異世界で婚約破棄されましたが隣国の獣人殿下に溺愛されました~もふもふ殿下と幸せ子育てパラダイス~

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30.計画

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「マルー?」
「どーぞー」

 ティメオが入ってくる。いつもだったら、マルベー以外目に入らない夫は、一瞬だけ、ラファイエットを見る。意味ありげに頷いた騎士は、静かに部屋を出て行った。

(なんか話し合ったんかなー)

 ティメオとラファイエットが秘密裏に話し合っていても、マルベーは気にならない。

(二人とも俺のこと大好きだからね。それで俺も二人のことが大好きだし)

 無条件の信頼を寄せる夫は、優しくマルベーの肩に触れた。

「マー、お話があります」
「なーにー、旦那様」

 ベタベタと抱きついていると、ソファに誘導される。骨ががっしりとした膝に、すかさず頭を乗せた。下から見上げても美しい夫。マルベーは顎に触れた。

「……疲れてる?」
「いいえ、私は大丈夫です。でもマーの体が心配です」
「俺も大丈夫! 元気!」

 最近、ティメオはマルベーの部屋を訪れなかった。難しい顔をして、兵舎に籠もっている。一度、顔を見せたが、曖昧に微笑まれるだけだった。

(本当は色々聞きたいけど……)

 ティメオの性格上、抱え込んでいるのだろう。そこで口うるさく追及すれば、もっと負担を増やしてしまう。
 マルベーは平気な顔をして嘘を付く習性からか、人の感情(空気を読む)に時折、聡いところがあった。

「旦那様~」

 両手で顎に触れて、頬をこねる。ティメオは微笑みながら、マルベーの髪を梳いていた。

「マー、あのね……私の立場を……その、分かっていますよね?」
「……うん」

 醜聞紙でかき集めた、王家の醜態。ティメオの実家は実質、宰相の娘である后が取り仕切っている。
 夫の眉がちょっと歪んで、泣き笑いのような顔になった。

「私の母は……汚職に関与した冤罪をかけられ、幽閉されました……父は宰相家から借りた金のため、妻を見捨てたのです。母は一人、幽倫塔で死に、実家もお取り潰し……私には後ろ盾がありません」
「そんなこと気にしてないよ、俺」
「……貴方を妻に迎えられて、本当に幸せです。だから……実家に帰省してください」
「……」

 無言で夫を見上げる。本気で案じているのだろうが、マルベーは言葉が出なかった。膝枕から起き上がり、向き合った。

「……なんで」
「北の災害支援として、出動を命じられました。ですが、私は貴方を城に置いて、ここを離れたくないのです……料理長は黙秘を続けていますが、暗殺者から連絡がなければ、主犯は異変に気づくでしょう。どんな手段に出てくるか分からない……ここよりもヴァロワ家が安全です」
「安全って、ここに親衛隊いるじゃん」
「すでに騎士を沿岸沿いに配置しております。今回、北にも行かせると、ここの警備が手薄になるのです……お願い、マー」

 ティメオの言っていることはよく分かる。分かるが、だったら災害支援には、王宮にいる国王直属の親衛隊でも良いじゃないか。

(て、俺でも考えつくことは、ティメオが提案済みなんだろうな。それで駄目だったんだろう)

 本来、城の主人が留守の間は、奥方が城を切り盛りするのが役目。身の安全のため、実家に身を寄せるのは、気が進まなかった。

「……国境を越える時、変装しててもバレるんじゃないの……密入国すんの?」

 マルべーは主犯を、王宮の誰かだと疑っていた。でなければ、長年城に勤めた料理長を動かすことは難しいし、それに第一、ティメオは国民から恨みを買うような人物ではない。

(宮殿の誰かだったら、この城の使用人だって誰が買収されてるかも分かんないし、俺が実家に帰ろうとするのを阻止するんじゃ……)

 アルテナード国内であれば、マルベーをいつでも殺せるが、他国に行かれたら厄介だろう。この城を出た瞬間から、追跡されるかもしれない。
 ティメオは静かに頷いた。

「検問は普通に通ります……マルーの馬車が通過するのを記録に残さないと、父が約束してくれました」
「……」
「父は頼りの無い人です。それでも今までの業績を見て、信頼に置くと……私達の大変な立場を理解してくれました……国王として、責任を持つと言ってくれました。父の権限下で、検問を通ります」
「……うん」

(あれかぁ……本当に頼りねぇな……)

 結婚式の日を思い出す。実の息子が後妻に侮辱されているなか、苦笑いをしていた国王。マルベーの親であれば、息子に原因があれば謝罪行脚をして回るのだが、そこで侮辱するのは許さない人達だ。
 相容れない。マルベーは頭を抱えたくなった。

「父がやっと、手を差し伸べてくれます」

 ティメオの声は震えていた。背中に逞しい腕を回されて、優しく抱き締められる。温かい、ティメオの愛情を感じ取り、マルベーは押し黙った。

(やっぱりティメオと俺は、親へのスタンスが根本的に違うんだよな……)

 マルベーが親に寄せる信頼と、ティメオの親への信頼。それは全く毛色が違うものだった。親は自分を無条件に受け入れてくれる存在だと認識しているマルベーは、親には甘えるし、それが当然だと思っている。
 ティメオの信頼は、すがりつくようなものだった。自分が何かを成し遂げたら、親は認めてくれる。そしてやっと信頼される……二十歳の若さで戦将軍となったのも、ティメオの能力もあるだろうが、親に認められたいという欲求が原動力になっていたのではないか。

(別に専門家じゃないし、指摘しづれ~)

 ティメオの目には熱がこもっていた。親を信頼「している」ではなく、信頼「したい」という気持ちが透けて見える。

 マルベーは乾いた唇を舐めた。

 本当に国王の言葉を信じて良いのか。ティメオの鬼気迫る表情から、不安しかない。だけど、本当に助けてくれるのかもしれない……判断できなかった。

「急ではありますが今晩、城を出ます」
「分かった.……あの、さ……」

(お前も一緒に行こうよ……王子なんて立場捨てて)

 喉まで出かかった言葉を飲み込む。アルテナードなど捨てて、ティメオと一緒に実家に帰りたかった。
 跡継ぎなど興味もないのだから、オルデム国に移住して、二人で小さな家を買うのだ。子ども部屋と、二人の部屋があるくらいの小さな家。マルベーの親が援助してくれるから、きっと快適な生活を送れるだろう。

「どうしました?」
「……んー」

 ティメオとだったら、どこでも生きていける。マルベーの本心だった。

 もう娼館にも行ってないし、早起きもできるようになった。飲酒も無くなって、空いた時間は城の備蓄などチェックして、事務作業もやっている。
 最初は、将来殺される不安から、仕方なくやっていた。でも今は、自然と身について、自分がやるのが当然だと思っている。

 隣にいるのが、当たり前になっていた。

「なんでもない……」

 でもティメオは王族としての意識が強い。どこまでも高貴な身分として、責任を果たそうとする。夫の意識を変えることはできないし、無茶な願いだと、マルベーは自覚していた。

 気を取り直して、ティメオにキスをした。

「すぐ会える?」
「はい、北の支援が終わりましたら、すぐに参ります」
「分かった……名前、俺も考えとくから、旦那様も忘れないでね♡」
「はい」

 名前は二人で決めようと、話し合っていた。きっとティメオのことだから、書き切れないほどの名前候補を、手紙で寄越してくるに違いない。

(前向きに、前向きに)

 今はアルテナードを脱出することに専念しよう――ティメオが愛おしそうに目を細める。静かにキスを受け止めた。
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