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25.お茶会
しおりを挟むテーブルに生けられたラベンダーに、陶磁器の食器に盛られたクッキー、そして……
「おい、いつまでお客様をお持たせするんだ、相変わらずグズだな」
「も、申し訳ありません……」
上から指図するユーグに、消え入りそうな声で謝るラーナ。周りの貴族は気にもとめない。マルベーは来て早々、帰りたくなった。
(最悪~……マジで何? ここ……)
マルベーは一人用ソファに座り、膝の上で拳を作った。少し離れたソファで待機するラファイエットに、胡乱げな視線を送る。
口パクで「我慢しろ」と返ってきた。仕方なく頷いたが、ユーグは舌打ちして、ラーナを叱り飛ばしていた。
(母胎に悪い。さっさと帰りたい)
握りしめていた手を解き、卓上の下で腹を撫でた。マルベーの妊娠が分かったのは一週間前。つわりは無かったが、周囲の匂いに敏感になり、異様に眠たくなっていた。
もしかして……うっきうきで城の専属医を訪れると、妊娠初期だと言われた。飛び上がるくらい喜んで、夫の元に行こうとしたが……
(さっさと帰って来いよ~~~)
ティメオは国境付近に遠征で留守にしていた。討伐はアルテナードの辺境伯が指揮を取り、今後の警備体制について話し合うと言う。サプライズにするつもりだったマルベーは我慢できずに手紙を書いた。
旦那様へ♡♡♡♡
子どもできたよん♡♡♡早く帰ってきて~♡♡♡ お腹の赤ちゃんも寂しがってるよー♡♡♡
妊娠が分かって、その日中に書いて送った。まだ返事は返ってこないが、きっと喜んでいるだろう。一刻も早く、喜びを分かち合いたかった。
「皆様、大変失礼致しました……ハーブのお茶でございます」
ガラガラと運ばれてきたのは、薄茶色のお茶だった。匂いに敏感になっているマルベーは、口角を上げたままキープしていた。
「……うちの……ラベンダーから抽出したお茶です……」
(うーん……飲めない)
ラーナはよっぽどラベンダーが好きなのだろう。卓上にも生けられ、周囲のキャビネットにまで飾られている。
だけど妊娠を告げられたマルべーにとって、ラベンダーは……
(初期はダメなんだよな……流れる可能性あるから……)
ティメオの不眠を知ってから、薬草学の書物を読み漁っていた。ラベンダーは安眠や鎮静効果のある薬草だが、子宮の収縮を促す作用があるため、妊娠初期は注意……
(本当はこの空間も……あんまり……)
嗅いでるくらいなら大丈夫だろうか。ラベンダーの作用がどれほどあるのか、専門家ではないマルベーは不安になった。
笑みを保ったまま、カップに口を付けなかった。
「大変申し訳ありませんねぇ……妻はオメガですので、どうしても色んな方面で劣るといいますか……」
(俺もオメガだよーん)
笑いながら謝るユーグは、マルベーの視線に気がついていない。ちらっと弟殿下の隣に座るラーナを見ると、顔が真っ青になっていた。
(モラハラ旦那が隣にいるせいで……)
席をシャッフルできないだろうか。合コンじゃないから無理か……ユーグの口を塞ぐ方法は無いかと、マルベーはクッキーの匂いを嗅いだ。
ラベンダーで鼻が馬鹿になりそうだったが、お菓子からは匂ってこない。美味しく頂いた。
「そういえば」
伯爵夫人が思いついたように、声を出した。今流行している、羽根つきの髪飾りがふわふわしていた。
「マルベー様は随分、流行に敏感な方みたいですね」
(おぉ~、早速来たな)
「はいぃ?」
とりあえず首を傾げて、夫人を見る。泣き黒子が色っぽい夫人は、面白そうに見つめていた。
「オルデム国ではかなり、お名前を聞きますよ……夜な夜な、明るい場所を好まれるとか」
「えぇ~? 明るい場所ですかぁ?」
マルベーはカルロ王子と婚約した後も、ほとんど毎日娼館に通い、金で買った大道芸人などを呼んで、夜会でどんちゃん騒ぎをしていた。
松明が灯される時間、ヴァロワ公爵家の明かりは消えない――皮肉っぽく、醜聞紙に書かれたことを思い出す。
ふわふわ笑いながら「明るい場所……そうですね、原っぱとか好きですよ?」ととぼけることにした。
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