12 / 16
12.告白されたんだけど
しおりを挟む「ダーナ様!」
「アデリナ!ごめんっ、遅くなった!」
イリヤに絶対、図書室内に入ってくるなよと念押しして、俺はアデリナの姿を探した。奥の棚にそっと身を隠すようにしていた彼女を見つけると、あっちも凄い嬉しそうな――ぱっと明るい表情に、俺もテンション上がって駆け寄った。
「お会いできるだけで、わたし……嬉しいです、ダーナ様」
「……うん……お、俺も」
白い頬がぽっとピンク色になるのが可愛い。小さい顔にバサバサのまつ毛がお人形みたいで、堪らなかった。
「あの、今日も……魔法について、教えてくれる?」
「はい!」
本を手に取り、テーブルに二人で向かい合うように座った。ここ最近の日課。本が読みたいアデリナのことを黙っておく代わりに、俺は彼女に、魔法について教えて貰っている。妃教育だと、マナーやダンスは家庭教師に教わっても、魔法について誰も教えてくれないからだ。理由をやっと聞き出したら、妃になる予定の俺は魔法なんか使う必要はない、何かあれば人を呼びつければいいと……なんか自立する手段を奪われた感じでモヤモヤした。
「ダーナ様、あの……わたくしでよろしいのですか?」
「ん?何が?」
ページを捲っていると、アデリナが申し訳なさそうな顔をしていた。バサバサのまつ毛が伏せられて、頬に影を作る。すげー可愛い。
「私が習得した魔法は人々が日常範囲で使えるものばかりです。専門的な知識を学ぶには、わたしでは……力不足かと……」
「なに言ってんの! 教えてもらうだけ有難いっていうか……助かってるよ!」
この世界で魔法はどうやら専門職みたいなものらしく、大学に行って学ぶ人間が大半らしい。
アデリナは地方の学校を卒業して、宮廷で働くようになったと――親しくなるにつれ、彼女の経歴を知った。
アデリナは地方の伯爵家の娘で、三人姉妹の末っ子。彼女曰く「辺鄙な場所」にあるらしい。はっきりとは口にしないが、どうやら家の財政状況が厳しいらしく、お給金を仕送りしていると言っていた。
それでも学びたい気持ちから、図書室に忍び込んでしまった話を聞いて――多分、侍女じゃなくて、大学とか行きたかったんだろう。頑張り屋さんなんだと、ますます彼女への好意が大きくなった。
好意っていうのは、もちろん人間としてなんだけど。アデリナは一生懸命で、可愛くて、胸がデカくて……俺の好みで、本能的に好きなタイプ。彼女と一緒にいると、自然と笑顔になれる。
俺は気安く話しかけた。
「この前話したけど、召喚術があるって本当?」
「はい。古代魔法になります。大昔、国が厄災に見舞われた時、救済者を求めて、人を呼び出す術と言われていて……今は召喚術を使うことはありません。平和ですし、おそらくですが、大学の専門家……宮廷の魔術師とかもできると思います」
「宮廷魔術師……」
そう言えば、そんな人たちいたなーっと記憶を遡る。玉座に座ったアレクの後を付いていくフードを被った集団。挨拶もしていないから――宰相とか、役職に付いたお偉いさんとは挨拶をしたのに、彼らだけは顔も合わせなかった。
今思えば、どうして彼らとは挨拶もしなかったんだろう。忘れられてたとか? 考え始めると、まさかアレクが接触させないようにしている?とか、ネガティブな方向に考えてしまう。
「あの……ダーナ様?」
「……あ、ごめん、考えごとしてた。どうしたの?」
黙り込んだ俺に気を使ったのか、アデリナは困り顔で首を傾げていた。
「その……どうして召喚術を知りたいのですか?」
「え……」
「すいません、差し出がましいことを……ですが、日常生活の魔法が便利だと思いますし、役に立ちます。召喚術は私も本を読んだことでしか知りませんし、使ったことがありません。ほとんどの人が使うことがない魔法にどうして興味があられるのかと……」
「うーん……」
言っていいのかな。俺がこの世界じゃない場所から来て、もしかしたら召喚術を使われたかもしれないって予想。でも俺は人々を救う救済者枠で呼び出されたわけじゃないしなぁ……
「……あー、俺が、異世界から来たって言ったら、信じる?」
「……」
「それで、その……戻る方法があるなら、もしあったらなら、知りたいなって……」
きょとんとした、不思議そうな顔をするアデリナに、俺はへらへら笑っていた。どう見ても俺は「救済者」って感じじゃないし、訝しむよね。
「ごめん、変な話した……えーっと、仮定の話で、ここから違う世界に行けたらいいなって……ときどき思うんだ。それで、魔法にそんな方法はないか、探してて……はは」
なんか言い訳を考えたけど、上手く誤魔化せなかった。王様と結婚するために、妃教育とか受けているのをアデリナは知っている。さすがにヤバかったな……と思っていたら、目の前のアデリナの瞳からぽろりと涙は落ちた。
「アデリナ?!」
ぽろぽろ涙を流す彼女にアタフタして、俺はハンカチを取り出して、渡そうとした。
「……っ」
ぎゅっと手を握られて、心拍数が一気に上がった気がした。白い、柔らかい、それで俺より小さい手……なに? なに?
そっと見ると、アデリナはますます涙を流していた。ハンカチも渡せず、机の上でぎゅっと両手を握られている状態。声をかけていいのか、なんて声をかけたらいいのか分からず、見つめていると「ダーナ様……」と名前を呼ばれた。
「わ、私はっ……私はダーナ様に遠くに行かれたらっ……そう考えただけで、涙が、止まりませんっ」
「……アデリナ……」
「わたくしの、私の気持ちに、気づいていらっしゃるのでしょう……?」
「……えー、……と」
手を握る力が強くなって、俺は顔が熱くなっていた。これは……この流れ、もしかしての、もしかしてで……
見つめ合う時間が、めちゃくちゃ長く感じた。きゅっと唇を結んだアデリナが、意を決したように口を開いた。
「わたくしはっ、ダーナ様をっ! お慕いしております! ですが……私は、私はこの想いを口にすることは許されないとっ、ずっと我慢しておりました!」
「……あ、ありがとう……?」
「こんなにもっ、こんなにも誰かを想う気持ちはっ、ダーナ様が初めてなのですっ!」
「アデリナ……」
性格が良くて、めちゃくちゃ可愛い女の子に告白されている……バクバクと心臓の音がうるさ過ぎて、アデリナに聞こえているかも。それぐらい心臓が早鐘のようになっていた。
でも……
「アデリナ、アデリナの気持ちは凄く……嬉しいんだけど、でも、俺」
「――わたくし、もうじきここを去ります」
「え……」
聞くと、アデリナは侍女の仕事を辞め、親の決めた結婚相手に嫁ぐそうだ。アデリナの家より格上で、事業も成功した現当主が、末っ子のアデリナの肖像画に一目ぼれ。親は飛び上がって、喜んだそうだ。
「……まともに顔も知らない相手です。私は愛を知らぬまま……ですがこれが当たり前だと、結婚を受け入れようと覚悟しておりました……」
涙を流すアデリナが、まつ毛を瞬いた。
「そんな時、ダーナ様、貴方に出会いました……気さくにお話して下さり、お優しい人柄に……私は……陛下のお心を射止めた方だと……決してこの気持ちは口にしてはいけないと、戒めておりました」
「アデリナ……」
「ですが、このようなはしたないことをっ……ダーナ様っ、わたくしはいま、とてもはしたない願いを、ダーナ様にっ……」
「……いいよ、言って。その、俺にできる範囲でなら、その、うん……」
涙でぼやけた目と合い、俺たちは無言で見つめ合っていた。俺を好きだって言ってくれた女の子が、もうじきここをいなくなる。寂しさと同情心で、自分の中の、彼女への好意が爆上がりしていくのが分かった。
「私と……一晩、過ごして頂けませんか……?」
「……」
「顔も知らない相手に嫁ぎ、世継ぎを生むのが役目なのだと、教えられてきました。でも私は、一度だけっ、生涯に一度だけでいいのです、好きな人に……抱かれたい」
はっきりと口にされて、俺の体が熱い。目の前がぐらぐらするのは、頭に血が上り過ぎているのか。言葉が出なくて、口をパクパクしていた。
「ダーナ様……私の、生涯のお願いですっ……」
「あ、の……それは」
「たった一晩だけですっ。来月、ダーナ様のお部屋を訪ねたいのですっ!」
来月、確かアレクは地方に出かける。大勢の部下を引き連れて……俺を同行させないのは、まだお妃教育中だから。『しばらくしたら、一緒に行こうね』と朝食を取る時、笑ってたっけ……一回だけなら、ばれない……?
「アデリナ……あの、その、気持ちは本当に嬉しくて、その、でも」
「ダーナ様っ!!」
一層激しく泣きじゃくられて、俺は言葉を飲み込んだ。俺を好きだって言ってくれた女の子が、もうすぐここからいなくなる。それは裏を返せば、面倒なことにならないわけで……ふとアレクの笑った顔を思い出して、胸がざわついた。湖上そっくりの、上品な笑顔。
「ダーナ様っ……このアデリナ、生涯の願いでございますっ!」
「……」
爪は食い込むほど握られて、俺は完全に口を開くタイミングを失った。
32
お気に入りに追加
279
あなたにおすすめの小説
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜
車不
BL
6歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第2の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。
勇者パーティーハーレム!…の荷物番の俺の話
バナナ男さん
BL
突然異世界に召喚された普通の平凡アラサーおじさん< 山野 石郎 >改め【 イシ 】
世界を救う勇者とそれを支えし美少女戦士達の勇者パーティーの中・・俺の能力、ゼロ!あるのは訳の分からない< 覗く >という能力だけ。
これは、ちょっとしたおじさんイジメを受けながらもマイペースに旅に同行する荷物番のおじさんと、世界最強の力を持った勇者様のお話。
無気力、性格破綻勇者様 ✕ 平凡荷物番のおじさんのBLです。
不憫受けが書きたくて書いてみたのですが、少々意地悪な場面がありますので、どうかそういった表現が苦手なお方はご注意ください_○/|_ 土下座!
天寿を全うした俺は呪われた英雄のため悪役に転生します
バナナ男さん
BL
享年59歳、ハッピーエンドで人生の幕を閉じた大樹は、生前の善行から神様の幹部候補に選ばれたがそれを断りあの世に行く事を望んだ。
しかし自分の人生を変えてくれた「アルバード英雄記」がこれから起こる未来を綴った予言書であった事を知り、その本の主人公である呪われた英雄<レオンハルト>を助けたいと望むも、運命を変えることはできないときっぱり告げられてしまう。
しかしそれでも自分なりのハッピーエンドを目指すと誓い転生───しかし平凡の代名詞である大樹が転生したのは平凡な平民ではなく……?
少年マンガとBLの半々の作品が読みたくてコツコツ書いていたら物凄い量になってしまったため投稿してみることにしました。
(後に)美形の英雄 ✕ (中身おじいちゃん)平凡、攻ヤンデレ注意です。
文章を書くことに関して素人ですので、変な言い回しや文章はソッと目を滑らして頂けると幸いです。
また歴史的な知識や出てくる施設などの設定も作者の無知ゆえの全てファンタジーのものだと思って下さい。
弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~
マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。
王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。
というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。
この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。
俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード
中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。
目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。
しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。
転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。
だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。
そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。
弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。
そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。
颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。
「お前といると、楽だ」
次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。
「お前、俺から逃げるな」
颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。
転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。
これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。
アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。
いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。
だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・
「いつわたしが婚約破棄すると言った?」
私に飽きたんじゃなかったんですか!?
……………………………
たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる