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暁 星が宿り、縁が交わる

お出かけの約束

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「フェオドラ様が笑われた」

 固まるもの複数名に首を傾げるものが二名という不思議な空間でその空気を壊したのは感極まったかのようなインナの言葉だった。

「いや、そりゃ、彼女だって面白いことなんかあったら笑うだろうよ」
「トロフィム、そうじゃない。そうじゃないんだ」

 フェオドラが笑ったというのに感動する意味はそういう訳じゃないと深い息を吐きながら、アルトゥールは否定する。そんなやりとりを聞き、フェオドラはハッと口元を手で抑える。

「はしたなかったでしょうか」
「そんなことはない。むしろ、笑いたいなら、声を出して笑っていい」

 いや、笑ってくれと言うアルトゥール。フェオドラの頬に手を当て、優しく微笑むそんな彼にトロフィムはやっぱ何かが確実に皮被ってるだろとぽそりと呟いた。笑みは浮かべるものの笑い声を上げてまで笑わないフェオドラのことを心配していたのだと語るアルトゥールとそれを聞き眉を下げるフェオドラにはトロフィムの呟きは届いていない。けれど、近くにいた使用人たちにはばっちり聞こえており、数人は確かにとかの発言に同意していた。

「やっぱり、一度外に出かけてみるのも良いんじゃないか」
「トロフィム」
「お前が言いたいことはわかってる。だが、フェオドラ嬢、君はどうだい?」

 うん、と改めて考えて零されたトロフィムの言葉にアルトゥールはお前はとばかりに名を呼ぶが、トロフィムはそれを手で制し、フェオドラに向かって問いかける。屋敷の中だけじゃなく、外――街に興味はないかと。

「私はその、特には」

 そのフェオドラの言葉にアルトゥールはそらみろとトロフィムを睨む。けれど、トロフィムはさして気にせず、ならばと話題を変える。

「フェオドラ嬢は街を見たことはあるかな」
「……えっと、その、この屋敷に来る際に少しだけ」
「うん?」

 どういうことだ? と首を傾げれば大きな溜息を吐き、アルトゥールはトロフィムの腕をとった。

「あの、トゥーラ様、私は平気ですよ?」
「こちらの問題だ。フェオドラは食べてろ」

 恐らく自分の話をするのだろうと予想してフェオドラがそうアルトゥールに声をかけたのだが、フェオドラに聞かせられない事柄も含まれるため、それを断りトロフィムを引きずって、フェオドラから離れた場所まで行ってしまった。

「……むぅ」

 むにゅっと唇を尖らせたフェオドラに使用人たちはふふっと笑みを零す。そんな中、微笑ましく見ている場合ではないとインナがスッとフェオドラの側に侍り、すっかり冷えてしまった紅茶を取り替える。

「フェオドラ様、可愛らしい顔をせず、お話が終わって戻ってこられたアルトゥール様に沢山お菓子の感想を聞いてもらいましょう」
「一人で食べても」
「それではパパ様と一緒に食べましょう。アルトゥール様に内緒で着いてきてもらっております」

 寂しいと言う前にインナはテーブルの上に龍のぬいぐるみを置く。それにパッと明るくなったフェオドラ。
 一人だけの食事の際はこうしてパパを側において寂しくないようにしていた。勿論、パパの前にも小さなスイーツの盛り付けは用意する。余談であるが目を離した隙にそれらが消えてなくなるのだが、皆見て見ぬふりをしていた。

「いただきます」

 スイーツを口に運び、美味しいと顔を綻ばせれば、周りも笑顔になる。パクパクと口に運び出したフェオドラにインナはホッと息をつき、お世話に精を出す。




 ちらりとフェオドラの様子を確認し、アルトゥールはトロフィムにフェオドラの事情を告げる。

「なるほどねぇ。ちなみにあのぬいぐるみは何?」
「あぁ、あれか、あれはフェオドラのパパだ」
「は?」

 一通り事情を話すとトロフィムは納得できたのだろうしっかりと頷く。そして、フェオドラに目を戻した際に飛び込んだぬいぐるみについて尋ね、その答えになんとも言えない声を出した。

「パパだ。まぁ、フェオドラ曰くだがな。恐らく、母親が父親を龍に模したんだろう」
「はー、なるほどな。にしても、黒色の龍、か」
「なんだ」
「いーや、小さい頃に父上がよく話してくれたおとぎ話が黒い龍の話だったなと思ってね」

 本を丸暗記してたのか、父上の語りだけだったけどと懐かしそうに語る。そういえば、そんな話を聞かされると幼い頃に言ってたなと記憶の片隅にあったそれを思い出す。

「塔の上にいるお姫様との話だったか」
「そうそう。私は冒険ものって頼んだのに、父上が話すのはそれだったんだよな」

 楽しそうに話すもんだから嫌とは言えなかったんだよなとトロフィムは笑う。たぶん、弟にも話してるんじゃないかなと続ければ、間違いなくそうだろうとアルトゥールも頷く。

「あ、それはそうと、事情はわかったがやっぱり街に出掛けた方がいいぞ」
「何故、蒸し返す」
「いや、塔の姫を思い出したらなおさらと思ってな」

 彼女は確か過保護が行き過ぎた王によって人から隔離され塔で暮らしていた。お前もそれを望むのかと言外に告げられ、アルトゥールは口を引き結ぶ。それが言いかもしれないと少しばかり思った。しかし、ものを学び、学んだことを嬉しそうに報告してくるフェオドラのことを考えれば、そんなことはできない。

「貴族が怖いと言うのならば、市民街の方にいってもいいんじゃないか」

 どうせ、お前が守るだろというトロフィムの発案にアルトゥールは確かに人に関わらせるのならばそちらでも構わないかと思案する。

「フェオドラに聞いてからだな」
「学ぶことが好きならば問題ないだろ」 

 街に出掛けることを渋っていたアルトゥールの前向きな言葉にトロフィムは笑って肩を叩いた。そして、二人の話も一段落したこともあり、フェオドラの元へと戻る。

「フェオドラ嬢、アーテャと街に行って美味しい物とか食べてみたくはないか?」
「え?」
「行くのは市民街になるから、貴族ではまずできないことができるよ。そうだな、例えば食べ歩き。屋台で買ったスイーツや串焼きとかを食べながら街を散策できる」

 アーテャと手を繋いで、色んな露店を巡るのも良いねと言えば、それを想像したのだろう頬を染める。

「……提案した私がいうのもなんだが、随分好かれたものだな」
「言っておくが俺も何故か知らんからな」

 え、あれだけ過保護にやっておいてかと驚愕したよう目を見開くトロフィム。だが、誰彼構わずやるわけではないのを知ってるため、もう好きにさせておこうと薮蛇をつつくことはせず、王子特権でアルトゥールにお出かけのための休日を与えることをフェオドラに伝えるのだった。
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