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忘却の……

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 緊張とショックで朝食をのんびり食べる気分にはなれず「仕事があるから」とすぐに部屋に戻ってきてしまった。

 扉を閉め、溜息と共に僕はベッドに倒れ込む。

 はぁぁぁ……そりゃあ、義姉さまに拒否されたり、避けられるのは嫌だけど……まったく意識されないというのは……キツい……キツすぎる。

 いくら鈍感だからってさ、僕に……キスされる寸前だったんだよっっ!!

 高熱があるのかというくらい顔が熱くなり、クラクラする頭を枕に押し当てた。

 それとも……

 ずっと心の隅でくすぶっていた不安が溢れ出てくる。

 僕を拒否し辛いから、わざとなかった事にしている? それは僕に望みはないから? 僕が義弟だから? それとも義弟じゃなくても望みがない? 僕は義姉さまを諦めなくちゃいけない? 僕は義姉さまの隣にはいられない?

 僕じゃ……僕じゃダメなの……?

 心臓にピシッとひび割れた様な痛みを感じ、胸を押さえた。

 義姉さまに拒絶されたら、僕のすべてがひっくり返ってしまう……

『いやー、すまん、すまん』

 聞き覚えのある暢気のんきな声が、突然、頭の中で響き渡り、僕の思考が止まった。
 なんか、もう驚きもしないや。

「な、ん、で、す、か!」

 今、僕は非常に機嫌が悪い。

 最悪の状況に陥っているかもしれず、希望を失いかけているのに、能天気に声を掛けてくるシースアクト様にイライラが募る。

『彼女にのぉ、忘却魔法かけたの、言うの忘れとったわ』

 そんな僕の苛立ちも気にすることなく、のほほんとした声で重大な内容を口にした。

「はぁぁぁ!?」

 忘却魔法をかけただって!?

『ほらの。女性は記憶に残ったら恥ずかしいじゃろ。わしは女性に優しい、じゃて』

 どことなく得意げな様子に頭の血管が切れそうになる。

紳士ジェントルマンは覗き見しないでしょ!! ……ったく。って事は……義姉さまは、昨夜の事は忘れてる?」
『そうじゃ』

 え? そうなの? 記憶ないの? あのバルコニーの件は。

 僕は思いっきり安堵の息を吐いた。
 
 ホッとして泣きそうだ……
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