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黎明 縁は絡まり、星の手はさ迷う
後悔と反省
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「大丈夫だ。落ち着いて、大きく息を吸え」
縋りつくフェオドラにアルトゥールは優しくそう言う。けれど、彼の目線はジッと固まっているパーヴェルに固定されたまま。そんなことに気づかないフェオドラはその通りに大きく息を吸い、吐けという声にフーと息を吐く。それを繰り返し行えば、フェオドラの呼吸も次第に落ち着く。けれど、離れるのが不安なのだろう、ぎゅっと制服を握ったまま。
「フェオドラ、これを持っていてくれ」
「ん」
素早く上着を脱ぐとフェオドラに覆い被せ、傍を離れる。
「ぐはァ」
ドゴンと鈍い音と吐き出すような声が屋敷に響く。使用人達は一体何が起こってるのか顔を覗かせたい。けれど、主人に命令もされているから顔を覗かせられない。気になるとなっていた。
思いっきり無防備な腹に蹴りを頂戴したパーヴェルはその蹴りの勢いで壁に背を打ち付け、前後の痛みに苦しむ。ガハッ、ゴホッと咳と同時に息をする。
生きている。嬉しいが嬉しくない。一思いにやってくれた方が良かったと思えるくらいだった。
「……れ、レオンチェフ卿」
絞り出すようにマーカルはアルトゥールを呼ぶ。けれど、彼はマーカルの方を向くことなく、黙れとばかりにダンとその場に足を振り下ろす。ぴしりと硬いと有名な石畳に亀裂が入る。我が子の危機とはいえ、その口から次の言葉を吐き出すことはできなかった。
「……えっと、どういう状態?」
アルトゥールの匂いに包まれて落ち着いたフェオドラ。沈黙と静寂の場に首を傾げる。そして、周りの状況を把握するためにパーヴェルとアルトゥールのところで目が止まる。
「トゥーラ様!」
「大丈夫だ、フェオドラ。すぐ済ませる」
「ち、違います! それ、テオのお義兄様です!」
剣を抜いたアルトゥールに床に横たえたままのパーヴェル。本能的にこれはダメなヤツと理解したフェオドラは駆け出し、アルトゥールに抱きつく。そして、止めてくれという意味で叫ぶがその言葉にパーヴェルはがくりとくる。
「そ、それ」
まるでモノのように言われ、何故か落ち込んでしまう。いや、落ち込む必要などないだろうと言い聞かせるも気分は持ち上がらない。
「……チッ」
しかも、上からは不愉快そうに舌打ち。ダメです、止めてとぎゅっぎゅと力を込めるフェオドラにアルトゥールは大人しく剣を仕舞う。
「フェオドラ」
「トゥーラ様、ダメです」
「わかったから。それで、コレが原因なんだろうが何があった?」
今更、それを聞くのかとウルヴィン一家の心の声が重なる。けれど、そんなことを思わないフェオドラはポツリポツリとアルトゥールに説明する。
パパがいなくなってしまったこと、パーヴェルに連れ出されたこと、怒られたこと。
「やはり、消そう」
「ダメ、ダメなのです。パパがいなくなったのは私が悪いんです」
悪いんですとしょんぼりするフェオドラ。スーッとばつが悪そうに視線をそらすパーヴェル。
「パーヴェル」
低く、低く名を呼べば、びくりと体が跳ねる。知っているなと尋ねれば、目を反らしながら小さく頷く。
「どこにある」
「……俺の部屋の机」
「インナ」
「はい、行って参ります!」
アルトゥールの問いに小さく答えたパーヴェル。しかし、ほぼ静寂なその場では遠くにいてもよくその言葉は届く。すかさず、インナを呼べば、彼女もやるべきことを瞬時に把握、パーヴェルの私室へと向かった。
「フェオドラ様、お持ちしました」
「あ、パパ!」
「ゴミ箱に入っておりましたので、一応払ったのですが」
多少汚れが残ってしまいましたとパーヴェルの部屋から回収してきたインナは告げる。それにギロリとアルトゥールはパーヴェルを見る。けれど、彼に心当たりがないのだろう、痛みを堪えて首をブンブンと振った。
「まぁ、主人の振りを見て、下は真似をするという」
おおよそそんなところだろうとアルトゥールは言う。
「フェオドラ、思いっきり、“キレイキレイ”してあげるといい」
「いいのですか!!」
「あぁ、かまわない。ただ、範囲はこの屋敷内に留めるように」
「はい!」
魔力を思いっきり使って“キレイキレイ”することは別邸の時からなくなっていた。そもそも、それはやりすぎであるからに他ならないのだが、フェオドラはそれを知らない。
「“キレイキレイ”」
パパを抱き、撫でながら、言い慣れた言葉を紡ぐ。その横顔にパーヴェルは昔見たお仕着せの綺麗な女性によく似ていた。あの女性も同じ言葉を紡ぎ、場を綺麗にしていたのが脳裏に甦る。
『私の得意魔法なのよ』
パーヴェルの問いにふわりと笑いながら答えてくれたその人。思い出せば、よくよくわかった。フェオドラは彼女の生き写しなようにそっくりなことに。何故、気づかなかったのか。疑問が湧き出るも、すぐに自分がフェオドラを受け入れてなかったと思い出し、腑に落ちた。見ていなかったのだ。見ようとしなかったのだ、彼女自身を。
パーヴェルが一人悔いる中、ぶわっと光の粒子がフェオドラを中心に広がり、アルトゥールが割った石畳や破壊したドアすらも元の姿に、否、新品同様になる。
「トゥーラ様、パパ、綺麗になりました」
「あぁ、そうだな」
縋りつくフェオドラにアルトゥールは優しくそう言う。けれど、彼の目線はジッと固まっているパーヴェルに固定されたまま。そんなことに気づかないフェオドラはその通りに大きく息を吸い、吐けという声にフーと息を吐く。それを繰り返し行えば、フェオドラの呼吸も次第に落ち着く。けれど、離れるのが不安なのだろう、ぎゅっと制服を握ったまま。
「フェオドラ、これを持っていてくれ」
「ん」
素早く上着を脱ぐとフェオドラに覆い被せ、傍を離れる。
「ぐはァ」
ドゴンと鈍い音と吐き出すような声が屋敷に響く。使用人達は一体何が起こってるのか顔を覗かせたい。けれど、主人に命令もされているから顔を覗かせられない。気になるとなっていた。
思いっきり無防備な腹に蹴りを頂戴したパーヴェルはその蹴りの勢いで壁に背を打ち付け、前後の痛みに苦しむ。ガハッ、ゴホッと咳と同時に息をする。
生きている。嬉しいが嬉しくない。一思いにやってくれた方が良かったと思えるくらいだった。
「……れ、レオンチェフ卿」
絞り出すようにマーカルはアルトゥールを呼ぶ。けれど、彼はマーカルの方を向くことなく、黙れとばかりにダンとその場に足を振り下ろす。ぴしりと硬いと有名な石畳に亀裂が入る。我が子の危機とはいえ、その口から次の言葉を吐き出すことはできなかった。
「……えっと、どういう状態?」
アルトゥールの匂いに包まれて落ち着いたフェオドラ。沈黙と静寂の場に首を傾げる。そして、周りの状況を把握するためにパーヴェルとアルトゥールのところで目が止まる。
「トゥーラ様!」
「大丈夫だ、フェオドラ。すぐ済ませる」
「ち、違います! それ、テオのお義兄様です!」
剣を抜いたアルトゥールに床に横たえたままのパーヴェル。本能的にこれはダメなヤツと理解したフェオドラは駆け出し、アルトゥールに抱きつく。そして、止めてくれという意味で叫ぶがその言葉にパーヴェルはがくりとくる。
「そ、それ」
まるでモノのように言われ、何故か落ち込んでしまう。いや、落ち込む必要などないだろうと言い聞かせるも気分は持ち上がらない。
「……チッ」
しかも、上からは不愉快そうに舌打ち。ダメです、止めてとぎゅっぎゅと力を込めるフェオドラにアルトゥールは大人しく剣を仕舞う。
「フェオドラ」
「トゥーラ様、ダメです」
「わかったから。それで、コレが原因なんだろうが何があった?」
今更、それを聞くのかとウルヴィン一家の心の声が重なる。けれど、そんなことを思わないフェオドラはポツリポツリとアルトゥールに説明する。
パパがいなくなってしまったこと、パーヴェルに連れ出されたこと、怒られたこと。
「やはり、消そう」
「ダメ、ダメなのです。パパがいなくなったのは私が悪いんです」
悪いんですとしょんぼりするフェオドラ。スーッとばつが悪そうに視線をそらすパーヴェル。
「パーヴェル」
低く、低く名を呼べば、びくりと体が跳ねる。知っているなと尋ねれば、目を反らしながら小さく頷く。
「どこにある」
「……俺の部屋の机」
「インナ」
「はい、行って参ります!」
アルトゥールの問いに小さく答えたパーヴェル。しかし、ほぼ静寂なその場では遠くにいてもよくその言葉は届く。すかさず、インナを呼べば、彼女もやるべきことを瞬時に把握、パーヴェルの私室へと向かった。
「フェオドラ様、お持ちしました」
「あ、パパ!」
「ゴミ箱に入っておりましたので、一応払ったのですが」
多少汚れが残ってしまいましたとパーヴェルの部屋から回収してきたインナは告げる。それにギロリとアルトゥールはパーヴェルを見る。けれど、彼に心当たりがないのだろう、痛みを堪えて首をブンブンと振った。
「まぁ、主人の振りを見て、下は真似をするという」
おおよそそんなところだろうとアルトゥールは言う。
「フェオドラ、思いっきり、“キレイキレイ”してあげるといい」
「いいのですか!!」
「あぁ、かまわない。ただ、範囲はこの屋敷内に留めるように」
「はい!」
魔力を思いっきり使って“キレイキレイ”することは別邸の時からなくなっていた。そもそも、それはやりすぎであるからに他ならないのだが、フェオドラはそれを知らない。
「“キレイキレイ”」
パパを抱き、撫でながら、言い慣れた言葉を紡ぐ。その横顔にパーヴェルは昔見たお仕着せの綺麗な女性によく似ていた。あの女性も同じ言葉を紡ぎ、場を綺麗にしていたのが脳裏に甦る。
『私の得意魔法なのよ』
パーヴェルの問いにふわりと笑いながら答えてくれたその人。思い出せば、よくよくわかった。フェオドラは彼女の生き写しなようにそっくりなことに。何故、気づかなかったのか。疑問が湧き出るも、すぐに自分がフェオドラを受け入れてなかったと思い出し、腑に落ちた。見ていなかったのだ。見ようとしなかったのだ、彼女自身を。
パーヴェルが一人悔いる中、ぶわっと光の粒子がフェオドラを中心に広がり、アルトゥールが割った石畳や破壊したドアすらも元の姿に、否、新品同様になる。
「トゥーラ様、パパ、綺麗になりました」
「あぁ、そうだな」
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