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黎明 縁は絡まり、星の手はさ迷う

燻る悪意

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「……場所、移そうか」

 きゃっきゃと喜ぶフェオドラにそれを愛おしげに見つめるアルトゥール。“キレイキレイ”の凄絶な効果に呆然としてしまったウルヴィン親子。零れるように呟かれたマーカルの言葉にそれがいいと妻も同意した。
 場所を移し、サロン。母子は並び座り、父は上座に婚約者たちは母子の対面に座った。

「はっきり申し上げるが、フェオドラをここにこれ以上置いとけない」

 静かにはっきりとアルトゥールの口から告げられた言葉。先程のパーヴェルの言動を鑑みれば、そう言われても仕方がないかもしれない。けれど、とチラリと息子を見れば、焦燥しきっており、どこか罪悪感に塗れていた。恐らく、気づいたのだろう。幼い頃にほんの僅かの間ではあったものの触れ合った彼女の存在に。

「トゥーラ様、私、お養母かあ様とお養父とう様たちと離れたくないですよ?」
「そう思う気持ちもわかるが、俺との連絡が阻害されているからには相応の対応は必要だろう」
「阻害、ですか?」

 それでも暫くは様子を見てはいたが、今回の件で事態が悪化する傾向が見られると首を傾げたフェオドラに説明する。

「フェオドラ、最初の頃より手紙が減ったと思わないか?」
「あ、はい、減りました。でも、トゥーラ様もお忙しいのだろうと」

 そうなのでしょうと言うフェオドラ。そんな会話にマーカルとラリサはまさかと息を飲む。

「俺は手紙の数を減らしていない。恐らくそれはフェオドラもそうだろう」

 コクコクも頷くフェオドラ。頷いてから、あれっと首を傾げる。

「なんで出してるのに手紙が届かないのですか?」
「不思議だな。誰かが故意にそうしている可能性がある」

 なんでと言う顔に気に食わないからだろうとアルトゥールは説明する。手紙に重要なことが書かれてあれば、とんでもない事態になっていただろう。けれど、アルトゥールとフェオドラが交わしていた手紙は今日は何があったなどという交換日記のようなもの。さほど、重要な案件は記されていなかった。

「フェオドラと玄関で顔を合わせていいと言うのも昨日母から聞いたばかりだ。夜だったから、遠目に見たが」

 ふと洩らしたアルトゥールの言葉にえ? とフェオドラの口から驚きが飛び出る。

「私、お手紙で書きましたよ? でも、トゥーラ様は変わらずだったので、トゥーラ様なりの事情があるのだと」
「母は敢えて黙っていたらしいが、俺がフェオドラから聞いてないことに驚いていた」

 ラリサがヴェーラに伝えてないわけではなかった。どうせ、フェオドラちゃんから知らされるだろうと言わなかったそうだ。そして、本日。仕事明けに来たら、フェオドラの助けを求める声が聞こえるではないか。

「手紙が捨てられるのだけなら、まだいい。パーヴェルが机の上・・・に置いたというぬいぐるみがゴミ箱・・・に入っていた件は看過できない」
「言っておくが、ぶつかって落下するような所には置いてねぇからな。一応、その、大事そうに持ってたから、汚さねぇようにはしてた」

 淡々と告げるアルトゥールにこれだけはとパーヴェルは言葉を重ねた。けれど、ばつが悪くなったのか最後の方は尻すぼみに小さくなっていた。

「この際だ、はっきり伝えておこう。パパの着ている制服は全て騎士服同様、国に登録されている」
「まさか、マジで騎士服の生地使ってんのか、それ!?」
「用意したのはトロフィムだ。巡回騎士の制服以外は国指定の工房で製作されている」

 どうやって入手したのかと思っていたが、まさかの上司が協力してるわ、登録すらされた正式なものだと知り、パーヴェルは頭を抱えた。

「ウルヴィン卿は父より話は聞いているだろう」
「えぇ、本物であるため、管理には留意してくれと」
「フェオドラについての詳しいことは?」
「過去の遍歴とつい最近の事件についてはある程度には」

 マーカルの言葉にアルトゥールは頷き、そっとフェオドラの耳を塞ぐ。けれど、すぐにそれはフェオドラによって下げられた。

「トゥーラ様、私は大丈夫です」
「…………」
「トゥーラ様が傍にいてくれるので大丈夫です」
「……わかった」

 不承不承に返事をするとフェオドラが過去に二回強姦未遂にあっていることを告げる。その上で、清らかであることは王宮医師であるソゾンが診療して証明済みであると続ける。ただ、この二回の強姦未遂によってフェオドラの心は傷つけられており、パパないしはアルトゥールなしには男性と対峙することができないと説明する。

「……先程は取り乱して申し訳ありません。ですが、その、今現在もトゥーラ様かパパが、いないと、怖いのです。先程もお義兄にい様やお養父とう様であることはわかっていました。わかっていましたが」
「フェオドラ、辛ければ言う必要はない」

 頭を撫でる優しい手にフェオドラは首を振り、体の向きをパーヴェルとマーカルに向けると真っ直ぐと二人を見た。

「黒く塗り潰され、誰が誰かわからなくなっていました。大丈夫、大丈夫と言い聞かせても、脳裏に甦ったのは過去の影ばかりです。正直に言うと今、この場でも、手が震えてたりするのです」

 声が段々と震えてくるもフェオドラはしっかりと言い切った。
 確かによくよく見てみれば、ほんの微かにだがフェオドラの手は震えている。明るくした声をかけるのだって本当は大変だったのかもしれない。勇気を出して声をかけたのに無視される。今までのことを思い返し、パーヴェルは知らず知らずのうちに頭を垂れ、唇を噛み締めていた。

「パパはフェオドラにとって命綱のようなものだ。そうと知らずともいつも持ち歩いていれば、大事なものであると把握できるだろう。それをゴミ箱に平気で捨てる人間がいる。そういう人間はいずれ、フェオドラに直接危害を加える可能性がある」
「エスカレートするってことか」
「あぁ、そうだ。最初のきっかけになったのは恐らくお前の態度だ」
「……っ」

 フェオドラからは相談されなかったが、インナから報告を受けていると告げれば、パーヴェルは顔を背ける。

「お前が受け入れていないという態度を示すことによってそれを見た使用人の誰かがフェオドラは雑に扱っていい存在だと認識させたのだろう」
「ともすれば、パーシャ担当の使用人がなんらか知っていそうだな」

 呼び出して聞き取りを行う必要があるなとマーカルは唸る。パーヴェルの影に隠れてコソコソと妨害をしているであろうその人物。いや、複数かもしれないが。

「まぁ、どうであれ、フェオドラは連れて帰る」
「アルトゥール様、ヴェーラ様がお迎えに来られております」
「……インナ」

 キリッと言い切ったアルトゥールにいやそれはとマーカルが異を唱えようとするが、それよりも先にヴェーラを連れてインナがサロンに入ってきた。苦々しく彼女を見るアルトゥール。しかし、そんなアルトゥールにインナはいい笑顔を向ける。

「さ、アーテャ、帰りますよ」
「フェオドラは――」
「フェオドラちゃんはここが自宅でしょう」

 約一年くらい我慢なさいとヴェーラはアルトゥールを有無言わさず連れていった。
 沈黙がサロンに落ちる。

「……あー、その、フェ、フェオドラ、今回まですまなかった。可能であれば、やり直させてもらえないか?」
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