69 / 72
黎明 縁は絡まり、星の手はさ迷う
日常風景
しおりを挟む
「いってらっしゃい」
「あぁ、行ってくる」
玄関先まで来ていいという許可を得てから、ほぼ毎日その光景は見られる。ぎゅっと抱き合い、お決まりの言葉を告げる。ただ、注意してほしいのが、この二人まだ結婚していないし、アルトゥールに関してはそこは自宅ではない。友人宅兼婚約者であるフェオドラの実家である。
「俺、毎日なに見せられてんだろ」
「諦めてください」
「見たくないのなら、さっさと行けばいい」
「……いやね、アルトゥールさ、やめようとか控えようとか思えよ」
他人ん家の玄関だからなというも、アルトゥールは黙殺。そして、アルトゥールとパーヴェルのやりとりにやれやれとインナは首を振る。それがここ最近の日常風景となりつつあった。
「さ、行くぞ」
「はぁ」
「これ見よがしに溜息吐くのやめろ。俺だって好きで言ってんじゃねぇし」
トロフィムからそう言われてるんだとパーヴェルは頭を掻く。流石にアルトゥールが仕事をサボるようなことはないだろうが、ギリのギリまでフェオドラとの逢瀬を引っ張りそうな予感だけはしていたため、丁度いいと彼らの身近なパーヴェルへ指示が下りた。
「トゥーラ様、お気をつけて」
「あぁ」
甘い雰囲気を瞬時に作り出す二人にパーヴェルは砂吐きそうとゲンナリする。それでも仕事をしなければ、今度は上からなんでと言われる。板挟みかよ、つらっと若干涙目になりつつも、アルトゥールを引き剥がし、王宮へと足を向けた。
「お義兄様もお気をつけて」
「おう」
フェオドラの見送りの言葉に手を上げて、反応する。それ以上は自分の隣が怖くてやろうと思わない。二人の乗り込んだ馬車が見えなくなるまで、見送るとインナに促され、屋敷の中へと戻る。そして、アルトゥールに出された課題と貴族としての心構えやルールそれらを学んでいく。
「あ、トゥーラ様にいうの忘れてた」
未だに寝る前に唱える『レーラに幸を、ヤーシャに祝福を』。これはどうやら亡国のお呪いの一種だったというのがわかった。そして、出てくる名前は母にとってとても大切な人の名前だろうということまで知った。恐らく、『ヤーシャ』という人が自分の本当の父なのだろう。けれど、『レーラ』とは一体誰だろうか。もしかしたら、アルトゥールなら心当たりがあるのではないだろうか。そう思った、フェオドラは聞いてみようと思っていた。だが、聞く前にそれを忘れてしまい、別れた後に思い出す始末。一人、自分に怒る。
「インナ、お願いがあるのだけど」
「はい、なんでしょう」
令嬢として過ごすようになったせいか、はたまた口調が崩れる義兄がいるせいか、フェオドラの口調はそれらしいものになっていた。ただ、義兄のような口調、言葉を真似すると即座にアルトゥールにうちに連れて帰るなどと言って、パーヴェルと口論になることがしばしば。そんな二人を見て、フェオドラは楽しそうに笑う。そんな光景に公爵家に来た頃から見守っているインナはフェオドラの変化を喜んだ。
そして、よく頼ってくれるようになった。インナはそれが嬉しくてたまらない。
「今度、というよりも今晩ね、トゥーラ様にお呪いのことをいうの忘れてたら、教えてほしいの」
「いつも、唱えているあれのことですね」
「そう。何故か、忘れてしまうから」
「かしこまりました。お任せください」
「ありがとう」
了承し、頭を下げたインナにフェオドラの明るい声がかかる。これで、トゥーラ様に一つ報告ができると嬉しそうにするフェオドラを微笑ましそうに見つめ、ふと視界にぬいぐるみが目に入った。どこか不貞腐れたようにそっぽを向くそれ。あの角度だっただろうかと、正面に向けるも気づくとまたそっぽを向いている。不思議に思うもやはり正面に戻しておいた。夕刻、インナはすっかりフェオドラのお願いを忘れてしまい、私は使えないと落ち込むのだが、フェオドラは不思議ねというだけで叱ることもなく、翌日挑戦しましょうと笑うのだった。
一方、王宮ではアルトゥールの報告にトロフィムが頭を抱えていた。
「あぁ、行ってくる」
玄関先まで来ていいという許可を得てから、ほぼ毎日その光景は見られる。ぎゅっと抱き合い、お決まりの言葉を告げる。ただ、注意してほしいのが、この二人まだ結婚していないし、アルトゥールに関してはそこは自宅ではない。友人宅兼婚約者であるフェオドラの実家である。
「俺、毎日なに見せられてんだろ」
「諦めてください」
「見たくないのなら、さっさと行けばいい」
「……いやね、アルトゥールさ、やめようとか控えようとか思えよ」
他人ん家の玄関だからなというも、アルトゥールは黙殺。そして、アルトゥールとパーヴェルのやりとりにやれやれとインナは首を振る。それがここ最近の日常風景となりつつあった。
「さ、行くぞ」
「はぁ」
「これ見よがしに溜息吐くのやめろ。俺だって好きで言ってんじゃねぇし」
トロフィムからそう言われてるんだとパーヴェルは頭を掻く。流石にアルトゥールが仕事をサボるようなことはないだろうが、ギリのギリまでフェオドラとの逢瀬を引っ張りそうな予感だけはしていたため、丁度いいと彼らの身近なパーヴェルへ指示が下りた。
「トゥーラ様、お気をつけて」
「あぁ」
甘い雰囲気を瞬時に作り出す二人にパーヴェルは砂吐きそうとゲンナリする。それでも仕事をしなければ、今度は上からなんでと言われる。板挟みかよ、つらっと若干涙目になりつつも、アルトゥールを引き剥がし、王宮へと足を向けた。
「お義兄様もお気をつけて」
「おう」
フェオドラの見送りの言葉に手を上げて、反応する。それ以上は自分の隣が怖くてやろうと思わない。二人の乗り込んだ馬車が見えなくなるまで、見送るとインナに促され、屋敷の中へと戻る。そして、アルトゥールに出された課題と貴族としての心構えやルールそれらを学んでいく。
「あ、トゥーラ様にいうの忘れてた」
未だに寝る前に唱える『レーラに幸を、ヤーシャに祝福を』。これはどうやら亡国のお呪いの一種だったというのがわかった。そして、出てくる名前は母にとってとても大切な人の名前だろうということまで知った。恐らく、『ヤーシャ』という人が自分の本当の父なのだろう。けれど、『レーラ』とは一体誰だろうか。もしかしたら、アルトゥールなら心当たりがあるのではないだろうか。そう思った、フェオドラは聞いてみようと思っていた。だが、聞く前にそれを忘れてしまい、別れた後に思い出す始末。一人、自分に怒る。
「インナ、お願いがあるのだけど」
「はい、なんでしょう」
令嬢として過ごすようになったせいか、はたまた口調が崩れる義兄がいるせいか、フェオドラの口調はそれらしいものになっていた。ただ、義兄のような口調、言葉を真似すると即座にアルトゥールにうちに連れて帰るなどと言って、パーヴェルと口論になることがしばしば。そんな二人を見て、フェオドラは楽しそうに笑う。そんな光景に公爵家に来た頃から見守っているインナはフェオドラの変化を喜んだ。
そして、よく頼ってくれるようになった。インナはそれが嬉しくてたまらない。
「今度、というよりも今晩ね、トゥーラ様にお呪いのことをいうの忘れてたら、教えてほしいの」
「いつも、唱えているあれのことですね」
「そう。何故か、忘れてしまうから」
「かしこまりました。お任せください」
「ありがとう」
了承し、頭を下げたインナにフェオドラの明るい声がかかる。これで、トゥーラ様に一つ報告ができると嬉しそうにするフェオドラを微笑ましそうに見つめ、ふと視界にぬいぐるみが目に入った。どこか不貞腐れたようにそっぽを向くそれ。あの角度だっただろうかと、正面に向けるも気づくとまたそっぽを向いている。不思議に思うもやはり正面に戻しておいた。夕刻、インナはすっかりフェオドラのお願いを忘れてしまい、私は使えないと落ち込むのだが、フェオドラは不思議ねというだけで叱ることもなく、翌日挑戦しましょうと笑うのだった。
一方、王宮ではアルトゥールの報告にトロフィムが頭を抱えていた。
0
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説


今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【本編は完結】番の手紙
結々花
恋愛
人族の女性フェリシアは、龍人の男性であるアウロの番である。
二人は幸せな日々を過ごしていたが、人族と龍人の寿命は、あまりにも違いすぎた。
アウロが恐れていた最後の時がやってきた…

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる