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町へ……

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「アルフォント家の新規事業、大当たりじゃないか」
「ま、ね……」

 カップに防水魔法がかけられる許可が出てるのは義姉さま、ただ1人。
 他の人は真似できない。
 おかげで我が家のお菓子事業は右肩上がり。
 事業としては大成功。事業としては……ね。

 ……魔法使用許可証の話には続きがあった。

 意気揚々と魔法使用許可が下りた時の事を話していた義姉さま。

「でね、特別に国王様からもお言葉をいただいてね!」
「え……ちょっと、まって。義姉さま、国王様とお目通り叶ったの?」
「うん」

 屈託なく返事をした義姉さまに僕は絶句した。
 
 あんなに謁見、申し込んでたじゃない! せっかくのチャンス。
 なぜ、その時、婚約破棄の件を言わなかったのーー!?

 その事を指摘すると、義姉さまはハッとした顔をして、口元を手で塞ぎ「忘れてたわ……」と視線を落とした。

 ……事業に夢中で婚約してる事自体、忘れてたんじゃない!?

 僕は頭を抱える。 

 ……このままじゃ、義姉さまがぽやっとしてる間に、アルベルトと結婚させられちゃうよ!!

 すぐに謁見の申し込みをするも、梨のつぶてになり……たぶん、アルベルトが邪魔しているのだろうけど。結局、婚約破棄の事は言えずじまい。そうこうしているうちに、また忙しくなって……とうとう、今夜のアルベルトとのダンスを避ける事ができなくなってしまった。

 17歳の誕生日を迎える令嬢は、婚約者とファーストダンスをする慣習がある。

 絶対に阻止したかったのに。

 国王様といえば、褒美をつかわすって秘文書以来、音沙汰がない。いっその事、義姉さまの謁見を願い出ちゃおうかな。褒美としてさ。

「ねぇ、私達も食べません?」
「そうだね、クラリス、2人で食べ歩こう」

 あれこれ考えていると、ジェスターの聞き捨てならない台詞が聞こえ、僕は慌てて会話に割り込む。

「2人で……って、僕もいるけど!?」

「店に入ろう」と、さり気なく義姉さまと手を繋ぐジェスターの手をパシンと払い落とし、引きつった笑顔で文句をつけた。

 ホント、あっちもこっちも油断も隙もないっ!

「2人とも仲良しなんだからー」

 ぷっと吹き出す義姉さまに、僕とジェスターは顔を見合わせ、溜息をついた。

 購入したショートブレッド片手に、歩きながらサクッと食べ、紅茶をコクンと飲んで「うん、美味しい」と義姉さまは無邪気に笑う。

 目を離すと、すぐに誰かにかっさらわれるであろう義姉さまの幸せそうな笑顔を見つめ、僕もショートブレッドを口にした。
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