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黎明 縁は絡まり、星の手はさ迷う

とある令息の世界

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 生まれてからずっと少年の世界はノイズばかりだった。




 母であろう人が喋っても、父であろう人が語っても、殆どの言葉はノイズに掻き消され、単語を聞き取ることすらできない。そのため、少年は自分の名前すらわからなかった。

「サ――、きょ――い――よ。――、す――」

 一向に言葉を発しない少年に彼らは毎日何気ない言葉を話しかけ続けた。けれど、成長しても彼が発するのは単音。文字を理解するのにも時間がかかった。それでも、両親は少年に話しかけ、読み聞かせる。

「非常に申し上げづらいのですがご令息はノイズ難聴を患っていらっしゃるようです」

 体は健康なのにあまりにも言葉を発しない少年を不思議に思った主治医は十分な設備の整った診療所を少年たち家族に薦めた。そして、そこでわかったのは、生まれながらに病を患っていたということだった。母は泣き崩れ、父は天を仰いだ。少年はその話もわからず、ただ、医師を見つめていた。
 ノイズ難聴は何らかの原因で己の魔力がノイズとなって聴覚に異常をきたす病気のことである。緩和することはできても、完治する見込みはなく、一生付き合っていかなければいけない不治の病とされている。

「まずはノイズを除去する魔導具を試してみましょう」

 ノイズを緩和するものは主に魔導具である。そして、医師の試すという言葉。これは魔導具であれど複数種類があるため、一つ一つ取り付けてみて、少年に合うものを見つける必要がある。相性というものは非常に重要で最悪なものであれば、緩和させるどころか悪化させることもあると医師は説明する。

「状態を診るためにも、このような予定がありますが、どちらになさいますか?」

 早く検討するためには短めのスパンで試すパターンとゆっくりと確実なものを選ぶための長めのパターンを提示する。短めの場合は適切なものに当たればいいが、悪化まではいかないが長期期間ではあまり効果がない、段々と効果がなくなるなどということが起こる。長めの場合は自分に合ったものに出会えるまで時間はかかるが、その分適切なものを選ぶことができる。当然、両親は少年のために長めのスパンで試していくことを決めた。

「頭が痛いなどの症状が出た際はすぐにやめ、休息期間をとって別のものに交換してください」

 ひとまずは症状ができことを考え、三つ御用いたしますと医師は告げる。新しい魔導具をつける際には必ずつけてない期間を間に設けてからと注意事項が述べられた。はい、はい、と母は頷き、父も真剣にその話を聞いていた。

「それでは、一つ、ここでつけていきましょうか」
「はい、お願いいたします」
「こちらからお渡しするものは基本的には試用品になりますので付け方は一律です」

 番号がふってあるのでそれでどれか把握してくださいと医師は伝えながら、医師は少年の目の前で、指差しで君にこれをここにつけるよと耳に当てて見せたりして、少年が恐怖を覚えないように丁寧に教える。大丈夫なら頷いて、嫌なら首を振ってと伝えれば、わかったのかおずおずと少年は頷いた。

「では、取り付けます。私が合図いたしましたら、彼の名前を呼んでみてください」
「はい」

 かちゃかちゃと魔導具を少年の耳に取り付ける。取り付け終わり魔導具を起動させると、医師はそっと少年から離れ、両親に名前を合図する。

「「サーヴァ」」

 初めて聞こえた単音以外の言葉。優しく温かで、どことなく緊張しているようなそんな声音。少年は、目をパチクリとさせ、良心を振り返った。

「サーヴァ、サーヴァ、わかるかしら。あなたの名前よ」

 魔導具に手をかけるながら、不思議そうに両親を見つめる少年を母は抱きしめ、そう囁く。

「サー、ば」
「えぇ、そう、そうよ、サーヴァよ」

 声に出した言葉に母涙ぐみながら笑う。医師は涙ぐみながら母子を見守る父に数日すると不調が出る可能性があること、今取り付けている魔導具以外も試すように念をおす。

「勿論です。先生、本当にありがとうございます!」
「いえ、彼が大変なのはこれからでしょう。支えてあげてください」
「はい」




 数ヶ月後、サーヴァにあう魔導具が決まるとそこからサーヴァは今まで取れなかった分を取り返すようにどんどんと言葉を文字を吸収していった。その過程でサーヴァはいかに自分が両親に愛されていたのか知ることができた。ただ、その分、自分の立場というものはかなり危ういことも知ることとなった。

「兄さん、悪いことは言わない。この子に後継は難しいだろう。親族から、うちからでもいい、養子を取ることを勧めるよ」

 いつだか、叔父がそんなことをサーヴァを連れた父に話していることもあった。その時、サーヴァは言葉が聞こえず、何を言っているのかわからなかった。けれど、その口の動きはよく覚えていた。そこから、そう話していたのだろうとわかった。けれど、そんな叔父に父はサーヴァを抱きしめ、怒鳴っていた。父の口元は見れなかったから、何を怒鳴っていたのかわからなかったけれど、叔父が去って行った後に優しく頭を撫でてくれたのを覚えている。
 叔父もそうであったが、聞こえていないからといって本人の目の前で文句を言っている使用人達もいた。魔導具のおかげで聴こえるようになると優しい言葉をかけてくる。気持ち悪かった。そして、めんどくさかった。ただ、それ以上にも彼が面倒に思えることがあった。

「お前、これがないと聞こえないんだろう」
「返セ」
「まともに喋れてねぇじゃん」
「ほらほら、こっちだぞ」

 ぽんぽんと魔導具が少年から少年の手に跳ぶ。それをサーヴァは追いかける。けれど、足がもつれ倒れると少年たちは魔導具を返すことなく、ゲラゲラと笑うのだ。子供というのは両親の感情を読むことに長けている。その上で、残酷だ。サーヴァが親族の大人達から嫌われていることを知ると、サーヴァこれはいじめて良いものだと判断を下した。それからというものサーヴァがパーティに赴く度、彼らはサーヴァを呼び出し、彼で遊んだ。

「くだらないことしてるのね」

 その日は違った。投げられた魔導具を手にとったのはパールピンクと蒲公英色の髪をした少女。確か、とサーヴァが記憶にある貴族名鑑を捲っているうちに少女は少年たちにさっさと去ることを命じた。少年たちは忌々しげに少女を睨みながらも渋々といった様子でサーヴァを残し、会場へと戻っていった。

「はい、これ」
「あ、ありがとうございます。レオンチェヴァ嬢」
「あら、私のことわかってるのね」

 彼らはきっとわかってないわよとクスクスと少女ジナイーダは笑う。そして、彼女は返された魔導具を取り付けるサーヴァを楽しそうに見つめていた。

「あの、まだ、何か」
「あなたの名前、伺ってないわ」
「! 失礼しました。サーヴァ・ユリエフと申します」

 汚れた格好ではあったが、サーヴァは名を告げ、教師から学んだ礼をジナイーダに披露した。

「サーヴァ・ユリエフ。あぁ、ユリエフ侯爵の箱入り息子ね」
「……箱入り息子」
「えぇ、社交界ではあなたのことそう言われているわ。家の恥だから外に出してないというのも噂であったけれど……」

 ジナイーダは唇をクッと持ち上げると、きっとそれは違うわねとその噂を否定する。むしろ、家の恥なのは先程までサーヴァをいじめていた子供達の方だと宣った。

 ――バツン!

「あ、――よ――も、――た――し――い」

 少年たちに弄ばれたせいなのか、魔導具の電源が落ちた。それによって、ガザガザとジナイーダの言葉がノイズだらけになった。ヤバいと焦ってしまい、サーヴァはジナイーダの唇を読めなかった。どうしよう、彼女が何を言っているのかわからない。

「――え――も、――ゆ――つ――の――」

 どうしようどうしようと悩んでいると彼女は屈み、サーヴァの膝に手を当てた。あ、と気づいた時には遅かった。ぱぁっと温かな光が彼の膝を包み込む。

「ほら、綺麗になったわ」
「……え」
「あなた、怪我したことにも気づかないなんて、鈍いわね」

 怪我していたのは知っていた。けれど、サーヴァが驚きで声を上げたのはそれではなかった。ノイズが消えた。そのことだった。

「ジーニャ」

 遠くで彼女を呼ぶ声が聞こえ、彼女はそれじゃあと言って去っていってしまった。サーヴァはそっと魔導具を確認し、動作をしていなかったことを確かめる。そして、やはり、動いていないことを確認して、彼は父にその報告をした。

「……そうか、お前はどうしたい?」
「か、彼女を婚約者に、希望します」

 サーヴァはノイズ難聴のせいで治癒魔法を受けることできなかった。けれど、医師の話では稀に魔力の波長があうものがいるらしい。そのものの治癒魔法であれば、問題なく受けることができると聞いていた。だから、彼女の治癒魔法を断ろうと思ったのだ。けれど、結果は違った。後々、不調にもならず、一時的ではあったがノイズが魔導具なしでも消えた。

「……お前がノイズ難聴であることも含め、今回のことも伝える」

 構わんな、という父にサーヴァは頷く。レオンチェフ侯爵には娘を道具のように利用するなどと思われるだろうが、その時は己の正直な気持ちを伝えると父に誓った。やはりというべきか、レオンチェフ侯爵からは難色を示されたもののサーヴァが自ら頼みに行き、心のうちを伝えると悩んだ様子であったもののジナイーダの了承の言葉によってサーヴァとジナイーダの婚約が結ばれることとなった。




 あの時、女神が現れたのかと思った。けれど、話してみれば普通の魅力的な女の子。そう思ったのも束の間、やはり彼女は救いの女神だった。サーヴァの世界は一瞬にして彼女一色となった。
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