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蜂蜜を……

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 僕が今日の出来事を頭の中で整理していると、扉を叩く音が聞こえた。

「ミカエル、いる?」

 ノックの音と一緒に聞こえた義姉さまの声に、今日一日の疲れが吹っ飛びそうなほどの嬉しい気持ちを抑えながら「どうぞ」と返事をする。

「ふふっ、ただいま」
「おかえり」

 義姉さまは嬉しそうに部屋に入ると、ちょこんと僕の前の椅子に座り、大事そうに持っていた黄金色こがねいろの小瓶を机の上に置いた。

「はい。これ、今日、試食してきた蜂蜜。ミカエルの分ももらってきたの」

 僕はその小瓶を手に取り、まじまじと見る。
 
 色、艶、ともに極上。

 窓辺に立ち、光に当てるときらきらと光る金色の輝きに、うっとりするほどの美しさを感じる。

 この蜂蜜は文句のつけようのない良い品だけど、トーマスの言っていた通り、売る相手を選ぶな。だからといって、わざわざ、こちらから価値を下げるのはもったいない。

「綺麗だね。不純物も入ってないし。後で僕もいただくよ」
「早く食べてみてね。私、パンケーキ作ろうか?」

 義姉さまは素晴らしい蜂蜜と出会ったワクワクが止まらないらしく、今すぐ調理場に行ってしまいそうなほどの勢いで身を乗り出した。
 我が家にも菓子職人はいるのだから、頼めばいいものを自ら作りにいくという発想が義姉さまらしくて、僕は苦笑する。

「うん、その時はお願い」

 瓶を開け、顔を近づけると、美しい花を思わせる豊かな香りが鼻腔びこうをくすぐる。
 
 ふぅん……深みもあり、上品な甘い香り。
 義姉さまが興奮するのもわかるかも。
 ハルダミティアル王国にしか咲かないメラルの花の蜂蜜だと資料に書いてあったな。
 
「早速、新商品を考えなきゃ」
「トーマスからも報告受けたよ。蜂蜜の価値を更に高めた売り方をしたいんだけど、なにかいい案ある?」

 義姉さまは「うーん……」とちょっと考え、ボソリと言葉を発した。

「数量限定……かな」
「数量限定?」
「そう、数量限定予約制。予約しないとどんなにお金を出しても買えないの」
「へぇ……面白いね」

 お金を出しても買えないお菓子……たしかに話題になりそうだ。

「ふふ、よく使われてる手法だったけどね……前世では」
「え? ゼンセ?」
「ううん、なんでもないわ。これから、いろいろ案を考えていかなきゃね! あ、そういえばね、今度、一緒にハルダミティアル王国に行きませんかって誘われたのよ、バード様に」
「そうなんだ。それで?」

 義姉さまの口から旅行の話が出て、僕はニコニコと笑いかけながら、次の言葉を促す。

「せっかく、誘ってくださったんだもん、行きましょうよ! ミカエルの仕事も調整してね。楽しみね!」

 弾んだ声で話す義姉さまを見つめながら、僕はこっそりほくそ笑んでしまう。

 ほらね? 大丈夫だったでしょ?
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