黒き星持つ龍は無自覚な番様に溺愛される

東川 善通

文字の大きさ
上 下
58 / 72
黎明 縁は絡まり、星の手はさ迷う

行き場のない女

しおりを挟む
 契約も切れ、追い出された女はただただ苛立ち。己の爪を噛む。実家に融通を頼むも兄嫁の出産や姉の結婚式だとで忙しいと突っぱねられた。

「兄様や姉様ばっかり。少しくらい融通してくれたっていいじゃない!」
「少しくらいだと? 何をバカなことを言ってるんだ」
「公爵家で働く際にしっかり学びなさいとあれだけ言ってたでしょう!」

 娘にチャンスを縁をと頭を下げて雇ってもらったのに返ってきた報告は酷い有り様。親の心、子知らずとはよく言ったものだがここまで酷い裏切りにあうとは思っても見なかったと女の両親は口々に言った。
 そのうえで、兄嫁が出産を控え、姉の結婚式の準備もある。自分が仕出かしたことだ、自分で何とかしなさいと女を放り出した。しかし、娘であることも考慮して、仮住まいとして小さな屋敷は貸し与えた。
 けれど、女は不服で仕方がない。なぜ、こうも自分が両親に怒られなければならないのか。その理由が理解できなかった。

「姉様、悪いんだけど、こっちにくるのやめてくれない?」

 自分よりも下の、同じ伯爵家に勤めている妹を呼び出せば、彼女は伯爵家の裏口から顔を覗かせてすぐそんなことをいう。

「姉が困ってるのよ?」
「姉様が困ってるのは姉様の責任だって父様から連絡があったわ。それに今、姉様に構ってる余裕なんてないの」

 裕福だった伯爵家の状況が悪いというのは女も耳にしていた。確かに足を運んでみたもののとてもじゃないが雰囲気が重い。女の言葉に溜め息を吐きながら妹は来ないでと繰り返しいう。

「お気に入りのムーサルオモチャがいなくなってお嬢様も奥様も機嫌悪いし、放火があってから巡回騎士とかがウロウロしてるし」

 下手するとこっちが被害を喰らうわけ。だから、姉様と関わってる余裕がないと妹は零す。そして、仮住まいはもらってるんでしょと自分で何とかしてというと裏口のドアを閉ざした。

「父様も、母様も、みんな何なのよ」

 少しくらい助けてやろうとか思いなさいよと文句を言いながら、女は爪を噛む。数件、雇ってもらえないかと上の家々を巡ってみたがどこの家もちらりと紹介状を読んで女を追い出していた。伯爵家を周ってみるかとも思うが、同格の家に仕えるのは中々己のプライドが許さない。

「あぁ、そうだ、彼がいたじゃない」

 契約切れで頭がいっぱいになっていたが、自分には男がいると女はほくそ笑む。小娘をどうするかも話し合う必要がある。そもそも向こうから声をかけてきたのだ責任を取ってもらおうじゃないと女は意気揚々と男が所属するという神を祀る教会へと足を向けた。




「は、何、どういうこと」

 女の目の前には更地が広がっていた。隣には通常の教会や建物が普通に建っている。それなのに女が用があった教会はそこに姿はない。どういうことだと混乱する女。教会がないのであれば、神殿に行くしかないかと混乱する頭で考え、その足で神殿へと向かう。

「え、なんで」

 呆然として呟く。広大な土地に建てられていたはずの神殿。それが綺麗さっぱり無くなっていた。無くなったこともあってか、検知が行われている。

「ほんと、綺麗さっぱり無くなったもんだな」
「だよな。神殿の教会があったところも空き地になってるらしいぞ」

 女の耳にそんな会話が飛び込んでくる。意味がわからない。女は神殿の向かいに立っていた喫茶店へと入った。

「ねぇ、ちょっと、あそこに神殿があったと思うんだけど」
「あぁ、神殿ね。確かにあったわね。でも、見ての通りよ」

 店の店員はそう簡単にいう。

「どういうことよ」
「どういうことって見たままよ? ある日突然、無くなったのよ」

 あぁ、そういえば、何か大きな出来事があったとしたら枢機卿が亡くなったことと関係あるのかしらと店員はいう。枢機卿が亡くなり、それを引き継ぐように新しい枢機卿が立った頃に轟音がこの辺り一帯で響いたかと思うと目の前から神殿がなくなっていたのだという。勿論、騎士や魔術師たちが派遣され、調査を行ったが特にこれといったものは見つからなかったらしい。

「今じゃもうただの更地よ。検地してるから、そのうち売りに出されるんじゃないかしら」

 店員はそう言った後、女を席に案内して仕事へと戻っていった。女は出された水を飲み、思案する。
 何故、どうしてと。
 神殿やそれに付随する教会には多くの人間がいたはずだ。それが建物と同じ様に瞬きの間にいなくなったなど到底信じられるはずもない。けれど、現実に目の前では検地が行われ、店員のいう通り、土地が売り出されるのも時間の問題だろう。
 王家が手を出した? でも、王家にはそんな力はないはずで。では、誰が一体何のために?
 思案をぐるぐる回すも答えなど出るはずもなく、女は珈琲を一杯のみ、喫茶店を後にした。
 どこにも行く場所がない。頼れる人がいない。女にあるのはただ空虚な屋敷だけだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

処理中です...