彼氏の車に追突されて異世界にきたんだけど

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12.告白されたんだけど

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「ダーナ様!」
「アデリナ!ごめんっ、遅くなった!」

 イリヤに絶対、図書室内に入ってくるなよと念押しして、俺はアデリナの姿を探した。奥の棚にそっと身を隠すようにしていた彼女を見つけると、あっちも凄い嬉しそうな――ぱっと明るい表情に、俺もテンション上がって駆け寄った。

「お会いできるだけで、わたし……嬉しいです、ダーナ様」
「……うん……お、俺も」

 白い頬がぽっとピンク色になるのが可愛い。小さい顔にバサバサのまつ毛がお人形みたいで、堪らなかった。

「あの、今日も……魔法について、教えてくれる?」
「はい!」

 本を手に取り、テーブルに二人で向かい合うように座った。ここ最近の日課。本が読みたいアデリナのことを黙っておく代わりに、俺は彼女に、魔法について教えて貰っている。妃教育だと、マナーやダンスは家庭教師に教わっても、魔法について誰も教えてくれないからだ。理由をやっと聞き出したら、妃になる予定の俺は魔法なんか使う必要はない、何かあれば人を呼びつければいいと……なんか自立する手段を奪われた感じでモヤモヤした。

「ダーナ様、あの……わたくしでよろしいのですか?」
「ん?何が?」

 ページを捲っていると、アデリナが申し訳なさそうな顔をしていた。バサバサのまつ毛が伏せられて、頬に影を作る。すげー可愛い。

「私が習得した魔法は人々が日常範囲で使えるものばかりです。専門的な知識を学ぶには、わたしでは……力不足かと……」
「なに言ってんの! 教えてもらうだけ有難いっていうか……助かってるよ!」

 この世界で魔法はどうやら専門職みたいなものらしく、大学に行って学ぶ人間が大半らしい。
 アデリナは地方の学校を卒業して、宮廷で働くようになったと――親しくなるにつれ、彼女の経歴を知った。
 アデリナは地方の伯爵家の娘で、三人姉妹の末っ子。彼女曰く「辺鄙な場所」にあるらしい。はっきりとは口にしないが、どうやら家の財政状況が厳しいらしく、お給金を仕送りしていると言っていた。

 それでも学びたい気持ちから、図書室に忍び込んでしまった話を聞いて――多分、侍女じゃなくて、大学とか行きたかったんだろう。頑張り屋さんなんだと、ますます彼女への好意が大きくなった。
 好意っていうのは、もちろん人間としてなんだけど。アデリナは一生懸命で、可愛くて、胸がデカくて……俺の好みで、本能的に好きなタイプ。彼女と一緒にいると、自然と笑顔になれる。
 俺は気安く話しかけた。

「この前話したけど、召喚術があるって本当?」
「はい。古代魔法になります。大昔、国が厄災に見舞われた時、救済者を求めて、人を呼び出す術と言われていて……今は召喚術を使うことはありません。平和ですし、おそらくですが、大学の専門家……宮廷の魔術師とかもできると思います」
「宮廷魔術師……」

 そう言えば、そんな人たちいたなーっと記憶を遡る。玉座に座ったアレクの後を付いていくフードを被った集団。挨拶もしていないから――宰相とか、役職に付いたお偉いさんとは挨拶をしたのに、彼らだけは顔も合わせなかった。

 今思えば、どうして彼らとは挨拶もしなかったんだろう。忘れられてたとか? 考え始めると、まさかアレクが接触させないようにしている?とか、ネガティブな方向に考えてしまう。

「あの……ダーナ様?」
「……あ、ごめん、考えごとしてた。どうしたの?」

 黙り込んだ俺に気を使ったのか、アデリナは困り顔で首を傾げていた。

「その……どうして召喚術を知りたいのですか?」
「え……」
「すいません、差し出がましいことを……ですが、日常生活の魔法が便利だと思いますし、役に立ちます。召喚術は私も本を読んだことでしか知りませんし、使ったことがありません。ほとんどの人が使うことがない魔法にどうして興味があられるのかと……」
「うーん……」

 言っていいのかな。俺がこの世界じゃない場所から来て、もしかしたら召喚術を使われたかもしれないって予想。でも俺は人々を救う救済者枠で呼び出されたわけじゃないしなぁ……

「……あー、俺が、異世界から来たって言ったら、信じる?」
「……」
「それで、その……戻る方法があるなら、もしあったらなら、知りたいなって……」

 きょとんとした、不思議そうな顔をするアデリナに、俺はへらへら笑っていた。どう見ても俺は「救済者」って感じじゃないし、訝しむよね。

「ごめん、変な話した……えーっと、仮定の話で、ここから違う世界に行けたらいいなって……ときどき思うんだ。それで、魔法にそんな方法はないか、探してて……はは」

 なんか言い訳を考えたけど、上手く誤魔化せなかった。王様と結婚するために、妃教育とか受けているのをアデリナは知っている。さすがにヤバかったな……と思っていたら、目の前のアデリナの瞳からぽろりと涙は落ちた。

「アデリナ?!」

 ぽろぽろ涙を流す彼女にアタフタして、俺はハンカチを取り出して、渡そうとした。

「……っ」

 ぎゅっと手を握られて、心拍数が一気に上がった気がした。白い、柔らかい、それで俺より小さい手……なに? なに? 
 そっと見ると、アデリナはますます涙を流していた。ハンカチも渡せず、机の上でぎゅっと両手を握られている状態。声をかけていいのか、なんて声をかけたらいいのか分からず、見つめていると「ダーナ様……」と名前を呼ばれた。

「わ、私はっ……私はダーナ様に遠くに行かれたらっ……そう考えただけで、涙が、止まりませんっ」
「……アデリナ……」
「わたくしの、私の気持ちに、気づいていらっしゃるのでしょう……?」
「……えー、……と」

 手を握る力が強くなって、俺は顔が熱くなっていた。これは……この流れ、もしかしての、もしかしてで……
 見つめ合う時間が、めちゃくちゃ長く感じた。きゅっと唇を結んだアデリナが、意を決したように口を開いた。

「わたくしはっ、ダーナ様をっ! お慕いしております! ですが……私は、私はこの想いを口にすることは許されないとっ、ずっと我慢しておりました!」
「……あ、ありがとう……?」
「こんなにもっ、こんなにも誰かを想う気持ちはっ、ダーナ様が初めてなのですっ!」
「アデリナ……」

 性格が良くて、めちゃくちゃ可愛い女の子に告白されている……バクバクと心臓の音がうるさ過ぎて、アデリナに聞こえているかも。それぐらい心臓が早鐘のようになっていた。
 でも……

「アデリナ、アデリナの気持ちは凄く……嬉しいんだけど、でも、俺」
「――わたくし、もうじきここを去ります」
「え……」

 聞くと、アデリナは侍女の仕事を辞め、親の決めた結婚相手に嫁ぐそうだ。アデリナの家より格上で、事業も成功した現当主が、末っ子のアデリナの肖像画に一目ぼれ。親は飛び上がって、喜んだそうだ。

「……まともに顔も知らない相手です。私は愛を知らぬまま……ですがこれが当たり前だと、結婚を受け入れようと覚悟しておりました……」

 涙を流すアデリナが、まつ毛を瞬いた。

「そんな時、ダーナ様、貴方に出会いました……気さくにお話して下さり、お優しい人柄に……私は……陛下のお心を射止めた方だと……決してこの気持ちは口にしてはいけないと、戒めておりました」
「アデリナ……」
「ですが、このようなはしたないことをっ……ダーナ様っ、わたくしはいま、とてもはしたない願いを、ダーナ様にっ……」
「……いいよ、言って。その、俺にできる範囲でなら、その、うん……」

 涙でぼやけた目と合い、俺たちは無言で見つめ合っていた。俺を好きだって言ってくれた女の子が、もうじきここをいなくなる。寂しさと同情心で、自分の中の、彼女への好意が爆上がりしていくのが分かった。

「私と……一晩、過ごして頂けませんか……?」
「……」
「顔も知らない相手に嫁ぎ、世継ぎを生むのが役目なのだと、教えられてきました。でも私は、一度だけっ、生涯に一度だけでいいのです、好きな人に……抱かれたい」

 はっきりと口にされて、俺の体が熱い。目の前がぐらぐらするのは、頭に血が上り過ぎているのか。言葉が出なくて、口をパクパクしていた。

「ダーナ様……私の、生涯のお願いですっ……」
「あ、の……それは」
「たった一晩だけですっ。来月、ダーナ様のお部屋を訪ねたいのですっ!」

 来月、確かアレクは地方に出かける。大勢の部下を引き連れて……俺を同行させないのは、まだお妃教育中だから。『しばらくしたら、一緒に行こうね』と朝食を取る時、笑ってたっけ……一回だけなら、ばれない……?

「アデリナ……あの、その、気持ちは本当に嬉しくて、その、でも」
「ダーナ様っ!!」

 一層激しく泣きじゃくられて、俺は言葉を飲み込んだ。俺を好きだって言ってくれた女の子が、もうすぐここからいなくなる。それは裏を返せば、面倒なことにならないわけで……ふとアレクの笑った顔を思い出して、胸がざわついた。湖上そっくりの、上品な笑顔。

「ダーナ様っ……このアデリナ、生涯の願いでございますっ!」
「……」

 爪は食い込むほど握られて、俺は完全に口を開くタイミングを失った。
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