいます」

「可愛いいい名前だね。エミリーって呼んでもいいかい?」



そう聞かれて私は一つ頷いた。



「エミリーはどうして森にいたんだい?しかももうすぐ雪の季節がくるというのに…。
勿論話したくなければ話さなくても大丈夫さ。事情があって戻りにくいのならいくらでもいてもいい」

「……いてもいいの…?」

「いいさ。実はというとね、あたしも旦那もエミリーの事を気に入ってるんだ。可愛いからね」

「……私が悪い人だったら、どうするの?」

「ハハ!!その時はその時でしっかり教育するさ!
あたしの夫は強いからね!狩りの腕前なら町一番だといってもいい!
それに、本当に悪い人ならそんなことは尋ねないさ」

「………、リンナーさん達が大丈夫なら私ここにいたい。
あと森にいた理由も話す。話せるよ。でもうまく話せるかわからない…」

「ありがとう。うまく話そうとする必要はないよ。
エミリーが良ければ夫も一緒に聞いてもいいかい?」

「うん、大丈夫。私を拾ってくれた人に隠し事はしたくないから」

「じゃあ、一緒に来ておくれ」



そういわれて手を差し出されたから、女性…リンナーさんの手に私の手を乗せると優しく握られる。

強く引っ張られることもなく、引かれた手についていく。



階段を下りた私は少しの廊下を歩くと店の入り口のような場所にやってきた。



(そういえば宿屋をやってるっていってたっけ…)



「アンタ!エミリーが起きたよ!ちょっと時間とれるかい?」



店のカウンターの奥で座っていた男の人にリンナーさんが声をかけると、男の人はこちらを向いた。

表情はそのまま。リンナーさんのように色々な表情を浮かべることはないけれど、不思議と怖いとは思わなかった。



男性はカウンターの奥の部屋に入っていく。

リンナーさんも無言で言ってしまった男性を気にすることもなく私を誘導した。



奥の部屋には厨房と少し休憩が出来る様なスペースが設けられていて、その先には外が見えた。

ちなみに吊るされている大きな動物も見えた。



「エミリー、この人があたしの夫のマルコ・ココ。いつもこんな感じだから怒っているわけではないよ」



コクリと頷いたあと、私はマルコさんに向き直る。



「あ、あの、助けてくださってありがとうございます」



ペコリと頭を下げて感謝を告げると、脇に手を差し込まれて抱き上げられた。



「気にしなくていい。…それより、軽いな。
腹は減ってるか?」

「…はい…」

「敬語もいらない。残り物しかないが、少し待ってろ」



椅子に座らせられた私はポカーンとしてしまった。

その一連の流れをみて、くすくすとリンナーさんが笑う。



「話は食べてから、のようだね」











「私が七歳の時、両親が死んでしまったの。
リース村はとてもいい人達ばかりが住んでいたんだけど、家族を養うのがやっとという家庭ばかりでとても私を引き取れるくらい余裕のある人はいなかった。
そんな時に一人の男の人が現れたの。私のお父さんの弟だと言ってたわ」



ご飯を食べている最中にも、二人にどうやって話したらいいのか、話の順番がちぐはぐにならないようにと考えた内容を、私はゆっくりと二人に話し始める。



私がいたエルダ領のリース村はとても小さい村で、結構貧しい方だった。

それでも近所同士仲は良く、困ったことがあると助け合うことが出来るそんな人たちが沢山住んでいた。



私もお父さんお母さんは薬師をやっていて、病院もない小さい村だったからかなり重宝されていた。

両親も村の人たちの為に流行り病が別の村で起きたと話を聞いた時は、事前に無償で予防効果のある茶葉を配っていたりととても村の人たちに好かれていた。



だから両親が死んだとき、村の人たちはとても悲しんでくれた。

恩人が亡くなってしまったと私と同じくらい、もしかしたらそれ以上涙を流してくれた人もいたかもしれない。



でもリース村は貧しい。そのため私を引き取ってくれる人はいなかった。



「エミリーはその叔父さんのところで良くしてもらえたの?」



私は首を振った。



「メイドのような扱いだったの。朝から晩まで一人で屋敷の中を掃除して、暴力は当たり前で…。
それでも私は子供だから、一人で生きていくことができるほど力がなかった。だから、それだけなら成長するまであの家で頑張ろうと思ってた。
引き取られて三年が経って、十歳になった私は魔法に目覚めたの」



一度そこで話を区切り、私はマルコさんを見上げた。



「私を拾ってくれた時、私に怪我はあった?」

「……なかった」



首を振るマルコさんに私は微笑んだ。



「それが私の魔法なの。防御タイプの中でも治癒に特化した属性に目覚めた。
屋敷をでる時も、裸足で森の中をかけた時も、沢山怪我をしたの。でも綺麗に治ってしまう。
だから目をつけられてしまった」

「目をつける…?」

「いったいどういうこと?」

「治癒の魔法をみた叔父さんと叔母さんは凄く喜んでた。
何に使ってるのかわからないけれど、その日から私は毎日のように血を採る為に傷つけられたの。
最初はペーパーナイフだった。…お父さんも使ってたから知ってた。紙を切る道具だから大丈夫だって思ったの。
でも叔父はそのペーパーナイフで、思いっきり私の腕に突き立てた。
次の日からは私は地下室に閉じ込められて、それで小さな…お母さんが果物を抜くのに使っていたナイフで、何度も何度も切られた。
今着ている服は違うけど、……私が着てたあの大きめの半袖の服はすぐに傷をつけやすくするために着せられていた服なの。
だから…服を着せてくれてありがとう。とても暖かい」



2人の息をのむ音が聞こえた気がした。

2人を見上げると予想通り驚愕していた。



私は俯いた。



雪の季節が近づくこの時期は夜だけじゃなくて、日中も寒くなる。

地下室はいつも寒かった。

椅子に逃げられないように固定されて、血を採られる時以外、ご飯を食べる時も体を拭く時もなるべく布団の中にいて過ごしていた。



黒の長袖に茶色のカーディガンにズボンはどれもぶかぶかで、裾も袖も折らないと満足に着ることが出来ない服は、あの部屋の子のものなのだろう。

でも、とても暖かかった。



「…だから、ここにいてもいいっていってくれたとき本当に嬉しかった。
こんな話を聞いたら、きっと考えが変わるかもしれないけど……、それでも私は」



その時だった。

ガタっと音がしたと思ったら、ギュッと力強く抱きしめられた。



「エミリー!私たちの娘になりなさい!
そしていつまでもここにいてもいいのよ!」

「そうだ!そいつらが来たら俺たちの娘だと言って追い返そう!
だからここで安心して暮らすといい!」



嬉しかった。

嬉しくて、涙がこらえきれなくて、ボロボロと流れ落ちる。



不思議だった。



初めて会う人たちなのに、どうしてこうも暖かく感じるのか。



マルコさんもリンナーさんも、どうして私にここまで優しく接してくれるのか。



叔父や叔母のように利用するつもりなのか、なんて全く考えられないくらい不思議と信じてしまえる人たちだった。



全てが不思議で、でもそれがとても心地いい。



ここにいたい。



二人の側にいたい。



私がコクコクと何度も頷いた時、カランカランとお店の扉が開く音が聞こえた。































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