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43.子育て編5

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 隣国からやってきた両親に親友夫妻との穏やかな時間はあっという間に過ぎていった。ルイーズは大好きな祖父母に、それ以上に大好きなラファイエットの妻、ラーナの事を特に気に入ったのか、帰る時など大泣きしていた。
 マルベーは泣いてラーナのドレスを引っ張るルイーズを宥めていたが、ルイーズを見た周囲まで涙ぐんでいた。父親なんて大泣きしてルイーズを抱き締め、髭を頬に擦り付けたりするからマルベーは苦笑していた。

「楽しかったね」

 見送り後、静かになった城でマルべーとティメオは寝台に横たわっていた。久しぶりの、夫夫水入らずの時間。天蓋付きのベッドの上で、マルベーは腕枕をする夫に話しかけた。

「ルイ、ラーナ様のこと大好きになっちゃってさ、ラフィーとラーナ様の分も手紙書くって言ってたよ」
「……そうですか」

 大泣きしラーナの頬にキスをしていたルイーズは、馬車が去るとしばらく庭をうろうろしていた。ルイーズが庭に作ったお気に入りの秘密基地にラーナを案内していたが、そこにしばらく閉じこもってしまった。
 侍女はおろおろしていたが、マルベーは気にしていなかった。大好きな人がいなくなって、気持ちを落ち着かせているのだ。しばらくして秘密基地を訪ねてきた母親に抱きついたルイーズは、目を真っ赤にしながらラーナに手紙を書くと何度も言って眠ってしまった。

「ルイーズの秘密基地にね、ラーナ様と一緒に作った花輪があったんだよ~。ちょっと年の離れたお姉さんって感じだったのかもね。ほら、ルイお姉ちゃんだし」
「……はい」

 リュカが生まれ、積極的に世話をする姿は誇らしかった。頼れるお姉ちゃんだと思っていたが、やっぱり本音は甘えたかったのかもしれない。

(ルイーズとの時間を増やさないとな~。あと……)

 子どもの話は尽きない。気がつくとマルべーが喋りっぱなしの状態だったが、それでも目の前の夫をないがしろにしたことはない。どこか耳がしょげたように垂れている夫の表情が引っかかった。

「ね、旦那様」
「はい」
「どうしちゃったの~~?疲れてる?今日もお仕事お疲れ様♡」

 キラキラした金糸のような髪を指で梳く。耳の裏をマッサージするように優しく揉み込むと、胸元に顔を押しつけられた。きゅっと頭を抱き締めて頭部にキスをすると、背中に腕を回された。

「……もっとこうしていたいです」
「いいよ♡ずーっとこうしてる?」

 わしゃわしゃと髪を撫でると、綺麗な形の頭がこっくりと動く。婚姻したばかりの頃は、マルベーの部屋の前で何時間も待っているような男だったのに。二人きりになるとこうやって素直に甘えるようになった。

「甘えん坊のティメオ可愛い♡」
「……」
「こんなに素敵な旦那様の妻になれた俺は幸せ者だね♡かっこよくて甘えん坊で可愛い旦那様♡」

 べたべた甘やかしていると、ティメオがゆっくりと顔を上げる。そこには不安そうな青い目があり「どうしたの?」と子どもに向かって聞くように、囁いた。

「……帰りたいですか」
「え?」
「……実家に……」
「え!? なんで!」

 意外な言葉にマルベーは首を傾げた。

(俺、家に帰りたいとか言ったっけ?)

「全然。もう俺の家はここだろ?」
「……」

 なんでもないことだと否定すると、腰に回った腕に力が込められる。ぎゅうぎゅうと抱き締められて、マルベーも同じくらい抱き返した。柔らかい寝台の上で、体格の良い男に抱き締められる至福の時間。
 あまににも幸福で眠たくなっていた。

「……ご家族と、楽しそうに話をされていたので」
「あ~、楽しかったよ。でもそれだけだよ?」

 頭を撫でるが、雰囲気からまだティメオの不安が払拭されていないのが分かった。ティメオは前よりかはよく喋ってくれるようになったし、愛情表現もしてくれる。だけどほっとくとすぐ悩んで一人の世界に入り込んでしまうのだ。

(あ、そっか。ティメオには親しい人がいないから……)

 母親の記憶はほとんど無くて、父親には裏切られた。昔、騎士団で世話になったかつての騎士団長は田舎に隠居したと聞いている。マルベーが中庭や晩餐の席で親と盛り上がっていたことが、不安の種になっていたらしい。
 なんて声をかけようかと考えていたら、ごめんなさいと小さな声がした。

「なんで謝ってんの~」
「……最低です、私は……貴方が大切にしている方は同じくらい大切なのに……貴方が……貴方が実家に帰りたいと……思ってしまうんじゃないかと……」
「あはは、心配になっちゃったんだね。もう俺の家はここだよ」
「……ごめんなさい」

 体格はマルべーの倍はあるというのに、声は弱々しい。マルベーには、ティメオの考えていることが手に取るように分かった。

(俺の前だけ。こんな顔見せてくれるのは)

 実務をこなす時は表情を崩すこと無く、実直に仕事をする姿はかっこいい。ルイーズやリュカを前にした穏やかな父親の姿も好きだ。でもこうやって、二人きりの時に子どものような表情になるティメオが、マルベーにとっては特別だった。

「今の家族を大事にしたいからね……俺は旦那様と同じ気持ちだと思ってたんだけど、旦那様は違うの?」
「ち、違いますっ!貴方と同じ気持ちです……!」
「なら何も心配ないね」

 頭を撫でると、再び顔を埋められる。両腕が回るのと一緒に、尻尾もがっちりホールドするように巻き付いているのが昔と変わらない。子どもが生まれても、変わらず愛情を示してくれる年下の夫が愛おしくてたまらなかった。

「愛してます……マー」
「俺もだよ♡旦那様♡」

 ティメオが不安になったらいつでも腕を広げて受け止めたい。何度でも答えようと、マルベーは目を閉じた。
 

 
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