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27.サプライズ帰宅

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 お茶会の一件以来、マルベーとラーナは文通するようになった。ラーナを案じる純粋な気持ち半分、ユーグの弱みを握る目的半分の文通は、まずまず順調な滑り出しだった。

(別にティメオは王になる気は全く無さそうだけど、ユーグの方がなぁ……)

 弟殿下の方が、勝手に敵対心を抱いている可能性が大きい。必死に慈善活動なんかをやっているみたいだが、国民がそっぽを向いているのだ。

 ラーナの手紙を読むと、日々の苛立ちを妻にぶつけているようだった。「~全ては、私が子を妊娠できないせいです」と書かれた手紙は、全体的に陰鬱としていた。
 マルベーは言葉を選びながら、ラーナを励ます手紙をしたためた。封蝋を押していると、ドアをノックする音。返事をすると「夕餉の時間です」と言われた。
 窓を見ると、中庭が暗くなっていた。

(夏も終わりだから、日が落ちるのが早くなったな~)

「うーん……なんか食欲湧かなくてさぁ……悪いけど、なんか手で摘まめるものとか、軽食持ってきてくれない?」

 ティメオも留守にしているので、食卓が寂しい。返信も返ってこないので、マルベーは退屈していた。
 ドア越しに、ためらうような声が聞こえた。

「……料理長が、奥様のためのお料理を……用意されているようで……」
「あー……そうだったね……もうちょっとしたら行くねー」

 最近、城の料理長は妊娠中のマルベーを気遣った料理を出してくる。精進料理みたいで、健康にはなるが、鳥の丸焼きとか、血が滴る赤身の牛肉、南方から取り寄せた海産物にワイン……

(酒飲みたいよ~)

 我慢だと言い聞かせながら、部屋を出る。一階の食堂へ向かっていると、玄関からバタバタと足音が聞こえてきた。

「マー!」
「あれ?! お帰りー!」

 革の外套を身につけたティメオだった。予想より早く帰ってきたことが嬉しくて、駆け足で階段を降りようとした。

「ダメです! 走らないでっ!!」

 悲鳴のような声がして、ティメオがもの凄い勢いで階段を上ってきた。大きな胸元に包み込まれるようにして、抱き締められる。
 外套からは磯の匂いがした。珍しくて、鼻をくっつけていると髪を優しく梳かれた。

「ダメですよ、走って転んだりしたら」
「お帰りー! 思ったより早かったね、ね、旦那様!……手紙、読んだ?」

 ティメオの心配をよそに、マルベーは期待の目で見上げた。馬を走らせてきたのか、乱れた金髪もかっこいい。

(イケメン~、完璧~、最高~)

 じゃれつくようにひっついていると、ティメオが抱き上げてくれる。乱れた金髪を梳いて、耳にキスをした。

「はい、そのために早く帰ってきたのですから……それで……本当なのですか?」
「……」

 期待に混じる、どこか不安そうな声。まだ信じられないという表情だった。マルべーは妊娠が分かったその日に手紙を送ったのに、今更サプライズ感を出したくなっていた。
 ふざけて、ふわふわの耳に息を吹きかける。夫が笑ってキスをしてくれた。

「本当?」
「当たり前だろ!……子どもができましたー!」

 ティメオの喜ぶ顔が見たかった。ぎゅっと頭を抱き込むようにすると、背中を撫でられる。無言が返ってきたので、不安になって顔を見た。ティメオの瞠目した目は、マルベーの腹に落ちていた。
 降ろして貰うと、マルベーは笑って夫の手を取り、腹に当てる。大きな手が怖々と――最初、壊れ物を扱うように抱き締められたことを思い出す。慎重な手つきだった。

「なんだよ~、もっと喜んでよ!」
「ぁ……」

 ティメオの声が、震えていた。再度抱きつくと、マルベーの頬にパタパタと涙が落ちていく。ティメオが声を押し殺したように、泣き出した。

「また泣く~」

 マルベーはケラケラと笑った。ティメオは感極まったように泣くが、まだ腹は膨れていないし、出産には時間がかかる。

「……っ」
「? おわっ」

 抱き抱えられて、部屋に行く。寝台に降ろされて、ティメオは掛け布団を手に取っていた。

「ん? 何してんの?」
「冷やすと、体に悪いので……っ、これからはもっと温かくしましょう」

 肩に布団をかけられたが、ティメオはまだ心配だったのか、体に巻き付けるようにした。巻かれる間、マルベーは大人しくしていたが、耐えきれず吹き出した。

「大丈夫だから!」
「でも……っ」
「まだ腹も膨れてないのに! 父親がこんな調子だと心配になるな~」

 何気なく「父親」と言ったら、ティメオはぼんやりとした顔付きになった。

「私が……父親……」
「そうだよ~、パパがしっかりしないと!」
「私が……親に……なれるでしょうか」
「何言ってんの~。最高の父親になるよ!」

 笑いながらキスをする。布団を解くと、ティメオに抱きついた。

「布団より、人肌の方が暖かいから、こっちが良いな~」
「はい」

 イチャつきたかったのに、ティメオは真顔でマルベーを抱き締める。冗談が分からないところが、マルベーと正反対で――愛おしく感じる瞬間だった。
 マルべーは幸福に酔いながら、ティメオに甘えた。

「子ども、絶対可愛いよ」
「……はい」
「もうね、産着とか縫ってもらってるよん。あ、あと親に子ども用の寝台とか、お願いしちゃった♡ 名前何にしよっか♡?」

 ティメオはまたダラダラと涙を流していた。滝のように流れるので、マルベーはおかしくなって笑う。落ち着かせるように、大きな背中を撫でた。

「これ以上の幸せが……ありますでしょうか」
「いっつもそれ言ってるよな~」

 ティメオは事あるごとに幸せだと言う。だったらこの先の幸福を考えたら、ティメオはどうなってしまうのだ。

「これからさ~、子どもが生まれて、もっと俺たち幸せになるんだよ? そんなんで、どうすんの?」
「……はい」
「これからもっともっと幸せなことが起きるよ! ずっと続いているのが……俺には見える!」

 ふざけるが、またティメオが泣いてしまった。頭を撫でたり、キスをしたりして、泣き止ませたところで食堂に向かった。
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