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シャノンの過去
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あの時のシャノンは死にたいほど、心の痛みに苦しんでいた。
その痛みを想像すると、胸の奥が苦しい。
今だって、どこか遠くを見つめ、心ここに在らずといった寂しげな横顔をしている。きっとシャノンの心の傷は未だに癒えてはいないんだ。
雷亜はシャノンの手をきつく握った。
(──俺が居るから、どんな時でも俺が側に居るし、シャノンの味方でいるから……)
そう心の中で強く念じた。すると、シャノンがか細い声でぽつりと呟いた。
「──俺の両親は、海で亡くなったんだ」
「──え?!」
息を止めて、静かに目を閉じたシャノンの横顔を凝視する。
「餓鬼の頃、本当は俺も両親と一緒に死ぬはずだったんだ」
「ど、どういうこと?」
「無理心中さ。親が事業に失敗して、それどころか不正に金を搾取したとして、犯罪者呼ばわりされた。夜逃げ同然で逃げ出したがプライドの高い両親にはそれが耐えきれなかったんだろう。ある時、俺を無理矢理車に押し込んでそのまま海にタイブした。俺は恐ろしくなって沈んで行く車の窓から慌てて抜け出した。そして、海水を飲みながらも必死に泳いで、ふと、後ろを振り返ると両親の乗った車はどんどん海に沈んでいった」
雷亜は黙ってシャノンを見つめていた。
砂浜に描いた家族の絵を見て、シャノンが首を振り、その場で泣き崩れた姿を思い出した。 あの時、既に両親は亡くなっていたのだ。
「今でもその時の画像が頭から離れない。車が次第に沈んで行く中、こちらを見つめる母の怒っているのか悲しんでいるのか分からない、どっちとも取れるような複雑な表情が俺の心に張り付いていて、自分があの時、どうしたら良かったのか、今でも心が揺れるんだ。──俺は両親と共に死んだ方が良かったんじゃないかって……、車から飛び出した時点で、俺は両親を裏切ったんだ。最後に見た、母親の表情がそう言っているように見えた。だから、俺は……人の期待を裏切ってしまった時の、相手の顔を見るのがすごく嫌で……、結局、今日までがむしゃらに生きてきたような気がする」
シャノンの告白を聞いて、雷亜はアメリカでシャノンに出会った時の彼の様子を思い出した。
確かに自分のイメージが下がることを強迫的に恐れていた気がする。
勝ち負けに拘るのも、人の期待を裏切らないためのものだったのか?だとしたら、今日の勝負は──?
「シャノンとしては、今日の結果で良かったの?」
雷亜が問いかけると、シャノンはこちらを向いて穏やかに笑った。
「ああ。お陰で憑き物が取れたような気がする。まあ、その前にお前が橋桁から落下した時が一番衝撃的だったけどな。自分の下らない拘りによって、お前があそこから落ちて死んだらと思うと今でもぞっとする」
「あ、それは大丈夫!行けると思って落ちたから、全然大丈夫だよ。そんなに気にしなくても平気、俺は死なない!」
そう言うとシャノンがプッと吹き出した。
「参ったな……。お前は本当に強いよ。初めて日本で会ったときもそうだったけど、お前には敵わないな」
肩に凭れたシャノンが頬を刷り寄せてきた。雷亜は緊張した。
「そ、そういえば、あの時、何で日本に居たの?」
「両親が死んで叔父夫婦の元に預けらたんだけど、叔父の仕事に付いていく形で日本に来たんだ。でも、よりによって海沿いに住むことになっちまって……それで、波の音を聞くと両親が呼んでいるような気がして、あの日、海の中に入ったんだ」
その気持ちは雷亜にもよく分かる。あの時、雷亜だってシャノンに出会わなかったらそうしてたはずだ。
「分かるよ、それ……。俺もあの時、母親が死んだばかりで、俺も後を追いたいって思っていたから……。そしたら、目の前にシャノンが居て、助けなきゃって思ったら、急に生きる気力が湧いた」
「なんだそれ?」
シャノンの紫の瞳が興味深げに輝いた。
「よく分からないけど、急に力が湧いてきたんだ。目の前のこの子を死なせてはならないって、それで必死になって出てきた言葉が〝愛している〝だった」
雷亜は頬を染めて下を向いた。あの頃は言葉が通じないと思って必死に言った言葉だけど、今は違う。そうなると、まともに面と向かって言える言葉ではなかった。しかも、シャノンがこちらをずっと見ているのだ。恥ずかしさと緊張感で雷亜の鼓動は祭りの太鼓以上に煩く轟いていた。
「今は?」
シャノンが起き上がり、雷亜の耳元に顔を寄せ囁いた。
「──え?!……あ、いま?……今、今……今は……」
言い淀んでいると、突然、襟首を掴まれ乱暴に正面を向かされた。目と鼻の先で美しい紫水晶の瞳と目が合う。
攻撃的で妖しい焔が立つような輝きに当てられると、全身が石になったかのように動けない。
柳眉な眉を片方だけ上げて、シャノンは苛立たしげに言った。
「──そこ、はっきりしておけよ!」
「あ、は、はい!わかりました!言います!言います!!はっきり言います!!」
「ほら、じゃあ早く言え!」
早く言えって……これじゃあ、最初の羞恥によるドキドキなのか恐怖によるドキドキなのかさっぱり分からないよ……と、言いたかったけど、口が開かない。
「ほら、早く!はっきり言うんだろ?」
いつの間にか雷亜はソファーの上に押し倒されていた。
「さあ、早く言ってみろよ」
唇にシャノンの熱い吐息を感じる。
こんな近くに寄られたら、恐怖によるドキドキなんかあっという間に潮のように退いてしまい、後に残ったのは甘い疼きだけだった。
「こんなの卑怯だよ……」
「何が?」
唇が数センチ触れるか触れないかの距離のまま、シャノンは雷亜のシャツのボタンに手を掛けた。
「どうしたって言っちゃうじゃん。この状況じゃあ」
「嫌なら抵抗しろよ。お前なら出来るだろ?」
「う、うん……まあ……」
「じゃあ、それが答えだな」
言った途端、唇が重なった。
その痛みを想像すると、胸の奥が苦しい。
今だって、どこか遠くを見つめ、心ここに在らずといった寂しげな横顔をしている。きっとシャノンの心の傷は未だに癒えてはいないんだ。
雷亜はシャノンの手をきつく握った。
(──俺が居るから、どんな時でも俺が側に居るし、シャノンの味方でいるから……)
そう心の中で強く念じた。すると、シャノンがか細い声でぽつりと呟いた。
「──俺の両親は、海で亡くなったんだ」
「──え?!」
息を止めて、静かに目を閉じたシャノンの横顔を凝視する。
「餓鬼の頃、本当は俺も両親と一緒に死ぬはずだったんだ」
「ど、どういうこと?」
「無理心中さ。親が事業に失敗して、それどころか不正に金を搾取したとして、犯罪者呼ばわりされた。夜逃げ同然で逃げ出したがプライドの高い両親にはそれが耐えきれなかったんだろう。ある時、俺を無理矢理車に押し込んでそのまま海にタイブした。俺は恐ろしくなって沈んで行く車の窓から慌てて抜け出した。そして、海水を飲みながらも必死に泳いで、ふと、後ろを振り返ると両親の乗った車はどんどん海に沈んでいった」
雷亜は黙ってシャノンを見つめていた。
砂浜に描いた家族の絵を見て、シャノンが首を振り、その場で泣き崩れた姿を思い出した。 あの時、既に両親は亡くなっていたのだ。
「今でもその時の画像が頭から離れない。車が次第に沈んで行く中、こちらを見つめる母の怒っているのか悲しんでいるのか分からない、どっちとも取れるような複雑な表情が俺の心に張り付いていて、自分があの時、どうしたら良かったのか、今でも心が揺れるんだ。──俺は両親と共に死んだ方が良かったんじゃないかって……、車から飛び出した時点で、俺は両親を裏切ったんだ。最後に見た、母親の表情がそう言っているように見えた。だから、俺は……人の期待を裏切ってしまった時の、相手の顔を見るのがすごく嫌で……、結局、今日までがむしゃらに生きてきたような気がする」
シャノンの告白を聞いて、雷亜はアメリカでシャノンに出会った時の彼の様子を思い出した。
確かに自分のイメージが下がることを強迫的に恐れていた気がする。
勝ち負けに拘るのも、人の期待を裏切らないためのものだったのか?だとしたら、今日の勝負は──?
「シャノンとしては、今日の結果で良かったの?」
雷亜が問いかけると、シャノンはこちらを向いて穏やかに笑った。
「ああ。お陰で憑き物が取れたような気がする。まあ、その前にお前が橋桁から落下した時が一番衝撃的だったけどな。自分の下らない拘りによって、お前があそこから落ちて死んだらと思うと今でもぞっとする」
「あ、それは大丈夫!行けると思って落ちたから、全然大丈夫だよ。そんなに気にしなくても平気、俺は死なない!」
そう言うとシャノンがプッと吹き出した。
「参ったな……。お前は本当に強いよ。初めて日本で会ったときもそうだったけど、お前には敵わないな」
肩に凭れたシャノンが頬を刷り寄せてきた。雷亜は緊張した。
「そ、そういえば、あの時、何で日本に居たの?」
「両親が死んで叔父夫婦の元に預けらたんだけど、叔父の仕事に付いていく形で日本に来たんだ。でも、よりによって海沿いに住むことになっちまって……それで、波の音を聞くと両親が呼んでいるような気がして、あの日、海の中に入ったんだ」
その気持ちは雷亜にもよく分かる。あの時、雷亜だってシャノンに出会わなかったらそうしてたはずだ。
「分かるよ、それ……。俺もあの時、母親が死んだばかりで、俺も後を追いたいって思っていたから……。そしたら、目の前にシャノンが居て、助けなきゃって思ったら、急に生きる気力が湧いた」
「なんだそれ?」
シャノンの紫の瞳が興味深げに輝いた。
「よく分からないけど、急に力が湧いてきたんだ。目の前のこの子を死なせてはならないって、それで必死になって出てきた言葉が〝愛している〝だった」
雷亜は頬を染めて下を向いた。あの頃は言葉が通じないと思って必死に言った言葉だけど、今は違う。そうなると、まともに面と向かって言える言葉ではなかった。しかも、シャノンがこちらをずっと見ているのだ。恥ずかしさと緊張感で雷亜の鼓動は祭りの太鼓以上に煩く轟いていた。
「今は?」
シャノンが起き上がり、雷亜の耳元に顔を寄せ囁いた。
「──え?!……あ、いま?……今、今……今は……」
言い淀んでいると、突然、襟首を掴まれ乱暴に正面を向かされた。目と鼻の先で美しい紫水晶の瞳と目が合う。
攻撃的で妖しい焔が立つような輝きに当てられると、全身が石になったかのように動けない。
柳眉な眉を片方だけ上げて、シャノンは苛立たしげに言った。
「──そこ、はっきりしておけよ!」
「あ、は、はい!わかりました!言います!言います!!はっきり言います!!」
「ほら、じゃあ早く言え!」
早く言えって……これじゃあ、最初の羞恥によるドキドキなのか恐怖によるドキドキなのかさっぱり分からないよ……と、言いたかったけど、口が開かない。
「ほら、早く!はっきり言うんだろ?」
いつの間にか雷亜はソファーの上に押し倒されていた。
「さあ、早く言ってみろよ」
唇にシャノンの熱い吐息を感じる。
こんな近くに寄られたら、恐怖によるドキドキなんかあっという間に潮のように退いてしまい、後に残ったのは甘い疼きだけだった。
「こんなの卑怯だよ……」
「何が?」
唇が数センチ触れるか触れないかの距離のまま、シャノンは雷亜のシャツのボタンに手を掛けた。
「どうしたって言っちゃうじゃん。この状況じゃあ」
「嫌なら抵抗しろよ。お前なら出来るだろ?」
「う、うん……まあ……」
「じゃあ、それが答えだな」
言った途端、唇が重なった。
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