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冒険者令嬢はリリースを希望します
諦めたころに出会う事こそ運命だとは思わないだろうか(前)
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※レオカディオ視点
幼い頃から嫌というほど聞かされた話がある。
リヴァングストン王家に生まれた者は必ず一目惚れし、その愛に一途である、と。現に国王である父上も一目惚れで母上を妻に娶った。呪いではなく、そういう特質らしい。全く信用しない俺にいつも父上はいずれ分かるとそれだけ告げる。
けれど、いくら待っても俺は相手に巡り合うことはなかった。父上たちも巡り合えるようにと夜会や視察など様々なものを組み込んでくれたが、どれも意味のないもの。女性たちは一目惚れでなかろうといいのだろうね。一生懸命に俺の腕にたわわなものを押し付けたり、色香で誘おうとしていた。正直、うんざりなんだ。学園に入ってからもそれは変わらない。
ただ、友人と呼べる親しい奴は出来た。
ベルトラン・スティングラー。俺が王子だとわからずに声をかけてきた子爵令息。貧乏貴族だというのを聞いていたけど、顔も整っているし、何よりそこらの令息たちよりも体は引き締まっていた。聞けば、自分の趣味のために冒険者登録して魔獣などを狩ることがあるみたいでね。それは当然、全身を使うのだから引き締まるのもわかる。
「なぁ、本当に敬語とか気をつけなくていいのか?」
「あぁ、友人には使わないものなんだろう?」
「いや、うん、まぁ、そうなんだけどな」
ぽりぽりと頬を掻くベルトラン――ベルは俺が王子だとわかったから気を付けた方がいいんじゃないかと言い出した。本来なら、そうあるべきものだけど、俺はそれを望まない。ベルとは親しく話したい。何故だろうな、そう思う人などこれまでいなかったんだけど。
もしかして、ベルがと思って父上に相談したこともあったが、それはただの友愛だろう。自分にも経験があると告げられた。父上の場合も同じスティングラーの人間だったらしいが。そもそも、スティングラーの人間はそういう性質でもあるのかもしれないな。
日々が過ぎ、学園も卒業してもなお俺は出会うことはなかった。
流石に二十を越えると焦るものがある。王太子という立場上、妻という立場はいずれにしろ必要になってくる。誰かに選んでもらった方がいいかもしれないなと考えるようにすらなってきた。ベルには他人任せだなと苦笑いされたけど、特質をわかってくれるのか最後にはしょうがないかと言う。
「兄上、父上、ボクのお嫁さんです!!」
そう言って弟であるライネリオが連れてきたのは褐色肌のがたいのいい男性だった。年は父上と同じくらいだろうか。首には首輪のように一周した黒い痣がある。
「……ら、ライネリオ、本当に彼がそうなのか?」
「はい! 間違いないです! メルにあった瞬間、まるで雷に射たれたかのような衝撃がありました」
「うむ、そうか」
男性を連れてきたことに動揺した父上もライネリオにそうはっきりと言われてしまえば、反対しようがない。反対ができない。
相手が男性だとかには確かに驚いた。ただそれよりも、俺はショックが大きかった。八つも下の弟に先越されたんだ、当然だろう。
「ところで、いくつか質問してもよいか」
「はい」
メル――メルチョルは父上の質問に素直に答えていく。自分が戦争孤児であること、スティングラー家の領地で冒険者をやっていること、身元はスティングラー子爵が保証してくれるなど。
またスティングラー家か。とことん王家はスティングラー家と縁があるらしい。
「クレメンテ・スティングラー、か。スティングラーの入婿らしいが、元の家名を知っているか?」
「……お答えできません。クレム様のことは一切お答えできません」
「そうか。いやなに、行方知れずになった隣国の王太子も同じ名だったと思うてな」
「そうでしたか」
メルチョルの表情に変化はない。本来ならば、王太子の可能性に驚く、もしくは知っていて動揺するのどちらかに反応があるはずなのにね。逆に、であると言っているようなのだけど、敢えてなのかな。そうか、自分は知っているけれど何も答えないという意志表示か。ただ、首の痣が薄く蠢いた気がした。いや、気のせいだね。痣が蠢くなんてあるはずがないからね。ライネリオのメルを苛めないでと言葉でその場はお開きとなった。
ライネリオは俺が失脚しても王になる気はないらしく、メルチョルと共に生きることを選ぶと高らかに宣言していた。弟には地位が不要なものなんだろうね。
部屋で落ち着いて考えてみると、父上はベルを連れてきたときにも執拗に質問にしていたな。けれど、ベルの答えに最終的にはそうかと溜息を零していた。よく似ているのだ、隣国の王太子と、執拗な質問について問えば、そう答えられた。
一体、隣国の王太子と何があったのだろう。父上に聞いても答えてはくれないだろうね。
そんなライネリオの件があってか、より一層俺は焦ってしまう。勿論、隣国の王太子の件など気になる点もあるが自分自身が王太子だ。妃のことや跡継ぎのこと、そちらが重要になる。
「レオ、あまり気にするべきではありませんよ」
そう言ってくれたのは母上であるレメディオス・リリーホワイト。次の子を妊娠しているのだが、相変わらずそう見えない美しさのある人だ。父上が惚れるのもわかる気がするよ。
「そういえば、サンダリオが夜会を開くそうですよ。多くの令息や令嬢の社交界デビューの場になればとおっしゃってたわ」
そういう母上。遠回しに焦るのなら出てごらんなさいと言っているね。初見の人もいるだろうから、いいかもしれない。
「母上、次の夜会でもし出会えなかった場合、お願いしてもよろしいですか?」
「貴方がそう望むのであれば、そうしましょう」
「ありがとうございます」
「でも、あまり悲観して挑むものではありませんよ。なんでしたら、貴方のご友人も誘ってみたらどうでしょう。彼もまだお相手がいらっしゃらないのでしょう?」
「えぇ、そうします」
ベルがいればあの憂鬱な空間も耐えられそうだ。だが、服持ってるのだろうか? 彼の分も手配しておくか。
「夜会、ねぇ」
鍛練場にいたベルに声をかければ、乗り気ではない答え。まぁ、彼の場合、家のせいで忌避されてるからね。でも、モテるのは間違いないし、ライネリオから聞いた話では親衛隊なるものまであるらしい。あるよね。太陽を浴びても白い肌を伝い落ちる汗とかメイドたちにとって堪らないものだとか。よく鍛練場の近くの窓際にはメイドたちが集まってるし。
「ちょうどいいかもな」
何がと問うと、妹の社交界デビューにと答える。どうやら、領地に引きこもってる妹君は社交界に出てないらしい。ベルですら出てるのに? と言えば苦笑いを返された。
「うちで開くにしても金がかかるからなぁ。そういう余裕はねぇからさ。ま、父上も何とかしなくてはって俺に相談してたからな。それにだ、レオんとこがやるんだったら、大丈夫だろ。父上に聞いてみる」
「いい返事を待ってるよ」
「いやいや、俺なんかが出てもお前に何の得もねぇだろ」
「正直、ちょっとでもご令嬢方を持っていってほしくてね」
無駄だと思うけどなぁと言うベル。実際そんなに無駄じゃない。確かに家の事情で忌避されてはいるけど、ご令嬢方が気にならないわけではない。それに今回は親の参加は不許可にしてるからね。チャンスだと思う令嬢がいてもおかしくない。
その後暫くしてベルから妹君と参加すると教えてもらった。折角、参加できるんだ、俺に出来ることがないかベルを訪ねて鍛練場や詰所にいってみたが生憎、いなかった。場所を尋ねれば、ギルドに行ってるんじゃないでしょうかという話だった。武官として優秀であり、父上からも個人的に仕事を頼まれているベルがわざわざギルドで仕事を受ける意味がわからない。
取り合えず、会いに行ってみるかと軽く変装をして、ギルドへと向かう。そういえば、色んな所にお忍びで出掛けたがギルドへは来たことがないな。
中は町とは違う喧騒。昼間から酒を飲んでいるものもいるせいか、酒臭い。さて、ベルはどこにいるのかと探していれば、女性職員が近づいてくる。
「お兄さん、初めてみる顔ね。冒険者登録? それとも、依頼?」
ペタペタと俺の体を触りながら尋ねてくるが、体を触る必要ないよね。あまつさえ、むさ苦しい男がそんなにひょろくちゃ冒険者は無理だなどと笑いながら近づいてきた。あまりにも大きな声で勢いよく言ってくれるものだから、唾が飛んでくる。勘弁してほしい。
「人を探して――」
「あら、人探しの依頼だね。それじゃあ――」
いや、そうじゃないんだよね。尋ね人がここに居るから来ただけなんだけど、聞いちゃくれない。余程、依頼がないのだろうか? いや、そうだとしたら、ベルがよく来ることもないだろう。
考えるのは後にしよう。先にベルを探してしまえば早い。きょろきょろと見回すとテーブルの上に貨幣と紙を広げ銀の頭を掻く男の姿を見つけた。
「ベル!」
「ん? な、ちょ、レ、いや、なんでお前ここに!?」
動揺しながらも貨幣を片付け、俺に近づくと職員と男性を俺の知り合いだからと引き離すベル。ベルが来た途端、なんだベルトランのかとさっさと離れていった。慣れたものだね。
「で、なんでお前、ここにいんの? 普通、来ないよな」
「ベルを訪ねに行ったらここだろうと言われてね。それに初めてだよ」
そう答えれば、はぁと大きな息を吐き、困った顔をする。そうか、ベルは休日だったね。俺が訪ねるべきではなかったんだ。
「……飯屋、安い店でもいいか?」
「え」
「なんか話したいことか用事があってきたんだろ。それなら、ちょうど昼時だし、飯食いながらでもかまわねぇだろ? ま、お前の口に合うかどうかは知らねぇ」
後、金がねぇからなとからっと言うベル。お貴族様なんだから持っとけよと野次が飛ぶ。けれど、それはベルにとってはいつものやり取りらしく軽く言葉を投げつけていた。
それから、ベルについて町を歩き、俺が到底入らないだろう小さな店に案内された。年期の入った壁などには冒険者たちの落書きも散見される。けれど、中は落ち着いていて、数人の冒険者らしいものたちと従業員か手伝いなのか幼い少年少女が動き回っていた。
「ベル兄だ、いらっしゃーい」
「おう、相変わらず元気そうだな」
「元気だよー。あ、今日はお連れさんも一緒なんだね、個室にしとく?」
「あぁ、それで頼む」
「それじゃあ、案内するね。こっちだよー」
少女に案内され、通されたのは生活感漂う部屋。首を傾げているとくくっとベルが笑っている。もしかして、俺が知らないからからかっているのかな? ベルはそんな俺を尻目に軽い定食を案内してくれた少女に頼み、さっさと席に着く。
「ここでいう個室っていうのはあいつらの生活スペースのことなんだ。とはいえ、盗聴などの心配要らない万全の防音部屋なんだけどな」
聞けば、ここの主人は情報屋でもあるらしい。故にこうした盗聴などの対策をしっかりしていると。でも、どうしてベルはそんなことを知っているんだい。疑問が顔に出てたらしく、苦笑いを浮かべながら、陛下からの依頼なんかで利用してるからと説明してくれる。父上、なんてことをベルに頼んでるんだ。まるでベルを道具みたいに。ベルは俺の友人だよ。
そう不機嫌そうに立っていたら、料理を持ってきた少年たちに、ほら座った座ったと座らされ、目の前に前菜、スープ、メイン、副菜と全てが乗ったお盆が置かれる。これがここらのスタイルらしい。コースみたいに順番に出てこないからいいね、これ。
「で、話ってなんだ?」
「いや、参加してくれるっていうので礼を言おうと思ってね。ただ、もしかしてなんだけど、そのせいで金銭的に無理をさせてしまったんじゃないかい?」
ベルの真似をしながら、食事に手を付けると本題とばかりにベルが尋ねてきた。そのベルの言葉に答えれば、スーッとベルの目が逸れた。やっぱり、そうだよね。君はそういうやつだよ。
「うちが決めたことだ。レオが気にすることはねえって」
「何が足りない!? 何が必要だい? 折角出てくれるんだ協力は惜しまないよ」
「…………大丈夫だって。ダメそうなら、俺だけでも参加するさ」
「ベールー」
「……わーかった。人材だけ貸してくれ」
両手を挙げて降参とばかりにそういう。人材? と首を捻れば、妹君のドレスの着付けとメイクに必要だそう。下手すれば、それを言い訳に逃げるだろうって中々逃げ道を探すのが得意なお嬢さんなんだね。
「それじゃあ、シャルロ達に頼んでみるよ。ベルも知り合いの方が気が楽だろ」
「いやいや、そんな見習いとかそういうあたりでいい。むしろ、お前の専属の人らだろうが」
「専属でも君と妹君が快適に過ごせるのであれば、そちらを出すさ。特に妹君は王都に初めてくるんだろう? だったら、なおさらだ。見習いの人達は顔や態度に出やすい。その点、シャルロ達は仕事と割り切ってしまうからきちんとやってくれるはずさ」
それで、スティングラー家の屋敷はどこらへんにあるんだっけと聞けば、ないときっぱり。聞き間違いかと再度、聞いたけど、返事は変わらない。どうやら、祖父か曾祖父の代あたりで売り飛ばしたらしい。
「ベルの家はなんていうか、凄いね」
貴族というのは多くの者が存外金や地位への執着が凄い。更に屋敷はその象徴でもあるから、別邸などあまり手放すことがないというのに。それをあっさり金がないからだとかそういうので売り飛ばしてしまうなんて、貴族としては考えられないものだろうね。
「まぁ、そんなわけだから、宿に来てもらう形になると思う」
「……俺の別邸も貸すよ。正直、殆ど使ってないし、誰かに少しだけでも使ってもらえるのならいいだろう」
「いやいやいや、そこまでしてもらわなくてもいいって。第一に俺にはレオに返せるものがねぇ」
「友人でいてくれるだけで十分だよ。それにさっきも言ったけど、俺の別邸は殆ど使ってない。誰も使ってないから廃れてしまうだけだ」
俺を助けると思ってと言えば、揺れるベル。あと一押しかな。
「それに流石にシャルロ達使用人が宿に出入りするのはおかしいと思うんだよね」
「え、あ、いや、それはそうだけどな」
「シャルロ達に醜聞がついてしまったら、どうしよう。困ったな」
その言葉にがくりと項垂れたベル。どうやら、俺が勝ったらしい。その後は、日取りを話し合い、別れた。
それにしても、ちょっと自分の行動でわからなかったのは、どうして、こうも必死になってしまったんだろうね。でも、まぁ、ベルが来てくれるし、気にする必要はないか。
幼い頃から嫌というほど聞かされた話がある。
リヴァングストン王家に生まれた者は必ず一目惚れし、その愛に一途である、と。現に国王である父上も一目惚れで母上を妻に娶った。呪いではなく、そういう特質らしい。全く信用しない俺にいつも父上はいずれ分かるとそれだけ告げる。
けれど、いくら待っても俺は相手に巡り合うことはなかった。父上たちも巡り合えるようにと夜会や視察など様々なものを組み込んでくれたが、どれも意味のないもの。女性たちは一目惚れでなかろうといいのだろうね。一生懸命に俺の腕にたわわなものを押し付けたり、色香で誘おうとしていた。正直、うんざりなんだ。学園に入ってからもそれは変わらない。
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「なぁ、本当に敬語とか気をつけなくていいのか?」
「あぁ、友人には使わないものなんだろう?」
「いや、うん、まぁ、そうなんだけどな」
ぽりぽりと頬を掻くベルトラン――ベルは俺が王子だとわかったから気を付けた方がいいんじゃないかと言い出した。本来なら、そうあるべきものだけど、俺はそれを望まない。ベルとは親しく話したい。何故だろうな、そう思う人などこれまでいなかったんだけど。
もしかして、ベルがと思って父上に相談したこともあったが、それはただの友愛だろう。自分にも経験があると告げられた。父上の場合も同じスティングラーの人間だったらしいが。そもそも、スティングラーの人間はそういう性質でもあるのかもしれないな。
日々が過ぎ、学園も卒業してもなお俺は出会うことはなかった。
流石に二十を越えると焦るものがある。王太子という立場上、妻という立場はいずれにしろ必要になってくる。誰かに選んでもらった方がいいかもしれないなと考えるようにすらなってきた。ベルには他人任せだなと苦笑いされたけど、特質をわかってくれるのか最後にはしょうがないかと言う。
「兄上、父上、ボクのお嫁さんです!!」
そう言って弟であるライネリオが連れてきたのは褐色肌のがたいのいい男性だった。年は父上と同じくらいだろうか。首には首輪のように一周した黒い痣がある。
「……ら、ライネリオ、本当に彼がそうなのか?」
「はい! 間違いないです! メルにあった瞬間、まるで雷に射たれたかのような衝撃がありました」
「うむ、そうか」
男性を連れてきたことに動揺した父上もライネリオにそうはっきりと言われてしまえば、反対しようがない。反対ができない。
相手が男性だとかには確かに驚いた。ただそれよりも、俺はショックが大きかった。八つも下の弟に先越されたんだ、当然だろう。
「ところで、いくつか質問してもよいか」
「はい」
メル――メルチョルは父上の質問に素直に答えていく。自分が戦争孤児であること、スティングラー家の領地で冒険者をやっていること、身元はスティングラー子爵が保証してくれるなど。
またスティングラー家か。とことん王家はスティングラー家と縁があるらしい。
「クレメンテ・スティングラー、か。スティングラーの入婿らしいが、元の家名を知っているか?」
「……お答えできません。クレム様のことは一切お答えできません」
「そうか。いやなに、行方知れずになった隣国の王太子も同じ名だったと思うてな」
「そうでしたか」
メルチョルの表情に変化はない。本来ならば、王太子の可能性に驚く、もしくは知っていて動揺するのどちらかに反応があるはずなのにね。逆に、であると言っているようなのだけど、敢えてなのかな。そうか、自分は知っているけれど何も答えないという意志表示か。ただ、首の痣が薄く蠢いた気がした。いや、気のせいだね。痣が蠢くなんてあるはずがないからね。ライネリオのメルを苛めないでと言葉でその場はお開きとなった。
ライネリオは俺が失脚しても王になる気はないらしく、メルチョルと共に生きることを選ぶと高らかに宣言していた。弟には地位が不要なものなんだろうね。
部屋で落ち着いて考えてみると、父上はベルを連れてきたときにも執拗に質問にしていたな。けれど、ベルの答えに最終的にはそうかと溜息を零していた。よく似ているのだ、隣国の王太子と、執拗な質問について問えば、そう答えられた。
一体、隣国の王太子と何があったのだろう。父上に聞いても答えてはくれないだろうね。
そんなライネリオの件があってか、より一層俺は焦ってしまう。勿論、隣国の王太子の件など気になる点もあるが自分自身が王太子だ。妃のことや跡継ぎのこと、そちらが重要になる。
「レオ、あまり気にするべきではありませんよ」
そう言ってくれたのは母上であるレメディオス・リリーホワイト。次の子を妊娠しているのだが、相変わらずそう見えない美しさのある人だ。父上が惚れるのもわかる気がするよ。
「そういえば、サンダリオが夜会を開くそうですよ。多くの令息や令嬢の社交界デビューの場になればとおっしゃってたわ」
そういう母上。遠回しに焦るのなら出てごらんなさいと言っているね。初見の人もいるだろうから、いいかもしれない。
「母上、次の夜会でもし出会えなかった場合、お願いしてもよろしいですか?」
「貴方がそう望むのであれば、そうしましょう」
「ありがとうございます」
「でも、あまり悲観して挑むものではありませんよ。なんでしたら、貴方のご友人も誘ってみたらどうでしょう。彼もまだお相手がいらっしゃらないのでしょう?」
「えぇ、そうします」
ベルがいればあの憂鬱な空間も耐えられそうだ。だが、服持ってるのだろうか? 彼の分も手配しておくか。
「夜会、ねぇ」
鍛練場にいたベルに声をかければ、乗り気ではない答え。まぁ、彼の場合、家のせいで忌避されてるからね。でも、モテるのは間違いないし、ライネリオから聞いた話では親衛隊なるものまであるらしい。あるよね。太陽を浴びても白い肌を伝い落ちる汗とかメイドたちにとって堪らないものだとか。よく鍛練場の近くの窓際にはメイドたちが集まってるし。
「ちょうどいいかもな」
何がと問うと、妹の社交界デビューにと答える。どうやら、領地に引きこもってる妹君は社交界に出てないらしい。ベルですら出てるのに? と言えば苦笑いを返された。
「うちで開くにしても金がかかるからなぁ。そういう余裕はねぇからさ。ま、父上も何とかしなくてはって俺に相談してたからな。それにだ、レオんとこがやるんだったら、大丈夫だろ。父上に聞いてみる」
「いい返事を待ってるよ」
「いやいや、俺なんかが出てもお前に何の得もねぇだろ」
「正直、ちょっとでもご令嬢方を持っていってほしくてね」
無駄だと思うけどなぁと言うベル。実際そんなに無駄じゃない。確かに家の事情で忌避されてはいるけど、ご令嬢方が気にならないわけではない。それに今回は親の参加は不許可にしてるからね。チャンスだと思う令嬢がいてもおかしくない。
その後暫くしてベルから妹君と参加すると教えてもらった。折角、参加できるんだ、俺に出来ることがないかベルを訪ねて鍛練場や詰所にいってみたが生憎、いなかった。場所を尋ねれば、ギルドに行ってるんじゃないでしょうかという話だった。武官として優秀であり、父上からも個人的に仕事を頼まれているベルがわざわざギルドで仕事を受ける意味がわからない。
取り合えず、会いに行ってみるかと軽く変装をして、ギルドへと向かう。そういえば、色んな所にお忍びで出掛けたがギルドへは来たことがないな。
中は町とは違う喧騒。昼間から酒を飲んでいるものもいるせいか、酒臭い。さて、ベルはどこにいるのかと探していれば、女性職員が近づいてくる。
「お兄さん、初めてみる顔ね。冒険者登録? それとも、依頼?」
ペタペタと俺の体を触りながら尋ねてくるが、体を触る必要ないよね。あまつさえ、むさ苦しい男がそんなにひょろくちゃ冒険者は無理だなどと笑いながら近づいてきた。あまりにも大きな声で勢いよく言ってくれるものだから、唾が飛んでくる。勘弁してほしい。
「人を探して――」
「あら、人探しの依頼だね。それじゃあ――」
いや、そうじゃないんだよね。尋ね人がここに居るから来ただけなんだけど、聞いちゃくれない。余程、依頼がないのだろうか? いや、そうだとしたら、ベルがよく来ることもないだろう。
考えるのは後にしよう。先にベルを探してしまえば早い。きょろきょろと見回すとテーブルの上に貨幣と紙を広げ銀の頭を掻く男の姿を見つけた。
「ベル!」
「ん? な、ちょ、レ、いや、なんでお前ここに!?」
動揺しながらも貨幣を片付け、俺に近づくと職員と男性を俺の知り合いだからと引き離すベル。ベルが来た途端、なんだベルトランのかとさっさと離れていった。慣れたものだね。
「で、なんでお前、ここにいんの? 普通、来ないよな」
「ベルを訪ねに行ったらここだろうと言われてね。それに初めてだよ」
そう答えれば、はぁと大きな息を吐き、困った顔をする。そうか、ベルは休日だったね。俺が訪ねるべきではなかったんだ。
「……飯屋、安い店でもいいか?」
「え」
「なんか話したいことか用事があってきたんだろ。それなら、ちょうど昼時だし、飯食いながらでもかまわねぇだろ? ま、お前の口に合うかどうかは知らねぇ」
後、金がねぇからなとからっと言うベル。お貴族様なんだから持っとけよと野次が飛ぶ。けれど、それはベルにとってはいつものやり取りらしく軽く言葉を投げつけていた。
それから、ベルについて町を歩き、俺が到底入らないだろう小さな店に案内された。年期の入った壁などには冒険者たちの落書きも散見される。けれど、中は落ち着いていて、数人の冒険者らしいものたちと従業員か手伝いなのか幼い少年少女が動き回っていた。
「ベル兄だ、いらっしゃーい」
「おう、相変わらず元気そうだな」
「元気だよー。あ、今日はお連れさんも一緒なんだね、個室にしとく?」
「あぁ、それで頼む」
「それじゃあ、案内するね。こっちだよー」
少女に案内され、通されたのは生活感漂う部屋。首を傾げているとくくっとベルが笑っている。もしかして、俺が知らないからからかっているのかな? ベルはそんな俺を尻目に軽い定食を案内してくれた少女に頼み、さっさと席に着く。
「ここでいう個室っていうのはあいつらの生活スペースのことなんだ。とはいえ、盗聴などの心配要らない万全の防音部屋なんだけどな」
聞けば、ここの主人は情報屋でもあるらしい。故にこうした盗聴などの対策をしっかりしていると。でも、どうしてベルはそんなことを知っているんだい。疑問が顔に出てたらしく、苦笑いを浮かべながら、陛下からの依頼なんかで利用してるからと説明してくれる。父上、なんてことをベルに頼んでるんだ。まるでベルを道具みたいに。ベルは俺の友人だよ。
そう不機嫌そうに立っていたら、料理を持ってきた少年たちに、ほら座った座ったと座らされ、目の前に前菜、スープ、メイン、副菜と全てが乗ったお盆が置かれる。これがここらのスタイルらしい。コースみたいに順番に出てこないからいいね、これ。
「で、話ってなんだ?」
「いや、参加してくれるっていうので礼を言おうと思ってね。ただ、もしかしてなんだけど、そのせいで金銭的に無理をさせてしまったんじゃないかい?」
ベルの真似をしながら、食事に手を付けると本題とばかりにベルが尋ねてきた。そのベルの言葉に答えれば、スーッとベルの目が逸れた。やっぱり、そうだよね。君はそういうやつだよ。
「うちが決めたことだ。レオが気にすることはねえって」
「何が足りない!? 何が必要だい? 折角出てくれるんだ協力は惜しまないよ」
「…………大丈夫だって。ダメそうなら、俺だけでも参加するさ」
「ベールー」
「……わーかった。人材だけ貸してくれ」
両手を挙げて降参とばかりにそういう。人材? と首を捻れば、妹君のドレスの着付けとメイクに必要だそう。下手すれば、それを言い訳に逃げるだろうって中々逃げ道を探すのが得意なお嬢さんなんだね。
「それじゃあ、シャルロ達に頼んでみるよ。ベルも知り合いの方が気が楽だろ」
「いやいや、そんな見習いとかそういうあたりでいい。むしろ、お前の専属の人らだろうが」
「専属でも君と妹君が快適に過ごせるのであれば、そちらを出すさ。特に妹君は王都に初めてくるんだろう? だったら、なおさらだ。見習いの人達は顔や態度に出やすい。その点、シャルロ達は仕事と割り切ってしまうからきちんとやってくれるはずさ」
それで、スティングラー家の屋敷はどこらへんにあるんだっけと聞けば、ないときっぱり。聞き間違いかと再度、聞いたけど、返事は変わらない。どうやら、祖父か曾祖父の代あたりで売り飛ばしたらしい。
「ベルの家はなんていうか、凄いね」
貴族というのは多くの者が存外金や地位への執着が凄い。更に屋敷はその象徴でもあるから、別邸などあまり手放すことがないというのに。それをあっさり金がないからだとかそういうので売り飛ばしてしまうなんて、貴族としては考えられないものだろうね。
「まぁ、そんなわけだから、宿に来てもらう形になると思う」
「……俺の別邸も貸すよ。正直、殆ど使ってないし、誰かに少しだけでも使ってもらえるのならいいだろう」
「いやいやいや、そこまでしてもらわなくてもいいって。第一に俺にはレオに返せるものがねぇ」
「友人でいてくれるだけで十分だよ。それにさっきも言ったけど、俺の別邸は殆ど使ってない。誰も使ってないから廃れてしまうだけだ」
俺を助けると思ってと言えば、揺れるベル。あと一押しかな。
「それに流石にシャルロ達使用人が宿に出入りするのはおかしいと思うんだよね」
「え、あ、いや、それはそうだけどな」
「シャルロ達に醜聞がついてしまったら、どうしよう。困ったな」
その言葉にがくりと項垂れたベル。どうやら、俺が勝ったらしい。その後は、日取りを話し合い、別れた。
それにしても、ちょっと自分の行動でわからなかったのは、どうして、こうも必死になってしまったんだろうね。でも、まぁ、ベルが来てくれるし、気にする必要はないか。
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天然の若き皇子の言動に調子を狂わされっぱなしのアウレシア達だったが、旅の途中で徐々に打ち解け合っていく。
だが、皇子の命を狙う追っ手が、彼らに迫っていた。
アウレシア達は婚約者のいる西の大国まで無事に皇子を送り届けることができるのか。
生き残りの皇子の生い立ちと彼らを追う者達の悲しい過去。絡み合った運命の行く末は…
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