上 下
15 / 298
魔道士に……

4

しおりを挟む
 義姉さまはゴクンと唾を飲み込み、息を思いっきり吸い、声高に叫んだ。

「シーメス男爵様。お引取りくださいっ」
「お嬢様、ミカエルの父親は私なんですよ? きっとミカエルも本当の父の元に帰りたいはず。アルフォント家では所詮しょせん、家族ごっこじゃないですか?」

 父さまが言い放った「家族ごっこ」という言葉にズキンと胸が痛む。

 家族……ごっこ……

 呪いのように心をむしばんでいくその言葉は、僕の自信を消失させていく。
 心の奥底の更に奥に仕舞い込んでいた不安で押しつぶされそうな僕が語りかける。


「アルフォント家の人間じゃないくせに」


 僕はゆっくり暗闇にちていく。

 ああ、あれは……
 父さまに無視され続けて、部屋の隅で泣いている幼き頃の僕。
 
 弱気な僕が僕に手招きする。


「ねぇ……僕を愛してくれる人なんていないんだよ」


 ちがう……ちがう……ちがう……


「だって……出来損ないだもん」


 ………ち……がう……


「この世で誰も僕を愛してくれないよ」


 ちが…………う…………誰か……誰か…………助け……


「ちがうっっ!! 家族ごっこじゃない! ミカエルは私の弟です! これまでも、これからも! 出来損ないなんかじゃない! 立派なアルフォント家の当主になるんだからっ! 男爵様、帰って!」

 義姉さまの悔しそうに絶叫する声に、僕は目を見開き、顔を上げる。
 むしばまれかけていた心に一筋の光が射すのを感じ、僕の頬を涙が伝うのを止める事ができなかった。

 ああ……そうか……そうだね……義姉さま……


 もう、一人じゃないんだよ。
 もう、不安に呑み込まれている暇なんてないんだよ。

 だから……

 だから、もう部屋の隅で泣かなくてもいいんだよ。


 僕は顔をグッと上げ、目に強い意志を込めた。
 義姉さまの後ろ姿が小刻みに震えている。

 女の子が大の大人の男に立ち向かっているんだ、怖くないわけがないじゃないか……なにやってるんだ、僕は! 

「僕は……僕はシーメス家には、戻りません」

 僕が歯向かうとは思っていなかったのか、父さまは驚いた顔を一瞬見せたが、すぐに僕の腕をガシッと掴み歩き出す。

「お前の意見は聞いてない。ミカエル、来なさい」

 僕は逆らうも、引きずられる様に前に進んでしまう。
「嫌だ!」と叫ぶが、父さまの足は止まらない。
 やはり、大人の力には敵わない。
 
 僕は悔しくて目をぎゅっとつぶった。


 義姉さまと離れるなんて嫌だ。
 絶対に……絶対に、


 嫌だっ!
しおりを挟む

処理中です...