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暁 星が宿り、縁が交わる

オスの番

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 この世界・・の人間は本当に気持ちが悪い。どいつもこいつも醜い顔をしているように思えてならない。されど、自分は神に選ばれし優れた人間。あんな穢れた血を持つものたちとは違う。
 それにしてもこの国でも神の教えはあまり浸透しない。浸透しないながらも少々は信者となったものもいる。とはいえだ、広く広く浸透させなければならないのになぜ、こうも上手くいかない。
 なぜ、あんな穢れた血を尊ぶのだ。神は貴様らのような穢れた血を受け入れてくださるというのに。
 神殿の一室で穢れた信者たちを神よりいただいた錫杖で苛立ちをぶつけるようにいたぶる。衝撃に声を上げる信者たちに優しく声をかける。

「あなた方の中に流れる穢れた血を清めているのです。その証拠に痛みはないでしょう」
「はい、はい、ありがとうございます」

 痛みは錫杖の中に蓄積される。そのため、愚者どもは神の御業と血を流しながら感謝を述べる。あぁ、なんと愚かで滑稽な連中だろう。一通りいたぶると穢れた血のついた服を着替え、神への報告に礼拝室に向かう。
 ぞわり、肌が粟立つ。何かがこの神殿に入り込んだ。一体、何がだ。早々簡単に入り込むことが出来ないように重要な拠点には隠蔽魔法を張り巡らしている。現在自分がいるところも同様だ。しかし、それでも、不安が拭いきれない。急ぎ礼拝室に向かう。かの場所は何かあったときのために幾重にも隠蔽と防御魔法が付与されている。安全だ。安全なはずなのだ。襲う恐怖にかつかつと急ぎ錫杖で床を叩く。
 キィイと古びた蝶番が鳴く。礼拝室に明かりがともらない。何故だ。暗がりの中、手探りで予備点灯を動かす。

「ひっ! だ、誰だ」

 祭壇の上、優雅に足を組み、こちらを見下す鋭い目。美しい龍がそこにいた。ゆらりと尻尾のように揺れる長い髪。すらりとした長身を思わせる肢体。服はどこかで見た気がするが覚えがない。
 龍は答えず、祭壇を降りるとこつこつと石畳を叩き、自分に近づいてくる。恐ろしい。美しい。怖い。神々しい。

「か、か、神よ」

 錫杖を床に下ろし、跪き首を垂れ祈る姿勢をとるも龍は何も言わない。いや、微かに鼻で笑ったようだ。この龍が神の御使いでなければ一体何だというのだろうか。もう一度、顔を見ようと頭を上げようとした瞬間、ドッと体に衝撃が与えられた。
 コプと口から溢れたのは己の血だ。恐る恐る、下に目を向ければ石畳までに突き刺さる棒。いや、これは、これは、まさか。
 横目で見ると置いたはずの錫杖がない。まさかまさかまさか、これは錫杖ではないのか。何故、自分の体に!?
 困惑し、見上げれば、冷たく見下ろす龍の目。

「警告しておいてやる。次に俺のテラに手を出した時は神殿諸共消し去る」
「き、貴様」
「その程度では死なんのだろう。錫杖から痛みが漏れ出さぬよう、精々お前らの神とやらに祈ることだな」

 それだけ言うと、龍は自分に見向きすることなく礼拝室を去って行った。追おうと手を伸ばすも体は錫杖によって石畳に縫い付けられている。錫杖から痛みが漏れ出す、何故、龍がそれを知っている。どこで知った。まだ、痛みは来ない。大丈夫だ。蓋は閉まったままだ。

「か、神よ、お助けを」

 これまで貴女に尽くしてきたではありませんかと、礼拝室で訴える。自分の体から錫杖を引き抜く時だけでいい。また痛みは今以上に収集するからと願う願う。
 けれど、神からの返答はない。
 夜が明け、司教や司祭、助祭らが自分の姿を探しに礼拝室を訪れる。錫杖で縫い付けられた姿を見て、驚愕する。

「閣下、なんということだ。今、お助けいたします」
「い、いや、触るな」
「大丈夫です。この錫杖でなら、痛みなど感じぬでしょう」
「そうではない、そうではないのだ」

 善意。善意ではあるだろう。

「あぐぅあ」

 しかし、少し体の中で錫杖が動いただけで痛みが襲う。痛む自分に皆が理解できぬように顔を見合わせる。いや、一人歪んだ口元をした者がいる。

「閣下、大丈夫です。貴方がなくなったあとは私どもが引き受けましょう」
「な」

 ソレはそういうと躊躇なく錫杖を引き抜いた。その瞬間、己の体に今まで錫杖が溜め込んでいた痛みが奔流する。絶叫があがる。引き抜いたもの以外は困惑した様子で痛みに転がる己を見つめる。

「あ゛ぁ、が、がみ……よ」

 うっすらの姿が目に映ったところで、視界が暗くなった。




『王に見初められた娘は強制的に召し上げられる。されど、娘に番あり。娘を奪われた番はその後怒りのまま驀進、王の首をとるに至った』

「…………」
「あぁ、それな。所構わず娘を召し抱えては捨ててと繰り返していたが、ある時、既に結婚も番契約もした娘を連れ去ったらしい。それに怒ったオスに首をとられたわけだ。まぁ、元々愚王であったがために民からも清々したとばかりだったとか」

 ちなみにそのオスは農民だったそうだ。と手元の本を覗き込みながらヴァレーリィは軽口で言う。メスに手を出されたオスはとことんやるらしくて怖いよなと彼は笑うが、とてもじゃないがヴィークトルは笑えたものじゃない。

「ちなみに忠臣だった騎士に殺されているパターンもある」
「……それは」
「オスの番はメスよりも年上で生まれる。それは何故か、メスを守るためだ。オスにとって何よりの優先事項がメスだ。メスと秤にかけた時点で忠義も常識も塵芥に成り下がる」
「長年教えてきても、それか」
「まぁ、彼らの生態はそうなっているんだ、しょうがない。ただ、ココに書いてあるのは基本悪い判例ばかりだ。逆を言えば、上手く使えば、彼らは強い戦力にもなりうるわけだ」

 肩を落とすヴィークトルにヴァレーリィは慰めるように肩を叩き、アルトゥールの番の子には出来る限りのことはしてあげようと協力する旨を伝える。それには感謝しきれないとヴィークトルは頭を下げる。

「私は親友に何もしてやれなかった。その代わりだと思ってもいい」

 下心込々だから気にすることはないと笑いながら、去って行った。

「……あ、聞けばよかったな」

 つがい契約ってどうやるのかとヴィークトルは溜息を吐いた。こうして、以前読んだ実例を読み返していたのはヴァレーリィのいうつがい契約のヒントを探すためだった。むしろ、それをしておかないと大変なことになりそうだという予感があった。少しでもアルトゥールが暴走しないようにしたかったのだが、それはもう少し先に伸びそうだとヴィークトルはまた一つ大きく息を吐くのだった。
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