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「思ったより短く切りましたね」
紅砂が、帰って来た瀬菜を見るなり面白そうに言った。
「……誰のせいでしょうね~」
と、ばっさりとショートボブに変貌した瀬菜が嫌みったらしく言う。
紅砂は悪ぶれた様子も無く、
「四鵬でしょう」
その態度に瀬菜は激怒しながら、
「違うでしょう!四鵬の時は、まだこの辺だったわよ。これは、あなたのせいでしょう!」
と、攻め立てる。
「違いますよ。この辺が僕で、短く切ったほうが四鵬です」
「白を切るなー!!美容院代請求してやるー!!」
「分かりましたよ、後で支払います。……それより、島の様子は如何でしたか?」
瀬菜は真剣な眼差しに変り、
「ほとんどの男性が夢心地で朝から活動できないようで、女の人達がてんてこ舞いでしたよ。特にひどかったのが、中・高生の男子生徒。その辺がほぼ全滅。他の年齢にはばらつきがあったかな?」
瀬菜の報告に紅砂は頷き、
「なるほど……。あいつ……昔と好みは変らないようだな」
と呟いた。
「へ?」
「それより四鵬に憑いた結鬼を捕らえましたよ。見に行きます?」
と言った。
「え?!もう!!」
瀬菜は驚いた。二つ返事で見せてくれ!と頼む。
「じゃあ、連いて来て……」
と言って、羅遠家を後にした。
紅砂は羅遠家の裏山深くに入って行った。
ひんやりとした空気が、異世界に侵入した気持ちにさせられる。森の一本道を紅砂は軽やかに進んで行く。
しばらくすると洞窟が見え、その前に小さな祠があった。
祠の前にはたくさんのお供え物が置いてある。しかし、そのお供えには妙な違和感があった。
こういうところのお供えというと、頭に思い浮かぶのは、握り飯とか果物とか野菜……そんなものが適当だと思うのだが、ここに供えてあるものはというと、都心にある某有名洋菓子店の包みだとか、生クリーム入り芋大福、何故か松坂牛まであるった。
「何…?このお供えもの……妙に高級嗜好なんですけど……」
瀬菜が茫然と立っていると、紅砂がお供え品をかき集め、
「半分持って下さい」
と言った。
「ちょっと、あんたこれ、勝手に持って行っていいの?神様に対するお供えでしょ!罰が当たるわよ!」
「いいんですよ。これ全部、僕宛だから……」
「へ?」
きょとんとする瀬菜に、にこりと微笑みながら話し始めた。
「たまにね……島の方々とお茶を飲むんです。皆さんそのお茶会に色々と美味しいものを持って来て、皆で頂くんです。そこで僕が、『これは美味い!こんな美味しいもの……きっと羅閻様も食べたいだろうな~』と呟くと、皆さん此処に置いて行ってくれるのです。……ありがたいですよね」
と、ほくほくと嬉しそうにお土産……もとい!お供えを両手に持っている。
(せこい!……神、自らお供えの指定をしていいのか……!?)
「羅閻様ねえ~。つまり、それってあなたでしょ?」
「分かります?」
「せこい神様だという事がよく分かりました」
そう言うと紅砂はクスクス笑って、
「美味しいものは美味しいのでつい……、でもこの島の方は皆、優しいですよね。そんな図々しい神様でも大事にしてくれます」
瀬菜は紅砂の言葉に沈黙してしまった。
──どんな神でも……、どんな人でも……、どんなモノでも……、
──大切に思う気持ちこそ、真に大切な事だ。
紅砂の顔を見る。美容室で会ったあのお婆さんと同じ信頼と親愛に満ちた笑顔を浮かべている。
(同じ……気持ちだから、バランスがいいのか……)
「島の人達の事……好き?」
彼の顔を覗きこみながら訊く。
「ええ……とっても」
そう答える紅砂の顔を見ていると、なんだか瀬菜までこの島に移り住みたくなってしまう。田舎は大嫌いなはずだったのに妙な感じだった。
穏やかで優しげな紅砂の横顔を見ているうちに、自分の事も同じように言ってもらいたくて、瀬菜は同じように訊いてみた。
「瀬菜ちゃんの事……好き?」
と言った途端、紅砂の眉間にしわが寄る。
「……」
──無言。
洞窟から風が吹きすさぶ。
潮騒の音と、海の香が満ちて来る。
「さあ、行きましょうか。この先は本来禁域ですが、あなたからは一方的に血を頂きましたし、これといった持て成しも出来ませんがどうぞ」
そう言って紅砂は両手にお供え物を持ちながら先に進んで行った。
「ちょっと待ってよー!何でさっきと同じような感じで答えてくれないのよ~、ばかぁー!!」
洞窟から吹いてくる風は、さっきまでいた島の風とは違いひどく冷たい。
急激に冬がやってきたような寒さだ。
「上着でも持ってくれば良かったですね。寒いでしょう」
「ええ…マジで寒い……。本当にここは南の島?」
瀬菜は歯をガチガチ言わせ薄暗い洞窟内を歩きながら言った。
「すいませんがもう少し辛抱して下さい。社の中に入れば温かいですから……」
前方に光が見えてくると、急に視界が開け一面の大海原が広がった。
「うわぁぁぁーー!綺麗~~!!」
瀬菜は思わず感嘆の声を漏らす。
自然とはそのままの姿を人に晒し、魅了する。
海の青と空の青、散り行く紅葉の朱と大きな楠の葉の緑。
前方に蛇行するように伸びる砂州の砂浜。
瀬菜は大きく息を吸い込み、この雄大な自然の香、美しさを満喫した。
そんな瀬菜をしばらく黙って見つめていた紅砂だったが、
「刈谷さん、……飛べます?」
と訊いた。
「飛ぶ?」
意味が分からず聞き返すと、紅砂が下を指差した。
目の前には50mの断崖絶壁。
見た瞬間、眼を回した。
「飛べるわけないでしょ──!何メートルあるのよ!これ──!!」
「なんか色々小道具がお在りなので、可能かと思ったのですが、やっぱり無理ですか?」
「当たり前でしょう!!この高さは死にます!!」
「そう……じゃあ仕方がないですね」
と言って、紅砂は面倒臭そうにお供え物をその場に置くと瀬菜に手を差し伸べた。
「風を呼びますから、僕と一緒に……」
「へ?」
「いいから、手を」
「はい」
と言って、手を取ると紅砂が大きく右手を振りかぶった。
生暖かい質量の重そうな風がやってくる──と同時に紅砂は断崖絶壁から身を投じた。
もちろん瀬菜も一緒にだ。
「きゃぁぁぁ──!!」
思わず悲鳴を上げる。
驚いた事にふんわりと宙に浮きながら前方に見える小さな島へと進んで行くではないか!
「何?何?なんで飛べるの?」
「結鬼は特別な風を呼んで飛べるのです。あなたも島に来たときに飛んでいる結鬼をみたでしょう」
「ちょっと待って、でもあれは霊体、私達は実体──!!」
「霊体より肉体を持つ結鬼のほうが特殊能力があります。これは当然の能力ですよ」
「あ~そう」
毎度の事ながら、彼と話していると常識も非常識もないような気がする。
「さあ、もう社が見えてきた。……あの、社に入ったら一つお願いしてもいいですか?」
「な、なんですか!?今度は?」
この人のお願いは、確かにお願いしているけれど、結果的にお願いじゃなく強制になるから怖い。
「大したことじゃありませんよ。話しついでにお手伝いして頂ければありがたいです」
「はあ~……」
社の中に入ると地下道を抜け、ただ土をくり貫いただけのような空間に出た。
そこには寝台が二つあり、ひとつには四鵬が寝かされていた。
「し……四鵬!どうして四鵬がここに居るの?どうしたの、彼?」
「邪魔をするので、眠らせておいた」
もう一つには、瀬菜が島に来てすぐに見かけた綺麗な女の結鬼が白い膜に覆われている。
膜は寝台の壁際、前後に飾られた阿吽の鬼面のような口から吐き出されている。
(これは一体なんなのだろう……?)
瀬菜の疑問を感じ取ったものか紅砂が、
「これはもしもの場合に封じるためのまじないです」
「何で出来てるの?」
「僕はこの仕組みについてよくは分からないのです。これは父さんの技術ですから……」
「あ、あなたのお父さんって、今はどうしているの?」
「今は龍一の所に行ってもらいました。……あんなのでも居るのと居ないのとでは違うと思いますので……」
と苦笑いを浮かべながら言った。
瀬菜がさらに父親について問いかけようとしたら、慌てたように崖の上に置いてきた品物を取って来ると言って、逃げるように出て行った。
「なんなのよ……もう!」
紅砂が戻ってくると早速、島の方々から頂いたお菓子とお茶を用意し、そろそろ四鵬の目も覚まさせるか……という事になった。
紅砂は四鵬が眠る寝台に上がると、四鵬の上体を起こし背に膝を当て喝を入れた。
四鵬が眼を覚まし、つつつ…、と呻き出した。
「おはよう……」
と言って紅砂が声をかけると、四鵬の左手が空を切る。
紅砂は軽くかわし、その左手を右にはじきながら素早く右足を旋回させ、四鵬の首に絡みつけた。
四鵬はそのまま紅砂の右足に押さえられた形でまた寝台へと押さえつけられた。
「あのさ……、お前はもう少し人の話しを聞くっていう忍耐を身に付けろよ。小学生の頃から通知表にそう書かれてただろう。いい加減、成長しなさい」
「なんで、てめぇーがそんな事まで知ってるんだ!!」
「僕はずっとこの島でお前達を見ていたからね」
「てめぇーは一体何者だ?!」
「羅閻……」
「あぁ?!何言ってるんだてめぇ!羅遠家のもんじゃねえだろ?お前は?!」
「だから、羅遠じゃなく、羅閻だ。『えん』は閻魔の『閻』」
「は?」
四鵬は唖然とした。
「そうなんだって……、この人が島の人達が崇めている『羅閻様』なんだって」
瀬菜が間に入った。
「な、なんでお前が知ってるんだよ……。此処は何処だ?」
と言ってようやくあたりをキョロキョロ見回した。
「此処は子島の社の地下だ」
紅砂が言うと、は?眉を寄せ、紅砂の背後に居る白閻の姿を見つけた。
「白閻!!──てめぇ!白閻をどうするつもりだ!」
そう言って寝台から下りるなり、紅砂の襟首を掴んだ。まったく荒々しいったらない。紅砂は素早く下から四鵬の喉を掴むと、寝台にまた押し倒し上から覆いかぶさる。瞬時に瞳を真紅に染めると四鵬の髪を掴み、強引に首を仰け反らせ、頚動脈のある位置に牙を押し付ける。
「黙って話しを聞け!!聞けないのなら、このままお前の血を吸って自由意志を奪うが、──どちらがいい?」
紅砂の吐息が四鵬の首筋に当たる。
「……わ、分かった……分かったから、離れろ!」
紅砂はゆっくり四鵬から離れると、
「話しを聞くだけ聞け、その後で気に入らない事があればいつでも相手になるから……」
と、穏やかに言った。
紅砂が離れると四鵬は何も言わず、今度は紅砂の背後の壁に架けてある二つの面を見てぞっとしたように青ざめた。
「あの面が何か……?」
「い、いや……なんでもない」
「そういえば、あれと同じ面が羅遠家にも有った筈だけど、僕が羅遠に来たときはなかったな……」
「……」
四鵬が無言で蒼白となった顔を顰める。紅砂はそんな四鵬の様子を気にかけながら、
「とりあえず、お茶にでもしよう。これ……、東京で有名な洋菓子店のザッハトルテと埼玉の名和菓子店の芋大福……、どっちがいい?」
と、二つを四鵬の目の前に差し出した。
四鵬は片方の眉を吊り上げ、しばらく不信な顔をしていたが喉を鳴らすと
「二つともよこせ!」
と言って、二つとも頬張った。
もごもごやっている四鵬を見ながら
「食べたな……、四鵬……」
と言って紅砂は眼を輝かせた。
今度は何を……企んで……
四鵬の背筋に冷たいものが走った。紅砂は穏やかににっこりと微笑むと、
「これを食べたらねえ、手伝ってもらわなくちゃいけないなあ」
と思わせぶりに言った。
そして、奥の壁際に架かっている布を外すと中から大量の籠に入った柿の実が出してきた。
四鵬と瀬菜にナイフを渡し、紅砂もナイフを手に取り眼前に翳して、
「柿剥き……手伝ってくれる?」
と言った。
四鵬と瀬菜は、二人揃って茫然と
「……は?」
と言う事しか出来なかった。
紅砂が、帰って来た瀬菜を見るなり面白そうに言った。
「……誰のせいでしょうね~」
と、ばっさりとショートボブに変貌した瀬菜が嫌みったらしく言う。
紅砂は悪ぶれた様子も無く、
「四鵬でしょう」
その態度に瀬菜は激怒しながら、
「違うでしょう!四鵬の時は、まだこの辺だったわよ。これは、あなたのせいでしょう!」
と、攻め立てる。
「違いますよ。この辺が僕で、短く切ったほうが四鵬です」
「白を切るなー!!美容院代請求してやるー!!」
「分かりましたよ、後で支払います。……それより、島の様子は如何でしたか?」
瀬菜は真剣な眼差しに変り、
「ほとんどの男性が夢心地で朝から活動できないようで、女の人達がてんてこ舞いでしたよ。特にひどかったのが、中・高生の男子生徒。その辺がほぼ全滅。他の年齢にはばらつきがあったかな?」
瀬菜の報告に紅砂は頷き、
「なるほど……。あいつ……昔と好みは変らないようだな」
と呟いた。
「へ?」
「それより四鵬に憑いた結鬼を捕らえましたよ。見に行きます?」
と言った。
「え?!もう!!」
瀬菜は驚いた。二つ返事で見せてくれ!と頼む。
「じゃあ、連いて来て……」
と言って、羅遠家を後にした。
紅砂は羅遠家の裏山深くに入って行った。
ひんやりとした空気が、異世界に侵入した気持ちにさせられる。森の一本道を紅砂は軽やかに進んで行く。
しばらくすると洞窟が見え、その前に小さな祠があった。
祠の前にはたくさんのお供え物が置いてある。しかし、そのお供えには妙な違和感があった。
こういうところのお供えというと、頭に思い浮かぶのは、握り飯とか果物とか野菜……そんなものが適当だと思うのだが、ここに供えてあるものはというと、都心にある某有名洋菓子店の包みだとか、生クリーム入り芋大福、何故か松坂牛まであるった。
「何…?このお供えもの……妙に高級嗜好なんですけど……」
瀬菜が茫然と立っていると、紅砂がお供え品をかき集め、
「半分持って下さい」
と言った。
「ちょっと、あんたこれ、勝手に持って行っていいの?神様に対するお供えでしょ!罰が当たるわよ!」
「いいんですよ。これ全部、僕宛だから……」
「へ?」
きょとんとする瀬菜に、にこりと微笑みながら話し始めた。
「たまにね……島の方々とお茶を飲むんです。皆さんそのお茶会に色々と美味しいものを持って来て、皆で頂くんです。そこで僕が、『これは美味い!こんな美味しいもの……きっと羅閻様も食べたいだろうな~』と呟くと、皆さん此処に置いて行ってくれるのです。……ありがたいですよね」
と、ほくほくと嬉しそうにお土産……もとい!お供えを両手に持っている。
(せこい!……神、自らお供えの指定をしていいのか……!?)
「羅閻様ねえ~。つまり、それってあなたでしょ?」
「分かります?」
「せこい神様だという事がよく分かりました」
そう言うと紅砂はクスクス笑って、
「美味しいものは美味しいのでつい……、でもこの島の方は皆、優しいですよね。そんな図々しい神様でも大事にしてくれます」
瀬菜は紅砂の言葉に沈黙してしまった。
──どんな神でも……、どんな人でも……、どんなモノでも……、
──大切に思う気持ちこそ、真に大切な事だ。
紅砂の顔を見る。美容室で会ったあのお婆さんと同じ信頼と親愛に満ちた笑顔を浮かべている。
(同じ……気持ちだから、バランスがいいのか……)
「島の人達の事……好き?」
彼の顔を覗きこみながら訊く。
「ええ……とっても」
そう答える紅砂の顔を見ていると、なんだか瀬菜までこの島に移り住みたくなってしまう。田舎は大嫌いなはずだったのに妙な感じだった。
穏やかで優しげな紅砂の横顔を見ているうちに、自分の事も同じように言ってもらいたくて、瀬菜は同じように訊いてみた。
「瀬菜ちゃんの事……好き?」
と言った途端、紅砂の眉間にしわが寄る。
「……」
──無言。
洞窟から風が吹きすさぶ。
潮騒の音と、海の香が満ちて来る。
「さあ、行きましょうか。この先は本来禁域ですが、あなたからは一方的に血を頂きましたし、これといった持て成しも出来ませんがどうぞ」
そう言って紅砂は両手にお供え物を持ちながら先に進んで行った。
「ちょっと待ってよー!何でさっきと同じような感じで答えてくれないのよ~、ばかぁー!!」
洞窟から吹いてくる風は、さっきまでいた島の風とは違いひどく冷たい。
急激に冬がやってきたような寒さだ。
「上着でも持ってくれば良かったですね。寒いでしょう」
「ええ…マジで寒い……。本当にここは南の島?」
瀬菜は歯をガチガチ言わせ薄暗い洞窟内を歩きながら言った。
「すいませんがもう少し辛抱して下さい。社の中に入れば温かいですから……」
前方に光が見えてくると、急に視界が開け一面の大海原が広がった。
「うわぁぁぁーー!綺麗~~!!」
瀬菜は思わず感嘆の声を漏らす。
自然とはそのままの姿を人に晒し、魅了する。
海の青と空の青、散り行く紅葉の朱と大きな楠の葉の緑。
前方に蛇行するように伸びる砂州の砂浜。
瀬菜は大きく息を吸い込み、この雄大な自然の香、美しさを満喫した。
そんな瀬菜をしばらく黙って見つめていた紅砂だったが、
「刈谷さん、……飛べます?」
と訊いた。
「飛ぶ?」
意味が分からず聞き返すと、紅砂が下を指差した。
目の前には50mの断崖絶壁。
見た瞬間、眼を回した。
「飛べるわけないでしょ──!何メートルあるのよ!これ──!!」
「なんか色々小道具がお在りなので、可能かと思ったのですが、やっぱり無理ですか?」
「当たり前でしょう!!この高さは死にます!!」
「そう……じゃあ仕方がないですね」
と言って、紅砂は面倒臭そうにお供え物をその場に置くと瀬菜に手を差し伸べた。
「風を呼びますから、僕と一緒に……」
「へ?」
「いいから、手を」
「はい」
と言って、手を取ると紅砂が大きく右手を振りかぶった。
生暖かい質量の重そうな風がやってくる──と同時に紅砂は断崖絶壁から身を投じた。
もちろん瀬菜も一緒にだ。
「きゃぁぁぁ──!!」
思わず悲鳴を上げる。
驚いた事にふんわりと宙に浮きながら前方に見える小さな島へと進んで行くではないか!
「何?何?なんで飛べるの?」
「結鬼は特別な風を呼んで飛べるのです。あなたも島に来たときに飛んでいる結鬼をみたでしょう」
「ちょっと待って、でもあれは霊体、私達は実体──!!」
「霊体より肉体を持つ結鬼のほうが特殊能力があります。これは当然の能力ですよ」
「あ~そう」
毎度の事ながら、彼と話していると常識も非常識もないような気がする。
「さあ、もう社が見えてきた。……あの、社に入ったら一つお願いしてもいいですか?」
「な、なんですか!?今度は?」
この人のお願いは、確かにお願いしているけれど、結果的にお願いじゃなく強制になるから怖い。
「大したことじゃありませんよ。話しついでにお手伝いして頂ければありがたいです」
「はあ~……」
社の中に入ると地下道を抜け、ただ土をくり貫いただけのような空間に出た。
そこには寝台が二つあり、ひとつには四鵬が寝かされていた。
「し……四鵬!どうして四鵬がここに居るの?どうしたの、彼?」
「邪魔をするので、眠らせておいた」
もう一つには、瀬菜が島に来てすぐに見かけた綺麗な女の結鬼が白い膜に覆われている。
膜は寝台の壁際、前後に飾られた阿吽の鬼面のような口から吐き出されている。
(これは一体なんなのだろう……?)
瀬菜の疑問を感じ取ったものか紅砂が、
「これはもしもの場合に封じるためのまじないです」
「何で出来てるの?」
「僕はこの仕組みについてよくは分からないのです。これは父さんの技術ですから……」
「あ、あなたのお父さんって、今はどうしているの?」
「今は龍一の所に行ってもらいました。……あんなのでも居るのと居ないのとでは違うと思いますので……」
と苦笑いを浮かべながら言った。
瀬菜がさらに父親について問いかけようとしたら、慌てたように崖の上に置いてきた品物を取って来ると言って、逃げるように出て行った。
「なんなのよ……もう!」
紅砂が戻ってくると早速、島の方々から頂いたお菓子とお茶を用意し、そろそろ四鵬の目も覚まさせるか……という事になった。
紅砂は四鵬が眠る寝台に上がると、四鵬の上体を起こし背に膝を当て喝を入れた。
四鵬が眼を覚まし、つつつ…、と呻き出した。
「おはよう……」
と言って紅砂が声をかけると、四鵬の左手が空を切る。
紅砂は軽くかわし、その左手を右にはじきながら素早く右足を旋回させ、四鵬の首に絡みつけた。
四鵬はそのまま紅砂の右足に押さえられた形でまた寝台へと押さえつけられた。
「あのさ……、お前はもう少し人の話しを聞くっていう忍耐を身に付けろよ。小学生の頃から通知表にそう書かれてただろう。いい加減、成長しなさい」
「なんで、てめぇーがそんな事まで知ってるんだ!!」
「僕はずっとこの島でお前達を見ていたからね」
「てめぇーは一体何者だ?!」
「羅閻……」
「あぁ?!何言ってるんだてめぇ!羅遠家のもんじゃねえだろ?お前は?!」
「だから、羅遠じゃなく、羅閻だ。『えん』は閻魔の『閻』」
「は?」
四鵬は唖然とした。
「そうなんだって……、この人が島の人達が崇めている『羅閻様』なんだって」
瀬菜が間に入った。
「な、なんでお前が知ってるんだよ……。此処は何処だ?」
と言ってようやくあたりをキョロキョロ見回した。
「此処は子島の社の地下だ」
紅砂が言うと、は?眉を寄せ、紅砂の背後に居る白閻の姿を見つけた。
「白閻!!──てめぇ!白閻をどうするつもりだ!」
そう言って寝台から下りるなり、紅砂の襟首を掴んだ。まったく荒々しいったらない。紅砂は素早く下から四鵬の喉を掴むと、寝台にまた押し倒し上から覆いかぶさる。瞬時に瞳を真紅に染めると四鵬の髪を掴み、強引に首を仰け反らせ、頚動脈のある位置に牙を押し付ける。
「黙って話しを聞け!!聞けないのなら、このままお前の血を吸って自由意志を奪うが、──どちらがいい?」
紅砂の吐息が四鵬の首筋に当たる。
「……わ、分かった……分かったから、離れろ!」
紅砂はゆっくり四鵬から離れると、
「話しを聞くだけ聞け、その後で気に入らない事があればいつでも相手になるから……」
と、穏やかに言った。
紅砂が離れると四鵬は何も言わず、今度は紅砂の背後の壁に架けてある二つの面を見てぞっとしたように青ざめた。
「あの面が何か……?」
「い、いや……なんでもない」
「そういえば、あれと同じ面が羅遠家にも有った筈だけど、僕が羅遠に来たときはなかったな……」
「……」
四鵬が無言で蒼白となった顔を顰める。紅砂はそんな四鵬の様子を気にかけながら、
「とりあえず、お茶にでもしよう。これ……、東京で有名な洋菓子店のザッハトルテと埼玉の名和菓子店の芋大福……、どっちがいい?」
と、二つを四鵬の目の前に差し出した。
四鵬は片方の眉を吊り上げ、しばらく不信な顔をしていたが喉を鳴らすと
「二つともよこせ!」
と言って、二つとも頬張った。
もごもごやっている四鵬を見ながら
「食べたな……、四鵬……」
と言って紅砂は眼を輝かせた。
今度は何を……企んで……
四鵬の背筋に冷たいものが走った。紅砂は穏やかににっこりと微笑むと、
「これを食べたらねえ、手伝ってもらわなくちゃいけないなあ」
と思わせぶりに言った。
そして、奥の壁際に架かっている布を外すと中から大量の籠に入った柿の実が出してきた。
四鵬と瀬菜にナイフを渡し、紅砂もナイフを手に取り眼前に翳して、
「柿剥き……手伝ってくれる?」
と言った。
四鵬と瀬菜は、二人揃って茫然と
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と言う事しか出来なかった。
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