グリム・リーパーは恋をする ～最初で最後の死神の恋～

雑念 ―ザツネン―

1

　鋭い金属音が響く。

　剣と剣がぶつかり火花を散らすが、圧倒的な速さと力の差は剣を持つ手にまでビリビリと伝わった。激しい痛みと痺しびれに耐え切れなかった僕は剣を持つ手を緩めてしまう。

　地面に落ちた剣の音が響き渡った時には、キラリと煌めく尖った剣先が僕の首に狙いを定めていた。今、1ミリでも動けば僕は殺やられる。

　紫紺色ブルーイシュパープルの目にぎろりと睨まれるが、僕は負けじとその目を睨み返した。

　剣の師、エドワード・ブライトン。

　僕が死神である事を知っている数少ない人物の1人で、王宮騎士団の中でもエリート中のエリート。僅か10歳で当時の王宮騎士団長に勝ったという逸話を持つ剣の天才。僕の魔法の師、ザラ・ブライトンの兄でもある。

　エドワードが僕の首筋にピタリと剣を押し当て、低い声を静かに突きつける。

「お前……死ぬぞ」

　鍛錬中、エドワードに完膚なきまでに打ちのめされるのはいつもの事で今に始まったわけじゃないが、死ぬ……とまで言われたのは初めてで、僕はギリッと奥歯を軋きしませた。

「鍛錬は終わりだ」
「えっ？　そんな……」
「今日のお前はダメだ。雑念に囚とらわれている時は剣を持つな」

　エドワードは僕の首に当てていた剣を下ろし、背中を向け、歩き始める。

　……僕の太刀筋たちすじが乱れていたんだろうか……さすが剣聖と呼ばれている騎士。僕の些細な心の揺れも気づかれてしまった。

　クラリスとアルベルトの婚約は、想像以上に僕の心を乱していたと今更気がつき、唇を噛む。だが、多忙なエドワードから稽古をつけてもらう貴重な時間を無駄にする訳にはいかない。雑念で鍛錬できないなんて、シトリン家の恥だ。

「先生、待ってください。まだできます」

　立ち上がった僕はすぐに剣を拾い、深呼吸を1回する。スッと剣を構えるも、エドワードはチラリと僕を見るだけだった。

「水でも飲んで少し落ち着け」

　エドワードが投げた瓶が弧を描いてゆっくり飛んできて、慌てて僕は受け止めた。

「今日は休め」
「でも……」
「そう焦るな」

　何も言えなくなり、瓶に映った自分の顔を見つめ、大きく溜息をつく。

　いただきます……と小声でエドワードに言い、瓶の蓋を開けた。ごくごく水を飲み、ふぅぅとひと息つくと、いつの間にかエドワードが隣りにいてニカッと笑う。

「なぁに思いつめた顔してるんだよ。お前らしくない。弱気になってるのか？　アルベルト王子に想い人が取られるんじゃないかと」

　からかい口調のエドワードを軽く睨んだ。

　一昨日の国王との謁見の話がもう耳に届いているのか。