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黎明 縁は絡まり、星の手はさ迷う

血晶印

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 時は少々ばかり遡り、アルトゥールとパーヴェルはトロフィムの執務室で寛いでいた。

「うん、部屋の主人よりも寛いでるのはいささかおかしいと思うんだけどね」
「気にするな」
「それ、私のセリフだから」
「ま、とりあえず座れば」
「あのね、ここの部屋の主人は私、私なんだけどね!?」

 お前たち、一緒にいるようになってから似たようなことするようになったねと嫌味を告げる。けれど、当の本人たちは気にした様子もなく、用意された紅茶に口をつけていた。

「それで、アーテャがわざわざ勤務終わりに来るってことはなにかしらあるんだろう」
「あぁ、そうだな」

 そんな二人の様子に呆れつつも腰を下ろしながら、トロフィムが尋ねた。それにアルトゥールは頷き、トロフィムの前に二枚の写しを差し出す。

「血晶印か」
「あぁ。ソゾン殿から昨日報告が上がって来た」

 ――血晶印。特殊な紙に血を垂らすことによってわかる個人証明。作成もとい印の固定化に時間がかかってしまうため殆ど使用されていないが、個人特定や公的な儀式、行事での使用があり、貴族や騎士所属の者たちは登録だけは必ず行っている。
 アルトゥールが差し出したのはその写しであり、原本はソゾンの手元で厳重に保管されている。トロフィムはその写しを手に取り、眺めるもアルトゥールがわざわざ報告を持って上がる意味がわからない。何故なら、二枚とも同じような印であるように見受けられたからだ。

「血晶印は個人特定は勿論だが血筋を見ることもできるのは知っているな」
「基礎だな。なるほど、これは同じ血の流れを汲むものの血晶印ということか」
「そうだ」

 あまりにも似ていることから親子もしくは兄弟、叔父甥あたりかとトロフィムが呟けば、叔父姪だろうなとアルトゥールは紅茶に手をつけながら、答えた。あまりにも確定されたその言葉にまさかと目を見開く。

「片方はフェオドラのものだ」
「もう片方は」
「偶然の産物だったらしい」
「待て、話を逸らすな。もう片方の血晶印の持ち主は誰だ」
「偶然にも完成した血晶印に小躍りしていたら、片付け忘れていた他の血晶印の山を崩してしまったらしい」

 思わず、持っていた血晶印も混ぜてしまい、同じようなものが二枚も出てきて一瞬困惑したというとトロフィムの要求を聞くことなく、アルトゥールは語る。

「裏に名前を記載していたから、間違うことはなかったらしいんだがな」

 それ故に我が家に文字通り飛び込んできたと締め括る。

「……まさかと思うが――――」

 トロフィムに思い当たる節はあった。だからこそ、その名を尋ねたのだが答えぬアルトゥールにトロフィムがそのものの名前を呟く。それにアルトゥールは是とも否とも答えず静かに目を伏せた。それで十分だった。

「そうか、そうなんだな。うん、そんな気は薄々していた」

 トロフィムはそう言って一人頷く。

「横顔がよく似ている」

 初めて会ったときにそう思ったとトロフィムは告げる。だから、血縁を疑っていたと。

「まだ告げないんだな?」

 ここまでハッキリと出ている血晶印であれば、簡単には否定できないだろうと思うがととんとんと写しを指で叩きながら尋ねる。

「あぁ、父もまだ告げなくていいだろうと言ってるからな。それに突然会わせるのはフェオドラに負担がかかる」

 ただでさえ、一悶着あったところであるし、と言えば、同席しつつも沈黙していたパーヴェルは目を反らす。話は聞いているのだろうトロフィムは確かにと苦笑いを零す。

「まぁ、わかった。これは内々にしまっておこう」

 用件はそのぐらいかと背凭れに体重をかける。驚きすぎてしんどいと息を吐くトロフィムにアルトゥールはそんなわけがないだろうと首を傾げる。

「待て、なんでそんなに不思議そうにするんだ」
「いや、何故、これだけだと思ったのかが不思議でならないんだが」
「これだけでも十分腹一杯だが??」

 これ以上に何かあるのか!? とトロフィムは声をあげる。

「『スヴャトスラーフ・シードロヴィチ・メドヴェージェフ』という騎士を調べてくれ」
「あ、それ、あの時言ってたヤツだよな、やっぱ人の名前なのか」
「? あの時・・・?」
「あ、や、なんでもない。気にすんな。アルトゥールも睨むなって」

 首を傾げられ、睨まれ、パーヴェルは慌てて訂正する。そんなパーヴェルの姿にトロフィムは体を起こし、苦言を呈する。

「アーテャ、あまりにも秘密が多すぎるんじゃないか? それに騎士というのは?」
「なんてことはない、この名はフェオドラが呟いてた言葉だ。父親が騎士であることは聞いていたからな、恐らくそれは父親の名前であるはずだ」

 気にした様子もなく、淡々と言葉を述べるアルトゥール。それにトロフィムは溜息を吐くも紙を取り出し、名前を確認しながら書き留める。

「どこの騎士だとかは」
「ランニィズメイのだ」
「亡国か。母親の出自を考えれば妥当なところか」

 愚かな王とその跡継ぎによって滅ぶこととなったランニィズメイ。アルトゥールたちの祖国であるヴェーチェルユランや隣国のチュヴァヴェルスより戦力を誇っていたその国はあっという間に瓦解してしまった。内乱が起こったのかはたまた何処からか攻められたのかどうかは一切不明である。ただただ、王とその跡継ぎが原因であるとだけされていた。

「まぁ、なんとか調べてみよう」
「あぁ、頼む。それから」
「待て、まだあるのか!?」
「ある。これについても調べてくれ。同じ様に亡国に関するものだろう」
「注文、注文が多い!」

 転写魔法によって映し出された一枚の絵を差し出すアルトゥール。そして、ダンとテーブルを叩き、叫ぶトロフィム。まぁ、そう言いたかなるよなと感想を抱きつつも口は出さず二人のやりとりを見ながら、茶請けに出されていたカップケーキを頬張るパーヴェル。

「同じ亡国を調べるんだからちょうどいいだろう」
「そういう問題じゃない!」

 なにもおかしな事は言ってないだろうと首を傾げるアルトゥールにトロフィムは頭を抱える。

「私にも仕事というものがある」
「知っている。だから、手透きの時で十分構わない。俺自身で調べろと言うならそうしよう。ただ、ランニィズメイは資料は王城深部に保管されているから、許可を願い出ることになる。王城が無理ならチュヴァヴェルスを攻める必要があるな」
「……調べればいいんだろ、調べれば」

 アルトゥールに勝手をさせれば何をするかわからない。攻めるという言葉から本当にそれをする可能性すらある。己が調べる方が色々と面倒事が少ないとトロフィムはアルトゥールの頼みに頷くしかなかった。
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