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暁 星が宿り、縁が交わる

枯死する森

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 フェオドラがレオンチェフ家でゆっくりと馴染んでいっている中、巡回騎士の詰所にはとある報告が寄せられた。

「放火ですか」
「みたいだな」

 放火があったのはファトクーリン伯爵家の敷地内にある森。ぼや程度ではあったものの、火事は火事。巡回騎士へ検分の依頼と火事の簡易報告が入ってきていた。

ですって」
「そうだな」
「知り合いがいるんで聴取ついでに確認しておきますよ」
「あぁ、頼んだ」

 アキムの言葉にヴァルラムは頷く。森といえば、あの少女が住んでいたと証言したものだ。数カ所、森を所有する貴族邸宅をピックアップしていたがその一つに今回のファトクーリン伯爵家も含まれていた。すぐに彼女の足取りが掴めるわけではないが、こうして一つの可能性を潰せるのだがら、騎士としては不謹慎であるが火事もチャンスとなる。

「ところで、ファトクーリン伯爵ってどんな方なんです?」
「ん、ああ、かの伯爵か。はっきり言って印象には残ってない」

 ヴァルラムは詰所の責任者つまりは巡回騎士長という立場であるのだが、貴族の中では伯爵の地位を賜っていた。だからこそ、顔を合わせている可能性も考え、尋ねたのだが、反応は芳しくない。

「むしろ、はっきりと印象に残らない人物と言えるか。伯爵の爵位は持っているがあの家は領地が豊かだからその地位を与えられたに過ぎないらしいからな」
「つまり、龍の血自体は薄いってことですかね?」
「まぁ、そうだな。奥方も美人ではあったが、そこまでだな」

 確か綺麗な金髪の女性であったはずだという。娘もいるらしいがこちらも同じような金髪だとか。ヴァルラムの言葉にアキムはなるほどと頷く。あそこに色々あって勤めている知り合いに少し踏み込んで聞いて見るのもいいかもしれないなとメモをとる。

「それじゃあ、明日にでも暇そうなヤツら捕まえて行ってきます」
「頼んだぞ」




 流石伯爵邸。アキムたちはそんな感想を抱いた。子爵や男爵家の次男、三男坊たちである彼らにとって、中々にお邪魔することの少ない邸宅。アルトゥールみたいな人間はこんなこと思わないだろうなぁと苦笑いを零しながら、日頃の清掃をきちんとしているだろう屋敷の横を通り抜け、件の現場を拝見させてもらう。その道中に通りがかった使用人たちには声をかけ、話を伺っておく。

「……えっと、これは、また、随分と?」

 現場に困惑するアキム。彼らの前に広がった森は茶色と黒だけ。それは燃えたにしろ、ヴェーチェルユランではあってはならない森の形だった。
 そもそも、なぜ敷地内に規模が小さいとはいえ森が存在するのかというと元々ヴェーチェルユランは広大な森の中にできた小さな集落の一つにすぎなかった。それが人口の増加に伴い少しずつ森を開拓し、集落から村に、村から町にと成長していった。けれども、彼らは森の民だった。森を愛し、森と共に生きてきた彼らは森を捨てることができなかったのだ。それは現在にも続き、開拓をして小さな森になってしまっていてもこの国の人間は敷地なり公園なりに森を抱え、大事にしている。

「因みに火事はどの辺で?」
「あぁ、それならこちらだ」

 そんな大事な森がこのようになっているなどアキムたちは思いもよらなかった。それでも、来た建前が建前のため、ひとまず火事の現場へ向かう。しかし、それはほんの数歩歩いた先。

「……ちょっと、森の周り歩かせてもらっても大丈夫ですかね?」
「えぇ、旦那様の許可は得ております」
「それでは失礼」

 アキムは森の周りを歩く。多くの家では森と壁は距離をとっているはず。隣接、密接してしまっている場合、森に潜まれる可能性がある。そのため、住みつかれないようにといち早く発見できるようにと距離が取られているのだ。勿論、このファトクーリン家も他の家と同様に距離はとられていた。

「……侵入してわざわざ屋敷側から放火するか?」

 それはまるで見つけてくださいとばかりの所業だぞとアキムは首を捻る。それから、この森の状況はどう見てもおかしい。それなのに雇われているものたちはそれについては何も言わない。どういうことだ? と森の中も歩いてみる。木々が枯れてしまっていること以外、普通の森と変わらない。

「洞か」

 ふと立ち止まった先にあったのは木にぽっかり空いた洞。よくよく見れば、落ち葉か敷き詰められており、何かが生活していたような形跡がある。

「結構な大きさだな」

 既に先の住人が居なくなってから日が経っているようだが残されていた寝床らしき落ち葉の山からその大きさを推察する。ふと、中を観察していると明らかに落ち葉ではない何かを見つけた。拾ってみればボロ衣のようで、しげしげと観察した後、アキムは手持ちのハンカチにそれを包み、ポケットにしまい込んだ。そして、森の状況から森の管理局に調査を依頼することを薦め、火事については内部犯の可能性が高いと伝えようとしたが一先ずは引き続き調査するという言葉に変える。この伯爵家は些かおかしい。それがアキムが下した判断だった。

「そういや、アイツ見てないな」

 帰り際、丁度門番をしていた門兵に尋ねたが、辞めたというだけでその理由などは教えてもらえなかった。その門兵が非常に顔を強張らせて必死に取り繕っているようでますますアキムの不信感は募っていった。
 主人である伯爵は出てこず、もっぱら対応するのは質の悪い執事と使用人たち。火事を目撃したという伯爵家の令嬢は出てこず、娘から話を聞いたという夫人も姿を見せなかった。

「なんか、気持ちわりぃ家」

 そんなアキムの言葉に一緒に来ていた同僚たちも深く頷くのだった。
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