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黎明 縁は絡まり、星の手はさ迷う
養子縁組の打診
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麗らかな昼下がり。ガゼボでいずれ会えるだろう息子の嫁のためにレースを編んでいた貴族の夫人にしてはふっくらとした女性――ラリサ・ウルヴィナ。お嫁さんにはどんな子を連れてきてくれるかしらと想像しながらゆったりと手を動かしていた。そんな彼女のもとに夫であるマーカル・ウルヴィンが一通の手紙を携えてやって来た。
「ラーラ、ちょっといいかい?」
「あら、どうしたの?」
「あー、レオンチェフ公爵から養子をとってくれないかと手紙がきてな」
ラリサの隣に腰を掛け、その手紙を差し出す。ラリサは養子? と首を傾げつつ、編んでいたレースを端に避けその手紙を手に取る。
「なんで、うちに?」
「もしかしたら、先日の」
「あれは本当にあの方がいらっしゃったのよ!? 間違いないもの」
「例えそうだとしても、騒ぎを起こしてしまったのは間違いないだろう」
ただ、その償いにしては養子というのはおかしいがとマーカル。
「そうね、見て決めてほしいと書いてあるもの」
そもそも、あのご子息ならお嫁さんは選びたい放題でしょうになぜわざわざ孤児を選んだのかしらとラリサは首を傾げる。勿論それにはマーカルも同意する。
「どうする?」
「うーん、どうしましょう。うちは息子だけで手一杯よ」
「そうだなぁ」
折角、纏まっていた婚約も息子が長期遠征になってしまったために立ち消えてしまった。夫に似てカッコよく生まれたはずなのに、こうもお嫁さんが捕まらないのは何故なのだろうか。ラリサは息子のことを思い、深い溜息を吐く。マーカルも確かに息子のアレコレをしているので手一杯だなと頷く。養子にと挙がっている子は女の子だし、息子よりも金も労力もかかってくるだろうことは予想が容易い。
「断りの便りを出そうか」
「……少しだけ会ってみようかしら」
「会うのかい? まぁ、会うのはいいが、ぬか喜びさせてしまうんじゃないか?」
「そうなのだけど、なんか、その、ね、このまま断ってしまうのはダメな気がするの」
それにあの公爵夫人が自身を推す理由が気になるとラリサは零す。貴族間の関係を見たら、一番妥当なのも勿論わかるがそれだけじゃない気がすると己の考えを夫に語る。
「ふむ、君の勘は当たるからな。よし、会ってみようか」
「えぇ、お願い」
早速手紙を書いてくるよとマーカルは立ち上がり、その場を後にした。ラリサも会いに行くのであれば着替えを用意しておかないとと作りかけのレースを手に取り、屋敷へと戻る。侍女にこういう予定が入るからと伝え、準備を指示した。
そして、手紙を返し、返され、ウルヴィン夫妻は数日後にレオンチェフ公爵家を訪れていた。
「ウルヴィン侯爵、来ていただき、感謝いたしますわ。ラーラもよく来てくれたわ」
「いえ、それほどのことではありませんよ。養子縁組をするのを決めたわけではないですしな」
「えぇ、そうですわね。でも、手紙で断られなかっただけマシですわ」
出迎えたヴェーラと言葉を交わし、夫妻はヴェーラに庭のガゼボに案内される。メイドたちがティーセットを用意するも三人分だけ。
「夫人、今いる人数分しかないようですが」
「とりあえず、本日は養子にとっていただきたい子を見てもらおうと思ってますの」
ここの生け垣の向こうにテーブルセットがあるのが見えるかしらとヴェーラに言われ、ラリサとマーカルは生け垣の隙間から向こう側を覗き見る。確かに彼女の言った通り、テーブルセットが見えた。
「娘たちには今日侯爵方が来られているのは伝えてませんの。ですので、声は上げずにお願いしますわ」
なんでそんなことをわざわざと問えば、ヴェーラは少々訳ありなのと肩を竦ませる。どういうことかと更に問おうとマーカルが口を開こうとしていると少女らしい声が遠くから聞こえてきた。
「ほら、早くいくわよ」
「ちょ、待ってください」
「あら、そんなにのんびりだといい席は私が取ってしまうわよ」
「ジーニャ様、意地悪しないで」
強気な発言をしているのはヴェーラの娘であろう。そして、そんな彼女を追いかけているのが件の娘なのだろうと予想がついた。
「あら、やっぱり私が一番だったわ」
「ジーニャ様は先に出てたんですから当然じゃないですか。おんなじ距離だったら負けないもん」
ぷくっと頬を膨らませる少女――フェオドラにジナイーダはからからと笑う。それから、そんなことよりもとフェオドラが持ってきた籠から、道具を取り出す。籠の中からは道具と一緒にドラゴンが顔を出した。
「テオはどこまでできた?」
「えっと、まだ写しだけです」
「あら、そんなことじゃ、お兄様の誕生日には間に合わないわよ」
「む、そんなのわかってます!」
糸の色はどうするなどという会話からどうやら刺繍をしているらしい。どうぞ、覗いてみてとヴェーラに促され、マーカルとラリサはそっとバレないように隙間から覗き見た。
「……ッ!!」
「……まさか」
「うちの娘はわかる通りパールピンクの子よ。隣がフェオドラという貴殿方に養子にしてもらいたい子」
「……リュドミーラ様」
ぽそりと零れ落ちた名前にヴェーラはそっくりでしょうとラリサに言葉を掛ける。こくこくと頷くラリサはフェオドラから目をそらすことができなかった。
「ラーラ、ちょっといいかい?」
「あら、どうしたの?」
「あー、レオンチェフ公爵から養子をとってくれないかと手紙がきてな」
ラリサの隣に腰を掛け、その手紙を差し出す。ラリサは養子? と首を傾げつつ、編んでいたレースを端に避けその手紙を手に取る。
「なんで、うちに?」
「もしかしたら、先日の」
「あれは本当にあの方がいらっしゃったのよ!? 間違いないもの」
「例えそうだとしても、騒ぎを起こしてしまったのは間違いないだろう」
ただ、その償いにしては養子というのはおかしいがとマーカル。
「そうね、見て決めてほしいと書いてあるもの」
そもそも、あのご子息ならお嫁さんは選びたい放題でしょうになぜわざわざ孤児を選んだのかしらとラリサは首を傾げる。勿論それにはマーカルも同意する。
「どうする?」
「うーん、どうしましょう。うちは息子だけで手一杯よ」
「そうだなぁ」
折角、纏まっていた婚約も息子が長期遠征になってしまったために立ち消えてしまった。夫に似てカッコよく生まれたはずなのに、こうもお嫁さんが捕まらないのは何故なのだろうか。ラリサは息子のことを思い、深い溜息を吐く。マーカルも確かに息子のアレコレをしているので手一杯だなと頷く。養子にと挙がっている子は女の子だし、息子よりも金も労力もかかってくるだろうことは予想が容易い。
「断りの便りを出そうか」
「……少しだけ会ってみようかしら」
「会うのかい? まぁ、会うのはいいが、ぬか喜びさせてしまうんじゃないか?」
「そうなのだけど、なんか、その、ね、このまま断ってしまうのはダメな気がするの」
それにあの公爵夫人が自身を推す理由が気になるとラリサは零す。貴族間の関係を見たら、一番妥当なのも勿論わかるがそれだけじゃない気がすると己の考えを夫に語る。
「ふむ、君の勘は当たるからな。よし、会ってみようか」
「えぇ、お願い」
早速手紙を書いてくるよとマーカルは立ち上がり、その場を後にした。ラリサも会いに行くのであれば着替えを用意しておかないとと作りかけのレースを手に取り、屋敷へと戻る。侍女にこういう予定が入るからと伝え、準備を指示した。
そして、手紙を返し、返され、ウルヴィン夫妻は数日後にレオンチェフ公爵家を訪れていた。
「ウルヴィン侯爵、来ていただき、感謝いたしますわ。ラーラもよく来てくれたわ」
「いえ、それほどのことではありませんよ。養子縁組をするのを決めたわけではないですしな」
「えぇ、そうですわね。でも、手紙で断られなかっただけマシですわ」
出迎えたヴェーラと言葉を交わし、夫妻はヴェーラに庭のガゼボに案内される。メイドたちがティーセットを用意するも三人分だけ。
「夫人、今いる人数分しかないようですが」
「とりあえず、本日は養子にとっていただきたい子を見てもらおうと思ってますの」
ここの生け垣の向こうにテーブルセットがあるのが見えるかしらとヴェーラに言われ、ラリサとマーカルは生け垣の隙間から向こう側を覗き見る。確かに彼女の言った通り、テーブルセットが見えた。
「娘たちには今日侯爵方が来られているのは伝えてませんの。ですので、声は上げずにお願いしますわ」
なんでそんなことをわざわざと問えば、ヴェーラは少々訳ありなのと肩を竦ませる。どういうことかと更に問おうとマーカルが口を開こうとしていると少女らしい声が遠くから聞こえてきた。
「ほら、早くいくわよ」
「ちょ、待ってください」
「あら、そんなにのんびりだといい席は私が取ってしまうわよ」
「ジーニャ様、意地悪しないで」
強気な発言をしているのはヴェーラの娘であろう。そして、そんな彼女を追いかけているのが件の娘なのだろうと予想がついた。
「あら、やっぱり私が一番だったわ」
「ジーニャ様は先に出てたんですから当然じゃないですか。おんなじ距離だったら負けないもん」
ぷくっと頬を膨らませる少女――フェオドラにジナイーダはからからと笑う。それから、そんなことよりもとフェオドラが持ってきた籠から、道具を取り出す。籠の中からは道具と一緒にドラゴンが顔を出した。
「テオはどこまでできた?」
「えっと、まだ写しだけです」
「あら、そんなことじゃ、お兄様の誕生日には間に合わないわよ」
「む、そんなのわかってます!」
糸の色はどうするなどという会話からどうやら刺繍をしているらしい。どうぞ、覗いてみてとヴェーラに促され、マーカルとラリサはそっとバレないように隙間から覗き見た。
「……ッ!!」
「……まさか」
「うちの娘はわかる通りパールピンクの子よ。隣がフェオドラという貴殿方に養子にしてもらいたい子」
「……リュドミーラ様」
ぽそりと零れ落ちた名前にヴェーラはそっくりでしょうとラリサに言葉を掛ける。こくこくと頷くラリサはフェオドラから目をそらすことができなかった。
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