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2.昔を思い出してたんだけど

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 湖上との出会いを話す前に、俺の「現代」社会での立場を話すと、中堅の医療機器メーカーの営業三年目。
 それであっちはエレクトロニクス、医薬品、医療なんか手広くやってる大手総合化学メーカーの企画課。
 つまりこっちは下請けの立場。

 会社が作った血液検査装置の納品も、元々は湖上のいる会社がでかい総合病院から取ってきた案件だった。おこぼれ(二次請け)にあずかろうと、俺は上司に連れられて、脊髄反射的にお辞儀を繰り返していた。

『湖上と申します』

 綺麗に切りそろえられた爪は、桜貝みたいな薄ピンク色だった。

 名刺には湖上  律 Kojo Ritsu

 とっさに俺は、静かな湖にできる、水紋を思い浮かべた。湖の上で奏でられる旋律。綺麗な名前。顔を上げたら、名前負けしない顔があった。

『……桐本、と申します』

 三年目の癖に、いつも出てくる挨拶が出てこない。湖上の美貌に、みっともなく声がひっくり返ってしまった。

 すげぇ

 こんな顔、テレビとかネットでもしばらく見たことがなかった。なんていうの、イケメンって顔のパーツの線が違うんだよな。俺は奥二重で、監視カメラに映ってそうとか言われる顔してるんだけど、湖上は違う。

 すーっと一筆、腕の良い職人が墨を入れたような柳眉の下、人形みたいな整ったパーツが配置されていた。整い過ぎて、冷たい感じがする美貌。そして目が離せなくなったのは、彼の瞳。深い藍色の目に、同性の俺でもドキッとした。

 名前と顔で、透明度の高い、真っ青な湖をイメージした。雪が降り積もった早朝、しんと静まり返った湖に、石をぽーんと投げるんだ。水紋ができる瞬間――同性でも息を呑む美しさだった。

『大輔さんって、かっこいいですね』
『ぇ……』

 にこっと愛想よく微笑まれて、単純な俺はテンション爆上がり。でもすぐに『大輔って、かっこいい人に多い名前ですよね、スポーツ選手とか聞きます』とさらっと言われて、顔が熱くなった。

 俺より10センチは高い、長身イケメンにちょっと褒められて、舞い上がった。すぐ勘違いする自分の浅さに、顔がきょどり気味になっていた。

『彼は院卒で、ええ、今年入社なんですよ、お手柔らかに』

 湖上の上司が、彼の肩を親し気に叩く。それだけで、あ、こいつは違うってすぐに分かった。

 即戦力、エリート、期待の星……会社が絶対、俺にはかけてくれない言葉を、湖上は浴びるように受けていた。打ち合わせだって、入社一年も経ってないのに、彼が資料作って、司会進行。それを当たり前にこなせる同世代に――帰り際、足取りが重くなっていた。

 あんなレベルに嫉妬なんかできなくない?

 冷静に言い聞かせても、ダメだった。院卒、大手勤務、高身長イケメン。考えれば考えるだけ、なんであんなやつが打ち合わせにきたのかと、八つ当たりみたいな気持ちが芽生えていた。

 張り合いたい、でも張り合えない現実に悶々としていた時だった。

『え、それバットマン?』
『え……あぁ、これ…ですか?』

 銀座で接待中、湖上が食い入るように見ていたのは、俺のスマホ――のステッカー。いつか買った、バットマンの映画グッズ。観終わって、なんとなく買った後、スマホに貼っていた。

『好きなんですか?!』
『えぇ~、と……まぁ、はい』

 いや、別に

 なんか話題になってたから、暇だったし映画館に行っただけだった。内容もよく覚えてない。でも記念にって、ステッカーは買った。

『監督はだれが好き?一番好きなのは?バットマン、どのシリーズが最高だと思う?』
『ぇ、え……』

 別に俺は映画が特別好きとかじゃない。休みの日はだいたいソシャゲして、一日が終わる。一年に一回、映画館に行けばよい方。それでもべらべらまくし立てる男は取引相手だし、こっちは下請けだから。適当に話を合わせていたら、湖上の目が輝いていた。

『こんな近くに、趣味の合う人がいたなんてっ』

 ホステスそっちのけで、湖上は話していた。多分だけど、バットマン――じゃなくて、映画を語れる人が周囲にいなかったのかなと考えてたら『元カノがさ』と肩を落とした。

『全然、話聞いてくれなくて。つまんないとか言って、一回も見てくれなかったんだよ、バットマンってさ、一回みたら、そんな簡単に勧善懲悪って言えない話だって分かるじゃん?あれはアメリカ社会の情勢を反映して――』
『……うん、ぅん?』

 俺はアメリカの政治も社会情勢も興味ない。どうしてそんなものを考察するんだろう。適当に相槌を打っていたら、いつの間にかプライベートな連絡先を交換して、ちょくちょく出かけるようになった。

 試写会のチケット取れた。これからナイトシアター見に行かない?迎えに行くよ。家、教えて……。

 確かに最初は、適当に話を合わせていた部分が大きかった。それでも、でかけて一緒に映画を見れば、面白いし、退屈しない。映画だけじゃなくて、二人で遊園地とか、接待の後、こっそりバーで待ち合わせて、二人だけで飲んだりした。

 湖上は身なりや持ち物から、かなりのお坊ちゃんだって――親から買ってもらったアストンマーチンで察した。でも親の話とか聞いたら惨めになるから絶対、質問しなかった。

 ……後々分かったことだけど、この態度が湖上を勘違いさせてしまったらしい。俺は金目当てじゃないって。

 それで極めつけは弁当。湖上は自炊しない男だった。飯から部屋の掃除まで、全て外注。俺は出かけるたびに、湖上の奢りなのが居心地悪かったから、弁当を作って持ってきた。

 自炊を初めて三年。料理の腕はそこそこだと自負していた俺は、唯一、湖上に勝てるものがあったと、弁当をドヤ顔で持ってきていた。

 料理しない金持ち男より、自炊男子。絶対、こっちの方が地に足ついている感じするじゃん?

 これがまずかったんだと、今なら冷静に分析できる。湖上の中で、俺は今どき女子にもいない、古風で慎ましやかな人間像ができあがっていた。

 懐に探りを入れてこない、お礼にお弁当を持ってくる大和撫子(男)。湖上はどんどん、俺を「女の子」扱いするようになった。

『ここ、段差あるから』と言って、腰を支えるし、「そういう関係」になってからは、一緒に風呂に入って、髪を乾かして、ベッドまで運んでくれる。

 抱き込まれて、何回も愛してる、かわいい、俺が守るとか囁かれた。

 男の俺に言ってどうすんだよと、心の中で突っ込み入れてたけど……嬉しかった。大事に大事に、ふわふわの綿菓子に包まれたような幸福感。

「はぁ……」
「ダーナ、手が止まっています」

 ……本当に、幸せだった。
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