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1年ぶりに……

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 僕が、ほぼ差し入れを食べた事を知ったアルベルトは、頭を抱えていた。

「アルベルト様? どうかいたしましたか? 少しお顔が……お痩せになりました?」
 
 義姉さまがアルベルトの顔を覗き込む。

 もう! すぐ、そうやって男の顔を覗き込まない!

「義姉さま、アルベルトのお顔を覗き込むなんて、失礼だよ」
「そうだよ、クラリス。アルベルトはだからね。王族に顔を近づけるなんて、駄目だよ」

 僕達はさり気なく、義姉さまに注意をし、アルベルトから引き離す。
 そんな僕達の意図には気がつかない義姉さまは「まぁ、失礼致しましたわ。アルベルト様」と少し離れ、アルベルトは苦虫を噛み潰したような顔をする。

「……なにが王子様だ。普段、扱い、雑なくせに……」

 僕らに向かって発せられた声に、明後日あさっての方向を眺め、聞こえない振りをした。

「で、アルベルト様? お身体は大丈夫なんですか?」

 義姉さまが心配そうな顔で問いかけたものだから、アルベルトは少し赤くなりボソリとつぶやく。
 
「夢見が悪くてな……大量のリストに埋もれる夢を見る」

 不満げにつぶやき、あるリストを1年前から送りつけているジェスターに恨めしそうな目を向けたが、ジェスターはどこ吹く風である。

 なんのリストかって?

「アルベルトの婚約者候補に名乗りを上げた令嬢リスト」

 それを1年間、定期的に送りつけていたのだ。
 シトリン家の情報網をフルに活用して、調べ上げたらしい。

 勉強中の義姉さまに会うこともできず、令嬢の名前がズラズラッと書かれたリストが次から次へと送られてきて……王族である以上、数多あまたのご令嬢がアルベルトとの結婚を望んでいる事は、本人も自覚していただろうけど、ああやって名前を並べられると現実味が増し、優しいアルベルトには精神的にキツイだろうなぁ。

 僕やジェスターだったら、にべもなく断るけど。
 
「リスト? よくわかりませんが、大丈夫です、アルベルト様。昨日で一旦魔法の勉強は終わりました。これで、少し時間がとれます」

 義姉さまは、ギュッとアルベルトの手を握る。

 僕は驚き、止めようとするが、間に合わず、アルベルトは顔を赤くしながら、握られてる手を握り返し、顔を上げた。

「じゃあ、婚約者としてデートでも……」
「婚約の事で心労が溜まって、そんな夢を見るのですね。1年間、お待たせいたしました。これからは、本腰入れて婚約破棄に動けますわ。安心してください。なので、しっかり睡眠はとって下さいね」

 僕とジェスターは思わず、吹き出してしまう。
 アルベルトは再び頭を抱えこんだが、意を決したように真面目な顔になった。

「俺は破棄なんか望んで……」
「クラリス、紅茶のおかわりもらっていいかい?」
「義姉さま、このお菓子、美味しいよ」

 アルベルトが言いかけた言葉に被せて、僕らは義姉さまに話しかける。

 おっと……その台詞は言わせないよ?

「同じ紅茶でよろしいですか? ジェスター様。ミカエル、どのお菓子が美味しいの? アルベルト様、何か言いかけましたか?」

 アルベルトは魂が抜けたのかと思うくらい感情をなくした声を出した。

「……いや、なにも」

 アルベルトの事を心配している義姉さまには悪いけど、僕は笑いをこらえるのに必死だった。
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