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暁 星が宿り、縁が交わる

幻の方

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 フェオドラが特訓をする中、世界は年を越した。新たな年になると至るところで新年を祝うパーティが開かれる。勿論、それはレオンテェフ公爵家も含まれている。

「……おや、すみません、義兄上がいらっしゃらないのですが」
「またか!? アイツは全く」
「サーヴァ様、申し訳ありません。お兄様には今ご執心の方がいるのです」
「あぁ、成程。君が最近僕の相手をしてくれない理由の方か」

 空のような青と海のような深い青の髪をもつまだ幼さの残る青年――サーヴァ・ユリエフはいずれ義両親となるヴィークトルとヴェーラに挨拶をと近づいた。だが、その傍にいつもいるであろう澄ました顔の義兄がいない。挨拶を忘れ、尋ねれば理由はもうすでに知っているのだろうヴィークトルは手で顔を覆い、溜息を吐く。そんな様子に首を傾げていると婚約者であるジナイ―ダから謝罪を受け、腑に落ちた。けれど、気に入らないのか左耳に装着しているノイズ除去の魔導具をカリカリとひっかく。

「あら、ご機嫌斜めになられまして?」
「そんなことはない」
「自分でも気づいていらっしゃるでしょう。機嫌が悪くなると魔導具をひっかく癖」
「……」

 カリカリとまた掻く。それにくすりとジナイ―ダは微笑む。幼い頃に出会ってそれ以来ずっと一緒にいるこの婚約者は自分が構われないと拗ねるのだ。そこが年下らしくて可愛らしいのだけど、それいうとまた不機嫌になるので口に出すことはない。

「いずれは姉になるんだろ。なら、放っておけばいいじゃないか」
「放っておいてはあの二人は進展しませんのよ」

 本当に、どうしてでしょうと溜息を吐くジナイ―ダにまたカリカリとサーヴァは魔道具を掻く。さて、この人を納得させるにはどうしましょうと考えていると夫人、夫人と血相を変えてふくよかな女性がヴェーラの許へと駆け込んできた。

「ラーラ、どうしたの。落ち着いて、ゆっくり息を吸ってちょうだい」
「ねぇ、あの方が、あの方がこのパーティにいらっしゃるの!? ねぇ、いらっしゃるのでしょう」

 私先程見たのよというラーラ――ラリサ・ウルヴィナ。ウルヴァン侯爵夫人だった。その言葉にヴェーラは息を飲み、冷静にと自分を言い聞かせ、彼女の背を優しく摩る。

「星空のドレスを纏っていらっしゃったわ。無事に生きていらっしゃったのよ」

 参加してるという事は貴女把握されてるのでしょうと詰めよるラリサにヴェーラはちらりと執事を見ると彼はこくりと頷き、あの方の正体に気づいたヴェーラはごめんなさいと謝る。

わたくしは存じてませんわ。おそらく主人も」
「でも、あの方は、あの方を見間違うなんて、ありえないわ。だって、あの方だもの。間違いないのよ」
「ラーラ、落ち着きなさい。夫人も知らぬと言っておるのだ」
「それでも!」
「夫人、すみません。どうやら、妻は未だにかの方を忘れられず」

 ラリサの夫でありウルヴァン侯爵であるマーカル・ウルヴァンは見たと訴える妻を抱きしめ、宥める。宥めつつ、ヴェーラに謝罪をすれば、彼女は首を振った。

「忘れられないのはわたくしも同じです。ですので、お気になさらず」
「そう、ですか。妻もこの状態ですので、本日はこれにて失礼いたします」

 妻を支えて場を後にするマーカルにヴェーラは目礼し、見送った。そして、はぁ、と大きな溜息を吐く。

「生きていて欲しいと思ったのはわたくしもよ。けれど、あの子はあの方じゃないの」

 それにあの子も見ず知らずの人に会うにはまだ恐怖が拭いきれていない。漸く、普通に男性にある条件を持って会って話せるようになったのだ。会わせるのせるのであったとしてももう少し時間は欲しい。

「とりあえず、アーテャを呼んできて頂戴」
「かしこまりました」




 パーティ会場から離れた庭園の奥にアルトゥールはフェオドラを連れだしていた。

「トゥーラ様、パーティはよろしかったのですか」
「俺がいなくても大差はない。それよりもだ、フェオドラにも気分転換が必要だろう」

 ここ数日、家族全員がパーティに出払ってしまい、フェオドラを寂しく思わせていたのは理解していた。だからこそ、家主催という事もあってこうして抜け出して――。

「トゥーラ様は他のパーティも早く切り上げて帰られてますよね。確かに寂しいですが、こういうのは大切だと伺ってます」
「……」

 ちゃんと頑張ってくださいと怒るように唇を尖らせたフェオドラにアルトゥールは天を仰ぐ。

「一度だけ、踊っていただいても。そうすれば、戻ろう」
「……私、上手くないですよ?」
「問題ない」
「しょうがないですね」

 そう言いつつも顔はどこか嬉しそうなフェオドラは差し出されたアルトゥールの手を取る。月明かりの照らす庭園で星空のドレスが優雅に舞う。一曲、とはいえ、曲がないので二人で踊れるだけ踊る。

「アルトゥール様、奥様と旦那様がお呼びです」
「……わかった」

 執事の言葉にアルトゥールとフェオドラは足を止める。そして、アルトゥールはフェオドラを別邸に送るとどうせ怒られるのだろうなと思いつつも両親の許へと向かうのだった。
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