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37.裁判
しおりを挟むラーナが言っていた通り、裁判の日は唐突だった。牢屋から出されたマルベーは、腹を抱えて地上に出た。
久しぶりの日光を浴びて、宮殿に案内された。てっきり、裁判所に連行されると思っていたが、連れてこられたのは玉座の間だった。
陛下に后、役人に親衛隊が勢揃いの場に一人、ぽつんと立たされる。全員の視線が突き刺さる中、マルベーは踏ん張るようにして、足に力を込めた。
(一応、建前でも裁判やると思ったんだけどなー)
玉座の間で、略式裁判をやろうと言うらしい。
「陛下! この者は領地で不正な取引に手を染め――」
宰相が、広げた羊皮紙を読み上げる。糾弾されているはずなのに、どうしてか婚約破棄の時ほど緊張がない。
あの時は(身に覚えがありすぎるため)やばいやばいと焦っていた。
(でも今回は俺、何もしてないから)
「証人もおります! 領地を通るため、不当な交通料を取られたと訴える商人達です!」
ぞろぞろと引っ張り出されてきたのは、不安げな顔をした男達だった。領地を通るための交通料など取っていないので、マルベーはじろじろと商人達を見る。足下のブーティは泥にまみれており、農民だろうと予想された。
(王都に出稼ぎに来た農民をテキトーに引っ張ってきたんかな)
宰相や后達は、マルベーの子が目当てだ。出産までは殺される危険性はないと考え、耳をほじりながら話半分に聞いていた。
妊夫を長時間立たせるなんて、何を考えているんだ。宰相が声を張り上げている中、マルベーは腹をさすっていた。
ふと視線を感じて、顔を上げる。扇子で口を覆った后が、目を細めていた。値踏みするような視線に、マルベーは鳥肌が立った。
「――陛下」
「……ん、うん?」
今まで宰相の読み上げに、うんともすんとも言わなかった陛下が、後妻の一声に、やっと返事をした。
マルベーと老いた王の目が合う。さっと視線を逸らされた。
「この者は皇太子妃という立場を使い、不正に手を染めていました。ですが王家の子を身籠もっているのは事実。ここは一つ、恩情を」
「……ん、んー」
「極刑を免れない悪事の数々ですが、腹の子には罪はありませぬ」
「ん……」
(な~にが、恩情だよ~)
まるで寛大な措置だと言わんばかりの態度。そばに侍るユーグを見ると、もの凄い形相でマルベーを――じゃない、腹を睨み付けていた。
きっとこの計画を主導しているのは宰相と后の二人。ユーグも本音は、自分の子を育てたいのだろう。
(馬鹿だなぁ……例えお前が王になっても、宰相とママの言いなりだろ)
ユーグに同情する気は起きなかった。じゃなければ、ラーナがあそこまで追い詰められるわけないのだ。
「ティメオ様を理解して下さるはずです。自分の妻が不正を行っていたとなれば――王家に相応しくないだろうとね」
「んー……」
后の蔑んだような視線は、遠くに向けられる。後ろ盾の無いティメオが刃向かうわけが無いと、高をくくっているのだろう。陛下はさっきから「うー」とか「あー」と決断できないようだった。
陛下も、長男もどうとでもなる――宰相の態度からも滲み出ていた。
(でもティメオは絶対やってくる。だって俺のこと大好きだからね)
マルベーは一切の不安も無かった。そしてこの馬鹿げた裁判は、判決も決まっているのだ。どうせだったら、無能な王を説得しよう――自信溢れた態度で「陛下ァッ!!」と声を張り上げた。
「申し上げたいことがございますっ!」
「父上っ! この虚言に耳を貸してはなりませんっ!」
「うるせぇ!!」
マルベーとユーグが言い争っている間、王は目をしょぼしょぼさせていた。宰相の機嫌を伺うような態度に、マルベーの失望は深くなる。
ユーグを無視して「陛下っ! この結果が貴方の本意なのですか?!」と訴えた。
「陛下はティメオ殿下との約束をお忘れなのですか?! これを殿下が知ったら――」
「おいっ! お前に発言権は無い!」
「愚か者っ! 被告に発言する権利もない裁判とかどこにあるんだっ!」
一般庶民の裁判ですら、発言権があるのだ。喚くユーグを無視して「陛下!」と再度語りかける。
「……あー」
だが義父は宰相を気にするばかりで、マルベーと向き合わない。幼少期から、ティメオはこんな父親の姿を見せられていたのかもしれない――胸が苦しくなった。
「陛下っ! なにとぞもう一度お考えをっ!」
「おいっ! 愚か者とはなんだ! オメガの癖にっ!」
やっと弟殿下の方を見る。顔を真っ赤にして、唇を戦慄かせていた。
「オメガの癖にっ! 侮辱するなぁっ!」
(えぇ……そこ……?)
ユーグは地団駄を踏むようにして、マルベーを罵倒し始めた。子どものようにバタバタと手足を振り回していたが、后が「ユーグ」と窘めるように声をかける。
だが愚息は聞こえていないようだった。
「オメガの癖にっ! オメガの癖にっ!」
我を忘れたように、喚き散らしている。唾を飛ばしながら、罵る様子に――マルベー含め、周囲が異様な状況に気がついた。
「こんなっ! こんな下劣な血が入っている子どもなんて欲しくない! 母上っ! また新しいオメガを用意してくださいっ! こんな、こんな下等は――」
母親の声が聞こえていないのか、腰に差した剣を抜く。銀色に光る細みの凶器に、マルベーは目を見開く。
子どもが腹にいる間は殺されないだろうという目論見は、ある程度、冷静な考え方で――頭に血が上った弟殿下が、ずんずんと近づいてくる。
充血した目が合った瞬間だった。腹を庇うように屈んだマルベーは、体に大きな衝撃を受けた。
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