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奏閻が泣きながら羅遠家を飛び出してから暫く経った頃、まだ薄闇の残る早朝に龍一が傷付いた少女を抱いて帰って来た。
「お帰り」
目を細め、笑顔で迎える紅砂に龍一はギロリと睨みつけた。
「お帰りじゃない。一体どういう事なのか全て話してもらうぞ」
「分かってる、それよりも、そちらは……? 緊急の手当てが必要だな……」
紅砂は声を落とし、静かに寝息を立てている両腕の失なわれた少女に視線を移していた。
切断された腕の切り口には、父・奏閻が所持していた止血用フィルムが貼り付けてあった。
フランスからどうやってここまで連れて来たのか、奏閻の手によるものなのは明らかであったが、当の奏閻と紅砂は決別したばかりだから何の事情も聞けない。
「……龍一、一先ずお前だけ母屋に戻れ、彼女はこっちで治療する」
「分かった……。だが、これだけは言っておくぞ!俺はあんたの全てを信じてこれからも従うとは限らないからな」
龍一の言葉に紅砂は静かに頷く。
「好きにすればいい……。羅遠家で僕のやるべき事はもう終わった。そのうち当主の座をお前に返すよ、ご苦労だったな」
紅砂はそう言い残すと両手を失った少女、ジーナを抱き上げ子島に向かって飛んで行った。
子島にある社は古い家屋でありながらも十分手入れが行き届いた清潔感のある建物であった。正面からみるとこじんまりとした佇まいだが、入ってみると奥行きがあり、中は暗い。人工的な明かりは全くなく、部屋を照らす明かりは専ら家屋の中央に作られた壷庭からの光に頼っている。
紅砂は壷庭に面した廊下を左に向かい、6畳の和室に布団を敷いた。
海を越えてやってきた両腕のない少女・ジーナをそっと布団に寝かせる。
ジーナの目がゆっくりと開かれた。
色白だが、髪は黒く顔立ちも西洋人とは異なり、それほど派手な印象はない。小柄であどけなさを残した顔立ちは年齢以上に彼女を幼くみせていた。
『気づかれましたか? 僕は羅閻と申します。あなたの腕にこのフィルムを貼った3歳くらいの子の息子です』
紅砂は彼女の母国、フランス語で話しかけた。
3歳くらいの子の息子という奇妙な自己紹介に疑問を持つような思考は、今の彼女に備わっていなかった。
『……テラ……』
彼女の頭の中は、アドリエンによって舐り殺しにされる我が子の事しかない。
『あなたの腕の傷口を確実に塞ぎます。少々おかしな気分になるかと思いますが、それは幻想です。どうかそれに囚われないようにお気をつけ下さい』
紅砂があらかじめそう断ると、彼女の腕に貼ってあったフィルムをそっと剥がし傷口に吸い付いた。
ゆっくりと舌で舐め上げ傷口を捏ねると細胞が活性化し、次第に皮膚の再生が促された。
紅砂が反対側の腕の治療も終え、ジーナから離れると、やっと彼女も息を付き意識を取り戻した。
『あなたも……ヴァンパイア?』
『ええ。後ほどあなたをフランスへ帰らせてあげますから、安全が確認できるまで、日本に居なさい』
『……え、日本?』
『此処は日本です。とりあえず今はゆっくりお休みなさい。食事もこちらで準備しますから……』
そう言って、紅砂はジーナに布団を掛け障子を閉めた。
ジーナは見慣れぬ異国の部屋に一人取り残されると、胸に残る闇が無性に重く切なかった。
「お帰り」
目を細め、笑顔で迎える紅砂に龍一はギロリと睨みつけた。
「お帰りじゃない。一体どういう事なのか全て話してもらうぞ」
「分かってる、それよりも、そちらは……? 緊急の手当てが必要だな……」
紅砂は声を落とし、静かに寝息を立てている両腕の失なわれた少女に視線を移していた。
切断された腕の切り口には、父・奏閻が所持していた止血用フィルムが貼り付けてあった。
フランスからどうやってここまで連れて来たのか、奏閻の手によるものなのは明らかであったが、当の奏閻と紅砂は決別したばかりだから何の事情も聞けない。
「……龍一、一先ずお前だけ母屋に戻れ、彼女はこっちで治療する」
「分かった……。だが、これだけは言っておくぞ!俺はあんたの全てを信じてこれからも従うとは限らないからな」
龍一の言葉に紅砂は静かに頷く。
「好きにすればいい……。羅遠家で僕のやるべき事はもう終わった。そのうち当主の座をお前に返すよ、ご苦労だったな」
紅砂はそう言い残すと両手を失った少女、ジーナを抱き上げ子島に向かって飛んで行った。
子島にある社は古い家屋でありながらも十分手入れが行き届いた清潔感のある建物であった。正面からみるとこじんまりとした佇まいだが、入ってみると奥行きがあり、中は暗い。人工的な明かりは全くなく、部屋を照らす明かりは専ら家屋の中央に作られた壷庭からの光に頼っている。
紅砂は壷庭に面した廊下を左に向かい、6畳の和室に布団を敷いた。
海を越えてやってきた両腕のない少女・ジーナをそっと布団に寝かせる。
ジーナの目がゆっくりと開かれた。
色白だが、髪は黒く顔立ちも西洋人とは異なり、それほど派手な印象はない。小柄であどけなさを残した顔立ちは年齢以上に彼女を幼くみせていた。
『気づかれましたか? 僕は羅閻と申します。あなたの腕にこのフィルムを貼った3歳くらいの子の息子です』
紅砂は彼女の母国、フランス語で話しかけた。
3歳くらいの子の息子という奇妙な自己紹介に疑問を持つような思考は、今の彼女に備わっていなかった。
『……テラ……』
彼女の頭の中は、アドリエンによって舐り殺しにされる我が子の事しかない。
『あなたの腕の傷口を確実に塞ぎます。少々おかしな気分になるかと思いますが、それは幻想です。どうかそれに囚われないようにお気をつけ下さい』
紅砂があらかじめそう断ると、彼女の腕に貼ってあったフィルムをそっと剥がし傷口に吸い付いた。
ゆっくりと舌で舐め上げ傷口を捏ねると細胞が活性化し、次第に皮膚の再生が促された。
紅砂が反対側の腕の治療も終え、ジーナから離れると、やっと彼女も息を付き意識を取り戻した。
『あなたも……ヴァンパイア?』
『ええ。後ほどあなたをフランスへ帰らせてあげますから、安全が確認できるまで、日本に居なさい』
『……え、日本?』
『此処は日本です。とりあえず今はゆっくりお休みなさい。食事もこちらで準備しますから……』
そう言って、紅砂はジーナに布団を掛け障子を閉めた。
ジーナは見慣れぬ異国の部屋に一人取り残されると、胸に残る闇が無性に重く切なかった。
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