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別宅にて……

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「ありがとう。じゃあ、一緒にお茶して食べよっか」

 僕にとって何より嬉しいのは、義姉さまと一緒にいられる事だから、にっこりとさり気なく、義姉さまをお茶に誘う。
 義姉さまはカッと赤くなって、ボソリと言葉を発した。

「……がうの……」
「えっ?」
「違うの……お菓子じゃないの。ごめんなさい。お菓子の方が良かったよね」

 たしかにお菓子にしては、軽い。

 僕は手の中にある包みを慌てて開けてみると、真っ白いハンカチが入っていて……ブルーの糸で、

『M.A』

 と刺繍されていた。

 M.A……? 僕のイニシャル?

「これ……義姉さまが?」

 コクンと小さく頷き、ばっと顔を上げ、義姉さまは勢いよく話し出す。

「あのね、あのね、頑張ったんだけど、なかなかうまくできなくて、昨日の夜中、やっと完成したの……でね、下手っぴすぎて、恥ずかしいんだけど……」

 昨日の夜中?
 寝ないで刺繍してたの?

 刺繍が大の苦手であることを僕が一番知っている。

 僕があげたリボンと同じコバルトブルーの糸で刺繍されたイニシャルは正直、上手……とは言い難い……けれど、こんなに胸が温かくなる贈り物をもらったのは何時いつぶりだろう。

「ありがとう……大事にする」

 ホッとしたのか嬉しそうに「へへっ、私だって、たまには令嬢らしいことするのよ!」と得意気に笑う、義姉さま。

「たまには、だけどね」

 照れ隠しに茶化すと「まぁ、失礼ね!」と言いながら、僕の目を見て満足そうに「ふふっ」とかわいらしく笑いかける。

 僕の瞳を覗き込んだその屈託のない笑顔をふいに抱きしめたくなった。
 無意識に手を伸ばそうとした時、昨夜の光景が脳裏をよぎり、手を引っ込め、ハンカチをギュッと握る。

 触れたら、崩れてしまう……湖面の星……

 抱きしめたくてたまらない衝動を心の中に抑え込み、泣きそうな程の切なさで胸を締め付けられながら、僕は目の前にいる愛しい人に優しく微笑みを返す事しかできなかった。

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